『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ、遂に聖杯戦争へ。


その20

 

 

 

「───聖杯………戦争?」

 

夜の冬木の教会で修司の間の抜けた声が響く。初めて耳にしたその言葉に訝しんでいると、眼前の神父はその口角を僅かに吊り上げて頷いた。

 

「そう、この冬木の地で聖杯を巡って幾度と無く繰り返されてきた過去の英霊を持ち込んでの血腥い殺し合い。あの少女はその聖杯戦争に巻き込まれた被害者なのだろう」

 

「ち、ちょっと待ってくれよ師父。いきなり情報が多すぎて何が何だか……それに過去の英霊って何だよ、それって昔の偉人達の事──なのか?」

 

「そうだ。ある儀式によってこの世に招かれた七人の英霊、通称サーヴァントと呼ばれる使い魔達を用いての魔術師同士の殺し合い。それが聖杯戦争だ」

 

過去の英霊、サーヴァント、魔術師。いきなりのオカルトに修司は目が回りそうだった。聖杯? 万能の願望器? 七人のサーヴァントと魔術師による殺し合い? まるでフィクションの様な話だ。目の前の師父の人の悪さは十年の付き合いでそれなりに理解しているが………これは少々度が過ぎてる。

 

ふざけるなと一蹴してやりたいが、言峰が嘘を吐いている様子はない。嘘にしては話が出来すぎているし、何より彼には嘘を吐く意味がない。

 

戸惑う修司を前に尚笑みを浮かべる神父、戸惑い、迷い、動揺している弟子の態度に彼の歪んだ欲望は大いに刺激された。

 

そんな言峰の心境を見透かした様に、今まで黙していた聖女が口を開いた。

 

「───信じられないのも無理はありません。ですが、これは事実なのです。修司君」

 

「レティシア……さん?」

 

「この世界には神秘を行使するための魔術という技能が古くから存在し、その魔術を修めた魔術師なる存在が確かに存在しています。貴方も身に覚えがある筈です。嘗て貴方が世界中を旅して死徒……いえ、悪漢達を倒して廻りそしてその元凶と戦った時の事を」

 

聖女のその問い掛けに呼応し、修司の思考は過去に向く。フランスの首都であるパリの地下、其処で人々を悪漢に仕立て上げる麻薬をばら蒔いた元凶、その男は自らを魔術師と名乗り、それを知った自分を殺そうとしてきた。

 

当時はただのオカルトマニアのイカれた男かと思っていた。黒魔術に傾倒し、それを真似て模倣しただけのサイコ野郎、しかしその認識はどうやら誤りだったようだ。

 

「………マジか」

 

目を見開き、呆然となる修司にジャンヌは申し訳なさそうに頷いた。漫画やアニメでしか知り得なかった魔術、それが実在していると知って動揺してしまうが、いつまでも慌てふためいてばかりもいられない。

 

話の流れからして、自分はどうやら今回の事件の入り口にすら立てていなかった様だ。事態を正しく認識する為にも修司は言峰の話に聞き入る事を選んだ。

 

「では、続きを───いや、話を戻そう。七人のサーヴァントを聖杯の力で召喚し、魔術師同士が殺し合う。では、サーヴァントとは何か? 修司、お前は過去の偉人と言ったが、具体的にはどんな人物だと思う?」

 

「え? えーっと……織田信長とか、豊臣秀吉とか、徳川家康とか、外国ならニコラ・テスラとか、エジソンとかあとは……ダ・ヴィンチとか?」

 

「そう、何れにせよこの世界に偉業を果たして名を刻んだ者、伝説、神話、伝承、それらに記された者も全て聖杯に召喚される可能性のある者達、それが英霊でありサーヴァントなのだ」

 

「伝説や神話……て、それじゃあ何か? その聖杯戦争にはアーサー王とかアレキサンダー大王とかが参戦してくる可能性があるって事かよ」

 

「然り」

 

「───」

 

アッサリと肯定する神父に修司は今度こそ言葉を失う。伝説、神話、過去の偉人どころかもっとヤバイ連中が召喚される可能性を示唆された修司は呆然とその二人が対峙する様を想像する。

 

光輝く聖剣を携える騎士達の王と、世界を征服せんと遠征に遠征を続けた大王。………アカン、この戦いの勝敗がどちらに傾くのか、想像力の乏しい自分では考えられない。

 

