「な、何なのよあの光は!?」
家から飛び出す士郎とそれを追い掛ける遠坂、二人が衛宮邸を後にするのと、光が空を突き上げるのはほぼ同時だった。
それも桜がサーヴァントと共に籠っていると思われた間桐邸から、大規模な魔術行使による光なのではないかと分析するも、次いでそれ以上の光が轟音と共に冬木の街に轟いていく。
魔術師にある暗黙のルール、神秘の秘匿。それを真っ向から全力でぶち破っていく誰かが間桐の家にいる。桜か、臓硯か、或いはライダーの宝具か、何れにせよ碌な事が起きていない事は確かだ。
急いで確認すべきだろう。士郎も立ち止まり間桐邸へ振り向いている事から、彼にも迷いがある筈だ。間桐邸かセイバーの後を追うか、二手に別れるかどちらか一方に決めるか、この選択が後の戦いにに響く分水嶺に遠坂は思えた。
「あ、ぐぁっ!」
するとその時、士郎の方から苦悶の声が聞こえてきた。何かと思い駆け寄ってみると、彼の手の甲に刻まれた令呪が消え去っていた。
士郎の令呪にはまだ一画残されていた筈、なのに使用もされずに消失された事に遠坂は言葉にできない嫌な予感を覚えた。
セイバーに何かあった? 聖杯戦争の中でも飛びきり優秀な部類に入る最優の英霊に何かしら不具合が発生した。それも士郎の令呪が消されるほどの何かが………。
「衛宮君、一旦家に戻りましょう」
「でも、でもセイバーが!」
「セイバーの事に関しては恐らくルーラーが何か知ってる筈よ。こう言ってはなんだけど、今の冬木は前代未聞の事態に直面しようとしている。先の光の事もそう、今ここで焦って動けばきっと取り返しの付かない事になるわ」
遠坂は士郎を説得し、衛宮邸へ戻ることを促す。今、聖杯戦争の状況は過去に類を見ないほど混迷な事態に差し迫っている気がする。此処で焦って行動すればきっとより取り返しの付かない事態に陥る。遠坂の魔術師としての本能が彼女にそう警告してやまない。
士郎は士郎で一緒に戦うと約束した相手を見捨てるような真似はしたくないと、遠坂の提案に素直に頷く事が出来なかった。自分とセイバーの繋がりが途絶えた今、セイバーが現在どうなっているか早いところ確認するべきだと気持ちが逸ってしまう。
こうしている最中も事態は良くも悪くも加速して動いているかもしれない。速いところ方針を決めなくてはならない………そんな時だ。
「お、お前ら、こんな所に、いたのかよ」
「あ、あんた……」
「慎二!?」
背後から聞き慣れた声に振り向けばシドゥリを背負った慎二が息も絶え絶えに士郎達に歩み寄っていた。その様子からどうやら彼は間桐邸の方角からやって来たらしい。修司の所で保護されている筈の彼がどうして此処にいるのか、戸惑う二人が訊ねようとする前に慎二は片手を挙げて二人を制する。
「聞きたいことも言いたいことも取り敢えず後回しにしてくれ、今の僕にはそれすら堪えるんだ。今は兎に角衛宮の家に向かうぞ。修司の奴も直に来る」
「な、なによそれ、どういう………」
「説明は後だって言ったろ。頼むからこれ以上僕を酷使しないでくれ! 唯でさえ色々限界なんだ! 魔術師ならそれくらい察しろよ!」
当て付けとも呼べる慎二の言い方に苛立ちを覚えなくも無いが、確かに現在の状況ではそれが正しい選択だろう。
「───衛宮君」
「───分かった」
士郎の肩に手を置いて諭す遠坂、数秒の間の後に返された返事は何処までも苦しく、重たそうだった。
そこから先は迅速だった。慎二から渡されたシドゥリを士郎が担ぎ、遠坂を先頭に来た道を戻っていく。道中、間桐邸で起きた騒ぎを聞きつけ多くの住民が外へ出て、何が起きたのか口コミで士郎たちの所へ届いてきた。
何でも間桐の家は完全に消失し、その家主である臓硯も孫娘の桜も行方が分からなくなっているだとか、情報が錯綜としている為に真偽は定かではないが、あの規模からしてその情報は恐らく真実なのだろう。
