『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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───一体、何時から間桐桜がヒロインだと錯覚していた?


その28

 

 

 

────間桐慎二にとっての魔術は羨望し、渇望し、他の何よりも欲する絶対的な象徴だった。

 

嘗て魔術師の家系であった間桐、その歴史は長く元は遠い異国の地から移住してきた血族だと知った時、当時まだ小学生である慎二にとって正に夢心地の心境だった。

 

自分は魔術師の血を引いている。他とは違う特別なのだと慎二は幼い頃から増長傾向にあった。

 

尤も、その鼻っ柱も白河修司と出会う事で粉微塵に粉砕されたのだが───閑話休題。

 

魔術師という他とは違う家系、何れは自分もその家系を受け継ぐのだと思い………そして、慎二の魔術師としての矜持は始まる前に終わっていた。

 

自分は要らない子だった。産まれた瞬間から間桐の家から不要と断じられた人間だった。魔術師に必要な器官である魔術回路は無く、間桐慎二はこの世に生を受けた時点で魔術師の素養は皆無だったのだ。

 

そして代わりに間桐の魔術を受け継いだのが養子だった間桐桜、養子で拾われた子供だと哀れみの対照で、魔術師である自分の妹だと慎二なりに可愛がっていた桜こそが魔術師でない自分を哀れんでいた。

 

それ以降、慎二は鬱屈された家庭環境の中でジワジワと歪んでいった。慎二を要らんと断じ、苦しむ孫の姿を愉しむ臓硯とごめんなさい位しかマトモに話さない桜、慎二の自尊心を歪ませるのには充分すぎる環境だった。

 

それでも、学校にいる間だけは不思議と心が安らいだ。魔術というモノを知らないバカな一般人、自分よりも下の人間を内心下に見ることで慎二の心はどうにか平穏を保てていた。

 

でも、それ以上に心が安らげたのは慎二が自ら格上と断じる修司が、正しく慎二を評価していた時だ。

 

間桐慎二は性格がお世辞にも良いとは言えない、それこそ女子には手を上げるし、見えない所では義妹の桜にさえ不当な暴力を奮う時がある。

 

───でも、それだけだ。暴力を奮う時点で最低な義兄なのは変わりない。しかし、最後の一線を越えることはしなかった。臓硯に命じられた時も精一杯の勇気を振り絞り、義妹と交わるなんて気持ち悪いと震えた声で断ってやった。

 

間桐慎二は魔術師に憧れる。どんなに焦がれても魔術師になれる事はない、それは覆す事のない事実。

 

でも、もし聖杯戦争に義妹の代わりに参加できるのなら。もし、聖杯戦争を勝ち抜き万能の願望器である聖杯を手にすることが出来たなら。

 

その時、慎二が願うのは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ修司ぃ。相変わらず無駄に元気だねぇ、流石は陸上のエースだけあるね」

 

「慎二………」

 

赤い結界の光が差し込んでくる二階の突き当たりの廊下で修司と慎二は向かい合っていた。

 

慎二の腕の中には結界の影響か身動きの出来ない桜が苦しそうに顔を歪めている。それだけでも修司にとって許されない光景なのに彼女の頬には鋭いナイフの刃が突き立てられている。

 

「おっと、動かないでくれよ? 流石に僕も妹の顔に傷を付けるような真似はしたくない。事が済むまでお前には大人しくして貰おうか」

 

「………このふざけた騒動はお前の仕業か」

 

「まぁね。サーヴァントってのは燃費が悪くてさ、こうして定期的に魔力を補充しないと戦うのも儘ならなくてさ、ホント困っちゃうよ」

 

修司の怒りの滲んだ問い掛けにも一切悪びれる様子はなく、慎二は淡々と応えた。自分の友人が学校の人間達を窮地に追いやっている。その事実に修司は拳を強く握り締めるが、桜が慎二の腕の中にいる以上、迂闊に近付く事は出来ない。

 

「───今、この校舎には三人のサーヴァントが集まっている。セイバー、ルーラー、アーチャー、事態の収集に集まろうとしている彼等を相手にお前だけでどうにか切り抜けられるのかよ」

 

現在、修司はジャンヌと合流するために単独で動いていたが、そのジャンヌも間もなく到着する。彼女のルーラーとしての能力ならば慎二とそのサーヴァントの位置くらいすぐに把握出来るだろう。

 

そうなれば彼女の令呪の力でキャスターの時と同様に状況は逆転する。故に修司は遠回しに投降を呼び掛けるが、慎二にはその事が分からないのか、その笑みは依然として狂気の色を滲み出していた。

 

