『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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SNファンの皆様、ごめんなさい。

イジメ、ダメ絶対。




その8 特異点F

 

 それから暫くして、学校の教室で少しの休息を取った修司達は改めて今回の特異点の調査を行う為、異常の基点と思われる場所に向かうことになった。

 

道中、相変わらず湧き出てくる髑髏の兵隊が襲ってくるが、サーヴァントのキャスターとデミサーヴァントであるマシュ、そして修司という戦闘担当が次々に駆逐し、瞬く間に敵性エネミーは消滅していく。

 

その圧巻とも言える光景に藤丸はただ呆然と眺めていた。

 

「うわー、キャスターさんやマシュも凄いけど、修司さんもあんなに強かったんだー」

 

「いえ先輩、キャスターさんはサーヴァントだから当然として、私もデミサーヴァントとして機能している以上この結果は当然と言えます。異常なのはサーヴァントでもデミサーヴァントでもない修司さんです」

 

そうマシュは口にしているが、藤丸は修司の異常性というモノが今一つ理解できなかった。キャスターやマシュも同じく凄い、自分には逃げることしか出来ない相手に堂々と立ち向かって倒している。

 

そんな二人と同じく化け物達を倒せる修司も藤丸には同じくらい凄い人、という事しか理解できていない。そんな彼女の能天気とも言える価値観にオルガマリーは呆れの溜め息を吐き出した。

 

「はぁ、良いわね一般人は能天気でいられて。普通、サーヴァントと同等に戦える人間なんてそれだけでも有り得ないのに、どうしてあの男は平然としていられるの? 魔術も無しにどういう理屈であんな風に動けるのよ。本当、意味わかんない」

 

「ん? どうしたの所長、お腹空いたの?」

 

「空いてないわよ! 全く、しかも最後に残ったマスターがこんな奴だなんて……もう、戻ってからの事を考えると今から頭が痛くなってくるわね」

 

白河修司という男が如何に非常識な存在であるか、魔術という神秘に関わるオルガマリーでも理解できていない。分かっているのは彼の時折扱う力というのは自分達魔術師とは色んな意味で異なっているという事。理解できていない、というよりしたくない。しかし所長という立場にいる以上、力ある者の能力を把握しなくてはならないオルガマリーとしては、白河修司という人間は藤丸よりも輪を掛けて厄介な存在になりつつあった。

 

「嬢ちゃん達、そろそろお喋りは終いだ。奴さん出てきたみたいだぜ」

 

 やって来たのはとある山の洞窟前、ポッかりと広がるその大穴はまるで地獄が開けられた怪物の口にも見える。そんな出入り口の大穴に一人の男が立ち塞がっていた。

 

「先輩!」

 

「え?」

 

突然、男から一筋の光が放たれたかと思うと自分を先輩と呼ぶ少女が前に出てきた。どうして彼女が自分の前を遮るように現れたのか、疑問に思う藤丸だが、瞬間彼女は理解した。

 

今、自分は命を狙われた。何の予兆もなく、突然降って沸いた様に無防備な所へ狙われた。それを今度は自分の代わりにマシュが庇おうとしてくれている。

 

「マ────」

 

何とかしなくては、何も出来なくても、自分も何かしなくては。頭を混乱と焦りで藤丸は我を忘れそうになる。マシュを何とか助けてやりたい、そう叫ぼうとする彼女よりも早く。

 

「無防備な女の子から狙って矢を射る………か。随分と下衆な手を使って来るな」

 

 白河修司が、飛来するその矢をマシュに当たる前に握り掴んでいた。

 

「………未だ自分の立ち位置を認識できていない者など、残しておいても無駄なだけだろう。此方としてはその重荷を減らしてやろうという親切心を見せただけなのだがね」

 

「へっ、相変わらず嫌な野郎だ。兄ちゃんとの誓約(ゲッシュ)がなけりゃ俺が相手をしてやる所だったぜ」

 

ベキリと矢をへし折り、乱雑に投げ捨てると魔力で編み出された矢はその効力を失い消失する。突然向けられる濃厚な殺意に藤丸は顔を青ざめ、オルガマリーとマシュは額から大粒の汗を吹き出している。

 

キャスターが気に入らないと男────アーチャーを睨み付けるが、弓兵は氷の様な冷たい目で藤丸達を見下ろしている。

 