間桐が何をやらかしたのかは分からないが、それを詳しく知るには慎二を無事に衛宮邸へ送り届ける必要がある。この男は全てを知っていると確信した遠坂が一番乗りで衛宮邸の門を潜ると。
「おや、貴方は遠坂凛。何故冬木の管理者が此処に?」
修司を肩に担いだ見知らぬスーツ姿の女と。
「良かった。皆さん無事でしたか」
私服姿のジャンヌ=ダルクが待っていて。
「やっと戻ってきたー」
呑気に玄関先で座り込む雪のような少女が其処にいた。
◇
「───んぅ?」
目を覚ませば、其処は見慣れぬ天井。ボーッと其処を見つめること数秒、修司は寝惚けた意識を覚醒させながら起き上がり、此処が何処なのか辺りを見渡す。
渡り廊下の向こうに見える倉と道場、それを目の当たりにした事で修司が自分が今どうして此処にいるのか思い出す。
「そうか………あのあとバゼットさんに会って確か眠っちまったんだ」
既に陽は傾き、外は暗くなり始めている。あれから時間はどのくらい経過したのか、未だ覚めきれない頭を軽く揺らし体の調子を整えながら立ち上がると、隣の襖から人の気配がした。
誰かと思い襖を開けて見ると、其処には横になっているシドゥリの姿があった。布団越しに胸元が上下に揺れている事からどうやら無事のようだ。何事もない彼女の状態に安堵しながら修司は再び襖を閉めて寝室を後にする。
そして、修司はそのまま居間へと向かう。自分が此処にいて、シドゥリもまた此処にいるという事は恐らく自分は無事に士郎達と合流したのだろう。
「───来たわね」
「修司、大丈夫か?」
そして居間へ辿り着くと予想通り遠坂と士郎たちが机を囲んで待ち構えていた。慎二とバゼットも同席している事から大方の話の流れは聞いたのだろう。
「じゃあ、改めて説明して頂戴白河君。一体彼処で何が起きたのかを」
一同を代表して訊ねてくる遠坂に修司もまた同意するように頷いた。此処から先は魔術師の知識も必要となってくる。間桐邸で起きた一連の出来事、臓硯が口にした言葉の数々、頭の方も完全に覚醒し、事細かに思い出した修司は事の経緯の全てを皆に説明した。
───それから少し、時間にして30分に及ぶ説明をした後、返ってきたのは重苦しい空気だった。
特に遠坂、士郎の二人は桜が10年前から臓硯に酷い目に合わされていた事と聖杯の門に成るかもしれないと聞いてから一言も口も開かず俯いてしまっている。
彼女が蟲に犯されていた事は流石に直接口にはしなかったが………それでも、魔道に詳しい遠坂には勘づかれてしまった様で察した瞬間の彼女の表情は怒っているような、泣いているような顔をしていた。
「────どうやら、事態は思っていたよりも深刻の様だが、幸いな事に手段はまだ残されている様ですね」
重い沈黙を破り、ハッキリとした口調で切り出したのはスーツ姿のバゼットだった。
「バゼットさん、手段って?」
バゼットもまた遠坂と同じ魔術師、魔術に秀でた知識を持つ彼女ならば何か良い案が有るのではないか、士郎は期待混じりの眼差しで彼女を見ると。
「簡単です。間桐桜を殺せばいい」
「なっ!?」
その目を驚愕と絶望に大きく見開かせる。
「な、なんで桜を殺さなきゃならないんだよ!」
「彼女は聖杯と繋がり門と成ろうとしている。その門から溢れ出る厄災は軈て人界に害を及ぼす。神秘の秘匿を義務付けられる魔術師から見ても、一般市民から見てもこの選択が最善かと思われますが?」
桜が聖杯の門と完全に成ってしまえば其処から溢れる災いが無関係の人間を巻き込んでしまう。そして、桜がそうなるのを許せば恐らくそれは10年前の大災害の再来を意味している。
