───アポロン・ファミリアとヘスティア・ファミリアとの戦争遊戯から数日、仮面を被った謎の男蒼のカリスマが放った大魔法の余波を受けた
アポロン・ファミリアに勝利したヘスティア・ファミリアには、勝者への贈呈としてアポロン・ファミリア達が以前使用していた屋敷を手に入れる事になった。最初は自分の力で勝利した訳ではないから、受け取って良いか悩むベルだったが、新しく眷属になった仲間達の今後の住まいを考えると、受け取らない訳には行かず、結局贈呈された屋敷を手に入れる事になった。
しかし、ただ荷物を移動するだけでは味気がない。太陽の神と彼の多くの眷族達が
「ふぅ、終わったー! 完成だー!」
「おめでとうございます。神様」
顔中に汚れを付けたヘスティアが、生まれ変わった屋敷を前に身体全体で喜びを顕にしている。嘗てアポロン・ファミリアの屋敷だったソレに面影はなく、ヘスティア・ファミリアの
飛び跳ねるヘスティアの横でベルが小さく手を叩く、その後ろでは屋敷の改造に携わった眷族達とその協力者が感慨深そうに屋敷を見上げていた。
「やれやれ、屋敷の内装を変えるなんて言うから最初はどうなる事かと心配していたが、上手くいって何よりだ」
「ですねぇ」
「リリは屋敷の改装なんて初めてでしたから、色々と新鮮で楽しかったですよ」
新たにヘスティア・ファミリアの眷族となったヴェルフ=クロッゾ、ヤマト=命、リリルカ=アーデ。屋敷の
「それもこれも、アンタの教えがあったからだ。ありがとうな、シュウジの旦那」
「気にする必要はないさ、俺はただ君達に改装のやり方を教えただけ、そこから生れた創意工夫の拘りは君達の手から生み出されたモノだ」
ヴェルフが後ろを振り返り、三人の視線の先に立つのは変わった手袋をした(軍手というらしい)シュウジ=シラカワその人。同じアポロン・ファミリアに襲われた仲という事で今回屋敷の改装に手を貸し、ヘスティア達に
ヴェルフの礼の言葉を丁寧に返すシュウジ、今回珍しくその言葉の通り彼等には改装改造の知識しか授けておらず、それ以上の過分な手助けはしていない。精々必要な資材の調達と改装に行き詰まったヴェルフ達に彼等の技術に見合ったアドバイスをする程度、自分の力だけでやり遂げたヴェルフ達にシュウジは改めて祝福の言葉を紡ぐ。
「おめでとう、これで君達の
シュウジからの言葉に三人は素直に受け取った。自身も家を建てるのに忙しいのに、それでも協力してくれた彼に、三人は改めて礼を言う。気にしなくていいのに、そう苦笑うシュウジに今度は女神と彼等の団長が駆け寄ってくる。
「シュウジ君! 君も手伝ってくれてありがとう! お陰で僕達の本拠地が完成したよ!」
「僕からも改めて言わせてください。シュウジさん、僕達の為に力を貸してくれて、ありがとうございます」
礼なら既に受け取っているというのに、相変わらず礼儀正しいベルにシュウジは苦笑いを浮かべる。
「だからそう何度も改めなくてもいいって、それよりも大変なのはこれからだ。ファミリアとして大きく成長した君達には今後も大きな困難にぶつかる時があるだろう、そんな時に皆で乗り越える為にも今は力を付けておくべきだ。………それに」
そう言って、シュウジはベルの隣にいる女神に視線を向けて。
「何処かの駄女神が拵えた借金を返済する為にもね」
「ふぐぅ!?」
ジト目のシュウジが口にした思い出したくない言葉にヘスティアは胸元を抑えて地面に踞る。ベルが現在使用しているナイフはヘスティアがヘファイストスに土下座までして作って貰った超の付く一級品、女神ヘスティアの眷族でなければ使用する事は不可能とされる特殊なナイフだが、その条件もあって性能は破格、所有者と共に成長するというある意味一心同体とも取れるナイフはそれ故にかなりの値が張っている。
アポロン・ファミリアとの戦争遊戯に勝利し、本拠地を手にいれた事で顕になったヘスティア・ファミリアの資金難。この話のお陰でこれまで冒険者として派閥に入ろうとしていた者達は全員辞退し、今ではたった四人という弱小ファミリアに戻ってしまっている。
「それなら心配はいりません。リリにお任せ下さい」
「り、リリ? それは一体」
「どういう事?」
借金地獄に頭を悩ませていたファミリアに唐突に降って湧くリリルカからのその言葉にベルとヘスティアは目を丸くさせる。一方でシュウジはリリルカが何を話そうとするのか大体察している為、一人納得した様子で彼女を見つめていた。
