『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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シリアス「まだいける」




その56

 

 

「ユスティーツァ………だと? それは確かイリヤの嬢ちゃんが言ってた奴か」

 

「然り。我はアインツベルンが生み出した最高傑作、人の手によって生み出されておきながら人を凌駕せし存在(モノ)、そしてこの大聖杯の中枢を担うものなり」

 

広々とした空間、その広さ直径にして一キロに及ぶ大空洞にて修司と士郎はその者と相対する。黒いドレスに煌めく黄金の王冠を戴き、イリヤと同じ銀髪にして紅い双眸を向けてくるその女は自らをユスティーツァと名乗った。

 

それはアインツベルンが生み出したホムンクルス。その神域の才能を以て聖杯戦争の基盤である大聖杯を遠坂家、マキリ家と共に構築した始まりの御三家の一柱。

 

その外観は美しく、見る者を虜にしてしまいそうな外見とは裏腹に彼女の浮かべる笑みは何処までも歪んでいるように見えた。世の全てを嘲笑するかの様な張り付いた笑顔、その様子からどう見ても普通ではないと察した修司は警戒心を最大限に高めながらユスティーツァへ問いを投げ掛ける。

 

「悪いが此方はアンタに興味はない。ここに桜ちゃんがいる筈だ。どこにいる? 答えろ」

 

「クハハハ、そう急くな。せっかちな男は嫌われるぞ?」

 

「生憎、此方はお前と仲良く歓談しに来たんじゃねぇんだよ。お前が大聖杯の中枢担っているなら、繋がっている彼女の事も知っている筈だ」

 

「フッ、面白味の無い男よ。その癖勘が鋭い、聖杯越しに見ていたが………成る程、面倒な男よ」

 

尊大、しかして傲慢。その口ぶりと身振りから此方を羽虫程度にしか思っていないユスティーツァに修司は苛立ちや嫌悪感よりも焦りを募らせる。

 

嫌な予感がしたからだ。ここにユスティーツァが居て、その代わりに桜の姿がない。桜が大聖杯の門となって、その中枢を担うと豪語する奴がいるという事に修司は言葉に出来ない悪寒を感じた。

 

「ならば、もう察しは着いているのだろ? 大聖杯の受け皿となったあの娘は私の依り代となるためにその全てを我に明け渡した」

 

全てを明け渡す。それは文字通りの言葉、血も髪も、肉も骨も、細胞の一つ一つその全てを間桐桜はユスティーツアに明け渡したのだ。そんなバカなと士郎は叫ぶ。

 

「嘘だ! 桜が、アイツがそんな事を望むものか!」

 

「無論、そうであったとも。あの娘は気弱ではあったが、耐え忍ぶ強さはあった。この器を手にする前に記憶を閲覧したが、それはもう根気の強い娘、そんな彼女の気概に亀裂を入れたのは………他でもない、貴様だ」

 

そう言ってユスティーツァの指先は修司へと向けられる。桜を追い詰めたのはお前だと、ハッキリと告げてくる彼女に対し、心当たりの無い修司は面喰らうばかりだ。

 

「白河修司、聖杯の中から見ていた時もそうだが、お前は凄まじいな。魔術師でなければマスターでもない。出自も経歴も平凡な貴様があの英雄王に拾われただけで此処まで成長するとはな。………いや、成長という言葉では最早収まらぬ。聖杯戦争という戦いを経て、お前は進化した」

 

「………何が言いたい」

 

「そんなお前をあの娘は妬んだ。太陽の様に眩しいお前を間桐桜は疎んだ。憎んでいたと言っても良い、環境に恵まれ、人に愛され、人生を謳歌しながらも、不条理を己が理不尽を以て捩じ伏せる力を持っている。幼き頃から地獄を見続けてきたあの娘にとってお前という存在は余りにも度し難いのだろう」

 

「故に、間桐桜は我に明け渡した。お前を殺すという願いの下に、な」

 

「そんな………」

 

「さて、そう言う訳だからお前には早々に命を散らして貰わなければならない。契約上、それを為さなければこの器を完全に掌握出来ぬからな。あぁ、自決すると言うのなら手を貸すぞ?」

 

