ほのぼのとしています。(比較的)
「うわー、本当に置いてある」
「非売品………これ、売り物じゃないんだ」
オラリオの北東にあるメインストリート、工業地帯として知られ、オラリオの利益の大元である魔石製品が作られている地帯。工具や様々な用品を取り扱う専門店が建ち並ぶオラリオ最大貿易の一区にて、その
ヘファイストス・ファミリア。作られる武具の多くが一級品、オラリオの中でも超の付くブランド品。オラリオの冒険者ならば誰もが憧れる逸品の揃った迷宮都市最高峰の武具店───その本店。
バベルにも幾つも支店を置く最大手のファミリアだが、何故か今はその栄光は見る影もなく、店内の様子はその綺麗な洋装とは対照的に、どこか暗かった。受付の団員も心なしか顔が窶れているし、普段は活気づいている店内も静まり返ってしまっている。
レフィーヤから齎された情報を元にダンジョンに潜る序でにヘファイストス・ファミリアへやって来たアイズ達、最初この店に訪れてその有り様に動揺していたが、店の中央に飾られたソレを見てどうして天下のヘファイストス・ファミリアが沈黙しているのかが分かった。
レフィーヤの話ではショーウィンドに飾ってあるとされていた武具。紅色で、まるで生きた炎が具現化したかのような圧倒的な存在感を放っている威容に満ちた一式の装備。それは以前、怪物祭で見かけた鎧の男のモノ。
「アイズ達の話を聞いても最初は半信半疑に思ったが、成る程。確かにこれは凄まじいな」
「よく見れば鎧の外側が炎で覆われている。凄いな、結構近付いているのにまるで熱くない」
数多くの名刀名剣、装備の数々を生み出してきたヘファイストス・ファミリアだが、それでもこの装備は異質な存在感を放っていた。見る者全てが憧れ、敬い、畏れてしまいそうな圧迫感、飾りと呼ぶには剰りにも不釣り合いなモノがこの装備から感じ取れていた。
ダンジョンに付き添いがてら話し半分にやって来たフィンとリヴェリアも目を丸くさせてその装備を見つめている。見事な造形だとリヴェリアが称賛の言葉を漏らしていると、ティオナは不思議に思った事を口にした。
「あの人が折角の装備を売り払ったのもそうだけど、どうしてこれ非売品なんだろ。ヘファイストス・ファミリアなら結構な値段で売り捌けそうなモノだけど」
「それが無理なのだ。何せその装備は人を選ぶのだからな」
「椿?」
ティオナの疑問に応えるように店の奥から現れたのは黒髪に褐色肌、そして眼帯という特徴的な容姿をしたヘファイストス・ファミリアの団長、椿=コルブランド。その眼帯と長身により
「椿、それはどういう意味だい?」
椿が打った装備はそのどれもが一級品、その腕前をよく知るフィンにとって彼女の言葉は無視できなかった。リヴェリアも同様で彼女に続きを話して欲しいと促した。
「言葉通りの意味さ、その装備は《生きている》。生半可な者が着ようとすれば、その武具に宿った竜の怒りを買い魂ごと焼却されるじゃろう」
「し、焼却?」
「生きている……ですか?」
その言葉に今一つ理解できないでいるアイズ達に椿は更に話を続けた。
「少し前にな、この武具が欲しいという輩が現れてな。元々売られた装備だからそんなに拘っていたわけでもないし、ワシもその時は工房に籠っていて詳しい話を聞いた訳でもなかったから取り敢えず試着という形で一度着させてやったのよ」
「そ、それで?」
「
椿のその言葉にアイズ達は驚愕した。装備が突然燃えだしたという話は彼女本人から聞いても尚信じられない。だって有り得ないだろう? 一体何処の世界に所有者を自らの意思で決める武具がある?