恐らく、彼女は今まで稼いだ資金でファミリアの借金返済に貢献するつもりだろう。別にそこに異論をはさむ余地はないしするつもりもない、そもそもアレは彼女が蒼のカリスマである自分に付き合い、苦労した果てに手に入れたお金とレアアイテムだ。彼女自身が納得して使うのなら、そこに他人が口出しする謂れはない。
(俺も、これからは必要以上に誰かに干渉するのは控えた方がいいかもな)
これ迄の自分に反省し、勝手な善意を押し付けるのは控えるようにしよう。ミアハという反面教師もいることだし、これからは他人に対する余計な干渉は控え(尤も、助けを求められればその場限りではないが)、自分の望むままに生きていこうと思う。
他人に迷惑掛けない程度に、なんてそれっぽい事を語ってはいるが、その内容は今までと然程変わらず、要するに余計なお節介は控えるという一種の戒めという奴だ。自分が思うまま、望むままに生きる。それはシュウジが今日まで抱く誓いの様なモノ。
「さて、それじゃあ俺はもう行くよ。俺も自分の家の資材を調達しに行かないとね」
「あ、シュウジさん、それなら僕達の本拠地に泊まって下さい。今は何もないけれど、精一杯おもてなししますから!」
「それはそれで魅力的な話だけど、今回は止めておくよ、これから荷物を運び込むんだろ? 忙しいのはまだ続くんだから、今は自分達の事に専念しなさい」
「良いじゃないか! 同じ災難に遭った仲なんだから遠慮しなくてもいいじゃないか! この際君も僕の眷族になっちゃいなよ! 」
「お前はお前で調子に乗りすぎだ」
それだけ言ってシュウジはヘスティア・ファミリアの新しい本拠地を後にする。その際に一度だけ後ろへ視線を向ければ、名残惜しそうにいつまでも手を振ってくるベル達がいる。義理堅い人達だ、その一方でヘスティアは寂しそうな、悲しそうな笑みを浮かべている。その微笑みは何を意味しているのか、神ではないシュウジには想像出来ない。
だが、何となく察する事はできた。
「俺を知った上でそれでも誘ってくるとか、神というのは厄介なモノだな」
きっと、彼女は知っている。自分が何者であの戦争遊戯の日に何をしたのかを。自分を抱え込んだらきっともっと大きな面倒ごとに巻き込まれるのに、それを承知した上で眷族に誘ってくる女神にやはり神は面倒な生き物だと、シュウジは改めて思い知るのだった。
「さて、それじゃあたまには遠出をしてみるかな。家の資材を集めるのもそうだけど、その前にまずはもう少しこの世界を堪能しないとな」
そう言ってシュウジは道端にあった木の棒を適当に手に取り、地面に突き立てて手を離す。重力の物理法則に従い落ちた木の棒が指し示す方角は………南西だった。
「南西か、確か彼処にはデカイ湖があったよな。メレンとかいう港街があって、魚料理が盛んだとか」
初っ端から家の資材調達とは掛け離れた場所だが、折角の機会だ。観光気分で遊びに行くのもいいかもしれない。
「金はまだまだあるし、たまには遊びを優先しても良いよな」
誰かに語り掛ける訳でもなく、そう呟いたシュウジは足取り軽くメレンの港町へ足を進る。そこで待つ神々の陰謀があることも知らずに………。
◇
巨大汽水湖───ロログ湖の湖岸沿いに栄える港街、メレン。オラリオとの距離は3
普段から人の活気で賑わう港街、その喧騒から少し離れた路地裏にある小さな酒場、その地下にて二つの派閥が顔を合わせていた。
カーリー・ファミリアとイシュタル・ファミリア、両者とも女神が統括している一大派閥である。
特にイシュタルはオラリオの歓楽街を牛耳っており、日々莫大な利益を上げている。彼女が従えている眷族達も皆実力者が多く、その規模の大きさから迷宮都市に対する影響力は大きい。
対するカーリーもアマゾネスの国を統治している女神であり、彼女が従えている眷族も何れもオラリオの冒険者達にも引けを取らない猛者が揃っている。
特に双子の姉妹は共にLv6へと至っており、既に組織としての純粋な力は迷宮都市の最強格にも匹敵するだろう。
互いの利害と目的の一致により同盟を結んだ現状に於ける最悪の組み合わせ、計画の擦り合わせを終えた両者が睨み合うように互いの眷族達を値踏みしていると、徐に女神カーリーが口を開いた。
「しかし、先日のオラリオでは大層な騒ぎがあったらしいのぅ、何でも仮面を被った謎の男が太陽神アポロンを滅ぼしたとか」
「耳が早いな。いや、この場合は知っていて当然と言うべきか」