淡々と語るユスティーツァに士郎は言葉を失っていた。有り得ないからだ。彼女、間桐桜は優しい人間だ。一度言い出せば中々聞かない強情さもあったが、同じ時間を過ごす中で衛宮士郎は彼女に安らぎを覚える事もあった。

 

そんな彼女がよりにもよって修司に憎しみを抱くなんて………10年という長い歳月で臓硯によって刻まれた疵はそこまで彼女の性根を歪ませてしまったのか。

 

友人である修司を殺す為だけに全てを明け渡す桜、そこまで彼女を追い詰めていた臓硯に怒り、そんな風になってしまった彼女に気付いてやれなかった自分に、士郎は憤りと同時に絶望を知った。

 

もう、自分達ではどうする事も出来ないのか。地に膝を突ける士郎を横に修司は一歩前に出る。

 

「くっだらねぇ。なんだそりゃ?」

 

「なに?」

 

「し、修司?」

 

そして、口にした最初の言葉に士郎は再び絶句する。何を言っているのだと、そう問い掛ける士郎の眼差しを無視して修司は言葉を続ける。

 

「桜ちゃんが俺を嫌ってる? ンな事、とっくの昔に気付いてんだよ。けどな、それがどうした。桜ちゃんが俺を殺そうってんなら真っ向から相手して諦めさせる。生憎俺は王様の臣下でな、そう勝手に命を散らす事なんて出来ねぇんだよ」

 

「それが、あの娘の願いに反する事でもか?」

 

「当たり前だろうが。何で俺が桜ちゃんの願いに応えて死ななきゃならない。それに好き勝手に言ってくれたが………別に俺は順風満帆な人生を送って来た訳じゃないんだぜ?」

 

確かに、これ迄の人生の中で自分は恵まれた方だなと修司は自覚している。黄金の王を筆頭に、シドゥリや言峰神父、ジャンヌやレティシア、他にも旅先で出会った人達に世話になったりと多くの人達と巡り会う事が出来た。

 

だが、それと同じくらい困難と窮地の連続もあった。王に言われて外国を飛び回り、旅先で様々なトラブルに見舞われ、時には腕の骨を折るなどの命懸けの場面に遭遇したりもした。

 

師父との鍛練だって時々王の無茶振りと同等の難題を課せられたり、それによって何度も手足を滅茶苦茶にしてきた。

 

これ迄の人生の中で楽しい思い出は多く記憶しているが、それと同じ………或いはそれを越えるくらいの苦難と苦痛が修司の脳裏に刻まれている。それら全てを引っ括めれば充実した人生だと思えるのは、偏にそんな自分を応援し、見てくれる人達がいたお陰だからだ。

 

───修司は、同情していた。間桐桜のこれ迄の不幸な道程に、過程に、そして現在に。同情出来るし、可哀想だなと憐れむ気持ちもある。

 

だが、それ以上の怒りがあった。確かに自分は間桐桜の事を何も知らなかった。だが、それと同じように間桐桜も白河修司の苦労と苦難を知らない。

 

「俺がする事は変わらない。お前をぶちのめして桜ちゃんを助ける、だが、その前に一つ文句を言わなきゃいけないな」

 

まるで、世界の中で自分だけが不幸だと宣う桜に修司は初めて憤りを覚えた。

 

「そう言う訳だから天才の魔法使い様。お前を倒し、桜ちゃんを助け出す。喩えこの手を振り解かれても、首根っこ掴まえて日の当たる場所に連れてってやる」

 

故に、修司は気持ちを固めた。どんな事があっても桜を大聖杯(そこ)から引っ張り出すと、彼女が望む望まないに関係なく、強制的に掬い上げると決めた。

 

「───吼えたな、人間」

 

対して、ユスティーツァの表情から感情の色が消えた。悪意に満ちた笑みは消え、残されたのは機械的で無感情な(カオ)。ただ役目だけを行うだけのシステムがその姿を顕した。

 

同時に、ユスティーツァの背後の大聖杯から唸り声の様な駆動音が聞こえてくる。それは、間違いなく大聖杯起動の証し、宙に浮かぶ穿たれた黒い孔から注がれる泥に呼応する様に大聖杯のあるとされる窪みから肉の柱が顕現する。

 

「おい、何をしやがった!」

 

