『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今年最後の投稿です。

皆様、よいお年を。

今回はちょっとFate要素多め。


その9 特異点F

『い、いやー、何はともあれ、皆無事で良かったよ! 藤丸君もマシュもお疲れ様! 大きな怪我がなくて何よりだよ!』

 

 静まり返った大空洞にDr.ロマンの声が響き渡る。その声は何処か空回り気味で無理矢理感が半端ないが、それでもこの異様な空間の前には有難く、まるで清らかな清涼剤の様に感じられた。

 

「は、はい! マシュ=キリエライト及び先輩……もとい、藤丸立香。共に怪我なく、オルガマリー=アニムスフィア所長も無事です」

 

そんなロマンの思惑に全力で乗っかることにしたマシュは取り敢えず状況終了の報告を行う。彼女の言う通り藤丸もオルガマリーも、そしてマシュ自身も特に大きな怪我を負うことなく、今回の最大の修羅場を乗り越えることが出来た。

 

最初こそはどうなることかと思われた特異点の調査、危険な場面は幾つもあったし、冷や汗が溢れ出す場面も一度や二度ではなかった。つくづく悪運と幸運にまみれた今回の特異点調査、後はセイバーに異常を来したと思われる水晶体を回収するだけなのだが……念のため、大聖杯にも何らかの処置を施した方がいいのかもしれない。

 

「しかし、修司さんって黄金聖闘士だったんだ。へー、黄金聖闘士って実在してたんだー」

 

 そんな彼等を余所に感心するように呟く藤丸立香の一言にDr.ロマン並びにマシュ=キリエライトは否応なく現実と向き合うことになる。

 

ポッカリと縦状に開かれた天蓋、そこから覗ける小さな星々。その景観がほんの数分前に起きた出来事を何よりも現れており、考えたくなかったロマンは頭を掻いて項垂れる。

 

一方、この惨状を生み出した張本人は降したサーヴァント達を前に仁王立ちして正座している二人を見下ろしている。そのすぐ近くではキャスターが咥え煙草をしながらゲラゲラと笑い転げている。

 

「んで? お前等はここで何をしてたんだ? 士郎がセイバーさんを守っていたというのは分かるとして、問題はセイバーさんだ」

 

「───あの、ここでその名前を言うのはちょっと、止めて欲しいのだが………」

 

「却下だ。で? セイバーさん、アンタ此処で何をしていた? 俺達に何を伝える為にここで待ち構えていたんだ?」

 

「────ぐす。ふ、ふん。誰が白状するものか! 貴様のような悪辣外道に応えるものは何もない! ……あ、嘘だ嘘です止めろ止めてください! お願いだから無言で拳をパキパキさせないで! わ、私に近づくなぁぁぁっ!」

 

『おっとぉ! それ以上の英霊の尊厳破壊はそこまでにしてくれ修司君! 君のその行いは君が思っている以上に大変なことだという事をいい加減理解してくれぇ!』

 

「て言うか、どうしてさっきから所長は大人しいの? やっぱりお腹空いてるのかなぁ」

 

「先輩、今はそっとしておくのが最良かと思います」

 

「聖剣が、伝説がへし折れた。人類の夢と希望の象徴が……呆気なくへし折れた。は、ハハハ」

 

 報告をマシュ達に任せてその間に情報を得ようとする修司に残された英霊としての矜持で反抗するセイバーに更なる暴力が押し寄せるのを必死に止めるDr.ロマン、その一方でエクスカリバーという宝具の中でも象徴的なモノが折られ、粉砕させたという事実に茫然自失になるオルガマリー、小動物のフォウから見ても中々に混沌とした光景だった。

 

このままでは埒が明かないし、本当に修司が傷心な英霊二人を更なる追い討ちをしかねない。唯でさえマシュと藤丸がギャン泣きする騎士王に哀れみの感情を抱き始めているのだ。どうにかして話の流れを取り戻そうとして、Dr.ロマンは咳払いをし、改めて状況の確認を行った。

 

『コホンッ! えっと、それじゃあ先ずは状況を再確認をするとしよう。マシュ、藤丸君、何度も言うが君達二人も、所長も、そして修司君達が無事でいてくれたこと、素直に嬉しいと思うよ。でだ、君達の前にある超抜級の魔術炉心。あれが、冬木の大聖杯で間違いないね』

 

「はい。ドクター、確か此処に来たときも仰ってましたよね? 冬木の大聖杯はアインツベルン、魔術協会に属さない錬金術の大家が造り上げたと、そう聞いてます」

 

『うん、その通りだ。それでこの特異点の異常はあの大聖杯と呼ばれるモノであると見て間違いない。いや、本当ならそこの彼女を倒せば事は既に終わっていた筈なんだけど……』

 

 チラリと其所へ視線を向ければ、未だに正座姿のセイバーが涙目でそっぽ向いている。あんな彼女に止めを刺せというのは論理的に、何よりロマンの人格的に無理があった。

 

『それが出来ない以上、あの大聖杯を破壊するしかない。あの魔術炉心とセイバーが持っていた水晶体、この特異点の基盤を担っているなら、あれを壊せばこの特異点はその形を保てず自壊する筈だ!』

