『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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アインハルト「避けて下さい、ジークさぁぁぁん!」




その28

 

 

競技というのは参加する人間が大なり小なり闘争心を胸に秘めて挑むもの、日頃高めた己の実力を試合という形で披露し、研磨し、切磋琢磨していく。

 

負けたくないという勝ち気な気持ちと、勝利の先にある栄冠と名誉を手にする為に人は己に克つを入れて挑んでいく。格闘技はその最たるモノの一つ、目の前の相手を倒す為に、多くの格闘技選手は勝利を手にする為、確たる意思を以て挑んでいく。

 

ヴィヴィオもアインハルトも、フーカもリンネも、相手に勝つという明確な意思を拳に乗せて勝利に向けて邁進している。無論、十代女子最強の世界王者であるジークもその例に溢れない。格闘技をしている選手にとって、闘争心とは切っても切れない間柄だ。

 

────その筈なのに。

 

(なんて、静かなんや)

 

目の前の男………シュウジからは闘争心というモノは微塵も感じられなかった。いや、在るには在るのだろう。信じられないのは闘争心が在るにも関わらず、微塵も荒ぶる闘志を表に出さない彼の心の境地だ。

 

機械的に闘争心を封じ込めているのではない。自然に、無意識に溶け込ませる事で彼は通常とは異なる極致に到達している。彼の体から発せられる熱気と光、魔法とは異なる力の発露にジークはただ呆然と眺めていた。

 

古代ベルカ、500年の年月の知識と経験を受け継いでいるジークリンデ=エレミアでも今のシュウジがどのような状態にあるのか、彼女には検討もつかない。

 

────ただ一つ分かる事があるとすれば。

 

(今のシュウジさんは、本気や!)

 

これはジークが心から願っていた展開だ。窮屈な思いをしているシュウジを僅かでも楽にしてやりたいというその彼女の想いは嘘ではない。

 

しかし、それ以上に彼の本気と戦ってみたいという格闘技選手としての部分が強くあったのも……また事実である。

 

次元世界の格闘技界に於いて誰も目にする事が出来なかったシュウジの本気、それを目の当たりに出来てその上挑む事が出来る。

 

心が高揚する。魂が昂る。嘗て無い強敵を前にジークだけでなく彼女の内に眠る先祖達すらも歓喜に打ち震えている様だ。

 

「シュウジさん………行きます!」

 

速攻。一言呟いた瞬間、ジークは地面を踏み締め一発の弾丸と化した。踏み締めたアスファルトの大地は砕かれ、風すら置き去りにした彼女の一撃は誰にも避けられない不可避のモノだった。

 

当たればどんな相手でも倒せるまさに一撃必倒、振り抜かれた彼女の拳は確かにシュウジを捉えていた。ジークの拳がシュウジの前髪に触れる。ジークも、観客席に座る彼女達も彼の直撃を確信した。

 

───なのに、何故ジークの拳は空を切っているのか、時間の流れの感覚が緩やかになっていく。極限にまで高まった集中力の中でジークが目にしたのは空振った事で体が流れる己を見下ろすシュウジの姿だった。

 

不可避の一撃、それは動体視力に優れたヴィヴィオでも予見出来ない超高速の一打。イレイザー級魔法を纏わせ、防ぐのは勿論触れただけでも相手に深刻なダメージを負わせるジークの必殺にして得意技、“殲撃”。最高の威力を乗せ、最高の速さで繰り出されたジークの一撃、避けることも防ぐことも叶わない彼女の拳を、しかし彼は難なく避けていた。

 

勢いのままに体が流れていく。無防備の体勢、次の瞬間には立て直すであろうジークの体にシュウジの拳が触れる。

 

トンッ。打ち抜くというより触れるような、まるで勢いの無いシュウジの一打がジークの脇腹に加えられる。到底人を倒せるとは思えない静かな攻撃だった。

 

────瞬間、凄まじい衝撃がジークの体を貫いた。腹部を通して臓器を貫き、蹂躙する様な衝撃が彼女の肉体に襲い掛かる。数瞬の遅れで彼女の背後にあったアスファルトの地面は抉れ、吹き飛び、その先にあるビル郡すらも撃ち抜いていく。

 

ドサリと今の一撃で意識が飛びそうになったジークはそのまま地に落ちる。何度も飛んでいく意識を懸命に繋ぎながら、膝を震わせながら、それでも彼女は立ちあがり、シュウジに向けて構えを見せる。

 

まだやる気なのか? なんてシュウジからは決して口にはしない。一撃、たったの一撃で満身創痍となっても、その上で自分と戦おうとするジークにシュウジは止められる言葉を持ち合わせていないし、何より彼女自身がそれを望んではいない、

 

世界王者という肩書きは抜きにしDSAAの格闘技選手として、ジークは最後までシュウジの相手をする事を決めている。そう、彼女は待ち望んでいたのだ。彼の、シュウジ=シラカワの本気を。

 

───故に。

 

「どうした? もう終いか?」

 

「……ぁぁぁあああっ!!」

 