「知れたこと、大聖杯を起動させただけよ。確かに此度の聖杯戦争に於いて斃れたサーヴァントが少ないため、大聖杯に注がれる魔力は願いを叶えるだけのリソースはないが………なに、足りないならかき集めればいい。幸いな事にこの冬木の霊脈は街中に張り巡らせているからなぁ」

 

「────まさかっ!?」

 

ユスティーツァの物言いに魔術に然程詳しくない士郎も気付いた。冬木は優れた霊脈を保有し、それ故に聖杯戦争の舞台として選ばれた土地。その豊潤な霊脈は冬木全体に張り巡らせ、そこに住まう人々も必然的にその霊脈の───ひいては、大聖杯の影響を受けてしまう。

 

ユスティーツァは足りない魔力を冬木に住まう人々、その全員から搾り取ろうとしている。キャスターの様な人の生死を見極めての搾取ではない。正真正銘、一人残らず、搾りカスすらも残さない勢いで飲み干そうとしている。

 

「修司!」

 

「あぁ、分かってる!」

 

これ以上、あの聖杯を放っておく事は出来ない。ユスティーツァを撃破し、大聖杯を破壊する為に修司は全身から力を漲らせて吶喊する。

 

白い炎を纏っての全速力。地を駆け、ユスティーツァとの距離を瞬く間にゼロにした修司は引き絞った握り拳を放とうとするが。

 

「───無駄だ」

 

その一撃は、横に割って入ってきた影によって阻まれてしまう。構うものか、今更この程度の影に阻まれるのは読めている。更に力を込め、修司は影諸ともユスティーツァを殴り飛ばそうとして───。

 

「────私を殺すの? 白河先輩」

 

「っ!?」

 

愚かにも、その動きを止めてしまった。自分と言うガワを破り、其処から見せた後輩の表情はユスティーツァが作り出した幻影に過ぎないと言うのに。

 

分かっていたつもりだ。この手の手合いがマトモに相手をする訳がないと、少し話を交えて分かっていたつもりだった。このユスティーツァなる物の怪はあらゆる悪辣な手段を用いてくる事くらい。

 

考えていた。気持ちを固めていた。奴を殴ることが即ち、間桐桜を殴り飛ばす事になるのだと。分かっていながら────出来なかった。

 

 

情が邪魔をした? 彼女の境遇を知り、彼女が経験した地獄を知ってしまったから、情けを掛けてしまった?

 

それもある。だがそれ以上に白河修司はこの瞬間、あろう事か見惚れてしまったのだ。これ迄の人生の中で初恋の相手と此処まで顔を近付ける事は無かったから。可愛いと、場を弁えずにそう考えてしまったのだ。

 

そんな彼女の顔にこの拳を叩き込むのか? 刹那の合間に流れる逡巡、しかし相手はそんな猶予を待つ事はなく。

 

───容赦なく、修司の腹部を影によって貫かせた。

 

「修司っ!?」

 

「愚かな。こんな古典的な策とも呼べぬ罠に引っ掛かるとは。惚れた弱みとは存外厄介なものなのだなぁ」

 

ニヤリと、ユスティーツァを名乗るそれは厭らしい笑みを浮かべて修司を見下ろしている。

 

そしてその言動により理解する。この女、修司と言う人間の弱みを突くために間桐桜の記憶を全て覗いているのだと。思い出したくないこと、知りたくないこと、沢山ある筈だった彼女の記憶をこの女は容赦なく暴き晒したのだ。

 

許せない。だが、それ以上に自分が情けない。腹部を貫かれ、逆流した血液が口から溢れ落ちる。それでも修司は負けてなるものかと拳を奮うが。

 

「最早お前の相手をする意味がない。精々大聖杯の養分になれ、お前ほどの人間なら良き燃料になるだろうよ」

 

「が、あぁぁぁぁっ!?」

 

ブンッと、影はその触手を奮い修司を宙に投げ飛ばす。投げ飛ばされた先に待つのは───開かれた地獄の釜、混沌とする大聖杯の中身そのものだった。

 

身を捩り、逃げ惑う修司だが、今の彼に空中から逃げ出す術はなく、物理法則に従い下へと落ちていく。ボチャンと泥水に石を投げ込むような鈍い音を最後に修司の気配は消えた。