 

「なんだ。そんな事で良いなら、俺が適任だ」

 

大聖杯を破壊。水晶体という小さな物体なら兎も角、直系1㎞に迫る巨大魔術炉心を完全に消滅させろというDr.ロマンの無理難題に難なく応えるのは………やはり、この男だった。

 

白河修司。ほんの少し前までセイバーと大規模な戦闘を行っていたというにも関わらず、息を切らさずに平然としている。正直、色々と彼には聞きたいことが目白押しなのだが、それを今この場で追求するわけにはいかない。ツッコんでやりたい衝動を必死に抑え、Dr.ロマンは彼に問う。

 

『ほ、本当かい? 別に嘘を言わなくていいんだよ? 正直僕も無茶苦茶な事を言ってる自覚はある。黒い騎士王と戦って君も少なからず疲弊している筈だ。疲れているなら大人しく休んでいた方が……』

 

「ん? いや、大丈夫さ。この程度の運動なら慣れてるし、切り札を出していない分、体力にはまだまだ余裕がある。それに、コレの壊し方は俺なりに心得がある。あの時は吹き飛ばすだけで精一杯だったけど、今なら俺だけの力でも充分対処出来る筈さ」

 

なんだかサラッととんでもないことを口にしている気がするが、努めてDr.ロマンは聞かなかった事にする。目の前の大聖杯を破壊するには少なく見積もっても対城宝具級の威力が必要に思えるが、果たして修司にそれが可能なのか。

 

先程からの会話で麻痺しつつあるが、そもそも普通の人間にそんな芸当が出来るのか? 先の騎士王の宝具を切り裂いた瞬間といい、Dr.ロマンは自身の常識が崩れていくような気がした。

 

 誰もが戦いの終わりを確信し、安堵の溜め息を溢した時───それは起こった。

 

「────あ」

 

どこからともなく放たれた一条の光、その光は修司や藤丸にではなく、戦意を失い項垂れていたセイバーの胸元を貫いた。

 

「! セイバー!!」

 

「い、今のは一体何処から!?」

 

「兄ちゃん! 彼処だ! 下手人はあの高い所にいるぞ!」

 

 胸元を貫かれ、霊核を砕かれたセイバーは力なく横へ倒れそうになる。そこへ自身の不手際に呪いたくなるほど憤るアーチャーが彼女を抱き留める。

 

「アーチャー、貴方の所為ではない。既に我等は敗北している。私の末路は遅かれ早かれこうなっていたさ」

 

「………戯けが、そんな言葉が聞きたくてお前の側にいたのではないぞ」

 

「あぁ、そうだったな。我が騎士。…………白河修司、時間がない。こうなった以上、伝えられるのは限られてしまう」

 

「………気にするな、元よりこっちは端から手掛かり無しに挑むつもりだったんだ。でも、ありがとうよ」

 

修司に殺意がないのはセイバーは最初から分かっていた。彼が胸中に抱くのは怒りの炎、故に修司は相手を殺すことに拘りはしないし、敵対しない事を条件に頷けば、見逃す事も考えていた。

 

それが、こんな事なるなんて思いもしなかった。しかし、それでも修司は謝罪したりはしない。謝ればそらは即ちこれ迄の彼女の頑張り(・・・・)に対する侮辱になる気がして……故に、彼が口にするのは消滅を前に僅かでも情報を伝えようとしてくれる騎士王に対する感謝の言葉だった。

 

それを理解した上で騎士王は微笑む。その顔には最初に見た苛烈さは何処にもなかった。

 

「………グランドオーダー。これより始まるのは聖杯を巡る旅路となる。汝らの行く末に………どうか未来があらんことを」

 

 それだけを言い残してセイバーは消滅した。グランドオーダー、その言葉を意味する事を知る術を今の修司は持たない。気にはなるが、正直今はそれ処ではない。

 

 

 

セイバーという特異点を繋ぎ止めていた楔が消えた事で他のサーヴァント達にも影響が出始める。アーチャーは何処か寂しそうな笑みを浮かべながら消滅し、これまで共に戦ってくれたキャスターもまた英霊の座への退去が始まる。

 

「って、俺もかよ!? いやそりゃそうか! セイバーが消滅した事で連鎖的に俺達もこの特異点とやらから退去するって事かよ。アイツが言ってた楔ってのはこう言うことか!」

 

「キャ、キャスターさん!」

 

「えぇい! こうなった以上仕方がねぇ。嬢ちゃん達、気を付けろよ! お前さん達の本当の相手はこの後に───」

 

最後まで口にすることなく、キャスターも消滅する。これで残るはオルガマリー、マシュ、藤丸、そして修司の四人だけとなった。嫌な静寂が辺りを包む、一秒か一分か、それともそれ以上か、マシュが盾を構えて藤丸とオルガマリーを守るように周囲を警戒し、Dr.ロマンも固唾を呑んで見守る中………そいつは現れた。

 

「やれやれ、まさか君達がここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適性者、全く見込みのない子供だからと善意で見逃してあげた私の失態だよ」

 

「レフ教授!?」

 

『レフ───!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

それは、あの爆発で亡くなったと思われていたレフ=ライノール。いつもと変わらぬ微笑みを浮かべ、修司達を見おろす彼の目は、これまでと何処か違う異質なモノへと変わっていた。

 

 自分が最も信頼し、慕っていた人が生きていた。その事実に感極まったオルガマリーは、彼に向かって一直線に駆け出していく。

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。全く────」

 

「どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気がブゲラッ!?

