『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ、同士を得る。


その24

 

 

 

リンネとフーカ、二人の激闘はフーカの勝利という形で幕を下ろした。互いに全力で、打ち出す拳一つ一つが全開だった二人、限界に限界を超え、自身の力を全て使いきった彼女達は夜になった今もホテル・アルピーノの一室で眠っている。

 

疲労困憊で満身創痍、試合終了の直後迎えにやって来たシュウジ達を目にした途端、それまで意識を保っていたフーカも気を失ってそのまま眠りに付いている。

 

回復魔法を得意としているイクス達からは取り敢えず心配は無いと言うが、一応今日一日ゆっくり眠らせておこうという事で付き添い人であるシュウジも済し崩し的にホテル・アルピーノの厄介になっていた。

 

今頃は同じベッドで同じ夢を見ているであろうフーカとリンネ、目が覚めたらきっと二人の関係は昔の頃に戻っているのだろうと察したシュウジは、その時を楽しみにしながらホテルの施設を満喫していた。

 

「いやー、いい湯だなぁ」

 

ホテル・アルピーノに備えられている温泉、出された食事に舌鼓を打ったシュウジは、その後アルピーノ親子に勧められるがままにホテル自慢の露天風呂に浸かっていた。

 

時間帯には男性が使う時間、しかし自分以外男性客はいないので実質この露天風呂にはシュウジ一人しか利用する客はいない。所謂貸切状態、贅沢だと思っても実際自分以外男性客はいないので、今は細かい事は抜きにしてシュウジはこの贅沢を堪能した。

 

───いや、訂正。正しくはシュウジ一人だけではない。

 

「………あの、そこに立っているのも疲れると思いますけど、良かったらご一緒します?」

 

背後に佇む一つの影、其処に申し訳なさそうに視線を向けるシュウジ、その視線の先には何処かの特撮に出てくるダークヒーローの様な怪人が佇んでいた。

 

シュウジの誘いを首を横に振って拒否する怪人、後で聞いた話だが、この怪人はアルピーノ親子の娘の方の召還獣らしく、名はガリューと言って現在はホテル・アルピーノの従業員の一人として生活しているのだという。

 

体をもう一度流そうと湯船から出るシュウジ、その彼を無言で後を追うガリュー、一体何をしてくるのかと少し怖くなったシュウジだが、どうやら自分の背中を洗ってくれるらしいのだ。

 

これもホテル・アルピーノなりのサービスなのだろうか。物凄く戸惑ったが、結局は背中を流してもらう事になったシュウジ。魔人と呼ばれる人間の背中を黙々と洗い流す怪人、その光景はそれはそれはシュールな絵面だった事だろう。

 

その後、温泉に浸かっていた筈なのに何故かどっと疲れた様子のシュウジ、用意された浴衣に着替え、コーヒー牛乳を片手にロビーに出る。広々とした空間、ここも自分以外にいないと思っていたが、一人以外な人物がロビー中央に佇んでいた。

 

「あれ? ジルコーチ、この時間に外へお出掛けですか?」

 

其処にいたのはトレーナー姿のジル=ストーラだった。何処か疲れた表情の彼女の目元にはうっすらと涙の後があり、普段の強気な彼女とは正反対の姿を晒す彼女にシュウジは声を掛けるタイミングを間違えたかと自覚する。

 

その呼び掛けに案の定シュウジに気付いたジルはハッとした様子で眼鏡を外して目元を乱暴に拭い、平静を取り繕う。

 

「あー、何かスミマセン。変なタイミングで声を掛けてしまって」

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと外に出ていただけですから」

 

外というと、恐らくは今日戦った二人の舞台となった場所へ行っていたのだろう。激闘となった場所を直に見ることで当時の試合の様子を彼女自身が追体験をし、その中で改善点を見つけ、今後の課題にしていく。恐らく彼女もそうしていたのだろ。

 

「───情けないですよね」

 

「ん?」

 

「リンネの、あの子の才能にばかり目が眩んで、私はこれまで彼女の内面をずっと見ようとして来なかった」

 

「…………」

 

才能がなく、怪我で引退を余儀なくされてきたジル=ストーラ。勤勉で、これまで自分が培ってきた知識と理論で選手達を育成してきた彼女にとってリンネは正しく太陽だった。自分には無い多くの才能と恵まれた資質を持ったリンネにジルは大きな可能性を見出だしていた。

 

