その1
────燃えている。
建物が、街が、父が、母が、人だったモノが、そこにある全てが燃えていた。
────其処は、地獄だった。炎と死で溢れ屍と救いを求める怨嗟の声で満たされたその場所は、正しく地獄の具現だった。
少年は、空を仰ぎ見ていた。闇に閉ざされ、死と屍で埋め尽くされたその場所で、少年は空に浮かぶ
「お前が………やったのか」
炎に巻かれて呼吸なんて出来る訳がない。一息吸い込めば熱した空気が肺を焼き、ガスとなった空気が少年の意識を刈り取ってくる。
だが、少年はそれを歯牙にも掛けなかった。肺が焼け爛れようと、ガスで意識が朦朧としても、少年の内に満ちている感情が、少年を奮い立たせていた。
“───何故、こんな事になっている”
“───どうして、こんな事になっている”
“───誰が、こんな事をした”
いつの間にか、少年の思考は何故という理由探しから、誰という元凶探しに移行していた。穏やかな日々を、日常を、平和を、壊したのは一体誰だ。
当然、少年にはその答えなど分かる筈もなかった。この、後に冬木の災害として知られる一連の事件がある儀式を行った末に起きた人災なのだと、少年が理解することなど有り得なかった。
“ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!”
何故壊されなくてはならない。どうして奪われなければならない。土地を、建物を、日常を、人を、命を、どうしてこんな風に一方的に踏みにじられなければならない。
「許さない」
少年の内側から溢れ出るもの、その正体は───“怒り”だ。
街をこんな風にした奴を許さない。人を殺し、命を奪い、一方的に踏み躙る不条理が、理不尽が、許せない。
そして、天に浮かぶソレを見て、少年の怒りは膨れ上がる。穿たれ、丸く、月の代わりに浮かぶ黒いソレ。
月があんなに黒い訳がない。故に少年は幼い知能と思考で
「お前だけは………絶対に許さない!」
涙と鼻水でグチャグチャになった相貌で、しかしその二つの眼は宙に浮かぶソレを捉えて離さない。絶対に許さない。全身の力を込めてそんな蚊の鳴くような声しか出せないでいる自分を恨めしく思いながら、それでも少年は黒い月を睨み続けていた。
───死が、近付いてくる。意識はドンドン遠退き、呼吸が止まりそうになっていく。
ふざけるな。死にたくない、自分はまだ死ぬわけにはいかない。まだ自分はなにもしていない、この惨劇を生み出した元凶を、まだ自分はやり返していない。父と母を殺し、祖母と生きたこの地を汚した
死ぬわけにはいかない。されど幼い少年に死という不条理を覆すには何もかもが足りなさすぎた。
己の不甲斐なさに、未熟さに、悔しさと怒りが沸いてくる。弱い自分が許せない、自分に、もっと自分に力さえあれば。
悲しく俯くあの娘も、救えた筈なのに………。
「ほう? 良い気迫ではないか、それに……中々面白いモノに魅入られているな、小僧」
「───?」
ふと、頭上から声が聞こえてきた。この地獄の中で耳に蔓延する怨嗟の声を押し退けて、ハッキリとした口調で、少年に言葉を投げ掛けてきた。
誰だ? 途切れかけた意識を繋ぎ止め─────一歩でも動けば倒れそうな癖に────この惨劇に負けたくない一心で少年は限界を越えた己の体に鞭を打ち、少年は声のした方へ向き直る。
其処には黄金がいた。暗鬱なこの世界でただ一人その男だけは黄金に輝いていた。
「………眩しい」
「おっと、我が
「────だれ?」
「ふむ、本来であればその無知蒙昧さに斬首として素っ首叩き落とす所だが、まぁ
目の前の黄金の男の指摘に、ソレもそうかと少年は納得する。地獄の中での自己紹介、そんな事している場合ではない癖に、意識が朦朧としている所為か、そんな事など微塵も疑問に思わず少年は己の名前を口にする。
「しゅうじ、しらかわ、しゅうじ」
「ならばシュウジよ。問おう、アレが───許せぬか?」
そう言って男が指差す方に視線を向けると、其処には変わらず黒い月があった。両親を奪い、街を破壊しただけに留まらず、今も尚宙で此方を見下ろしてくるソレ。
許さない、許せるわけがない。男と出逢った事で萎えていた感情が、一瞬にして噴き出してくる。
「許さない、僕は……俺は、アレが許せない!」
だが、そんな事などどうでもいい。アレの正体が何なのか、何処の誰様で、どんなに凄くてヤバいのか、修司にとってそんなモノは些末な事でしかない。
絶対に許さない。そう宣言し、男に誓いを立てるように吼える修司、口から血が溢れる。今の叫びで喉がやられたのか……しかし、口許の血を拭うだけで少年は男の赤い眼を見て離さない。
───身の程知らずにも程がある。男から見た修司はその一言で片付いた。己の矮小さを顧みずにただ叫び、吼えるだけの少年。それが男───英雄王ギルガメッシュの修司に対する最初の評価である。
しかし、それでも充分すぎた。この死に溢れた世界で、埋もれず、屈せず、そして吼える事の出来る年若い童に、英雄王は修司に対する可能性を見た。
怒りに震え、魂を輝かせる。その輝きに本来このままこの地を去るつもりだった英雄王は慟哭に吼えるこの
修司に宿るモノ、それを差し引いて尚も高まる修司への評価、英雄王の赤い蛇の様な双眸は喜悦に歪む。
「よく吠えた。ならば我も応えてやろう。我が真名はギルガメッシュ、
「王……様?」
「然り、そして貴様は今日より我の臣下となる。喜ぶがいい、貴様は今、この世で最も偉大な栄誉を賜っているのだぞ?」
「……………」
限界だ。血を吐き出した反動か、いよいよ以て意識を保つのが難しくなってきた。まだ自分はなにもしていないのに、何も成し得ていないのに、悔しい、悔しくて悔しくて、どうにかなりそうなのに。
無念と憤りに溺れながら、少年は倒れ───の、寸での所でその幼い肢体は抱え上げられる。
「先程の啖呵の褒美だ。暫し、我の腕の中で眠る事を許そう」
そう言いながら英雄王は虚空に浮かぶ金色の波紋から一枚の毛布───の、様なものを取り出して修司の体を包み込んでその場を今度こそ後にする。
─────その背後で巨大な影が遠くなっていく二人の様子を眺め続けていた。
────白河修司、本来であれば別の世界で穏やかに生きていく筈だった少年はそれから10年後、新しい戦いに身を投じていく事になる。その身に刻まれた因子と共に。
“喜べ少年、君の願いは漸く叶う”
すみません、Fate/の熱に当てられて辛抱できずに書いてしまいました。
まだ碌に物語を完遂していないのにこの体たらく、どうかお許し下さい。
おまけ
AUO「良い拾い物したー♪」(ルンルン)
G「全裸の男がショタを拉致……事案案件かな?」