「へぇ? サーヴァントが三騎も、それは壮観だ。流石の僕も対処仕切れないだろうね。………でも、本当に良いのかよ? この狭い校舎の中で四人もサーヴァントを闘わせる気かよ、まだ大勢の人間がいる学校でさ!」

 

「………」

 

思っていた以上に慎二の思考は冷静だった。サーヴァントという超人達の戦いを前に意識のない人間が耐えられる訳がない、最悪そのサーヴァント達の戦いの余波で何十人という死傷者が出てくるだろう。

 

「更に言えば、僕のライダーの宝具は移動に特化した代物でね。もしここで使ったら被害は更に跳ね上がるだろうなぁ!」

 

慎二のサーヴァント───ライダーはその名の通り騎乗する事を得意とするサーヴァント、修司は宝具と言うものが何なのか理解できないが、恐らくはアサシンの様な必殺技………切り札の類いなのだろうと推察する。

 

そのライダーの持つ切り札は乗り物、慎二の言うことが本当なら今ここでそれを使われる訳にはいかない。しかし、今の修司には何も出来ないのもまた事実で、出来ることと言えばルーラーが駆け付けてくれるまで時間を引き伸ばすだけだ。

 

「……一体、俺に何をさせたいんだ? 何の為に俺の前に現れた」

 

「なぁに? 漸く観念した訳? 察しが良いのは助かるけどさぁ、もう少し頑張って欲しかったよ」

 

「…………」

 

「おっと、とは言え時間がないのもまた事実だ。遠坂や衛宮に気付かれる前に用件は手早く済ませよう………出てこい、ライダー」

 

瞬間、慎二の横で長身のボディコン姿をした女が現れる。どうやら本当に生きていたらしい。この分だと敗退と宣言した間桐臓硯の方にも注意をするべきかと考える修司に対し、慎二は昂った感情のままにライダーへ命令を下した。

 

「やれライダー。この間の仕返し、倍にして返してやれ」

 

慎二は無抵抗で動けない修司に仕返しという自尊心を満たすためにライダーへ命令をする。

 

「や、止めて兄さん………」

 

「うるさい! 戦いもしないグズは黙ってろ! どうしたライダー、さっさとやれよ! お前がアイツに無様に負けるから、こんな面倒な事になったんだろ!」

 

桜の制止の声を振り払い、慎二はライダーへ激を飛ばす。この状況に陥った原因は自分にもある、そう自ら言い聞かせ、ライダーはその長身の体を低くし……。

 

「───怨んで下さって結構ですよ」

 

獣の如く跳躍し、その体躯を活かした回し蹴りを修司の身体へ叩き込んだ。

 

「っ!」

 

桜が息を呑む声が聞こえる。ライダーの、サーヴァントの蹴りをマトモに受けて無事に済む訳がない。次に悶え苦しむ修司の様子を想像し、喜悦に歪む慎二だが………。

 

「っ!?」

 

「…………」

 

ライダーの蹴りを受けたまま、微動だにしない修司を見て慎二の表情は凍り付く。

 

ライダーの蹴りは間違いなく入った。その証拠に今も彼女の蹴りは修司に突き立てている。が、それだけだ。サーヴァントの蹴りを受けて平然としている修司は一切の痛みも衝撃も感じること無くその場で佇んでいる。

 

衝撃を感じない訳ではない、痛みを感じない訳ではない。だがライダーというサーヴァントの膂力が其処に至るまでのダメージを負わせられなかっただけの事、幾ら今のライダーが多大な制限の状態(・・・・・・・・)だとしても、目の前の光景は信じられないモノだった。

 

「な、何だよ。何平然としてるんだよ? ら、ライダー! 相手が無防備だからって手を抜いてるんじゃないぞ!」

 

「い、いいえ慎二、私は本気です。今の私は本気で彼を倒そうと………」

 

「~~~~っ!! なら、何でソイツは倒れないんだよ! やれ! やるんだよ! 徹底的に!」

 

遂にはその光景に理解が追い付かず癇癪を起こして慎二はライダーへ更なる命令を加える。桜の制止の声など最早聞こえない、慎二はサーヴァントの弱さは自分には関係ないと自分を誤魔化し、修司への追撃を命じる。

 

ライダーには断る事は出来なかった。そして、ライダーは修司を打ち倒そうと何度も打撃を放った。拳を振り抜き、蹴りを振り抜き、身動きできない修司へ何度も攻撃を繰り返し行い───。

 

───結果、それでも修司が倒れる事はなかった。痣は出来ている。打たれた箇所も熱を帯びて僅かに膨れ、鼻や口元には微かだが血も流れている。だがそれだけだ。その瞳は依然としてライダーを…………否、慎二を捉えて放さない。