「何を呆けているのか知らんが、実際お前の隣にいる聖女もその一人だぞ。オルレアンの乙女と言えば分かる筈だが?」

 

「───嘘」

 

言われて振り向けば、苦笑いのジャンヌが頬を掻いている。オルレアンの乙女、それを言われて分からない人間などそうはいない。これまでレティシアと思われていた人物がイギリスからフランスを救ったとされる猛者だったとは……。

 

「え? で、でも最初に会ったときはレティシアさんだって……」

 

「私の召喚は少々特殊ですので彼女を依り代にして現界させて戴いているんです。………その、今まで黙っていてご免なさい」

 

そう言って頭を下げてくる彼女に修司は別段怒り等の悪感情は抱かなかった。確かに自身をレティシアと偽ったのには不思議に思うが、彼女の人となりはここ数日一緒に過ごして少しは分かったつもりだ。

 

彼女は悪人ではない。少なくとも切り裂きジャックや嘗てのフランス軍の元帥ジル=ド=レェや悪名高い偉人に比べたら彼女は断然イイ人だ。少しポンコツ気味だけど。

 

「………まぁ、その事は別に良いさ。別に気にしていない。黙ってたってのも俺やシドゥリさんに余計な心配をさせたくないって所なんだろ? なら、良いさ」

 

「修司君……」

 

「まぁ、聖女様にしては少々抜けてる所があるしな。財布を盗まれて途方にくれる聖女様とか、ちょっとレア過ぎる」

 

「そ、それは! わ、忘れてください!」

 

旗を握り締めて顔を赤くさせて抗議してくる聖女を余所に、修司の思考は一気に冷静さを取り戻していく。

 

そして同時に自分が目の前の神父に訊ねるべき問いも決めた。落ち着いた思考を循環させ、情報を脳内の棚に収め、次に得られる情報を整理させる為に修司は言峰に言葉をぶつける。

 

「師父、聖杯戦争ってのがどういうモノなのかは理解できた。その上で幾つか質問したいのだけど……いいか?」

 

「良かろう。話してみるといい、答えられる範囲でなら応えよう」

 

「まず一つ、その聖杯戦争は過去に何度も行われてきた様だけど、今回で何度目だ?」

 

「五度目だ」

 

「これまで五回の間で聖杯って奴を手にした奴はいるのか?」

 

「……前回では聖杯に手を掛けたモノがいたが、結果を言えばNOだ」

 

前回、そこで僅かに言い淀む言峰に違和感を覚え、そして確信した。震える手に力を込めて平静を装いながら、修司は質問をより深く切り込ませていく。

 

「その、前回の聖杯戦争ってのは………一体、何年前の話だ?」

 

「修司君?」

 

どうやら声が少し震えていたらしい、修司の様子が変だとその質問で何となく察したジャンヌ。対して言峰はその質問に対してその口元を愉悦に歪ませて……。

 

「10年前だ。あの日、冬木で起きた大火災。その原因となったのが聖杯戦争。つまり、嘗てのお前は当時の聖杯戦争に全てを奪われた被害者という事になる」

 

「っ!?」

 

明かされる真実にジャンヌは言葉を失い、修司の眼が怒りに染まる。思い浮かぶ光景、忘れもしない死と炎に包まれた地獄の世界。父と母を殺し、祖母との思い出の地を汚し、多くの犠牲者を出した災厄。

 

その元凶が聖杯戦争。自分の望みを叶える為に手前勝手な殺し合いをした挙げ句、冬木を地獄に変えたふざけた儀式。この時、修司は自分が何をしたいのか、何をするべきなのか分かった気がした。

 

「──そっか、ありがとう師父。色々教えてくれて」

 

「そう思うのなら、今度は私の問いにも応えて貰おうか。白河修司、我が弟子よ。今の話を聞いてお前はこれからどうするつもりだ?」

 

「決まってる。“ぶっ潰す”んだよ、その聖杯って奴も、それに群がる魔術師も、二度とそんなふざけた儀式が出来ないように跡形もなく潰してやる」

 

それは、修司にとって当然とも言える選択だった。嘗ての地獄を生み出した元凶が、今この冬木の地で蠢いている。許せる筈がない、聖杯戦争を行うという事は再びあの地獄を具現化させるという事、それは修司にとって何よりも許せない所業である。

 

