『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ、反省


その8

 

 

 

「あぁ、あぁ! 美しい。何て美しい光景……!」

 

摩天楼施設(バベル)。ダンジョンの蓋として機能し、迷宮都市の象徴として街の中心部に聳え立つ白亜の塔、その最上階に彼の女神のプライベートルームがあった。

 

神々は人の嘘を見破るが、この女神は人の魂の色まで見透す。見透し、見初め、気に入った魂の持ち主達を自分のモノにしてきた。そうして出来上がったのが、迷宮都市最強の派閥フレイヤ・ファミリアである。

 

その派閥の主神、フレイヤは自身の目に映る光景に心奪われていた。泣き虫で、弱虫で、誰よりも透き通っていた純粋な魂、自分のファミリアのモノ達ならば片手間で吹き飛ぶような脆弱な人間。しかし、その人間が今大きな危機に直面しながらも必死に足掻いて見せているのだ。

 

自分の所為で傷付いた仲間を守る為に、遥か高みに挑む為に、その魂の持ち主は今冒険をしている。魂がより高みへと至る為の偉業へ彼は挑んでいるのだ。

 

美しい。女神フレイヤから紡がれるのはただそれだけだった。それ以上の言葉は入らないと、それ以外の言葉は入る余地がないと、彼女の視線は終始その魂の持ち主に釘付けとなっていた。

 

軈て闘争は終わり、彼の少年は全てを出し切った事で意識を失っている。後は側で見守っていたロキ・ファミリアの者達に任せておこう、自分と同様に彼の戦いぶりに見惚れていた彼等ならきっとあの子を無下には扱わないだろうから。

 

「これで、あの子の魂はより輝きを増していくわね。さて、残る問題は………」

 

フレイヤがそう口にした途端、彼女の眉間に僅かな皺が寄り、その口元からギリッと音が鳴る。美の女神と称される彼女からしてみれば、それは有り得ない───あってはならない光景だった。

 

普段は微笑みを絶やさず、見る者全てを魅了し魂まで虜にする彼女が憤怒の形相に満ちている。その尋常ならざる彼女を間近で控えていた筋骨隆々とした男性が隣にまで近寄って跪く。

 

「フレイヤ様、御用命があれば私が即座に……」

 

「………ふぅ、少し昂り過ぎたわね。これもあの子の魂の輝きに感化された影響かしら。みっともない所を見せたわ。ごめんなさいねオッタル」

 

自身の眷族の言葉に我に返ったフレイヤは慈愛の微笑みを浮かべて男に謝罪する。そんな彼女に対し、オッタルと呼ばれた男は「いえ」と即座に且つ短い返事で返す。

 

男、オッタルは数ある冒険者の中でも頂点として君臨しており、その強さを示す高み(Lv)は7。文字通りオラリオの中でも唯一と呼ばれる存在だった。

 

彼が尽くす神は女神フレイヤにおいて他になし。彼女が望む者ならばどんな難行にも偉業にも挑む覚悟がオッタルにはあった。大地を砕けと命じられたら即実行し、ロキ・ファミリアを殲滅せよと命令されたら即命を懸けて吶喊するだろう。

 

オッタルにとって女神フレイヤは全てである。彼女が煩わしく思う悩みの種があるのならば、即座に駆り立てる準備が彼にはあった。

 

しかし、フレイヤはそんなオッタルに大丈夫とだけ口にし、彼の昂りを鎮める様にその手をオッタルの肩へと置いた。美女と野獣、正しくその通りな光景。そこにはフレイヤとオッタルにしかない神と眷族の絆があった。

 

「あの男にはアレンと【炎金の四戦士(ブリンガル)】を向かわせたわ。一先ずはあの子達が帰ってくるのを待ちましょう」

 

「御意に」

 

女神フレイヤが疎ましく思う男へ送ったのはLv6とLv5の何れも最強クラスの戦士達、オッタル同様女神フレイヤに絶対な忠誠を誓う彼等は女神フレイヤのお願い(命令)に応え即実行に移し、男へ強襲している。

 

本来なら側に控えているダークエルフ達も主神の願いに応えたかっただろうが、自分達には女神を守護するという使命がある。オッタルがいれば大丈夫という甘い考えを抱く様な者はこの場にはいない。

 

しかし、彼等の関心は既にアレン達が戻ってその報告を耳にする事だけにあった。相手は随分と腕が立つ人間だと聞いているが、それでもそれは“恩恵なしにしては”の話である。迷宮都市の中でも指折りの実力者である彼等が相手では、きっと一分も保たないだろう。

 