ダンジョンに於ける鍛冶師の装備は冒険者にとっての命を預ける………文字通り運命共同体のモノだ。その武具が所有者を選び、あまつさえ殺しに掛かるなんて───。
そんなの、まるでお伽噺に出てくる神話の武具みたいじゃないか。
アイズ達は押し黙り、唯一ティオナだけは目をキラキラさせて今は沈黙している装備を見つめている。
「成る程、そんな危険な代物が置いてあるなら客が寄り付かないのも頷けるな」
「でも、それならどうしてこんな所に置いてあるんです? 装備すれば所有者を焼き殺してしまう防具なんて、あなたのファミリアからすれば迷惑でしかないんじゃあ………」
「それは、その防具がこの子にとって新しい目標だからよ」
「神ヘファイストス」
レフィーヤの呟きに応えるように現れたのはこの派閥の主神であるヘファイストスだった。呆れた表情を浮かべながら椿の隣に立つ彼女に対し、椿は照れ臭そうに苦笑いを浮かべた。
「この子、最初は自分以外でこの防具が誰かに作られて生み出された事実に打ちのめされたのに、数日したら元通りになったのかと思えば、この武具を本店の中央に置くって言い出したのよ?」
「大変だったのよ?」と、主神たる彼女は受付の団員へと視線を向ける。吊られてアイズ達も目を向ければ、そこにはウンウンと首を縦に振る団員達がいた。
聞けば、どうやらこの鎧は力無き者が近付けばそれだけで激しく燃え出して手が付かなくなるのだとか、お陰でヘファイストス・ファミリアの上位鍛冶師が総出で移動に手間を掛けてしまう始末、しかもその間団長たる椿は鍛冶に打ち込むことになってしまったのだから余計に質が悪い。
団員達だけでなくフィン達すらもジト目で椿を見る。口笛を吹いて誤魔化そうとする彼女にヘファイストスが拳骨を落とした。
「あれ? でも団長やリヴェリアが近付いた時はそうでもなかったわよ?」
「え!? じゃあもしかして二人なら着れるって事?」
「あぁいや、恐らくそれは二人を品定めしただけだ。私の時もそうだったからな」
「椿さんの時?」
「うむ」
そう言うと椿は徐に上着を脱ぎ、上半身を露にした。ドワーフとヒューマンのハーフという割には見目麗しい体型の椿、一体何をと一同は訝しむが彼女の背中に刻まれた生々しい火傷の痕を目にして、レフィーヤは息を呑んだ。
「実は少し前に一度着てみてな、この傷はその時負ったモノだ」
一体何が嬉しいのか、ニコニコ顔で語る椿だが、対するフィン達は戦慄してソレどころではなかった。
椿は上位の鍛冶師であると同時にレベル5の第一級冒険者だ。直接的な戦闘能力ではアイズ達に劣るかもしれないが、それでもオラリオでも指折りの冒険者として知られる彼女だ。その実力は確かなもの。
冒険者はその
当然個人差はあるものの、彼女はレベル5。生半可という分類には当てはまらず、その強さはあのベートすらも認めている。
そんな彼女が一介の鎧に軽くはない痛手を受けた。ポーションで治そうとしているのか、その傷は癒されつつあるが、それでもその火傷は痛々しかった。それを目の当たりにしたアイズ達はこれ迄の彼女の言葉が真実だと思い知らされる。
「本当ならもう少し安静にしていなくちゃいけないのに、この子ってば槌を振るうって聞かないのよ?」
「それは仕方あるまいよ主神殿、これまで貴方しかいなかった私の目標が、更にもう一人増えたのだ。此れを喜ばずに、槌を振るわずにいられるか。現にヴェル坊も張り切って槌を振るっているぞ」
「うわぁ、そんなに凄い代物なんだこの装備は」
「凄いっていうより最早ヤバいでしょそれ」
「因みに、ヘファイストス様はこの武具って造れたりは…………」
「少なくとも、
「そ、そんなに!?」
「永久的な
やれやれと肩を竦めて呆れるヘファイストスと、興味津々な様子で鎧を見つめる椿、オラリオ最高峰の鍛冶師二人から告げられる惜しみ無い称賛。彼女達の口からさらっと溢れた鎧のトンでも性能にアイズ達は言葉を失っていた。
「………椿、そして神ヘファイストス。一つ質問しても良いかな?」
そんな中、一つの疑問を抱いたフィンが彼女達に問い掛ける。
「君達が絶賛して止まないこの鎧、持ち込んだのは一体どんな人間だったのかな? 頼む、教えてくれ」
それは当たり前と言えば当たり前な質問だった。オラリオという世界の中心と言われる迷宮都市で最高峰の鍛冶職人として知られる椿とヘファイストス、その両者から見ても規格外な性能を有している鎧と大剣。
ならばとフィンは思う。こんなバカげた武具を一体誰が造り、そしてどういう意図で手放したのか。疑問は尽きないし、同様に興味もまた尽きなかった。
本来なら顧客の情報を口にするのは商品を賄う人間にとって
他言無用で頼むわよと、予め釘を指すヘファイストスに勿論だよと、笑顔で応えるフィン。そんな彼等のやり取りを尻目に、再び椿は鎧を見上げる。
思い返すのはこの鎧を受け取った日の事。
『貴方、一体何者なの!? どうやってこの武具を手にいれたの!?』
『主神殿?』
主神の部屋から聞こえてきた彼女らしからぬ酷く慌てた声、何事かと思い部屋に入ってみると。
『残念ながら、私にはあなたの質問に応える事は出来ません。私はただの仲介人、頼まれた事を実行しているだけなのですから』
『でも、だからってこれは………』
『自分が貴女に求めるのは二つ、この武具を買うのか、買わないのか。それだけです』
その男は紫炎の髪を揺らし、神であるヘファイストスに大胆不敵に交渉していた。
◇
「────聞いているのかいシュウジ君!」
「あぁ、ごめん。全然聞いてなかった」
「だからね! 最近僕のベル君が冷たいんだよ! やれダンジョンだそれダンジョンだって、彼の態度が素っ気ないんだよ」
「良かったじゃないか。その分だと独り立ちも近いんじゃないのか?
