『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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すまない。話の流れが遅くてすまない。


その3

 

 

 ────この世には、鬼がいる。

 

闇夜に紛れ、人に仇なし、人を襲い人を食らう。古き時代から続く災いで、人を恐怖と悲しみの底、絶望の谷底へと突き落としていた。

 

 そんな鬼達がある山に群れを成して現れる。普段は単独行動を常にしている鬼達が、たった一人の人間を喰い殺す為に首魁の男の一声によって召喚される。

 

鬼達は嗤う。餌だと、喰い応えのある人間だと、口を開き涎を垂れ流しながら、目の前の食事に品性の欠片も見せず嗤い出す。この男を喰い殺せば自分達の頭目であるあのお方の血を分けてもらえる。そうすれば自分は更に力を得られるようになり、鬼のトップである十二鬼月の座にも手が届くかもしれない。唯一懸念しなければならないのは、自分達が動く前に下弦、上弦の鬼が男を喰い殺さないかという点のみ。

 

 食欲と野心に満ちた幾つもの相貌が男を捉えて離さない。既に男の末路は決まっている。鬼達の頭にあるのはいかにして他の鬼を出し抜いて男を喰い殺す事だけ、化け物達にとって既にそれが前提となっていた。

 

「ひゃぁ! もう我慢出来ねぇ!」

 

と、そんなときだ。一匹の鬼が男の首筋めがけて飛び付いていった。しまったと周囲の鬼がざわつく。他の鬼が周囲の鬼に牽制の殺気を飛ばしている合間に、爬虫類の様な舌を伸ばした鬼が本能を抑えきれずに飛び出した。

 

鋭い鬼の牙が男の首筋に突き立てる。微動だにしない男に恐怖で動けないのだと確信した鬼はその顔を愉悦に染め上げて無遠慮にかぶり付く。

 

最初の一口が奪われた。これ以上先を越されてなるものかと、他の鬼達も一斉に駆け出していく。たった一人の人間に蟻のように群がる鬼達、これでは自分達の取り分は無いなと下弦の参と目に刻まれた鬼が呆れのため息を吐いた───瞬間。

 

「息がくさい」

 

鬼の顔面が弾け飛んだ。

 

「────え?」

 

 裏拳で、なんて事なしに、虫を振り払う勢いで奮われた拳は鬼の首から上を文字通り消し飛ばした。倒れ、雪の大地に血の池を作る鬼だったモノに周囲の鬼は停止する。

 

しかし、暫くすると鬼の首から肉が盛り上がり、何事もなかったかのように元に戻っていく。だが、鬼の方は何が起きたのかまるで理解出来ていない様で、ポカンとした表情で男を見上げている。

 

「ふむ。頭部を破壊しても再生するのか。人間ではないと思っていたが………まぁ、それならそれでやりようは幾らでもある」

 

男───シュウジの首には鬼からの噛み付かれた箇所は依然として無傷のまま、喰い殺す処か薄皮一枚にも届いていない事実に鬼達の認識に衝撃が走る。初めて目の当たりにする現象に戸惑う鬼を構うことなくにシュウジは一つある提案をする。

 

「さて、お前らに一つ提案をしてやろう。二度と人を襲わないと誓うのならこの山から無事に逃がしてやる。それが出来ないのなら─────今日ここで塵にしてやる」

 

その目には一切の感情が消え失せていた。目の前の男の言葉には虚勢はなく、やると言えばやると言う凄みのような迫力に鬼達の表情が凍り付く。この人間はなんだ? 鬼殺隊の柱なのか? これだけの鬼を前に怯える処か怯みもしない男に鬼達に動揺が広がっていく。

 

「何をしている」

 

 だが、その鬼達の動揺を踏み砕くような冷たい声音が辺りに響いた。声のする方へ視線を向ければ、自分達を鬼にした御方が来れでもかと顔に筋を浮かべて怒りを顕にしていた。

 

「お前達は私に二度も同じことを言わせる程に愚鈍なのか?」

 

血のような赤い瞳を見開いて表情とは裏腹に静かにそう口にする御方に鬼達の表情は一気に青ざめる。もう自分達に選択権はない、この男を殺さなければ自分達が殺される。生殺与奪の権は自分の手元にはない、その事を今更ながら思い知った鬼達は一心不乱に男に襲い掛かる。

 

ある者は鼓を打ち、ある者は鞠を蹴り飛ばす。

 