 

「何だよ、何だよ何だよ何なんだよ、お前ーーっ!?」

 

なぜ倒れない。何故退かない。サーヴァントの攻撃を受けて何故平然としていられる。サーヴァントは人類を超越した使い魔ではないのか、息切れを起こして肩で呼吸をし始めるライダーと修司を見て慎二は発狂の叫びを上げる。

 

もう、時間はない。もうじき士郎達が今の叫びを聞き付けて集まってくる。残り少ない時間の中で慎二は撤退を余儀なくされたのだが………。

 

「僕は、僕は魔術師なんだぞ! マスターなんだぞ! なのに何で、何で!!」

 

目の前の唯の人間すら倒せない。その事実に慎二が悲鳴にも似た叫びを上げる中、修司は歩み出す。

 

一歩、また一歩と、疲弊したライダーを尻目に修司は慎二へ歩み寄る。

 

当然、慎二に対して許せないという感情はある。桜や学校の皆を巻き添えにして、今も苦しませてその張本人は自分の欲求を満たす為だけに行動している。

 

修司にとって、今の慎二は理不尽そのものだった。許せない、許せるものではない。理不尽や不条理に抗う為に修司は力を得ようとし、今もその気持ちは変わらない。

 

………でも、それと同じくらい友達を放っておけないのも、また事実で───。

 

「慎二、そんなもの(魔術)とは手を切れ」

 

故に、彼が友人に手を伸ばすのはごくごく当たり前の事だった。

 

「………っ!」

 

差し出された手、それはどう見ても間桐慎二を哀れんでの事だった。しかし、慎二に哀れんでいるのは彼が魔術師だからではない。そもそも、修司には魔術師がどういうモノか、毛ほども理解していないのだ。

 

「お前が何で其処までして魔術に拘っているのか何て分からない。きっと、俺なんかじゃ計り知れない事情があるんだろ」

 

「…………」

 

「でも、その上で言わせてもらう。慎二、魔術なんてものとは手を切れ、そんなモノ無くてもお前は充分凄い奴だよ」

 

修司から見て、間桐慎二は優秀な人間だった。何事も卒なく熟すし、口は悪いがその実結構な面倒見の良さがある。

 

中学の頃、お人好しな士郎を利用しようと画策していた連中を人知れず制裁を下していたのも修司は知っている。そんな間桐慎二だから、修司はこれまで友達でいられたのだ。

 

魔術師の家系に産まれたのに魔術を使えないことに哀れんだのではない。修司は魔術師なんてモノに拘る慎二に憐れんでいるのだ。

 

慎二は魔術が無くても余りある才能がある、それを活かす頭脳がある。その力がきっと誰かを助ける為の一助になるし、或いは社会を支える一つの柱にだってなれる。

 

────そして、何より。

 

「これから先、お前はもっともっと凄くなる。俺が保証する。だから慎二……」

 

“戻ってこい”

 

慎二という友人を魔術側に行かせたくなかった。

 

自分よりも遥かに優れた修司から、正当に認められている。それが喩え魔術に拘っていたこれ迄の自分への全否定だとしても………“嬉しい”と、間桐慎二は思ってしまった。

 

「僕は………僕は!」

 

慎二の決意が揺れ動く。そんな時、最悪のタイミングでそれは起きた。

 

「慎二! アンタ、なにやってんのよ!」

 

「修司、無事か!?」

 

慎二の後ろから遠坂が、修司の後ろから士郎とセイバーがそれぞれ挟み込むように現れる。そして、腕の中に囚われの桜を見て、遠坂の表情は怒りの一色に染め上げる。

 

「慎二、こんなことをして、唯で済むと思わないでよ!!」

 

「ヒィッ!? と、遠坂!」

 

「士郎下がって、この距離ならライダーを仕留められます」

 

魔力回路から魔力を流す遠坂と、見えない剣を手にするセイバー。臨戦態勢の状況、唐突に追い詰められた状況に慎二は叫ぶようにライダーへ指示を飛ばす。

 

「ら、ライダー! 宝具だ。宝具を使えぇぇぇっ!!」

 

「っ!? だめぇぇっ!!」

 

宝具の使用を求めた慎二を遮る様に桜が悲鳴をあげる。瞬間、慎二が手にした本は火花をあげて次の瞬間火が灯り、本は瞬く間に燃え尽きていく。

 

慎二が信じられないものを見るように目を見開いている瞬間、修司にライダーの蹴りが再び襲った。突然の反応に咄嗟に両腕を交差させて防ぐが、伝わってくる衝撃はこれ迄の比ではなかった。

 

(なん、だ。この重い蹴りは!? さっきとは別人じゃねぇか!)

