『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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────祝え。


その40

 

 

 

「───この異常な程の魔力反応、やはりあの影は聖杯から生まれたモノと見て間違いない様ですね」

 

冬木の街から少し離れ、郊外にある森の奥深くにある嘗てアインツベルン城………その跡地にてジャンヌは先に遭遇した影の正体を見極める為にこの地へ赴いていた。

 

先日起こったランサーと修司の戦いによる痕跡は今も根付いたままだが、あの影の残した跡は跡形もなく消えていた。

 

同様にあの泥も消えている。しかし、代わりにその地には魔力による痕跡がこれでもかと残されていた。隠す気など更々無いような残り香に到着時のジャンヌは眉を寄せて顔を顰めていたが、その強烈な残滓のお陰であの影の正体が何であるか大体の検討は着くことが出来た。

 

あれは、聖杯から溢れ出たモノ。人に仇成す為に生まれ、命を喰らう為だけに顕現する悪意の結晶。人類にとって天敵とも呼べる悪意があの影の正体である。

 

だが、何故それが聖杯から生まれてしまったのか。何故よりにもよってあんなものが出てきてしまったのか、影の正体は分かってもその原因と理由については未だ不明のまま依然として分かっていない。

 

ただ確かな事はこの事態を望んで引き起こしたモノがいる。その輩はこの影が引き起こす惨劇を承知した上でこれを解き放とうとしている。それはこの聖杯戦争に於ける明確なルール違犯……いや、ルールそのものを破壊する所業である。

 

これを成そうとするモノは間違いなく自分の敵だ。その事が分かっただけでも収穫はあった。後は件の下手人をどう暴いて阻止するか、事態は刻一刻と過ぎようとしている。自身が召喚された意味を知り、早く街へ戻り修司と合流しようとジャンヌが踵を返した時。

 

「──ここにいましたかルーラー」

 

「セイバー?」

 

森の中から騎士甲冑を身に纏うセイバーが現れる。その様子から並々ならぬ感情を秘めていると察したジャンヌは戸惑いながら彼女へ向き直る。

 

「ど、どうしたのですセイバー? 何故貴方がここに? 貴方は普段自身のマスターと共に行動していると思っていましたが……」

 

「故あって、問い詰めたい事柄が出来た為、単独で貴方を探してました」

 

「──分かりました。ですがその前に一度場所を変えましょう、ここは危険です。ここを離れ、落ち着いた場所で話をしま──」

 

ここに留まればいつまたあの影に襲われるか分からない。あの影の相手はサーヴァントでは不可能に近い、故に場所を変えて改めて話をすることをジャンヌは提案するが………それは出来なかった。

 

突き立てられた刃、風によって遮られ、不可視となった刀剣を突き付けられたジャンヌは突然の事に内心狼狽する。

 

「………セイバー、何のつもりですか?」

 

「何のつもり? それは此方の台詞だルーラー、同盟者である我々に隠し事をするなど、どういう了見だ」

 

「隠し事? 一体なんの話を………」

 

「まだ惚ける気か。いいだろう、ならばハッキリ言ってやろう」

 

「嘗ての聖杯戦争の参加者、前回のサーヴァントであるアーチャーと彼、白河修司と繋がっていた事を何故黙っていた。答えろ!ルーラー!」

 

───隠しているつもりはなかった。ルーラーにとって前回のアーチャーが生存し、現代に未だ現界している事は今回の件について関係ないと思っていたからだ。

 

彼は一つの命としてこの世界に根差している。嘗ての戦いで全てを失った少年を家臣として迎え入れて、育て、見守っている。そんな彼が悪徳を成さないと判断した上で………結果として、放置する事となった。

 

勿論、彼女はセイバー達にこの事を話すつもりではいた。前回のサーヴァントが現界しているが、これといって此方に干渉してくる様子はないと、だがこれまで続く異常事態がその事を告げる機会を奪っていった。

 

ルーラー、ジャンヌ=ダルクはミスを犯した。それは事前に士郎とセイバーにアーチャーことギルガメッシュの存在を伝えなかった事、そして………。

 

「事と次第によっては私は貴方を斬らなければならなくなる」

 

セイバーがギルガメッシュと同じ前回からの参加者であること、そして何より二人の関係について把握出来ていなかった事。

 

己のミスに表情を曇らせるジャンヌ、戸惑う彼女の眼前には怒りを滾らせる騎士の王が佇み、そんな彼女達を喰らう為にあの影が再び姿を表すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───よぉ、間桐臓硯。招待状の通り一人で来てやったぞ。シドゥリさんと慎二は無事なんだろうなぁ?」

 

間桐邸の魔術工房に繋がる扉が壁ごと破壊され、崩れる瓦礫の中から現れるのは頭髪を怒りでざわつかせた修司が、不敵な笑みと共に間桐の蟲蔵へと足を踏み入れた。

 