ある者は赤い血のような蜘蛛糸を飛ばし、ある者は爪を伸ばし切りかかる。

 

全ての鬼が男を殺す為に雪崩れ込む。それらを静かに見据えた男はその目に呆れと憐れみの感情を浮かべ………。

 

「成る程、お前らの関係性は何となく理解した。例えるならブラック企業に勤める企業戦士、うん。なんか普通に悲しくなってきたな。────だが」

 

「俺に、何より竈門家の人達に危害を加えると言うのなら。このシュウジ=シラカワ、容赦せん」

 

僅かな悲しみと同情の念を抱くがそれはそれ、殺意を以て来るのなら容赦はしない。向かってくる鬼の群れを前にシュウジは静かに拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲ってきた無数の攻撃、数多の殺意にまみれた鬼の攻撃をシュウジは表情一つ変えることなく回避する。時折妙な軌道をみせるが、基本的に一直線で単調な鞠を適当に蹴り返し、押し寄せる空気の刃を蝶の様に避け、手足に絡み付いた赤い蜘蛛糸を乱雑に振り払い両手の爪を伸ばして襲い来る鬼の凶手をその爪ごと拳で粉砕していく。

 

前後左右と頭上を含めたありとあらゆる方向から絶え間なく押し寄せてくる殺意の波をシュウジは呼吸すら乱さずに対処する。時には蹴り飛ばし、時には殴り飛ばす。この度に鬼達は体の何れかを破壊されていくが、鬼の最大の特徴である再生の力は健在。徐々に元の体へと戻っていく鬼達にそれでもシュウジは顔色一つ変えずに口を開く。

 

「やはり、この程度では死なんか。成る程、確かにこれは少々厄介だ」

 

「今更怖じ気付いた? でももう遅いよ。お前はあの御方を怒らせた。楽に死ぬと思わない事だね」

 

「なに、別にそんなつもりはないさ。確かに再生能力自体は厄介だが、別に対処法が無いわけではない。ただ殴っても無理なら、此方も相応のやり方で相手をするだけさ」

 

言外に、この程度は問題にならないと語るシュウジに下弦の伍と刻まれた少年ほどの十二鬼月は苛立ちを募らせる。自身の血鬼術を簡単に破って見せただけでなく、脅威とすらみられていない。下弦の鬼が、十二鬼月が、そのような無様を晒してはならない。

 

「血鬼術、刻糸輪転!!」

 

憤りを隠せない少年の鬼が、両手を伸ばし必殺の技を繰り出す。地面から生える無数の赤い糸、それらがあや取りの様に絡み合い、シュウジを糸の篭へと封じ込める。

 

糸の篭は回転し、勢いを殺さずにシュウジの体へ迫る。少年の鬼が繰り出す糸は鋼にも勝り、その糸でこれまで多くの鬼狩りの刀を折ってきた。刀すら断ち切る糸によってこれまで多くの人間を細切れにしてきた。これでこの男も終わる。あの御方から血を分けられるのは自分だと確信した瞬間。

 

「あやとりしたいなら余所でやれ」

 

 少年鬼の血鬼術は、何気ない腕の一振りで容易く破られてしまった。自身の最大の奥義が、自慢の糸が破られたことに驚愕した少年の鬼は動揺と焦りに呑まれ、一歩後退る。

 

(しっかし、コイツらまるで連携がなってないな。さっきの鼓打ちの奴なんて他の奴等を巻き込んでいたぞ)

 

帽子の男に群れで呼び出されたというのに肝心の連携が何一つ取れていない。連中の誰もが我先に自分を殺そうと襲い掛かるだけで、それらを繋げて活かそうという考えがまるでない。

 

(あの帽子の男、まさか数さえ揃えばいいなんて安直な考えだったりする? …………いや、まさかな)

 

シュウジが一人考えに浸っている中、鬼達は今起きた光景に言葉を失い、立ち尽くしていた。

 

 下弦の鬼の血鬼術が破られた。その事実が鬼達の間に波紋が広がっていく、ただの人間が刀も持たずに身体能力だけで自分達を凌駕している。認めるには余りにも重い事実、周囲の鬼が動揺しざわめき始めたその時、群れの中から一体の赤毛の鬼が現れた。

 

前に出てきたその赤毛の鬼に周囲の鬼達は更にざわつく。幾本もの線が幾何学模様に刻まれたその男、鍛え抜かれた肉体、その目には上弦の弍と刻まれていて全身に満ちる闘気とは裏腹にその顔は満面の笑みを浮かべていた。