自分の格闘技の理論とリンネの類い稀な才能、これらが合わさった時、自分達は嘗て無い格闘技の高みへと登れるんじゃ無いだろうか、教えれば教えるほど強くなり、数々の大会で優勝してきたリンネを見て、ジルの期待は確信へと変わっていった。

 

だから気付かなかった。いや、見ようとしなかった。リンネの大きな才能に目が眩み、彼女の心に隠していた本当の気持ちに今日まで向き合ってこなかった。

 

そんな自分が、果たしてリンネのコーチでいて良いのだろうか、彼女を育てる資格なんてあるのだろうか。

 

まるで懺悔の様に自分の気持ちを口にするジル、相手は自分が一番嫌っていた相手なのに、何故か自分の本心を口にしてしまう。そんな彼女にシュウジはこれまで黙っていたが………。

 

「………ジルコーチ、失礼だが貴女は幾つか勘違いをしている」

 

「え?」

 

「まず、俺は宣教師でもなければ神父でもない。貴女の気持ちは推し量れないし、俺には分からない。リンネちゃんの事に関してもそうだ。それは彼女が目を覚まして、改めて貴女の口から言うべき事だ。俺に言っても仕方がない事だと思うぞ」

 

「…………」

 

シュウジの尤もな言葉にジルは押し黙る。それもそうだ。こんな事、彼に言った所で意味は無い。一体自分は何をしているのだろうか、どうやら思っていたよりも気持ちが参ってしまっていた様だとジルが自嘲の笑みを溢した時。

 

「────まぁ、教える人間は大なり小なり教え子に自分を重ねたりするもの、あんまり気にする必要もないと思うぞ」

 

「───あ」

 

「それじゃあ、おやすみなさい。ジルコーチ、よい夢を」

 

それだけ言い残してシュウジはその場を後にする。ジルは遠くなっていくその背中をただずっと見つめ続けていた。

 

「───なによ、分かった風に言って」

 

しかし、その口振りとは裏腹に彼女の表情はシュウジと遭遇する前より、幾分か晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、特にやる事もないし、俺もさっさと寝るかな」

 

明日も店があるしね。と、用意された部屋へと戻ってきたシュウジは早くも就寝しようとした時、突然部屋に電子モニターが展開された。

 

誰からだ? 夜遅く……って程ではないが、既に時刻は夜の9時を過ぎている。この時間から一体誰が何のために自分に用があるというのだろう。

 

『夜分遅く申し訳ありませんシュウジ様、ヴィクターです。少しお話があるのですが、いいでしょうか?』

 

「…………」

 

モニターの先に映るのはここ先日の大会ですっかり苦手意識を持つようになってしまった貴族のお嬢様、申し訳なさそうにしている彼女にシュウジの表情は一瞬固まった。

 

「あ、うん。イイヨ」

 

思わず片言になってしまう。

 

『ありがとうございます。───ほら、ジーク』

 

『あ、あのシュウジさん。いきなりのご連絡、スミマセン。ジークです』

 

切り替える様に画面に映ってきたのは、U19の世界王者であるジークリンデ=エレミアだった。相変わらず異性相手には挙動不審な彼女、黒髪のツインテールを靡かせながら頭を下げる彼女にシュウジの妙な緊張感は一気に解きほぐされていく。癒される。ともいう。

 

『実はその、一つお訊ねしたい事がありまして……』

 

「構わないよ、君とはあんまり話が出来なかったからね。何か聞きたい事があるなら俺で良ければ聞くよ」

 

彼女なら貴族のお嬢様と違って無茶ぶりはしてこないだろう。見た感じ大人しい子だし、きっとU25の選手階層に付いて色々と聞きたい事があるのだろう。

 

元とは言え、自分はU25の世界王者だ。あまり専門的な事は言えないが、それでも今後の彼女達の成長の糧になるのなら喜んで話し相手になろう。いい時間潰しにもなるだろうし───。

 

『あの、その………わ、私と、ウチとも是非一度戦って下さい!』

 

「」

 

訂正。この歳の娘達はどうも人に無茶ぶりをするのが好きなようだ。顔を赤くして一世一代の告白の様に戦って下さいとせがむ女の子にシュウジは心の中が真っ白になった。

 

「……あー、えーと、エレミアちゃん? 申し訳ないけど俺ってばもう引退した身なんだし、もう表舞台には出ないようにしているんだ。悪いけどそういうお誘いはちょっと遠慮したいというか」

 