「───招待状、だと? お主、何を言っている」

 

「おいおい、ボケる場面じゃないんだぜ? 折角人を彼処まで挑発したんだ。もう少し、大胆不敵に構えていろよ」

 

階段を降りず、修司はそのまま臓硯の前まで飛び降りる。蟲蔵に充満する嫌な臭い、醜悪なその臭いだけで怒りが爆発しそうになるが、まだその時ではないと、平静を装いながら修司は辺りを見渡す。

 

百足に絡め取られた慎二、眼前の臓硯の隣には髑髏の面を付けた暗殺者がいてその手にはシドゥリの首が握られていて、更にその奥では虚ろな顔とした桜がライダーに抱えられている。

 

おまけに何処からかあの黒いランサーの気配も感じ取られる。考えられる限り最悪な状況、端から見ても絶体絶命な危機、なのにも関わらず修司は臓硯を睨み付け……。

 

「言いたい事は腐るほどあるが、その前にシドゥリさんを離して貰おうか。その人はテメェ等みてぇな薄汚い連中に触れられて良い人じゃあねぇんだよ」

 

強気に、一切の妥協なく吐き捨てるようにそう口にしている。相手が500年も生きている妖怪だろうとそんな事など知った事ではない、修司にとっての大事な人達が下衆の手によっていいようにされている。それ事態が何よりも許せないのだ。

 

「───付け上がるのも其処までだ小僧、どれだけ意気がろうと、この者の命は私の手の内にある。それ以上そこから動けばこの女の首は引き千切られると思え」

 

「修……司……様、私の事は、お気になさらず、どうか成すべき事を……なさいませ」

 

ギリギリと首を締め上げられても、それでも尚臣下として修司を導くシドゥリ、サーヴァントという超人に命を握られても尚、足掻くその精神にアサシンは内心で評価した。

 

だが、それを言われて頷けるほど修司は冷酷になれなかった。当然だ。彼女はあの黄金の王に認められた数少ない側近の臣下であり、ある意味では修司以上に王の興味の対象でもある。

 

修司にとっても彼女は姉のようなモノ、一人っ子である修司が王と師父以外に気心の知れた相手で、これまで身内同然に接してきた女性、見捨てることなんて有り得ない。しかしそれ故に修司はアサシンの言う通りその場から動けないことを余儀なくされた。

 

「───クカカ、無様じゃのう。威勢良く乗り込んできたのは良いが、考えが足らんかった様じゃな。だが、その蛮勇さは嫌いではないぞ。見ていて滑稽じゃからな」

 

アサシンに言われるがまま、身動きの取れなくなった修司に臓硯は嗤う。嘲り、罵る蟲の翁だが、修司は表情を変える事なく臓硯を睨み付けている。

 

「───もう一度言うぞ。シドゥリさんと慎二を離せ。慎二は兎も角シドゥリさんは聖杯戦争になんの関係もない人間だ」

 

「関係ない事はないじゃろう。この女はお前の関係者、聖杯戦争に乱入すると豪語するお主の身内、ならばそれを利用しない手はないじゃろ。魔術師がそんな非道な手は使わぬと思ったか? 浅い、浅いのう。だからお前達一般市民はワシ等の餌以外の選択肢がないのじゃよ」

 

「………おい、俺の聞き間違いか? その言い方だとまるでこれ迄何人も喰ってきた様な言い方だが?」

 

「聞き間違いなものか、文字通りの意味(・・・・・・・)よ。我が魔術の真髄は“奪う”事、他人から命を奪う事でワシは生き長らえてきた。全ては聖杯をこの手に掴むためよ」

 

「───そんな事のために、無関係な人を殺してきたのか」

 

「然り」

 

何て事無いように、無関係な人間をこれ迄何人も殺したと宣う臓硯に修司は自身の頭が怒りで沸騰しそうになる錯覚を覚えた。吐き気を覚える邪悪、修司は目の前にいる妖怪こそがその体現者なのだと今更ながらに痛感した。

 

これ迄、テレビや新聞で時たま見かけた失踪者、聖杯戦争の前から起きる行方不明者達、その中には年端もいかない少年少女の名前もあった。

 

その元凶が目の前にいる。今すぐこの妖怪を殴り飛ばしたいが、アサシンがこれ見よがしに捕まったシドゥリを見せ付けてくる。

 

「何故お主が我が屋敷に訪れたのか、その是非は最早どうでもよい。ワシとしてもお前には用があったからの。手間が省けたわ」

 

「俺に用だと?」

 

「然り。お主が持つあの魔神、それをこの間桐臓硯に譲って欲しいのだ。アレは良い、アレさえあれば聖杯戦争など勝ったも………いや、世界すらも手に入れる事が出来よう」

 

「魔神だと? 一体なんの事を───」

 

