『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え

by鬼舞辻無惨


その2

 

 

 

「三郎爺さん、ありがとう。夕食(ゆうげ)と布団、いただいちゃって」

 

「気にするな。お前さんの事は葵枝からも宜しく言われておる。夜の山道を灯りもなく歩かせる訳にはいかんからな。それに……」

 

「夜は鬼が出る。だっけ? なぁ爺さん、それは本当なのか? 本当に夜になると鬼は出てくるのか?」

 

 鬼。それは大正の時代において既にお伽噺とされる異形の存在、竈門家の長男である炭治郎もそういった化物がいると聞かされて育ってきた人間の一人だ。

 

しかしそれはあくまでお伽噺の話。角の生えた鬼なんて存在は今日まで出会ったこともない、恐らくは幼子に危険を教える為の方便、夜は危険だとか、なにも知らない子供から危険を遠ざけるために大人達が考えた教育の一つなのだと、炭治郎は何となくだが理解していた。

 

 だが、目の前の老人が呼び止める時の迫力は鬼気迫るモノがあった。まるで本物の鬼を目にしたことがあるような説得力、多くは語らない老人だが、夜の山を登らせようとしない彼の言葉にはそれだけの気迫が込められていた。

 

炭治郎は訊ねる。鬼は本当にいるのかと、しかし老人は語らずただ寝ろと就寝を促してくるだけ、辺りは既に暗闇に耽っている。家族の皆ももう床に就いている頃合いだ。

 

「家族が心配なのは分かるがな。炭治郎、ここを出るのは日が昇ってからにしろ。それにアレだ、家には最近入り浸っている若いのがいるんだろ?」

 

「修司さんのこと?」

 

「あぁソイツだ。その男はお前から見ても信頼出来る奴なんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、安心して寝ろ。お前が信頼出来るというのなら、ソイツが家族を守ってくれるだろうよ」

 

 それだけ口にして老人は敷いた布団に入り眠りについた。隣で寝息をたて始める老人を尻目に炭治郎は家族の事、そして修司の事を思う。

 

炭治郎からみて白河修司という男は色んな意味で不思議な人物だった。最初はどんよりとした表情で辛そうな臭いをしていたから、てっきり山へ自殺をしに来た人かと思い呼び止めたのが出会いの瞬間だった。

 

素朴で謙虚で、義に厚い人。泊めてくれた恩だと手慣れた手付きで母の家事の手伝いや子供たちの面倒を見ている時は本当に頼もしく思った程だ。

 

 炭焼きの仕事を手伝ってくれた時も普通なら斧で伐らなければならない木々を素手で切り倒した時は驚いた。固い木をまるで豆腐のように切り倒す修司に当初の炭治郎は目をこれでもかと丸くさせていた。

 

素朴で、謙虚で、優しい。白河修司から感じられる臭いに炭治郎はすっかり心を開いていた。それこそ、自分に兄がいたらこんな気持ちなのかと思ってしまう程に。

 

(でも……)

 

 そんな炭治郎が修司を不思議に思うのは驚異的な身体能力ではなく、自分達家族を見ている時だった。炭治郎が弟妹達の面倒を見ながら母の手伝いをするとき、所謂家族の団欒の時だ。

 

あの時の修司からは普段は感じる事のない感情の臭いが感じ取れた。少しばかりの哀しみと大きな慈しみ、そこに混ざった小さな嫉妬、そして………憧憬。悪感情ではなく、寧ろ尊んですらいる修司の複雑に混じった感情に炭治郎は戸惑っていた。

 

だから仕事を手伝うと言ってくれた時、二人だけになった炭治郎はそれとなく訊ねた。修司の家族を、ここに来るまでに何があったのかを、それとなく訊ねてみた。

 

『───炭治郎君、君は家族は好きかい?』

 

『え? あ、はい。それはもう』

 

 炭治郎にとって家族は宝だ。手間の掛かる妹、言うことを聞かなくなってきた末っ子、生意気になってきた次男、母の手伝いや家の事など長男である炭治郎には何れも大変な仕事ではあったが、そんなモノなど一切苦にはならなかった。炭治郎にとって家族と共に生きられる事、それ自体が幸福であったからだ。

 

大好きな家族。いつか大人になってそれぞれの生きる道を見つけるまで、一緒に生きていたいと言うのが炭治郎の抱く幸福である。

 

『なら、その幸せを決して手放さないようにな。俺のように』

 

 その一言にある程度察しの付いた炭治郎はすみませんと謝罪した。修司は気にするなと笑って流していたが、失礼なことを聞いてしまったとこの時の炭治郎は自分の浅慮さを呪った。

 

そして炭治郎は確信した。きっと、修司は辛い人生を送ってきたのだろう。家族を失うような出来事、だからあの時彼は山へと身を投げに来たのだ、と――

 