「キャスターさん、手筈の通りに……」

 

「あぁ、分かってるよ。お前さんには面白い話を聞かせて貰ったからな。その対価だ。嬢ちゃん達は俺に任せておけ」

 

「え? ちょ、なんの話? 貴方達、何を勝手に話を進めてるのよ!?」

 

「はいはーい。そんじゃ三名様ごあんなーい! ほらほら急げ嬢ちゃん達、早くいかねぇと怖ーい兄ちゃんの八つ当たりに巻き込まれるぞー」

 

「え? え?」

 

「きゃ、キャスターさん?」

 

 混乱する藤丸達の背中を押し、強引に洞窟の中へ押し入ろうとするキャスター、勝手に話を進めていた修司とキャスターにどういう事かと憤るオルガマリーを強引に連れていこうとする所へ……。

 

「行かせると思うか?」

 

矢を番えたアーチャーがキャスター達に向けて放たれる。放たれた矢は一寸の狂いのない軌道を描き、キャスターの眉間に向けて突き進む。サーヴァントの力によって射られた矢の力は絶大、魔術を行使する素振りも見せないキャスターには避けることも困難なその矢を。

 

「よっと」

 

 修司は苦もなく再び素手で掴みとる。

 

「んじゃ、兄ちゃん。任せたぜ、精々手酷くあしらってやんな」

 

「あぁ、彼女達を頼んだ。俺も、コイツを片付けたらすぐにいく」

 

「ちょ、ちょっとキャスター!?」

 

「しゅ、修司さん!?」

 

困惑するオルガマリー達を押し込み、洞窟の中へと消えていく。彼女達を見送った修司は再びアーチャーへと向き直り、彼の顔を静かに見据える。

 

「すぐにいくか。随分と舐められたモノだ。たかが矢を2本掴んだだけで、すっかりその気か」

 

アーチャーの矜持とも呼べる矢がサーヴァントですらない男に見切られ、掴み取られる。その事実をアーチャーなりに受け取ったのか彼の手には弓はなく、白と黒の夫婦剣が握られている。その目には侮蔑の色が濃く滲み出ていた。

 

「しかも先を見る目も無いと来ている。定石を打つならキャスターと盾の小娘と一緒に私を一息に潰すべきだった。そうすれば先に待つ彼女にも対策出来ただろうに、貴様が私にどんな感情を抱いているが知らないが、一時の感情で最善を逃すなど愚の骨頂」

 

「いいだろう。相手をしてやる。精々時間を掛けるがいい、その間に貴様の仲間は全滅だ。絶望の中で溺死────「なぁ」 ?」

 

「お前がしたかった事って、こんな事だったのか?」

 

 侮蔑に彩られ、嫌悪すらあったアーチャーの顔が凍り付く。険しい表情だった彼に対し、修司の表情は何処までも穏やかで、いっそ慈しみですらあった。

 

「こんな焼け野原になっちまった街で、後生大事に彼女を護り、その果てになんの気持ちも固めていない女の子に矢を射る。これが、お前のしたかった事か? こんなものが、お前が目指した"正義の味方"って奴なのか?」

 

「………何を、言っている?」

 

すでに、先程までの威勢はアーチャーにはなかった。修司が言葉を一つ紡ぐ度に剣を握る手は震え、脳裏には燃え尽きた筈の記憶の残り滓がざわつき始める。

 

「もしこれがお前の言う正義の味方の在り方だというのなら………今すぐ藤村先生に報告してこい。これが自分の理想なのだと、胸を張って言ってこいよ」

 

「!?」

 

 アーチャーの脳裏に一人の女性が浮かんできた。横柄で、横暴で、優しくて、終始ふざけていても決して自分を見捨てず、常に気に掛けてくれていた女性。

 

「藤………姉ぇ……」

 

気付けば、アーチャーの目から一滴の涙が溢れ落ちていた。自分ですら気付けていない感情の吐露、しかし、それだけで修司は終わらせない。

 

「とっとと構えろ。アーチャー(衛宮士郎)、今のお前に出来るのはそれだけだと言うのなら、俺が正面からその腐った性根を体ごと打ち砕いてやる」

 

「あ、あぁ……」

 