彼女は挑む。何度でも、何度でも、全力で駆け上がってもそれでも尚届かない遥か高みに手を伸ばす。何故なら彼女もまた血気盛んな格闘技選手だからだ。

 

闘志を剥き出しに放たれる魔法の一撃、イレイザー級の魔法を込めたその砲撃魔法は、周囲の空間を削りながらシュウジへ向けて突き進んでいく。人一人を軽く呑み込める程に巨大な黒い極光、渦を巻き、鈍い光を放つその閃光を前に……。

 

「人越拳受けの奥義────万物流転」

 

光がそのままジークへと跳ね返る。何の脈絡もなく、前触れもなく、光が鏡で反射する様にジークの放ったイレイザーの砲撃はそのまま彼女へと返される。

 

爆発と轟音が廃墟の街を染めていく。観客席から眺めているヴィヴィオも二人の戦いを前に言葉を口に出来ずにいた。………いや、正確には戦いにすらなっていない。ジークの繰り出す技を魔法を、シュウジは己の肉体のみで返していく。

 

そんな中、唯一ヴィヴィオだけは既視感を覚えていた。シュウジの繰り出す技、それらが何故か彼女には何処かで見覚えがある気がするのだ。

 

あれは、一体何処だっただろうか。………ダメだ思い出せない、どんなに頭を悩ませていてもヴィヴィオの記憶には何も浮かばない。

 

そんな時だ。自身の魔力の全てを使いきってまで放った必殺の砲撃を放ち、それを返されたジークの体が崩れ落ちた。膝から糸の切れた人形の様に地に落ちようとする。最早彼女に動ける力はないと判断したシュウジは彼女を抱き留める。

 

「ナイスファイト、楽しかったぜ」

 

───本音だ。終始一方的だった試合展開だったが、彼女との試合は久し振りに心が踊った。命のやり取りではなく、純粋に競い合う為に技を出せた事にシュウジはこれまで経験したことがない充足感を感じていた。

 

嘗て、自分はこの拳で多くの人間を殺めてきた。それを後悔していないし、反省もしていないが、いざ公の場で出すとなると躊躇われてきた。だからシュウジは考えた。格闘技の試合に出る時は人越拳の技ではなく、自分の技で出場すればいいのだと。

 

それからは公の場で、人の前では見せることは無かった嘗ての自身の技、この世界にいる限り二度と陽の目が見ることは無いのだと、安堵していながらも………何処か、寂しく思える自分がいた。

 

その寂しさが今日、少しばかり和らいだ気がした。その切欠をくれたジークに、自分の本気を出せる舞台を用意してくれたヴィヴィオ達にシュウジは心の底から礼を口にした。

 

────トン。

 

「ん?」

 

ふと、腹部に違和感が生まれる。何だと思い視線を下げると、手を拳の形に変えたジークがシュウジの腹部に当てている。

 

「───漸く、掴まえた。零距離全開!!」

 

ヴァイツァー・ガイスト。

 

それは正真正銘ジークの最後の一撃だった。これまでの戦いの中で疲弊し、ダメージを負いながらも何とか出せた攻撃、何度も何度も練習を重ねて自分と先祖達と向き合いながら生み出した彼女の最後にして究極の一撃。

 

拳の一部分、そこ一点に凝縮された彼女の一撃の凄まじさと重さは計り知れない。打てば必中、当たれば必倒、正しくそれは彼女の必殺だった。

 

────なのに。

 

「………驚いた。まさか、君にこんな隠し玉があったなんて」

 

何故、目の前の男は自分の一撃を防いでいる。予見なんて出来る筈もない。予想だって出来る筈がない。しかし、現にジークの拳はシュウジの差し込んだ掌に遮られている。

 

全身全霊の一撃を放った側のジークの表情が驚愕と畏怖で歪む。バカな、それはジークを含めた全員の心境だった。

 

(攻撃の速さもタイミングも完璧だった。そこへ蓄積されたダメージが今少し軽ければ、或いはこの拳は俺に届いたかもしれない)

 

ジークの勝利への執念、そして忘れかけていた戦いでの作法、どんな時でも油断慢心は控えるべきだという事を自分よりも年若い少女に教えられたシュウジは自身を情けないと思う一方、改めてジークに感謝を述べた。

 

「ありがとうエレミアちゃん。君のお陰で嘗ての気持ちを取り戻す事ができた。───故に」

 

もしどこかで尊敬する選手は? と聞かれたら、きっと自分はこう答えるだろう。

 

「俺も、全霊で以て返礼しよう」

 

────それは、自分よりも小さく、そして勇敢な少女、黒のエレミアを引き継いだ若者だと。

 

「………く、くそぉ」

 

「人越拳────霞獄」

 

お休みなさい。ジークリンデ=エレミア。

 

光が廃墟の街を覆い、次の瞬間にはジークは空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 




注意、本試合は安全な環境と監視の元で楽しく行われています。決して死人は出ていませんので、どうか落ち着いてください。

それでは次回もまた見てボッチノシ
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