「そうだけど……うわーん! ベル君行かないでー!」
「めんどくせぇなこの駄女神」
「アハハ、君も相変わらず辛辣だね」
オラリオのとある酒場、ダンジョンでの稼ぎを終えた冒険者達が集まり、飲んで騒いだりする迷宮都市では見慣れた光景、店の外側にある小さな席で二神と一人の人間が揃って酒を呑んでいた。
「しかし、珍しい事もあるものだ。神嫌いを自称する君が私達の誘いを受けるなんて」
「今日はこれ迄の成果が出たからな。元々打ち上げも兼ねて何処かで呑むつもりだったんだよ。最近は豊穣の女主人にばかり通ってたし、気分転換も含めて」
「我々に付き合ってくれたと?」
「それを口にするのは野暮ってもんだぞ、ミアハ」
長髪の優男、医療の神ミアハの指摘にシュウジはムスッと頬を膨らませてエールの入った酒瓶を傾ける。
ミアハは最初こそ神相手に尊大な態度を取り続けるシュウジを不思議に思ったが、眷族や普通の一般市民の人々には優しく接しているのを何度か見かけた事があるから、神に対して嫌な出来事があったのだと思い、大して重く受け止めてはいない。
それに神を嫌っていると言っても、別に暴力に訴えたりはせず、こうして話はしてくれるし、何だかんだ言いながら同じ神であるヘスティアの面倒をみている。
今もヘスティアをナジッたりしているが、会話の節々で彼女の眷族であるベル=クラネルを労る台詞が出てきている。神を嫌っていても誰かを思いやれる優しい人間、それが神ミアハのシュウジに対する見解だった。
「ていうか、別にベル君が誰を好きになろうとお前には関係ないじゃん。告白したわけでも無い癖に、厚かましいにも程があるだろ」
「ぐぅぅぅ、酷いよシュウジ君! 君は僕の味方をしてくれるんじゃないのかい!?」
「はっはっはっ、抜かしよる」
「ぬか!?」
(優しい子、そう、きっと優しい子なんだ)
「あ、因みに僕今日持ち合わせがないから、シュウジ君頼んだ」
「あ? お前この前も似たような事言って俺に集ったよな? なに? 狙ってんの?」
「ふぐぁぁぁぁっ!? か、神の鼻に指を入れるなぁぁぁぁっ!?」
物臭な言い方のヘスティアに軽くイラッとしたシュウジは二本の指を彼女の鼻に突き入れて持ち上げる。幾ら弱小ファミリアが相手でも流石に神相手にやりすぎだとミアハは仲裁する。
「ま、まぁまぁシュウジ君。ここは穏便に、今回は私が払うから」
「アンタもいい加減自ら厄介事に首突っ込むの止めろって言っただろうが!! またナァーザちゃんを泣かしたいのか!? そんなんだからアンタの所の借金は膨らむ一方なんだろうがこの駄神!」
「酷い! でもグゥの音も出ない!」
鼻フックで持ち上がる女神に崩れる男神。その異様な光景は周囲の客をドン引きさせ。
「神様~、只今戻り……って神様ぁぁぁぁぁっ!?」
それは女神の眷族が戻ってくるまで続いた。
因みに、結局この日の酒代はシュウジ持ちだったりする。
「これだから神は」
次回、ボッチVS赤毛の
………に、なるかもしれない。
それでは次回もまた見てボッチノシ