修司に出来るのは間違えた友達を自分なりのやり方で止めてやるだけ。戦意は折れ、戦う意思を失い決壊したダムのように涙を流すアーチャーに………。

 

「フンッ!!」

 

「ブッ!?」

 

 修司は容赦なく握り締めたその拳を彼の顔面に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤丸立香にとって今までが現実味のないモノで、カルデアに連れてこられてからはまるで物語の中にいるような、半ば夢見心地の様なフワッとしたものだった。

 

献血と称して何らかの適性検査を受け、それが彼等の目に止まった。ただそれだけの理由でカルデアという未知の施設に拉致同然の形で連れてこられ、流れるままに此処まで来た。

 

理不尽を理不尽と認識する間もなく、ただ目の前の光景を見送るだけ、その認識に変化が起きたのはあの赤い弓兵に本物の殺意を向けられた時だった。何気無しに向けられた殺気、それを前にして漸く藤丸立香は自分の立ち位置を認識した。

 

あぁ、今私は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだ。誰もが当然の様に握り締められていた生存の権利を、自分以外の誰かに握られている。それを漠然と理解していながらも、それでも彼女は自分の意思で前に進む事が出来なかった。

 

 当たり前だ。ほんの少し前まで、彼女はただの一般人………否、今も彼女はただの普通の一般人でしかない。決意なんてものが抱ける訳がなく、覚悟と呼べる信念も無い。今彼女の胸中に抱くのは何故自分がこんな目に遇わなければならないのかと、至極当然な疑問のみだった。

 

「良く防ぐ。伊達にその盾の力を受け継いでいない、という事か。だが、それももう限界か」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、……う、ぐ……」

 

眼前には黒い剣を持った黒い剣士が盾を持つ少女を打ちのめしている。自らを騎士王と名乗り、またオルガマリーやDr.ロマンも認める人類の歴史の中でも最上級の英霊、その騎士王が言葉を一つ紡ぐ度に心が張り裂けそうになる。恐怖でどうにかなりそうになる。

 

顔を青ざめ、呆然とただ見つめている事しか出来ない自分を客観的に見ている自分が何か言っている。

 

 逃げろ。己の生存本能が形振り構わず逃げろと叫んでいる。全てを見なかったことにして、何もかもを夢だったと結論付け、逃げて自分だけでも逃げ延びろ。

 

事実、それを許されるだけの権利が彼女にはあった。拉致同然に連れてこられ、本人の許諾なく訳の分からないプロジェクトに巻き込み、挙げ句にはこんな命を掛けた場所に無理矢理連れてこられるハメになる。魔術がなんだ。人理がなんだ。どうしてそんな事の為に命を張らなければならない。

 

しかし、どんなに理不尽に憤り、怯えていても既に足は恐怖で動けなくなっている。黒い騎士王が放つ殺気に既に藤丸立香の心は折れそうになっていた。

 

このまま、自分は死ぬのか。嫌だ。怖い。死にたくない。彼女の頭にあるのは恐怖を誤魔化すための逃避しかないと────。

 

(────あ)

 

 そう、思われていた。彼女の、自分を先輩と呼ぶ少女が苦しい顔を目にした時、思い出すのはあの炎の中で繋いだ手の感触だった。

 

あの時、彼女は助けてとも、死にたくないとも言わなかった。ただ淡々と自身の現状を述べる彼女、そんな彼女が口にした願望は願望とも呼べない無垢なるものだった。

 

自分は、何故あの時彼女の手を握り締めた? ただ言われただけ? それとももうじき死ぬという彼女の運命を憐れんだから?

 

分からない。分からないけど………。

 

気付けば、少女は走っていた。覚束ない足取りで、恐怖で泣きそうになりながら、躓きそうになりながら、それでも藤丸立香はマシュの元へ急いだ。キャスターの応援の声が聞こえ、フォウの鳴き声が聞こえてくる。

 

 後ろから自分を呼び止める所長の声が聞こえる。耳元ではDr.ロマンが戻れと必死な様子で叫び立てるが、藤丸は止まらなかった。走り、走り、走り続けて漸くマシュの背中にまで辿り着いた時。

 

「ならば、この一撃を防いでみせろ。お前達にそれだけの意思と力があるのなら!」

 

黒い極光が降り注いだ。

 