(明日、朝早く家に帰って改めて修司さんに謝ろう。そして彼の心の傷が癒えるまで家にいて貰おう。幸い、弟達は修司さんに懐いてる。母ちゃんもきっと反対はしない筈だ)

 

 きっと、そうなったらいいな。そんな事を考えながら炭治郎もまた眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、修司さん! 今のは一体!?」

 

 聞こえてきた轟音と同時に玄関が吹き飛んだ。有り得ざる光景に我が目を疑う葵枝は怯える子供達を落ち着かせながら玄関口に立つ修司に今起きた出来事について訊ねた。

 

「どうやら強盗の類いの様です。追い払いはしましたが、多分まだ諦めてはいないでしょう」

 

「ご、強盗って、そんな、うちに取れるモノなんて何もないのに!」

 

愕然とする葵枝を尻目に修司は思案する。強盗という輩は何も金品を強奪する事に重きを置いている訳ではない。質の悪い者ならば文字通り命を盗る事だって厭わないだろう。今回の場合は恐らく後者、帽子の男の繰り出す拳には殺意があったし、何より自分の事を邪魔だと言った。

 

 それはつまり、男の狙いは竈門家の皆の命という事。放っておくにはあまりにも危険な案件だ。蹴りで一度吹き飛ばしてはいるが、あくまでそれは相手に合わせて加減した蹴りだ。帽子の男は直に動ける程に回復するだろう。ならば動けるようになる前に捕らえ、警察に引き渡すのが今の自分がするべき事。

 

炭治郎がいない今、竈門家の皆を守るのは自分だと修司は気合いを入れて一歩足を進める───が、それよりも先にやるべき事がある。

 

「葵枝さん、お子さん達を連れて家の奥へ避難してください。俺は外へいって様子を見てきますので」

 

「そ、そんな危険ですよ! ここは一度皆と一緒に山を降りるべきでは!?」

 

 勿論、それも考えた。子供達の事を考えたら山を降りて人里へ降りるのも選択の一つだし、自分達でなら一瞬でそこまで転移できる。

 

だけど、家に誰もいない事に逆上した強盗がこの家に火を付けるかもしれない。人里に向かった自分達を追って山を降り、道中出会った炭治郎へ八つ当たりに危害を加えるかもしれない。ともすると人里へ逃げたことで強盗が腹いせに町の人達を害するかもしれない。

 

顔を見たのは一瞬だが、あの男はそう言った形振り構わない危険さを持っている気がする。流石に偏見かもしれないが、それでも危険さを考慮すれば今から山を降りるには少しばかり抵抗がある。

 

それに何より、ここでなら───周囲に人の目のない山中でなら相棒の力も存分に奮えるし、その力を竈門家の皆の為に使える。

 

山を降りる事へのデメリットを伝えると、葵枝は愕然としながら座り込む。そんな彼女に修司は笑みを浮かべて───。

 

「大丈夫です。この家には………子供達と葵枝さんには絶対に近付けさせません。亡くなった旦那さんに誓って」

 

「し、修司さん………」

 

「禰豆子ちゃん、竹雄君、聞いてた通りだ。俺は少し外に出てくる。お母さんと一緒に家の奥で待っててくれ」

 

 言われて葵枝が振り向くと物陰から様子を見に来たであろう子供達がいた。皆、何れも不安と恐怖に怯えた顔をしている。禰豆子は長女だけあって気丈に振る舞っているが、それでもその顔からは不安の色が滲み出てしまっている。

 

そんな子供達の下へ葵枝は駆け寄り抱き締める。震える子供達を抱き留めて、大丈夫だよと子供達と自分に向けた言葉を吐いて言い聞かせ、折れた心に喝を入れる。

 

「………修司さん」

 

「はい」

 

「厚かましいようですが、お願いします。そしてどうか………お気をつけて」

 

 その間、子供達はなんとしても守って見せる。そんな強い決意の眼差しを受け止めた修司はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「任せて下さい。日が昇る頃には終わらせますよ、皆も風邪を引かないように暖かい布団でくるまっててね。帰ったら家の修繕だ」

 

にこやかに、なんて事ないように口にする修司に子供たちの顔から少しばかり不安の色が薄くなる。それを確認すると、修司は改めて家の外へ踏み出し………。

 

「───此処は任せたぞ」

 

 誰にも聞こえない呟きを残して、雪山の中を翔んでいき、その背中を末っ子の六太は見えなくなるまで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帽子の男を見付けたのは竈門家を後にして割りとすぐだった。竈門家から男との距離は数キロ単位で離れている。ここでなら多少暴れても大丈夫だと思った修司は未だ踞っている男の前へと降り立った。

 

「よぉ、意外と元気そうだな」

 

「っ!」

 

修司の声に反応して顔を上げる男、その表情はハッキリいって………なんか、色々と凄かった。涎はダラダラと垂らしているし、目はこれでもかと見開いて血走っていて、顔中に筋を浮かべ、ギリギリと軋りを上げて剥き出しにする歯は獣の様な鋭さを見せている。