『こ、公式ではないんです! 明日、午前中に一度だけで良いんです! 少しだけ、先っちょだけで良いですから!』

 

「何が先っちょだけかこのおバカちゃん。確かに俺は元格闘技選手だし、今も腕を衰えさせないように鍛えている。でもね、それは別に再起を狙っているからじゃない。これまで培ってきた経験を死なせない為なのと、自分に格闘技を教えてくれた人達に対する俺なりの礼儀だからだ」

 

『で、でもシュウジさん一度はハルにゃんと勝負したって……』

 

「それを言われると弱いが、だからこそ君みたいな娘と余計なトラブルを避けるために極力断る事にしているんだ」

 

シュウジの容赦の無い断りに涙目になるジーク。格闘技選手として、純粋に相手と競い合いたいと願う彼女を無下に扱うのは心が痛むが、だからと言って今それを許せばきっとまた今後も自分に勝負を挑もうとする輩が増えてくるかもしれない。

 

「此方には店もある。明日も休みにするのは常連の人達にも失礼だし、何より君は俺に挑戦できる権利を得ていない。残念だが諦めてくれ」

 

『なら、その条件に挑戦させてください』

 

しかし、自分を真っ直ぐに見つめてそう返してくる彼女の瞳にシュウジは折れるしかなかった。

 

そして、それから一時間後。シュウジへの挑戦権として彼が作る激辛麻婆を食する瞬間がやって来た。場所はホテル・アルピーノの厨房、どうやら話を聞いていたアルピーノ親子が既に準備していたらしい。

 

嘗ての世界王者に挑戦できる権利を得る。その為にエレミアだけでなくハリーやエルス、リオにミカヤ、更にはヴィクターと再戦を熱望するアインハルトも参加すると言い出したのだから、厨房はちょっとした騒ぎになっていた。

 

すっかり騒動に巻き込んでしまった事に何度も頭を下げてくるナカジマ会長、心底申し訳なさそうにして謝ってくる彼女に流石のシュウジも受け入れるしかなかった。

 

そして作り出されるシュウジ特製麻婆、材料も器具も完璧に揃えていた為、普段食するモノと寸分違わぬ出来映えに満足したシュウジは自信満々に彼女達に差し出した。

 

お待ちどう。そう言いながら渡されたお椀に並々注がれた麻婆を彼女達が口にした瞬間───。

 

「うわぁ! なにこれウッマー!」

 

周囲の人間が撃沈する中、唯一エレミアだけは満足そうに麻婆を頬張っていた。

 

驚愕に震える一同、アインハルトは当然ながら気を失い、ハリー達も同様に昏倒し、エルスに至っては眼鏡が割れている。そんな中で一人美味しそうに麻婆を食べるエレミアに応援に来ていたヴィヴィオ達は開いた口が塞げずにいた。

 

「ほ、本当に、本当に美味しいと思うかい?」

 

「はい! とっても、これなら毎日食べたい位です!」

 

満面の笑みでそう答えるエレミアにシュウジは年甲斐もなく泣きそうになった。シスターシャッハ以外に理解者はいないと思われていただけに、美味しいと言うエレミアはシュウジにとって望外の喜びだった。

 

「───全く、こんな夜遅くにそんなカロリーのあるモノ食べちゃって、太っても知らないよ」

 

「大丈夫です。それ以上のエネルギーを明日、消耗させるつもりなんで」

 

不敵に笑うエレミア、見事シュウジへの挑戦権を獲得した彼女はシュウジに向けて手を差し出し。

 

「ならば俺も、君の熱意に応えよう」

 

シュウジもまた彼女の差し出す手を握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして、翌日。舞台はフーカとリンネが戦った廃墟の街。

 

シュウジとジーク、元世界王者と現役世界王者、嘗ての次元世界最強と十代最強女子がヴィヴィオ達の観衆の下で対峙していた。

 

 

 

 

 

 




オス! オラフーカ! 遂に始まったシュウジさんとジークさんの戦い、二人が巻き起こす大乱戦にオラたちも先輩達も圧されっぱなしだ!
クッソー、オラ達も負けらんねぇ! いつか二人に追い付くために修行して強くなんなきゃな!


次回、とびっきりの最強VS最強

「シュウジさん、これがエレミアの、ウチの神髄です!」

絶対見てくれよな!

リンネ「フーちゃん、何してるの?」
フーカ「いや、なんかシュウジさんがやってくれって……」



それでは次回もまた見てボッチノシ

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