「ふふふ、ぶっ潰すと来たか。しかし修司よ、分かっているのか? お前はサーヴァントを使役しておらず、マスターでもなければ魔術師ですらない。唯の一般人でしかないお前が聖杯戦争に参加するというのか?」

 

「───それは違うぜ、師父。一般人なのに聖杯戦争に首を突っ込むんじゃない。魔術師でもマスターでもない、一般人な俺だからこそ聖杯戦争に乱入出来る資格がある」

 

聖杯戦争とは、魔術師同士による秘密裏で行われる。神秘の秘匿の為、部外者を不必要に巻き込まない為に。………けれど、それはあくまで魔術師側の理屈だ。

 

既に冬木は巻き込まれている。大火災だけの話ではない、10年前の子供達ばかり狙った胸糞悪い連続殺人事件も、サーヴァントとそのマスターによって引き起こされた可能性がある。魔術師側に止める意思が無いのなら、無関係と思われる一般人が正面切って言い切るしかない。

 

殺し合いがしたいなら、誰もいないところで勝手にやれ。自分達の願望の為に無関係な人間を巻き込むな。と、具体的に分かりやすく突き付けるしかない。それでも魔術師達が戦争を止めないと言うのであれば……。

 

「魔術師が他人に理不尽を振り撒こうというのなら、その不条理を捩じ伏せてやる」

 

喩え、それで己自身が誰かの理不尽になったとしても、修司はこの戦いに首を突っ込む事に決めた。

 

「成る程、道理だな。なら貴女はどうだ聖女ジャンヌ、裁定者(ルーラー)として顕現した以上、貴女には聖杯戦争が正しく運営されるのを見届ける義務がある。貴女の立場からすればこの男の言葉は無視できない筈だが?」

 

「───私がこの聖杯戦争に召喚されたのは偏に今回の聖杯戦争に異常を感知したからです。私はそれを見届ける義務があるし、場合によっては阻止する責任があります」

 

「ほぉ? 聖杯戦争を審判するものが聖杯戦争を阻止すると?」

 

「その戦争が、罪もない人々を巻き込むのであれば……」

 

言峰の問いにジャンヌは凛とした姿勢で即答する。敵に回るかと思われていたジャンヌが、思わぬ形で味方になってくれた。これから一人で昨夜の黒い巨人みたいな化け物を相手すると思うと辟易としてくる修司だが、オルレアンの乙女が協力してくれると言うのならこんなに心強い事はない。

 

「い、良いのかジャンヌさん。俺、多分滅茶苦茶首を突っ込むと思うんだけど……」

 

「だから、ですよ。貴方みたいな無鉄砲な男の子を放っておいたら、それこそ何が起こるか分かりませんもの。せめて私の眼が届く範囲であれば、何かあった時対処できますから」

 

「な、なんかその……ゴメン。でも、ありがとう」

 

「ふふ、まるで手の掛かる弟を持った気分です」

 

「互いに戦う意味と意義を見出だせた様で何よりだ。それで? 他に聞きたいことはないのか? 無いのなら早急に去るといい。間もなく救急車もくる。事情を説明するにはお前たちは少々邪魔だ」

 

その言葉は棘だらけだが、確かにそろそろ救急車が此方に向かってくる頃だ。彼に事情の説明を頼むのならばここに自分達がいるのは好ましくない。限られた時間で修司は他に訊ねる事はないか模索し………。

 

「───いや、ないよ。ありがとう師父。じゃ、俺はこれで」

 

「そうか、ならば精々気を付けると良い。マスターでもなければ魔術師でもない。只人であるお前がこの聖杯戦争に何を齎すのか、見届けさせて貰おう」

 

その言葉を最後に修司はジャンヌと共に教会を後にする。残された神父はその背中を見届けて───。

 

「ない……か、相変わらず。嘘が下手な男だ。本来ならもう一つ位あっただろうに、変な気を遣う所も相変わらずか」

 

その稚拙な隠し事に呆れの笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───冬木の教会を出て、少し離れた所にあるベンチに腰かける二人。遠くから聞こえてくる救急車のサイレンの音に耳を傾けて暫く無言を貫いていた二人、その沈黙を破ったのは修司の方だった。

 

「───しっかし、聖杯戦争かぁ。とんでもない事に首を突っ込んじまったなぁ」

 

「なら、今からでも撤回しますか? 私は構いませんよ? むしろウェルカムです」

 