 

「俺の名前は猗窩座という。人間よ、お前の名前を聞かせてくれ」

 

「────シュウジ」

 

「シュウジか、良い名だ。戦う前にお前に素晴らしい提案をしよう。鬼になれ、シュウジ! お前ならきっと強い鬼になれる。鬼になって俺と共に武の頂を目指そう!」

 

「…………はぁ?」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて、鬼になれと勧誘する猗窩座と名乗る鬼にシュウジは呆気に取られた。

 

(は? 鬼? コイツら何かの突然変異で生まれた化け物じゃなかったの? 俺、てっきりインベーダーの親戚か何かかと思ってた)

 

思い返してみれば先の女の子を助けた時も鬼がどうたらって言っていた気がする。あの時は警羅隊の人に追い掛けられてそれどころじゃなかったから、その時の事をすっかりと忘れてしまっていた。

 

「見れば分かる。お前は強い、それこそ下弦の鬼などでは比べ物にならないほどに! あの御方への非礼を詫び、態度を改めるなら俺も嘆願してやる。だからシュウジ、お前は鬼になれ!」

 

 鬼という存在を今の今まで忘れていたシュウジは自分の失態が恥ずかしくて、猗窩座の話を殆ど聞いていなかった。何か必死に話しかけてくる赤毛の鬼、そう言えばコイツも鬼になれとか言ってきたなとシュウジは向き直る。

 

「鬼になれ………ねぇ。お前さ、なんで俺を鬼にしたいんだ?」

 

「聞いてなかったのか? 俺は至高の領域、武の頂きに挑みたいんだ。その為にはシュウジ、お前のちからも必要だ。お前と俺とならきっと其処へ辿り着ける!」

 

「ふーん、で?」

 

「あ?」

 

「至高の領域、武の頂き。そういう強さを得て、お前は一体何がしたいんだ?」

 

「─────」

 

 鬼になれと勧誘してくる猗窩座にごく自然な疑問をぶつけてくるシュウジに猗窩座はなにも応える事が出来なかった。

 

何故、自分は強さを得ようとしている? 何のために強くなろうとしている? 武の頂き、そこへ行って自分は何になろうとして────。

 

“────狛治さん”

 

ふと、何処かで聞いた懐かしい声が聞こえた気がした。

 

「何をしている猗窩座、上弦の鬼がノコノコ前に出て一体何をしている?」

 

ふと、背後から帽子の男が酷く苛立った様子で猗窩座の名を呼ぶ。

 

「私はその男を殺せと言った。それが出来ないならお前が死ね。コイツを鬼にする? ふざけるな。貴様を上弦の弍へ格上げさせたのはそんな戯れ言を吐かせる為ではないのだぞ?」

 

「………申し訳ありません」

 

「言い訳はいい。貴様等はこの鬼舞辻無惨の駒だ。駒にもなれぬ塵は死ね。私の言葉一つ守れぬ役立たずは必要ない」

 

横柄、傲慢、そんな言葉では収まらない理不尽の塊。この男は、鬼は、自分以外の鬼を………いや、全ての命を同じ生き物として見ていない。

 

「なぁ、そこのワカメ頭さんよ。部下に任せっきりでなにもしていない癖に、随分と上から目線なんだな?」

 

「…………なに?」

 

「今俺はそこの猗窩座だっけ? ソイツと話をしてるんだ。邪魔しないでくれる?」

 

「貴様、どこまで私を愚弄すれば───」

 

「黙れと言ってるんだよ鬼舞辻無惨。お前の相手は後でしてやるから、大人しく其処で待ってろ」

 

 どうやら、ワカメ頭の言動に自分も少し頭にキていたらしい。自分の為に懸命に戦っている部下を代えのきく消耗品としか考えていない奴に少々怒りを覚えた様だ。

 

自身の未熟さに内心恥じていると、鬼舞辻無惨と名乗る男はわなわなと震え………そして。

 

周囲にいた上弦と目に刻んだ鬼を除いた全ての鬼達の体から、突然巨大な手が生えてきた。口と腹のそれぞれから手が生え、鬼達の頭や体を潰していく。その凄惨な光景に流石のシュウジも息を呑んだ。

 

 何をした? 驚き以上に疑問がシュウジの脳内を埋め尽くしていく。奴等は自分を殺す為に無惨が呼んだ兵隊だった筈、子供の鬼がいた。女性の鬼がいた。異形となった鬼もいた。それでも彼等は皆、男のために命懸けで戦った。