それを防ぐには桜を殺すしか方法はない。遠坂を見ても彼女の目には反対の意思はない、イリヤを見れば彼女もまたどうしようもないという風に首を横に振るだけだ。
桜を殺す。サーヴァントのマスターだからではなく、必要だから、それが冬木の人々を救う唯一の手段だからと士郎の内で反芻していく。
いつか、切嗣が言っていた事を思い出す。誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事なのだと。
(そうなのか、切嗣。これがアンタが諦めた正義の味方の道なのか)
でも、それでも士郎には正義の味方になるしかない。それが衛宮士郎に残された最後の願望なのだから。より多くの人々を救う為、より多くの人の幸福の為に衛宮士郎はそうなるべきと定めてきた。
故に、彼もそれに従うしかない。そう思っていたのに───。
「いや、その理屈はおかしいだろ」
向かい側に腕を組んで座る男は何処までも自分に正直だった。
「桜ちゃんを殺す? バカ言ってんじゃないよ。何で事態を収集させる為にあの子を殺す必要がある」
「ですが修司、これ以外手立てはもう……」
「いや、普通にあるだろ。桜ちゃんに繋がろうとしているのが聖杯なら、その大元を叩けば済む話だろ? 何を悩む必要がある」
寧ろ、何故その可能性を考慮しないのか、心底呆れている修司に一同が唖然となる。
「そっか、まぁそりゃそうだよね。冬木の地に眠る大聖杯、それを完全に破壊しちゃえば聖杯戦争は強制的に終幕しちゃうものね」
アッサリと、桜の問題解決を示唆して見せた修司に士郎は安堵してその場に座り込む。心なしか遠坂の方も表情が少し明るくなっている様に見える。
「ですが、状況が差し迫っているのも確かです。桜さんが完全に聖杯と一体化する前に阻止しないと、事態はそれこそ最悪の展開となるでしょう。アサシン、セイバーの二騎……いえ、前のアサシンを含めれば三体のサーヴァントが還っている今、大聖杯には結構な魔力が注がれている筈です」
「倒されたサーヴァントが魔力として聖杯に注がれる、か…… 10年前の大災害もそれが原因なのかね」
「因みに白河君、例のランサーは? 貴方から見て倒せたと思う?」
「いや、多分倒せてはいないな。手応えはあったけど……あの様子だと多分まだ生きていると思う」
「なら、今後私達の行動をソイツが邪魔しに来る可能性があるわね。なら、下手に分散せず一ヶ所ずつ回るしかないか」
「遠坂、何か考えがあるのか?」
それから遠坂は簡潔にだが大聖杯の隠された場所の心当たりを話し始めた。冬木は霊脈にも優れ、大規模な魔術の術式を行えるだけの潤沢な資源があると、そしてその霊脈には大きな要点が三つあり、その内二つのどちらかが大聖杯の仕込まれた土地なのだと遠坂は推測する。
「もう一度纏めると、桜は大聖杯の器――所謂、門というものにしようと臓硯は画策したわけね。でも其処にいる白河君によってその計画を途中で頓挫されそうになる。でも桜が生きている以上、桜に施された間桐の術式がドンドン桜を侵食していく。それを防ぐには桜を殺すか、桜に繋がろうとする大聖杯を破壊するしかない。ここまではいいわね?」
「何か急に仕切りだしたぞコイツ」
「シッ、慎二は取り敢えず黙っとけ」
桜を殺さずに済む。その可能性を見出だした事で遠坂の頭脳がフル回転していく、どうすれば桜を救えるのか、それだけに集中して思考する彼女を頼もしく思いながら士郎は胸を撫で下ろす。
「よかったな、士郎」
「修司………あぁ、本当にそう思うよ」
桜を殺すと聞いて一時はその心を鉄のように固くした士郎、だが桜を助ける手立てがあると聞いて今は酷く安堵している自分がいることにも気付いた。