男に対する同情は無かった。女神の機嫌を損ねたその男こそが元凶なのだから、故にオッタルを含めた女神フレイヤを守護する彼等は気付かなかった。

 

「その必要はありませんよ」

 

穿たれた空間の孔から、仮面を被った魔人が現れた事に。

 

時が止まった様だった。いる筈の無い人間、何故此処にいるのか、どうやって此処へ来たのか、混乱する思考が頭の中で巡り、都市最強派閥の面々の動きを阻害していく。

 

唯一反応し、女神を庇うように動けたのはオッタルのみだった。自分の使命は女神を守護する事、ただそれだけを頭に入れていた彼だからこそ動けた。目の前にいるのは嘗て無い敵だと。

 

オッタルは背にした大剣ではなく、その鍛え上げた肉体による突撃を選択した。躊躇などしない、出来る相手ではない。仮面を被り素性は明らかではないが、タイミングで言えばこの仮面の男は先程主神が口にしていた者と同一人物で間違いはない。

 

アレンと炎金の四戦士(ブリンガル)が出張ったと言うのに、この男はここへやって来た。つまりはそういうこと(・・・・・・)だ。オッタルは出し惜しみをせず、ありったけの力を込めて仮面の男に体当たりを見舞う。この男を女神フレイヤから可能な限り遠ざける為に、───しかし。

 

「失礼」

 

瞬間、男は腕を横へ凪ぎ、飛び出したオッタルを包み込む様に異空間を広げた。咄嗟に拘わらず回避行動に移るオッタルだが、其処にも既にワームホールは広げられており、迷宮都市最強の戦士は声を上げる間もなく姿を消した。

 

残る二人のエルフ達も呆けた間にワームホールで転送、意識外からの強襲により迷宮都市最強の派閥は音もなく主神の目の前で姿を消した。

 

気が付けば、自身が誇り、自慢だった精鋭達が音もなく消え去った事に、彼女が理解して驚愕したのは事が終わって数秒後だった。

 

「さて一応お尋ねしますが、貴女がフレイヤ・ファミリアの主神で間違いありませんね」

 

「………えぇ、そうね。そう言う貴方は最近迷宮都市(ここ)へやって来た異邦人の人間で合ってるかしら?」

 

「えぇ、合っていますよ」

 

そう言って男は仮面に手を伸ばし、それを外す。カシュッと独特の音を出して外された仮面の中から露になるのは紫炎の髪を揺らす男性だった。

 

「自己紹介は必要ですかね?」

 

「えぇ、お願いしようかしら」

 

「では、改めまして。───俺の名前はシュウジ=シラカワ、先日からここ迷宮都市で世話になっているしがない旅人だ。そんな俺がどうしてここにいるのか、もう分かってるよな?」

 

「フフ、怖い顔。でも中々端整な顔をしてるのね。もう少し近くで見せてくれないかしら」

 

怒り心頭なシュウジに対して、女神には余裕の笑みが浮かんでいる。目の前の彼がどうして怒っているのか分かっている癖に、この女神は敢えて彼の下へと歩み寄った。

 

自分は美の女神。様々な神々の中で唯一許された美しさの化身、その自分の前ではあらゆる異性は屈するモノだと自負していた。神の力など無くとも万人の多くは自分の美しさの前にひれ伏す事になる。

 

要約すれば、フレイヤは神であると同時に女でもあった。浅ましいだろう、疎まれるだろう、だがそれでも女神は己の女としての部分を否定したりはしない。美の女神は美しさの化身であると同時に女の最たる具現者でもあったから。

 

挙動の一つで女神は全てを魅了する。整った顔と肢体、その全てが黄金の比率で完成された女神が一歩ずつシュウジへと近付いていく。

 

軈て、二人の間の距離は口付けが可能な程に近付いていく。

 

「ふふ、照れてるのかしら? 凄い力の持ち主なのに………意外と初心なのね」

 

「……………」

 

「でも、貴方に私の寵愛を授ける訳にはいかないわ。貴方はあの子の輝きを引き出してくれているけど、同時にあの子の全てを喰らい尽くす危険性を孕んでいるの、残念ながらね」

 

女神フレイヤはその眼で人間達の嘘だけでなく、その魂すらも見透していてその対象はシュウジにも及んだ。

 

彼女が眼にしたシュウジの魂、それは全くの“未知”であった。彼女が愛おしくて止まないベル=クラネルとは似ても似つかない極限の魂。

 

分からない。そう、未知という言葉から察する通りフレイヤにはシュウジの魂が分からないのだ。何せ、他の魂とは比較にならないほど巨大なのだから。

 

その大きさも漠然としていて分からない。ただ一つ言えることはこの男が何かを成す時、彼に巻き込まれた者は多大な被害を及ぼすのだから。

 