衝撃、熱量、その全てが自分達を呑み込もうと濁流の如く押し寄せてくる。今自分が生きていられるのは、マシュがいるから、彼女の持つ盾がなければ今頃自分は灰も残さず消し飛んでいた。

 

もう、自分が今いるのは悪夢でもなければ幻でもない、純然たる現実なのだと藤丸は理解した。

 

「せ、先輩! どうして来たんですか!? 近くに来れば危険度は跳ね上がる! それはアナタにも充分分かっていた筈です! なのに───」

 

「分からない。そんなの私にも分からないよ! 怖くて怖くて仕方なくて、本当はこんなの私だって嫌なのに、でも………マシュの顔を見てたら、勝手に体が動いてたんだもん」

 

「先輩……」

 

「お願い。私は何も出来ないけど、ただマシュの頑張りに乗っかるだけの私だけど、無責任な事を言うけど! それでもお願い。頑張って!」

 

 マシュは素直に驚いた。彼女の言う自分勝手なお願いにではない、恐怖と後悔に苛まされながらも、がむしゃらでも、それでも一歩を踏み出した藤丸立香にマシュは驚嘆した。

 

人は、恐怖の前には何も出来なくなるものだと聞いていた。大抵の人間がその前に為す統べなく立ち尽くすのだという。これに抗うのは英雄の所業、決意に満ち、覚悟に溢れた者だけが恐怖に打ち克つのだと、マシュは知識のみだが知っている。

 

しかし、藤丸立香は英雄ではない。英雄から遠く離れた一般人、カルデアに於いては有用性が低く、また脅威性も薄い故にマシュは彼女を警戒せず、先輩と呼んだ。

 

そんな彼女が死に逝く筈だった自分の手を優しく握ってくれた。自分も次の瞬間には炎に呑まれて死ぬかもしれないのに、自身よりも他人であるマシュの願いを聞き入れた。

 

そして今、彼女は再び恐怖に抗った。恐怖に震えながら、眼前に迫る死に怯えながら、それでも彼女は叫んだ。頑張ってと。

 

凄い人だとマシュは思った。皮肉でも何でもない心の底からの称賛。マシュ=キリエライトは藤丸立香をこの瞬間、ただの先輩から凄い先輩へと無意識の内に昇華させた。

 

 瞬間、藤丸の手の甲に刻まれた紋様、即ち令呪が光りだす。それはカルデアからマスターである藤丸に与えた数少ない切り札、その膨大なる魔力リソースを受け取り、彼女の宝具を顕現させる。

 

「ありがとうございます。先輩、マシュ=キリエライト……頑張ります!!」

 

擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”!!

 

マシュの張った宝具の結界が黒い濁流を受け止める。軈て騎士王の放つ極光は止まり、辺りには先程までの戦闘とは打って変わった静寂に支配された。

 

「……成る程、どうやらそれだけの意思はあるようだな。依然として未熟なのは変わりないが、それでも全くの無力という訳ではない。か」

 

『藤丸君! マシュ! 二人とも無事!?』

 

息も絶え絶えなマシュと藤丸にDr.ロマンの安否を気遣う声が届く。何とかと気の抜けた返事を返す二人にロマンは座っていた椅子からズリズリと落ちていく。

 

 そんな所長代理(仮)を他所に騎士王が再び動き出す。警戒するマシュ達を無視して彼女が剣を突き出す先には………キャスターがいた。

 

「それで、どういう了見だキャスター? 先程から貴様は何の手出しをしていないが………よもや、漁夫の利を狙ったつもりか? この私を相手にまさかその様な稚拙な策が罷り通るとは思うまい?」

 

そう、マシュが騎士王と戦ってからキャスターは戦闘という戦闘を行ってはいない。精々がマシュに対する援護程度で、後はオルガマリーや藤丸が余波に巻き込まれないように結界を施していた程度、度重なるオルガマリーからの追求をなぁなぁで避けていたキャスターだが、流石に嘗ての敵対者である騎士王からの詰問を無視するわけにはいかないと思ったのか、キャスターは若干気まずそうに口を開く。

 

「いやな、本音を言うなら俺も参加したかったよ。キャスターとは言え俺もケルトの端くれ、英霊と称され喚び出された以上、少しは戦うべきだとは思ったさ」

 