 

端正な顔を怒りによってこれでもかと歪ませている。予想以上の激情を見せる男に修司は軽く引いた。

 

「よくも、よくも………」

 

「あ?」

 

「この私を、足蹴にしたなァッ!!」

 

 激昂する男の腕が伸びたと思われた瞬間、周囲の木々は一瞬にして斬り倒された。広範囲に至る所の木々が倒され、雪山の大地に沈んでいく。

 

常人であれば横一閃に断たれる絶死の一撃、周囲の木々が男の癇癪によって全て斬り倒された事実、それでも男の怒りが収まることはない。男にとって修司という男は先の蹴られた瞬間に何にも勝る抹殺対象へ昇華されたからだ。

 

両断しただけでは許さない。四肢を切り、臓物を撒き散らし、首を地に叩き付けるまで男の怒りは収まる事はない。

 

 しかし、不思議にも白に染められた雪の大地の何処にも赤い染みが出来ている様子はなかった。不思議に思った男が修司を探そうと一瞬上を向いた瞬間。

 

「あらよっと」

 

その端正な顔に蹴りが打ち込まれた。吹き飛び、何度も地を跳ね、うつ伏せに倒れ込む。男の体はワナワナと震えていた。

 

「がぁっ!? き、きさ、きさまぁ!! この私に腹だけでなくか、顔にまで!」

 

「なんだ。蹴られるのは気に入らなかったか?」

 

 貫かれた顔への衝撃に男の鼻から血が噴き出す。己の痴体とそれをしたシュウジに余程煮え繰り返ったのか、男の表情は更に怒りに歪められる。

 

「っ、鳴女ェッ!! ありったけの鬼をここと先の家の所へ呼べ! 上弦、下弦の鬼含めてだ!」

 

瞬間、辺りに琵琶の音がなったかと思えば周囲には夥しい異形の怪物達が姿を表した。図体の大きいモノ、小柄なもの、目に下弦やら上弦といった文字が刻まれたもの、 多種多様の様々な化け物が其所にいた。

 

「ほう? 転移が使える奴がいるのか。琵琶による………いや、一瞬襖の音も聞こえてきたな。成る程、そういう原理か」

 

自身の周囲を化物に囲われていながらシュウジは平静を崩さない。それどころか冷静に転移を起こした鳴女なる者の能力の分析をしている始末。

 

周囲には嘲笑の笑みが聞こえてくる。人間だ。男だ。餌だと、悪性の笑みが辺りに満ち渡る。

 

「この男を殺せ、家にいる人間を殺せ、さすれば私の血をくれてやる!」

 

「「「オオオオォッ!!」」」

 

 雄叫びが雪の山へと木霊する。この声を聞いて今頃寝ているであろう炭治郎が起きないか心配だと、シュウジは検討違いな心配をする一方で。

 

「なんか視線を感じるな………カラス?」

 

ふと遠くから感じ取った動物の視線に気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カァーッ! カァーッ! 伝令! 伝令! 〇〇山ニ多数ノの鬼ヲ発見! 鬼殺隊ハ至急向カウベシ! 急ゲ! 急ゲ!!」

 

 鎹烏の伝令の指示に従い、月明かりに照らされた道をひたすら走る青年。その腰には悪鬼滅殺の文字が彫られた一本の刀が添えられている。

 

青年───冨岡義勇もまた鬼を倒すため鬼殺隊の一員である鬼狩りの一人だ。鎹烏の伝令を受けていの一番に駆け出した剣士の一人、指示された場所に最も近い位置にいるが、それでもここから現地に辿り着くには一定以上の時間を必要としてしまう。

 

(走れ、走れ! 冨岡義勇! お前が遅れればそれだけ無関係の人間が死ぬんだぞ!!)

 

 自分が遅く到着すればそれだけ被害は甚大なモノになる。どうして多くの鬼が一ヶ所で同時に現れるのか不安や疑問は尽きないが、今はそんな事は関係ない。

 

今は一刻も速く現地に辿り着かなければ。これ以上自分のような人間を、悲惨な末路を辿る人間を増やしたくはない。

 

(頼む。死なないでくれ! 誰も、死なないでくれ!)

 

悲痛な思いで道を行く冨岡義勇、しかし目的地は未だ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大変! このままじゃ無惨様のトラウマがまた一つ刻まれちゃう!

お願い、死なないで無惨様。ここで貴方が倒れたらどうやってこの物語を締め括ればいいの!? 大丈夫、もうすぐ富岡さんが来てくれる。彼が間に合ったら鬼滅の刃の体裁が少しは保てるから!

次回、猗窩座死す。お労しや兄上。無惨爆走。

デュエルスタンバイ!


勿論嘘です。


ただ、もう少し話は長くなりそうなので、もう暫くお付き合い下さい。

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