 

ライダーの蹴りに圧され、一歩後退る。これ迄のライダーとはまるで別人の様な怪力に修司は目を大きく見開き……そして言葉を失う。

 

桜の側に寄り添う様に立つライダー、彼女の手の甲には令呪らしき紋様が浮かんでおり、その状況から彼等が辿り着く答えは一つしか有り得なかった。

 

「そう、そう言う事、まんまと騙されたわ。ライダーのマスターは慎二じゃなくて、桜。貴女だったのね」

 

信じられないと士郎と修司が打ち震える中、止めを刺すように遠坂が真実を口にする。間桐桜がライダーのマスター、衝撃の真実に修司の思考は停止する。

 

「逃げますよ桜、捕まってください」

 

「逃がすと思うか、ライダー」

 

「そうですね。ですから、私も手段を選ぶのを止めましょう」

 

逃げようとするライダーを阻止せんとするセイバー、校門からはルーラーの気配も近付いてくる。手段を選んでいる場合でないと悟ったライダーは、これまで付けていた目隠しを取り外す。

 

瞬間、士郎達の身体は突然石のように………否、修司と士郎の身体は石になっていく。セイバーも重圧に掛かった様に動きが鈍り、残された遠坂はその様子に言葉を失う。

 

「魔眼ですって!?」

 

「しかも、これは恐らく宝石級の石化の魔眼。これ程の魔眼を有する英霊………いや、反英霊は恐らく」

 

「その通り、私はゴルゴーン姉妹の末妹。メドゥーサ、体制を整える為、ここは退かせて貰います」

 

「させるかっての!」

 

「あぁ、それは止めておいた方がいいですよ。私の魔眼はセイバーには通じませんがそのマスターは定かではない。この学校の生徒達と同様、早急に対処せねば手遅れになりますよ」

 

「くっ!」

 

ライダーの言う通り、士郎の身体は刻一刻とその肉体が石化に侵食しつつある。修司の方は何故か足下だけに留まっているが、桜がライダーのマスターである事実に放心状態のまま、セイバーも今のライダー相手に一撃で仕留められない以上、残された選択肢は数少ない。

 

ルーラーが駆け付けるまで後数秒、階段を駆け上がってくる足音を耳にしたライダーは、桜を抱えて窓を突き破り外へ飛ぶ。

 

「アーチャー! くそ、連絡遮断の結界はそのままか!」

 

遠坂の悔しさに満ちた台詞とは対照的に、ライダーの姿は瞬く間に遠くなっていく。ルーラーが修司達の下へ駆け付ける頃には既に全てが終わった後だった。

 

結界は解除され、学校の人々は意識を失いながらも助かった。間もなく救急車が駆け付け、事態は収集するだろう。

 

残されたのはライダーのマスターが桜だったという真実と………。

 

「慎二………」

 

全てを失い、力無く項垂れる間桐慎二だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




Q.桜はヒロインじゃないの?

A.ヒロインではあります。


if修司のいるカルデアWithマイルーム。

カルナの場合。

「白河修司か。確かに、彼は勇敢な戦士だ。現代に於いて彼処まで己を鍛えた者を見るのは俺としても大変喜ばしい事だ」

「ただ、あの男から彼の破壊神を感じてしまうのは……何故なのだろう。問い質しても本人も分からない様だし、かといって嘘を吐いている訳でもない」

「パールヴァティ様も気にしておられた様だし………まぁ、俺が言っても仕方のない事なのだろうが」



アルジュナの場合。

「はい、大変優秀な戦士かと。勤勉で慎ましく、常に己を向上し続けるその姿勢は好ましく思います」

「………ただ、一つ疑問が。彼は本当にサーヴァントでは無いのですよね? 他の方のように神の依り代となった存在ではないのですね?」

「むぅ、ならば何故彼から彼の破壊神に似たモノを感じてしまうのでしょう? 私、気になります」

パールヴァティの場合。

「え? あ、はい。白河さんですね。えぇ、存じていますよ? 私も時々あの人にはお世話になっていますから」

「ただ、その……彼って何処か夫と似ているから、時々間違って呼んじゃいそうになるんですよね。駄目ですよね、こんなの夫にも彼にも失礼なのに……」

「この間も、つい間違って【アナタ】って呼んじゃって、あの人、泣きながら倒れちゃったんです」

「早く直したいのですけど、どうも………」




「おい、修司さんがまた泣きながら倒れてるぞ」

「あっ、でも今回は少し嬉しそう」



それでは次回もまた見てボッチノシ

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