「けどな、約束しちまったんだよ。残念な事にな。お前さんと戦うのは俺に譲れと、面白い話を聞かされた以上、ついな」

 

「なに?」

 

 キャスターの言っている言葉の意味が騎士王には理解できなかった。約束とは何なのか、一体誰に譲ったと言うのか。その口振りからしてマシュと藤丸でないというのは何となく解る。

 

では一体誰なのか、オルガマリーと藤丸、マシュの三人は何となく察しが付いた様ではあるが、何れも皆、信じられないような顔をしている。

 

 今一つ理解出来ない騎士王がうすら笑みを浮かべるキャスターに苛立ち、今再び剣を奮おうかとした所で………ピクリと聖剣を握る彼女の手が一瞬震えた。

 

見間違いか? 僅かな反応を見せた騎士王に藤丸が目を瞬いていると、彼女の震えは徐々に大きくなっていく様に見えた。

 

震える彼女の視線の先には………自分達が今いる大空洞、その出入り口。影のような帳の中から現れるのは一人の男だった。

 

「どうやら、間に合った様だな」

 

「おうよ兄ちゃん、少し危なかった場面はあったがこの通り、全員ピンピンしてるよ………ていうか、どうしたんだよソイツ」

 

 満を持して現れたのは白河修司。自分達を先に行かせ、アーチャーとの戦いを一手に引き受けたAチーム最後の生き残り、その彼の手にはアーチャーの首根っこが掴まれていた。

 

ブンッとソレを放り投げると、変わり果てたアーチャーの姿に周囲の人間は驚愕に目を見開く。彼の顔には最初に見たあの恐ろしい表情は完全に消え去り、顔は拳の形に陥没し、頭には幾つものたん瘤をつくり、白目を向いて涙を流し、気絶していた。

 

「一応、戦意はへし折っておいたつもりだが、もしその大バカがまた戦う気になったら、その時はキャスターさんが煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

「いや好きにしろって………これ戦意処か生きる気力すらへし折れてねぇか? 何をしたら腐っても英霊がここまで落ちぶれるんだよ」

 

「なに、大した事はしてないさ。言葉を尽くし、拳骨で制裁しただけ。コイツとは色んな意味で長い付き合いだからさ、手の内は知り尽くしているからな」

 

「いや、でもよ……えぇ」

 

 あのいけすかないアーチャーが、まるで叱られた子供のように泣いている。変わり果てた好敵手に流石のキャスターも同情し、オルガマリーもサーヴァントをここまで追い詰める修司に内心ドン引いていた。

 

「さて、遅くなって済まなかったな。藤丸ちゃん、マシュちゃん。その様子からしてスゲェ頑張ってくれてたんだろ? 見なくても分かるさ。………本当、ごめんな。そして、ありがとう」

 

膝を地に突いて、未だに体力の戻っていない二人に修司は心からの感謝と謝罪の言葉を送る。彼女達を追い詰めたのは自分にも非がある。責はカルデアに戻ってから盛大に受ける事にして修司は改めて騎士王………セイバーへと向き直る。

 

「さて、俺を覚えているか騎士王? いや、セイバーさん。こうしてアンタと再び相対するなんてな、人生というのは分からないものだ」

 

 ───知らない。セイバーは目の前の男なんて知らない。知らない筈だ。初対面だし、面識もない、今の自分はとある理由からこの地に残された特異点を繋ぎ止めるだけの楔でしかない。

 

 

なのに、何故自分はあの男に臆している。霊基が、或いは魂が、あの男から逃げろと叫んでいるのだ。

 

「それじゃあ、ラウンド2を始めようか。まさか、事ここに至って逃げるとは………言わねぇよな?」

 

両手をパキパキと鳴らす修司、そんな彼を前に目隠しのバイザー越しでも分かるほどに動揺しているセイバーは形振り構わず聖剣を振りかざした。

 

そんな彼女を前に修司は気を纏って静かに構えて迎え撃つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────それは、明らかに人の越えた領域だった。降り頻る黒い閃光、雨霰の如く降り注がれる破壊の一条、キャスターのルーン魔術によって被害はないが、それでも近くに黒い光が落ちる度にオルガマリーは失神しそうになった。

 