 

「修司? ………おい、嘘だろ?」

 

その光景に衛宮士郎は何も出来なかった。白河修司は強い、これ迄幾度となく危機を乗り越え、その度に力を増していくその姿はまるで物語に登場するヒーローのようだった。

 

そんなアイツがこんな所で終わる訳がない。そう思い大聖杯のあるクレーターに目を向けても一向に彼が戻ってくる気配はない。

 

最悪の結末が脳裏を過る。違う、そんな筈はないと否定しても確定した事実が覆る事はなかった。

 

「なんとまぁ、呆気ないものよ。聖杯戦争の最も強き者がよもやこんな呆気ない最期を辿るとはな。いやはや、男女の問題と言うのはバカに出来ぬものよ」

 

「お前っ!」

 

その口振りから、ユスティーツァは全てを知っていた。修司が桜に対してどんな気持ちを抱いていたのか、桜の記憶を暴いて晒し、桜自身も気付けなかった修司の想い。目の前の人の形をとった異形者はそれを分かった上で踏み躙った。

 

許せない。許せる訳がない。ユスティーツァを自身の敵と認識した士郎は自身への負荷を顧みずに再び魔術を行使する。激痛が走る。魔術回路が悲鳴を上げる。全身に掛かる負荷が鼻血という形となって溢れ出るが、構うものかと士郎は身構える。

 

それを、ユスティーツァは嘲笑の笑みを浮かべる。

 

「ほう? 歯向かうか。未熟者な魔術師が、その程度の力量でこのユスティーツァに仇なすと?」

 

「うるせぇ!」

 

吼える士郎をユスティーツァは更に笑みを深めた。愚かだと、醜悪だと、立ち向かう士郎を嘲笑いながら、ユスティーツァは片手を上げる。

 

瞬間、幾つもの影が人の形を模して顕れる。人と言うには何処か歪で、複眼の様なモノが怪しく光る。どう足掻いても自分では叶わない。遠坂達は未だに此処へ来る様子はない、しかしそれでも衛宮士郎には逃げるという選択肢は無かった。

 

────地獄の蓋は開かれた。最早一刻の猶予もなく、人類は人知れず存亡の危機へと落ちようとしている。

 

そんな中、黄金の王は嗤う。大空洞で起きている現状を、今其所で何が起きているのかを、それを全て把握して尚、英雄王は不敵に、それでいてどこか諦めた様に嗤う。

 

「あーあ、我知ーらね」

 

それは何に対しての言葉なのか、何に対しての諦めなのか。

 

それは、彼以外知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 




ユスティーツアの口調が分からんです。(汗

色々違うと思いますが……勘弁して頂けると幸いです。




修司のいるカルデアWithマイルーム


エミヤオルタの場合。

「………………………ノーコメントだ」




アルテミス(オリオン)の場合。

「もー! 何なのよあの人間はぁ!? 神を一方的にディスるから、ちょっとのお仕置きのつもりで鹿にしたのに、何であんなに強いのよー!?」

「いやー、俺も長い間狩りをしてきたが、まさか殴り掛かってくる鹿がいるとは思わなかった。つーか、鹿になったのに強さが変わらないとかどういう理屈?」

「何で鹿が空を飛べるのよ!? ビームが出せるのよ!? 何で私の矢を片手で弾けるのよ!? うわーん! ダーリン助けてぇっ!」

「まぁ、これも経験と思って諦めろ。つーか、隣に豚に負けた邪神様もいるんだ。一人じゃないだけマシだろ?」

「ふぇぇん!!」

「不意を付いて豚にしたまでは良かったんです。グレートデビルなBBちゃんに今度こそひれ伏せさせようと……」

「なのに、なんで強さは変わらないんですか。おかしいでしょインチキでしょ、何で豚にどや顔されてるんですか私、何で豚に負けてんですか私───ブツブツブツブヅ」


その日、カルデアの大食堂の隅っこにて《私は鹿に負けました》と《私は豚に負けました》という看板を首からぶら下げた邪神と女神が正座していたという。

尚、その様子を目の当たりにした某黄金の王は笑い転げ、危うく座に還り掛けた模様。


次回、超える者

それでは次回もまた見てボッチノシ




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