それはオラリオよりも巨大な怪物が、市内を探索するようなモノ、子供の様にはしゃいで、騒ぐだけで迷宮都市を蹂躙する傍迷惑な存在。それが女神フレイヤから見たシュウジの正体だった。

 

そんな馬鹿げた存在が、自分が愛でるベル=クラネルに近付いている。目障りという表現でさえ、今となったら足りなかったとフレイヤは思う。

 

「だからね、貴方には消えて貰いたいの。誰にも悟らせず、誰の記憶にも残らない様に」

 

甘い声でフレイヤは囁く。お前はこの街には必要ないと、女神としての自身をフル活用しながらシュウジの耳元で嘯く彼女が手応えありと改めて彼の顔を見ようとした時。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

「へ? フギュッ!?」

 

女神の鼻に二本の指が突入した。

 

「確かに、俺は傍迷惑な人間なんだろう。現に俺はこれ迄沢山の人達に迷惑を掛けてきた」

 

シュウジが思い返すのはソーマ=ファミリアの面々、この街に来たばかりの頃にはリリルカを始めとした彼等に自分の我が儘に随分振り回してきた。彼等のレベルが上がればと思い、50~58階層への連続タイムアタックを行ったりした。今思えばあの時の彼等の鼓舞するような雄叫びは必死に命を繋ぎ止める悲鳴だったのかもしれない。

 

善意の押し付けは、度が過ぎれば悪意にも勝る。以前、ある反逆皇子が口にしていた似たような言葉を思い出す。嗚呼、確かにシュウジがしてきた事は余計な善意だったのかもしれない。

 

しかし。

 

「けどな、それでも彼等は俺に言ってくれた。ありがとうってな」

 

長い間レベルアップも出来ず、底辺で燻っていた自分達が漸く前に進めた。今までの酔いが醒めた気分だ。ソーマ=ファミリアの全容を知らないから、その言葉にどれだけの意味が込められているのかはシュウジには分からない。

 

だが、シュウジと出会った事で無理矢理に死地を体験し、生き延びたソーマ=ファミリアの眷族達はその性根を破壊し尽くされ、月並みな言葉だが改心した。これ迄心を荒んでいたリリルカも言葉にこそしてはいないが、それでも自身を囲む環境を変えてくれたシュウジには感謝している。

 

シュウジには人の気持ちは分からない。ハッキリと言葉にしなければ伝わらないし、指摘する者もいないから直しようがない。けれど、だからこそ言われた言葉は大事にするのだ。彼等の口にしたありがとうという感謝の言葉を。

 

「俺はただ、そんな彼等に恥ずかしくない自分でいたいだけだ」

 

フンッと軽く腕を奮い、女神を投げ飛ばす。

 

「今日はベル君との特訓でいい気分だったからな。お前の眷族達の献身を含めて今回はこれで終わりにしてやる」

 

「だが、次はないからな」

 

シュウジは思い知る。自分の強引さと善意の押し付けに、今回の女神フレイヤからの強襲はそれらを知る良い機会だったのかもしれない。

 

だけどそれはそれ、キッチリ落とし前を付けたシュウジは鼻を大きく開かせて気絶する女神に言いたいことを言い放つと、彼女のプライベートルームから姿を消すのだった。

 

────尚、数日後突然オラリオの外側からやって来たオッタルを始めとしたフレイヤ・ファミリアの面々に都市は何事かと大いに騒ぎ立つ事になり、更には鼻を物理的に整形されて当分治りそうにない事から部屋に引き篭もる様になった鼻の女神もとい、美の女神フレイヤの存在も知り渡り迷宮都市が騒然となるのはこの時誰も予想出来なかった。

 

そして、この騒動を機に複数の派閥が動き出す。闇に蠢く者、下克上を狙う者、様々な野心野望を抱く人間と神々。

 

迷宮都市オラリオ、激動の日々はこれから始まり………。

 

「ベル=クラネルとシュウジ=シラカワか、良いね。彼等はこのアポロンが戴くとしよう」

 

そしてその第一幕が、もう間もなく開かれようとしていた。

 

 

 




以前、似たような事を説明した気もしますが、改めて。

本作の主人公は本編とは異なる枝分かれしたもう一つの可能性という事で書かせていただいております。
スパロボ風に言えば平行世界の同一人物……に近しいモノ程度に考えて頂ければ幸いです。

明らかに稚拙な自分の苦しい言い訳で申し訳ありませんが、これからも宜しくお願い致します。


それでは次回もまた見てボッチノシ

追記。
前回の話の最後の部分を一部付け加えました。

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