δ月*日
昨日、フェルズからベル君と
突然の仮面を着けた胡散臭い男の出現に当然警戒心を露にする異端児達、最初は会話をする事すら難しいかと思われたが、自分が仮面を外して異端児達の代表の代理と名乗るリドなる
話し合いの最中、一応の信頼の証と言うことで仮面を外して素顔を晒していたが、やはり人間相手には警戒心を払拭するのは難しいらしく、何人かは最後まで心を開かせる事は出来なかった。特に
まぁ、そんな訳で彼等と一応意思疏通を試みた訳なのだが、結果としては結構充実したと言うべきだろう。異端児達の言葉遣いも所々片言ではあるものの総じて流暢だし、自分達の立場、種族とての在り方、現実的問題を加味して、それでも自身の意見を前向きに語る彼等に自分は久し振りに感激した。
そして彼等の要求は自分……というより、地上に住まう人間達に対して異端児である自分達も地上に住まう許可がほしいとのこと。
正直難しい問題ではある。これ迄この世界の歴史はダンジョンと共に存在してきた。ダンジョンでのモンスターとの戦いは英雄譚として語り継がれており、モンスター=人類の敵という不変的立場を確立してしまっている。
そんなモンスターが人の言葉を話して地上に進出し、地上で棲みたいと願っている。これを許せる人間は果たして地上にどれだけいるだろう? いや、俺は全然ウェルカムですよ? だって話してみて彼等は随分親しみ易いし、地上に出たいという願いもあってその努力を惜しまないでいる。
そんな彼等を地上に出てくるのを許さないと言うのなら、それは人々が未だにダンジョンという地下世界に依存しているという事だ。
この世界の住人は色んな意味でダンジョンに依存し過ぎているキライがある。物価の流通もお金の流れも人の密集の高さもこの迷宮都市に集中し過ぎている。
頼りすぎている、とも言えるかもしれない。ダンジョンと共に時代を過ごしてきたこの世界………もし仮にダンジョンが消失したら、この世界は果たしてどうなってしまうのか?
文明の停滞? 或いは衰退? 何れにせよ文明の基盤をダンジョンと共に作り上げてきたこの世界にとってダンジョンとはなくてはならない伴侶の様なもの、その事を正しく理解している人間は神々を含めて何人理解しているのだろうか。
異端児と呼ばれる彼等の出現はもしかしたらそんな未来を案じる転換期の到来を意味しているのかもしれない。ダンジョンという巨大なモンスターの苗床、レヴィスとかいう
この迷宮都市に再び激動の時代が訪れるのかもしれない。まぁ、そうなった場合、自分はバリバリ異端児達の味方をするんだけどね。
と言うか、彼等が望めば今すぐにでも地上に出してやれるし、人気のいないところにワームホールで転移させて、フェルズとウラノス、あとはガネーシャ・ファミリア辺りと協力してその住処を守り時間を掛けながら徐々に人々に認知させて行けば良いだけだし。
その事を軽く話したらリド君絶句しちゃった。今までの苦労は何だったのかって。
とはいってもそれは他の協力者達から同意があったらの話だ。異端児の事については大分理解してきたけど、ウラノスがまだ自分達に隠し事がある可能性がある以上おいそれと話は出来ないし、ガネーシャ・ファミリアに関しては自分が一方的に知っているだけの関係だ。彼処の主神と話しをする以上、先ずは自分の方から話をしに行かなければならない。
ウィーネちゃんという新たな異端児が生まれた事によって事態は加速していく。取り合えず、自分はこれからウラノスの所へ戻りガネーシャ・ファミリアの主神と話を合わせたいという旨を伝えたいと思う。
色々あってやることが増えたが、これもこの世界で世話になる為の礼儀だ。自分にやれることならなんでもやるとしよう。
───因みにこれは最終的手段だが、自分の案の中にダンジョンごと異世界に再び転移させる。という強引な作戦がまだ残っていたりする。ほら、人々の恨み辛みや様々な問題がダンジョンにあるならさ、そのダンジョンがまるごと無くなったら色々解決しそうじゃない? まぁ、幾らなんでも無理矢理過ぎるし、先に述べた様にそんな事をしたらこの世界の人類に大打撃を与えかねないからやらないけどね、多分。
いっそのこと、異端児達の為の派閥とか作ったりしたらどうなのだろう? まぁ、そんな物好きな奴が神の中にいるわけないし、無理な話か。
そんな訳で異端児達との話し合いを滞りなく済ませた自分は、親愛の証として彼等に自分特製の回復薬を渡して帰路に着いた。もし万が一の時にはこの薬を使って窮地を脱しろという自分の提案を、リド君は快く受けとることを確認する事で友好の証とした。