『な、なんて事だ。あのセイバー、よりにもよってあの大炉心と直接パスを繋げている! あの魔力炉は冬木の大聖杯、万能の願望器を形とったモノ、あんな馬鹿げた魔力炉と繋がった彼女は実質無尽蔵の魔力を得ているのに等しい!』

 

「おう軟弱野郎、流石に詳しいな。いやはやあの女、よもやそこまで手を伸ばしていたとはなぁ。道理で俺達普通のサーヴァントとは違った訳だ」

 

セイバーが放つ一つ一つの魔力の塊が有無を言わさぬ破壊の濁流となって大空洞を蹂躙していく。その有り様は先程のマシュとの戦いとはまるで違う、暴力の嵐そのものだった。

 

マシュとの戦いは謂わば彼女の残した一握りの僅かな良心の様なもの、これからの試練を前に立ち向かって欲しいという彼女なりの一種の激励でもあった。

 

 そんな彼女があぁも形振り構わず剣を奮い、その度に黒い閃光を放っていく。その姿は荒れ狂うドラゴンそのもの、最強の幻想種である竜種を想起させる程に彼女の戦い方は苛烈だった。

 

『でも、何が一番恐ろしいってそんな彼女とまともに戦えている修司君だよ!? 何なの彼!? どうして騎士王の聖剣とマトモに打ち合えてるの!? なにあのシュインシュインっての!? 僕あんなの知らないよ!?』

 

『え? ドクター知らないの? 嘘~、遅れてるぅ~』

 

『うるっさいよムニエル! ていうかなんで君は落ち着いているのさ!?』

 

 最早パニック状態のロマンだが、そんな彼を責められるものは誰もいない。何せこの場にいる誰もが彼と同じ心境だったからだ。

 

白目剥いて愕然としているオルガマリー、マシュは純粋に凄いと驚き、藤丸立香は「あれ? 何かどっかで見たことあるなぁ」なんて冷や汗駄々漏れで戦いの様子を見物している。

 

しかし実際の所、誰よりもふざけるなと言いたいのはセイバーの方だった。剣を奮う度に特大の魔力をビームという形で放っているのに、目の前の男はなんて事ないように片手で弾いている。

 

落ち行く瓦礫を足場にランサー以上の俊敏さで縦横無尽に駆け回り、振り下ろされる拳はバーサーカー以上に重く、芯に来る。剣で何度も振り払っても、その都度修司は加速し、セイバーを追い詰めていく。Dr.ロマンは二人の戦いを互角であると評した。しかし、キャスターの見解は違う。

 

 圧倒している。セイバーを、あの伝説の騎士王を、現代に生きる修司がその力と技により着実に追い詰めている。道理で自分に譲れと強気なことを言ったわけだ。最初から修司はあの二人を相手にするつもりでここに来ていたのだ。

 

「ったく、つくづく悔しいねぇ。俺が槍持ってたら真っ先に挑んでいたってのに………」

 

 悔しそうに煙草をふかしながら呟くキャスターだが、降り注ぐ瓦礫と黒い閃光の所為で泣き喚くオルガマリーの叫びに消されていく。

 

そんな時、戦いは遂に佳境を迎えた。修司が地面に着地した瞬間騎士王の持つ剣がこれ迄とは桁違いの光を纏い始めたのだ。

 

それは、騎士王の宝具。マシュの擬似的な宝具と藤丸の令呪によって漸く防がれたセイバーの最大にして最強の宝具。

 

『ま、不味い! 今あれ使われたら此方には打つ手が無くなる! 皆、急いでそこから離れるんだ!』

 

「は、離れるって言っても何処へ行ったら……」

 

 戸惑う藤丸達が立ち往生する一方、セイバーには膨大な魔力が収束される。放たれれば死は免れない、しかし修司は静かにそれを見つめるだけだ。

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。────光を呑め!」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』!!