「そりゃあそうじゃろうて、神を殺す輩は今までに何人か現れたが、完全に滅ぼしたのは今回が初じゃからな。皆、その男に一目会いたくてウズウズしておるよ」
神殺し。それはこの世界の歴史を紐解けば確かに何人かの英雄と呼ばれる者達が成し遂げている。しかし、今回違うのは神を殺したのではなく滅ぼしたという事、一度死した神はその魂を地上においておけず、天界へ強制送還という形で送り返されてしまう。
故に、神は不滅不変の超越存在として知られており、殺すことは出来ても勝つ事が出来ないとされてきた。
しかし、つい先日その常識は覆された。蒼のカリスマと名乗る仮面の男が齎した黒い球体はアポロン・ファミリアの大部分を消滅させ、主神であるアポロンすらも消し飛ばしてしまった。天界に送還されたという報告もなく、ベル=クラネルを執拗に狙ったかの太陽神は今もその魂の行方は不明のままとなっている。
故に神々は思い至った。アポロンは死んだのではなく、消されたのではないかと。死して尚世界に在り続ける神としての常識が消え去った事実に迷宮都市の神々の多くは戦慄し、内心怯えていた。
「……一応言っておくが、余計な真似はするなよ。アレは
「なんと、かの美の女神が何とも情けない。これからあのフレイヤ・ファミリアと一戦交えるというのに、なんという弱腰か」
「貴様はアレを見ていないからそんな事が言えるのだ!」
蒼のカリスマという男が齎した災厄は神々に恐怖というものを叩き込んだ。不滅とされていた者が滅びる。不変と謂われた存在が消されてしまう。未知と娯楽を求めて降り立ったイシュタルを含めた神々が恐怖というものを抱くのは初めての経験だった。
もしかしたら、あのフレイヤを追い詰めたのも件の仮面の男の仕業なのかもしれない。先日の戦争遊戯を見た後ならフレイヤがあぁなるのも納得できてしまう。
そんなイシュタルをカーリーは嘲笑う。情けないと断じる女神に合わせて、彼女の眷族達からも蔑みの笑みが溢れていく。
しかし、そんな彼女達に一度だけイシュタルは憤慨しても、それ以上憤る事はなかった。寧ろ嘲笑うカーリー・ファミリア達に哀れみの感情さえ芽生えさせていた。
「兎も角、くれぐれも余計な真似だけはしないでくれ。それさえ守れれば我々は協力に対価を支払うのは惜しまないつもりだ」
そう言って店から退出していくイシュタルとその眷族達、張り合いがないと鼻で嗤いながら彼女達を見送るカーリーは、【魔なる者】へと恐れを抱く女神イシュタルに届かない小声で言葉を漏らす。
「それは難しい相談じゃ。何せ妾は闘争と殺戮の女神カーリー、故に見てみたいのじゃ、かの【魔なる者】がもたらす闘争の行方を、お主達もそうじゃろ?」
後ろにいる己の眷族達に訊ねると、彼女達からは愉悦に満ちた嗤い声が聞こえてくる。闘争と殺戮、その二つの世界でのみ生きてきた彼女達には最早理屈理性では止められない。
故に、その結末は必然だった。突付かなくてもいい藪蛇を、一つのファミリアが豪快に踏み砕く。
そして迷宮都市は、オラリオは、人は、神は知ることになる【魔なる者】が従える深淵の魔神の存在を。
そしてその一方で……。
「いらっしゃいませー、本日は何をご所望────って、おおおおおオッタル!!?!?」
「おいおい、オラリオ最強様が一体何の用だ? 悪いが今お前さんが満足出来る品は置いて無いぞ?」
「あるだろ。そこに、店の中心に佇むアレが」
「お主……本気か?」
「無論、そこにある鎧と大剣、このオッタルが買い取りたい」
一人の冒険者が一つの決断を己に下していた。
───その頃のヘスティア・ファミリア。
「ね、ねぇリリ、本当に大丈夫なの?」
「そうだぜリリ助、あれだけの借金チャラに出来るとか、それ絶対危ない話だろ?」
「無茶な金策は控えるべきでは?」
「大丈夫ですって、ちょっと前のファミリアからいただいたドロップアイテムを売るだけですから」
「え!? そんな高額なドロップアイテムをソーマ・ファミリアが!?」
「あ、この事はくれぐれも内緒にしてくださいね。面倒な事になりますから」
「「「え、えぇ……」」」
後に、リリルカ=アーデがヘスティア・ファミリアの財布の紐を握る事になるのは、少し後の話。
更に余談として、ドロップアイテムを売りに出そうとしていたリリルカが、ソーマ・ファミリアの団長とバッタリ出会してしまい、再び騒ぎを起こしたりするが、割りとどうでもいい話である。
そんなわけでボッチが引き起こしたやらかしについての簡単な話とこれからの話に付いてでした。
それでは次回もまた見てボッチノシ