δ月Ω日
失敗した。イケロス・ファミリアのディックスなる冒険者が、俺がガネーシャとの話を詰めていた最中に異端児達の隠れ里に強襲し、ウィーネちゃんを連れ去っていきやがったのだ。
その時に奴の襲撃によって致命傷を受けた何人かの異端児達は自分が渡した回復薬によって何とか一命を取り止めたのが、不幸中の幸いと言えよう。
だが、事態は未だ良くはない。寧ろ奴がウィーネちゃんを連れ去り、他の異端児達がウィーネちゃんを取り戻そうと地上に出たことで騒ぎはいよいよ大事になってきている。
異端児の中でも腕利きのアステリオス君が迅速に事態の収拾に向かっているが、多分事態はあまり変わらないだろう。取り合えずイケロス・ファミリアを軽く殲滅した後、自分も動くことにしよう。
それに、多分ベル君達も動く。困っている人がいるならば絶対に助けようとする彼ならば、きっとウィーネちゃんを確保してくれている筈、少し博打気味だが、後顧の憂いを断つ意味合いを兼ねてイケロス・ファミリアは直ぐ様ご退場願うとしよう。
◇
「……どうして、どうして君、なの?」
「あ、アイズさん……」
降り頻る雨の中、その光景を目の当たりにしたアイズ=ヴァレンシュタインは言葉を失う。モンスターの侵攻という異常事態により混迷を極める迷宮都市、ロキ・ファミリアの面々も事態の終息に乗り出そうと総出で事に当たっているなか、アイズは最悪のタイミングで最悪の場面を目撃する。
数多の冒険者達から襲撃を受けていたベル、その彼の後ろには涙で顔を濡らしている竜女が隠れていた。彼が、ベル=クラネルがモンスターの少女を守っている。自分ではなく、倒すべきモンスターを。
「なんで、どうしてソイツを守ってるの? だってソイツ、モンスターだよ? 私達の敵で、人類の敵で、倒さなきゃいけないモノなんだよ?」
「ダメだよ。ベル、君はそっちじゃないでしょ。ほら、こっちにおいで……」
「アイズさん……ごめんなさい。それは、出来ません」
伸ばしかけた手を、ベルは静かに拒絶する。その言葉を受けたアイズは一瞬何を言われたのか理解出来ず………。
「────え?」
「この子、泣いてたんです。泣きながら、助けを求めていたんです。悪い人に拐われて、傷付いて、悲しんで………だから僕は」
“───やめて”
「この子を、異端児の皆を、守りたいと思ったんです」
その一言にアイズは自分の中にある何かが音を立てて崩れる様な気がした。またいなくなる。自分が大切に思っていた人が、真っ白で、綺麗な眼をした人が、また自分の前からいなくなる。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
それだけは許されない。それだけは許してはいけない。彼をこんな風にしたのは誰だ。彼をここまで追い詰めたのは誰だ。
「────お前か」
「っ!!」
その眼は、光を写していなかった。あるのは目の前の敵を滅ぼすという殺意のみ、彼の背後にいる竜女を殺す。アイズはそれ以上言葉を発する事はなく、鞘に納めていた
「アイズさん、止めてください!」
「退いてベル。ソイツ、殺せない」
ベルの懇願を振り切り、アイズは石煉瓦で出来た地面を踏み抜く。風を纏い、瞬く間に突進してくるアイズにベルは刹那の判断を委ねられる。
逃げるか、諦めるか、どちらも選べないベルはせめてウィーネだけでも守るという一心で彼女を抱き締めた。自分ではなくモンスターを守ろうとするベル、その光景に言葉に出来ない苛立ちを覚えたアイズはその光景ごと吹き飛ばそうとして。
「───ふぅ、どうやらギリギリ間に合った様ですね」
────振り抜いたアイズの剣先は、しかし何も当たらず空を切るだけだった。
「ぇ? あ、貴方は?」
「蒼ノ……人?」
いつの間に其処にいたのか、この場にいるアイズを含めた冒険者達全員が、その仮面の男の出現に気付けなかった。
抱えていた二人を地面に下ろし、大丈夫かと訊ねる。ベルとウィーネは事態に思考が追い付かずただ頷く事しか出来なかった。
「おっと、ウィーネちゃん怪我しちゃってますね。化膿するといけないし、今の内に消毒しちゃいましょう」
「ウ?」
周囲が唖然とするなか淡々と応急処置をする仮面の男───蒼のカリスマ、彼はウィーネに一通りの処置を施すとアイズに向き直り。
「さて、そう言う訳で申し訳ありませんが……手を引いて下さいませんかね?」
平然と異端児達の味方をする蒼のカリスマにアイズは言葉を発する事なく斬りかかった。
次回、勇者と魔人と猛者と
それでは次回もまた見てボッチノシ