意味が分からない。臓硯の語る魔神の有無、その言い方からしてまるで自分がその魔神とやらを所有しているみたいだが、修司にとって全く心当たりが────あった。

 

魔神。その言葉を耳にしたと同時に思い浮かぶ一つの名称、それは恐らく例の魔神とやらの名前なのだろう。なんの確証はないくせに胸の内に浮かび上がったこの名が魔神を呼び出す鍵なのだと修司は今を以て理解した。

 

今、その名を口にすれば魔神は間違いなく呼び出せるだろう。必要だと、この状況を打開するのにその力が必要なのだと、手を伸ばすようにその名を叫べばきっとその魔神は顕れるだろう。

 

あの時見た夢の様に………。

 

だが、それをするつもりは修司になかった。あの夢で見た人物から言われた運命の岐路に立たされるのが怖いから? 否、魔神を呼んでどんな被害になるか検討も付かないから? 否。

 

目の前にいる腐れ外道の言う通りになるのが我慢出来ないから、シドゥリを傷付け、慎二を脅し、桜に何かしたであろう目の前の蟲野郎の言いなりになるのがどうしても我慢出来ないからだ。

 

「───ふむ、どうやらお主にそのつもりは無いようだ。それとも未だに扱い方が分かっておらぬのか、………まぁ、その辺はどうでもよい。呼べないのなら呼べるようにしてやればいいだけよ」

 

「───シドゥリさんに何かをするつもりか?」

 

もしそうなら形振り構わずあのアサシンをぶち殺してシドゥリを助ける。ここから奴との距離は離れているから間に合うかどうか分からない危険な賭けになるが、それでも彼女を助けるにはこれしか方法はない。

 

しかし、臓硯の嘲笑がそれを否定する。

 

「カカカカ、その必要はない。言ったであろう。我が魔術の真髄は奪う事にある。と、───お主の身体、このワシが有効に使ってやろう」

 

瞬間、臓硯の身体が霧散した。否、分離した。己の身体を無数の蟲へ変化させ、群体となった自身を修司の身体へ纏わりつかせる。

 

「この爺、マジで人間として終わってんだな」

 

『然り。我が悲願不老不死には人間の命では届かぬでな、命を喰らい続けることで繋げてきたのよ。だが、お主を我がモノとすればその時間は大いに短縮される。喜べ、お主の肉体はこのワシが最大限に活用してやろう』

 

『そう、この蟲蔵へと入った時点でお前は既にワシの腹の中よ』

 

「『───愚かな。命は限りがあり、有限であるからこそ尊く、美しいというのに』」

 

その口調は恐ろしく低く、それでいて透き通っていた。まるで修司ではあって修司では無いような口振り。その違いに自身すら気付かず、気付いたのはこの場で慎二ただ一人だけだった。

 

「『───命の輝きこそが永久不変。だがお前はその輝きすら失くしてしまったようだ』」

 

蟲が這いずり回る。皮膚を食い破ろうと、至る所で蟲の顎が修司の肉体に牙を立て、或いは内側へと侵入しようと、蟲達は侵入を試みようとする。

 

しかし───。

 

「『だったら、俺が証明しよう。聖杯なんぞに頼らなくても、人は、命は、永遠すら打ち勝てるのだと』」

 

その瞬間、修司の内から光が溢れる。光は炎となって荒れ狂い、纏わりつく蟲となった臓硯を悉く焼き付くしていく。

 

『ヌグァァァァッ!? な、なんじゃ、この熱は、この、熱さはぁっ!?』

 

「ま、魔術師殿!?」

 

その光景に誰もが言葉を失った。修司の纏う白い炎は臓硯だけでなく使役する他の蟲達にも燃え移っていく。壁や天井に張り付く巨大蟲も、慎二を縛っていた百足も、その悉くを燃やし尽くしていく。

 

「『臓硯、ここはお前の腹の中と云ったな。ならば都合がいい』」

 

握って作った拳に力を込める。すると修司の炎はその拳一点に収束され、それに比例する様に輝きを増していく。

 

「『腸をぶち撒けろ』」

 

拳を天井に向けて突き出すのと、極光が放たれるのは同時だった。ありったけの怒りを拳にのせて放たれた一撃は蟲蔵の天井を突き破る。

 

光は止まらなかった。蟲蔵を突き抜け、天蓋を抜け、冬木の空を覆う雲を蹴散らしていく。

 

突き抜けた天井から見える空、その光景は確かに間桐桜の視界に映されていた。




────祝え、新たな魔人の誕生を。



Q.現在ってもしかして昼時?

A.現在の時刻はお昼を過ぎ、もうじき夕方に差し掛かろうとしています。当然ながら人の目にはバッチリ移されております(笑)

麻婆神父「……事後処理、どうしよう」


それでは次回もまた見てボッチノシ。


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