「まさか、一度決めたことをやりもしないで撤回したら、それこそ王様に殺されるよ。一度吐いた言葉はある程度結果を出すまで撤回してはいけない。俺ん家の数少ない教訓なんだぜ?」

 

軽口を叩き、微笑む二人。どうやら自身が決めた事に迷いは無さそうだとジャンヌは安堵する。

 

「でも、レティ──ジャンヌさんだって本当に良いのかよ。アンタも願いによって召喚されたサーヴァントなんだろ? 俺に付き合って本当に大丈夫なのか?」

 

「……先程も少し触れましたが、私の召喚は少し特殊なんです。肉体であるレティシアを依り代に現界していますから、分かりやすく言えばレティシアという肉体に私という魔力を纏っている。みたいな感じです」

 

「それ、レティシアさんは?」

 

「彼女は全てを知った上で了承してくれました。でも安心してください、一応安全機能はあるんですよ。私が万が一聖杯戦争の最中死亡する事があれば、彼女は安全な場所に転移される手筈となっていますから」

 

「緊急脱出装置……みたいなもんか。そっか、なら俺から言うことは何もないな」

 

「納得して戴いて何よりです。……ですが」

 

「?」

 

「不安材料が、ないと言えば嘘になります。今回の聖杯戦争は何かがおかしい。そもそも、ルーラーである私が聖杯大戦でもない戦争に召喚される。それ自体が異常な事なんです」

 

「せ、聖杯大戦?」

 

またもや出てきた新しい単語、聖杯大戦とは一体何だと悩ませている修司を余所にジャンヌは昨夜目にした蒼い魔神の事を思い出す。

 

あの魔神は修司が起因しているのは間違いない。しかし今朝の様子から彼がその事に気付いている様子はない。本人にも分からないナニか、あの魔神は何なのか、人並外れてサーヴァントの領域に至りつつある非常識な身体能力も関係しているのか、疑問に思う事は幾つもあるが分かっている事は一つ。

 

修司から、可能な限り目を離してはならない。彼の存在が今回の聖杯戦争の異常に関係しているのなら、彼の動向を監視する責任が自分にはある。恩義はある。負い目もある。けれど聖杯戦争の審判役として召喚された以上、その責務を果たす義務がある。

 

けれど、彼の事が心配なのもまた事実で。

 

(どうか、彼の往く道に光が在らんことを──)

 

混乱する修司の隣でその行く末を祈るジャンヌ。

 

「修司、お前こんな所で何をしてるんだ?」

 

そこへ第三者達が訪れる。

 

「あれ? 士郎? お前こそ何してんだよ。家に帰ったんじゃなかったのか? それにそっちは………遠坂?」

 

赤毛の少年と紅い衣服の少女、互いにいるはずのない人物に目を丸くさせ。

 

「気を付けろ、凛」

 

「下がってください、士郎」

 

何処からともなく現れた赤い外套の男と、レインコートを脱ぎ捨て、顕になる乙女の騎士が三人の間に割って入ってきた。

 

 






穂群原学園。とある昼下がりにて。

「しかし、蒔の字は歴史についてだけは博識だな」

「そうだね。日本史の先生も舌を巻いてたし、いつか本当に教授目指して勉強してみたら?」

「えー? 嫌だよ面倒くさい。それに、知ってるやつがあまりいなくて結構寂しいんだぞ? 話し合わせてくれるの白河位だし、戦国時代限定で」

「ほう? 白河もか」

「試しに聞いてみる? おーい白河! 塩分とりすぎてトイレで乙った戦国大名と言えばー?」

「お前、景ちゃんの事悪く言ってんなよ! 越後でマジの軍神張ってた偉い人なんだからな!」

「わー、凄いね」

「て言うか、上杉謙信を景ちゃん呼ばわりって……」



ifもしも修司がいるカルデアWithマイルーム。

イリヤ(プリヤ)の場合

「あ、あれって修司さん? 嘘ー!? あの人って怒らすとあんなに怖いの!? いつもは矢鱈と麻婆勧めてくる変な人なのにー!?」

「普段温厚な人ほど、怒らすとヤバイって話ですね」

「わ、私も気を付けよう……」

Q.もしも修司がプリヤ世界でAUOのカードをインストールしたら?

A.黄金聖闘士みたいになります。(但し、戦闘の愛称で能力はガタ落ちする可能性大)


それでは次回もまた見てボッチノシ


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