 

なのにどうしていきなりこんなことをするのか。頭部を潰され、再生する様子のない鬼達にシュウジは戸惑っていると。

 

「黒死牟、半天狗、玉壺、堕姫、猗窩座、二度は言わん。その男を殺せ、そしてその先にいる一家も殺せ。周辺に住む人間達を全て殺せ」

 

先程までの苛立った様子とはまるで違う落ち着いた様子の無惨にシュウジはまさかと目を見開いた。

 

(コイツ、まさか自分の苛立ちを解消したいから? 俺からの挑発を抑えるために、ただそれだけの為に部下を殺したのか!?)

 

 これまで、シュウジは多くの相手と敵対し、その度に様々な悪意と対峙してきた。自分以外を信じていないもの、自分を除いた全ての存在は駒でしかないと言い張るもの、何れも吐き気を催す邪悪さであり、その邪悪さに見合ったおぞましさも目の当たりにしてきた。

 

だが、この鬼舞辻無惨という男はそんな邪悪な者達とは色んな意味で一線を画している。自分を殺す為に用意した兵隊達を自分の感情を平静に保つ為だけに殺してしまっている。使い捨てるのではなく、ただの八つ当たりとして処理している。

 

命を道具以下としてしか見ていない。人々はコイツを鬼と呼ぶが、シュウジは最早鬼舞辻無惨を鬼とすら見ない。

 

 琵琶の音が聞こえてくる。それと同時に現れる襖の扉、その奥へと消える鬼舞辻無惨。

 

もう、男が口を開くことはない。上弦の鬼とは勿論シュウジとも口を開くことはない。開かれた襖の先へと足を踏み入れる。これでもう奴も自分も追ってはこれない。後は奴が死ぬまでに逃げ続けるだけ。

 

「おい」

 

なのに、何故この男は私の目の前にいるのか。上弦の鬼達の前から消え失せ、いつの間にか自分の前へと現れたシュウジに無惨は一瞬目を疑い。

 

気付いた時には無惨の顔にはシュウジの拳が捩じ込まれていた。

 

再び鼻血を吹き出し倒れ付す無惨、主の酷い姿に全ての上弦が目を見開いているなか、シュウジは静かに口にする。

 

「おいクソ餓鬼、お遊戯は楽しいか?」

 

「あ、が、あぁ……」

 

「なぁ、教えてくれよ。一体何が面白いんだ? 命を弄んで、玩具にして、それで何が満たされる。自尊心か? 嗜虐心か? なんの意味もなく命を奪って、一体お前は何がしたいんだ? なぁ、答えろよ」

 

 その口調は何処までも冷たかった。淡々と訪ねてくるその口振りに鬼舞辻無惨は必然にある剣士を思い出す。

 

『何故奪う? 何故命を踏みつけにする?』

 

『何が楽しい? 何が面白い? 命を、なんだと思っているんだ』

 

鬼舞辻無惨はこの日、最大の絶望を体験する。

 

 

 

 




コソコソ話。
本作ではどうまん(仮)が既に死んでいる為、猗窩座さんは繰り上げで上弦弍になっております。

次回、ボッチプチおこ。走れ義勇。黒死牟の涙。

の予定です(嘘

それでは次回もまた見てボッチノシ








If:もしもボッチが鬼殺隊に入隊して縁壱と模擬戦風味にバトッたら?

ボッチ(何だこの人、動きの緩急が複雑すぎる! 動きが読めない、先手が取れない!)

縁壱(なんて人だ。技の鋭さ、力、そして速さ、どれも鬼の比じゃない。人は、人間は、ここまで強くなれるのか!?)

ボッチ(完全に此方の動きが読まれている。此方の技が見切られている! 初見でここまで完封されるなんて、ガモンさん以来だぞ!?)

縁壱(かすっただけでも致命傷だ。なのにも関わらず、この人にはまだ上がある! 集中しろ、意識を研ぎ澄ませ、自分は今、嘗てない脅威を前にしている!)

ボッチ(でも、楽しい。戦っていて楽しいと思えるなんていつ以来だ)

縁壱(この人には殺気がない。この人が抱いているのはただ前に進むという決意だけ)

ボッチ&縁壱((あぁ、本当に、本当に……なんて))

ボッチ&縁壱((凄い人なんだ!))

兄上「────」






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