 

撃ち下ろされる極大の閃光。周囲の瓦礫を破壊し、粉砕する破滅の一撃。逃れる術はなく、受け止める術もない。そんな極大な死を前にして………修司は一歩前に出る。

 

「………本当なら、この技はアイツ等(Aチーム)に見せてやりたかった。キリシュタリアなら喜ぶし、ペペさんなら興奮してくれそうだし、カドック君は………きっと、率先してツッコんでくれたんだろうな」

 

思い返すのは本当なら此処にいる筈のチームの面々、ベリルなら、デイビットなら、オフェリアなら、ヒナコなら、一体何て言うだろうか。

 

呆れるのだろうか、怒るのだろうか、笑うだろうか、戸惑うだろうか、どれだけ想像を膨らませても彼等の声はもう、聞こえてこない。

 

ならば、せめて自分が前に出よう。意識を失っても、何も見えなく、聞こえなくても、自分達は負けていないのだと届けるために……。

 

 修司の手に光が集う。それは修司の纏う気という名の命の輝き、握り締めた拳を手刀に変え───。

 

「見せてやるよ騎士王! これが俺の────」

 

 

 

 

『エクスカリバーだ!!』

 

 

 

 

振り上げた手刀は黒い極光を切り裂き。

 

大空洞ごと切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何故、私は……生きている」

 

 意識を取り戻した彼女が最初に思い浮かんだのは自身の存命だった。

 

修司の放つ光は本質こそ異なっていたものの、その輝きは殆んど聖剣と並び称される程のモノだった。それを受けて何故生きていられるのか、不思議に思うセイバーだが、その答えはすぐそこにあった。

 

「そうか、貴様………手を抜いたな」

 

倒れている自分の隣に腰掛けて座っている修司にセイバーは自分が生きている事の理由を理解した。

 

詰まる所、この男は想像以上にお人好しで且つ甘ちゃんだったのだ。宝具を正面から切り裂く程の力を持っていても相手に止めを刺そうとしない、魔術師としては勿論、戦士としても落第クラスの善人。

 

「別に、手を抜いた訳ではないさ。アンタとシロ………アーチャーには聞きたい事がある。折角の情報源なんだ。アンタには知っていることを話してもらう」

 

 口ではらしいことを言っているが、それが口実なのはアリアリと見てとれる。きっと、嘘を吐くのが苦手な人間なのだろう。それがただの人間なら好感を持てるのだろうが、力を持っている以上それはただの足枷にしかならない。

 

「敗北した将に語るべきモノなどありはしない。止めを刺すがいい。貴様にはその責務と権利がある」

 

「………どうしても、か?」

 

「くどいぞ。それとも何か? 回復した私ともう一度戦うか? 今度は私も手段を選ばん。次はあの少女達を狙うとしよう。彼女達を庇いながら果たして貴様は何処まで戦える────ん?」

 

 何故だろう。ここまで話している内に黒いセイバーはふと既視感を覚えた。記憶はない、知識も、このようなやり取りは初めての体験である筈なのに、何故か今猛烈に後悔している自分がいる気がする。

 

そんなセイバーを余所に修司は徐々に立ち上がる。立ち上がり、踵を返して立ち去ろうとする彼の先にあるのは………自分が使っていた相棒とも言える聖剣が落ちていた。

 

修司は落ちていたその聖剣を手に取る。何故だろう、凄く嫌な予感がする。

 

「いや待て。少し待て、ちょっと待て、待ってくださいお願いします。あ、あー、何かちょっと私喉の調子が良いなー、もしかしたら色々喋っちゃうかもー、グランドオーダーの事とか、色々口走っちゃうかもー!」

 

「はぁーー………」

 

「ねぇ待って、頼むから待って、何だその力の昂りは! や、止めろ! そのシュインシュインを今すぐ止めるんだ!! 私喋るから! 有ること無いこと教えるから! これから始まる重要な事、色々全部話すから! だから待っ────」

 

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 

 

 手にした聖剣の腹を修司の膝打ちが炸裂する。バギィンと音を立てて折れ、砕け散る己の聖剣を前に……騎士王だった少女のギャン泣きが大空洞に木霊する。

 

オルガマリーもマシュも藤丸も絶句する中、キャスターだけは諦めた様に煙草の煙を吐き出し。

 

「あの兄ちゃん、もしかしたらうちの師匠よりも色んな意味で容赦ねぇかもな」

 

『おっふ』

 

Dr.ロマンから変な声が漏れた。

 

 

 




黒セイバーVSマシュ&藤丸立香

フォウ「拙くて、情けなくて、それでもとても………あぁ、とても、美しいモノを見た」

黒セイバーVS修司

フォウ「ひどいモノを見た」



次回、シリアス復活。俺がやらなきゃ誰がやる!


それでは次回もまた見てボッチノシ


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