衛宮士郎は正義の味方になる。その結末は変わらないかもしれない、しかしこの時士郎は不特定多数の誰かを救う正義の味方ではなく、誰か一人を死ぬ気で守る。そんな正義の味方の在り方も在るんじゃないかと、人知れず考えていた。
士郎にとっても間桐桜は特別な人間、だからこそ修司はこの男になら桜を幸せに出来ると思えたのだ。
「あーあ、その気になったら幾らでもいい女捕まえそうなのに何でよりにもよってウチの愚妹を選ぶかなぁ、コイツらは」
「本当よねぇ。シロウももっといい女探せば良いのに………」
幼女とワカメが呆れた様に見守るなか、話し合いは続く。
◇
(────私は、終わったのか)
何もかもが溶けていく中、剣の英霊は想う。自分は結局、何の為に聖杯を求めたのかを。
滅び行くブリテンの未来を変える為、自分ではなくもっと相応しい人間を王位に就かせる為、セイバー───アルトリア=ペンドラゴンは戦い続けた。
しかし、その果てに待っているのはどのみち滅びしか待っていなかった。自身の願いを叶えようとして戦った戦争は全てを台無しにする最悪の結末しか待っていなかったのだ。
自分の戦いの所為で多くの人間を傷付け、殺め、その人生を狂わせた。自分の願いは果たしてそんな罪深い行いの果てに叶える程、高尚なものなのか。
今でも、彼の怒りに満ちた顔が脳裏に浮かぶ。聖杯戦争を許さないと、自分から全てを奪った聖杯を許さないと、それを狙い争っている奴等も同類だと、糾弾してくる彼の姿を幻視する。
ならば、やはりこの結末は妥当なのだろう。そう思いこのまま沈んで消えようとするセイバーに……。
『なんだ。意外と潔いのだな』
ふと、声が聞こえた。聞き慣れた様で初めて耳にするような………そう、まるで自分自身の声を聞いているかのような感覚。
まさかと思い振り返った先に待つのは……。
『ならば、此処から先は私が出るとしよう、聖杯も、貴様が怯える小僧も、私が纏めて消してやろう』
冷たく微笑む、黒く冷たい自分自身だった。
Q.セイバーは修司が具体的にどのくらい強いか知ってるんですか?
A.勿論知りません(愉悦)
if修司のいるカルデアWithマイルーム。
グレイの場合。
「あ、あの人がMr.シュウジ。師匠の胃を煩わせる諸悪の根源!」
「こ、ここから先は通しませんよ! 師匠は今度重なる周回で疲れ果てて眠ってるんです! 師匠の安眠を邪魔するのは例え貴方でも許しません!」
「どうしても此処を通りたければ拙を、倒してからにしてください!」
「ふぁ! あ、アッド!? いつの間にアッドを!? か、返してください! それは、拙の大事なアイボー何です!」
「はうっ!?」
「で、師匠に付きっきりで一向に休もうとしない彼女を多少強引に眠らせた訳か。君にしては乱雑だね」
「あのまま放っておけばナイチンゲール案件になりかねない……うん、まぁそうなるよりはマシだよね」
ライネスの場合。
「シュウジ=シラカワ、魔術界隈に於いて今や彼の存在は色んな意味で伝説的さ」
「何せ魔術師でもないのに魔法の領域に至ったんだ。それもまだまだ成長の余地ありと聞く。何せ、かの英雄王が匙をぶん投げた程、らしいからね」
「もし、時計塔に来ることがあれば是非とも我が兄上の教室に戸を叩いて欲しいものだ。そうなれば、私も退屈せずに済むというもの」
「………ん? グレイ、何故そんな人を憐れむような目を向けてくる。知らない方が良い? ちょっと、気になる言い方は止めてくれないか!?」
「しかし、それにしてもいい加減吹っ切れないものかね。いつまで彼女の死を気に病んでいるんだか」
「Mr.シュウジ、彼女が死んだのは君の所為ではないさ。それに彼女は言っていたよ? “私を誉めてくれる人がいた”と彼女、とっても喜んでたよ」
「どうして私が知ってるかって? 当然さ、私と彼女は友達だったのだから……」