 

レフが自身に向かって駆けてくるオルガマリーと呆然としている藤丸達に向け、最大限の軽蔑と侮蔑を込めた悪意に満ちた台詞を口にする───それよりも早く、彼の顔には修司の拳が捩じ込まれる。

 

バキメキパキと骨が砕ける音を鳴らし、地に倒れ込むレフ、血を噴き出してピクピクと痙攣する彼を前にオルガマリーの叫びが大空洞に響き渡る。

 

「れ、レフゥゥゥゥッ!? ちょっと貴方! いきなり何してくれてんのよぉぉぉぉっ!?」

 

悲鳴に似た彼女の訴えを耳にしながら、修司は倒れるレフを睨み付ける。

「ドクター! 今すぐコイツを縛れるモノを送ってくれ! コイツを拘束する!」

 

『えぇ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 僕には何がなんだか………』

 

「状況から見て既に答えは出ているだろうが! 爆発の後に行方を眩まし、今になって無傷でご登場! 意味深な口振りというおまけ付き! 以上、コイツが管制室を爆破させた張本人だ!」

 

「「っ!?!?」」

 

 混乱するDr.ロマンに修司が一括して事実を突き付ける。その事実に驚きを隠せない面々だが、その推理を認めるかのような笑い声がレフから聞こえてくる。

 

「ふ、フフフ、流石はAチームの一人。その判断の速さと決断力は見事なものだ」

 

「………それ以上動くな。動けば次はお前の四肢を砕くぞ。芋虫みたいになりたくなければ、大人しく情報を吐け」

 

「止めて! レフに酷いことをしないで!」

 

「いけませんオルガマリー所長!」

 

既に修司の中ではレフ=ライノールは今回の件の首謀者として見ている。なぜ彼がこんなことをしているのか、その目的を聞き出すため、修司は暴力という原始的な方法を選ぶが、オルガマリーがそれを許さなかった。

 

 マシュの制止の声も聞かずに修司を押し退け、レフの前で庇うように立つ彼女に修司は眉を寄せる。

 

「オルガマリーちゃん、そいつから離れるんだ。ソイツが何をしたのか、本当は分かっているんだろ?」

 

オルガマリーも魔術師の一人、普段こそヒステリックさが目立って忘れがちだが、本来の彼女は聡明で物事に対して俯瞰的な視点で見ることの出来る女性だ。故に、彼女本人も分かっていた筈、これ迄の状況とこれ迄の一連の流れ、その全ての原因は自身が慕うレフであるということを。

 

 しかし、彼女は首を横に振って否定する。

 

「貴方こそ、自分が何をしているのか分かっているの!? 彼は今まで私を助けてくれた! これからもそうよ! 貴方の様な粗忽者とは違うのよ!」

 

それは、オルガマリーが人として吐き出す感情の吐露だった。これ迄余程自分を圧し殺してきたのだろう。父の代わりにカルデアという施設とそこに属する技術スタッフや魔術師達を束ねる為に、直向きに頑張ってきた彼女にとってレフという男は心の支えにも似た存在になっている。

 

 修司が気に掛けていたモノが最悪の形として表れてしまった。これでは彼女はレフ=ライノールの傀儡に等しい、オルガマリーを押し退いて今すぐ奴を拘束しようと一歩前に出た時。

 

「!?」

 

ふと、違和感を感じた。今まで繋がっていた大事な何かが、ブツンと千切れてしまった様な感覚。これまでずっとあって当たり前だと思っていたものが、突然焼き切れた様な感覚。次いで、凄まじい迄の衝撃と痛みが修司を襲った。

 

 修司は知らない。それこそが隣接していた自分の世界が焼却された証だという事を、そこにいた人、モノ、育んできた大事なモノ、その全てが焼き滅ぼされたという事を。

 

今、修司の内に襲っているのは偉大な英雄王との繋がりを人理焼却によって断たれ伝わってきたバックファイアによるもの、その激痛と衝撃は修司を一時的に行動不能にするには充分な威力を秘めていた。

 

 

「し、修司さん!?」

 

『修司君!? どうしたんだい!? ………そんな、バイタルが急速に低下している!? 何で!?』

 

膝を地につけ、苦しみ出す修司に藤丸達が動揺する。そんな彼等を嘲笑うかのようにレフ=ライノールは立ち上がり、今度は彼が修司を見下ろしていた。

 

「フン、あれほど息巻いておきながら所詮はこの様か。不様なものだ。………まぁ、それはそれとしてオルガ、君もよく生きていたな」

 

「レフ! えぇ、えぇ、そうなの! 管制室は爆発したと言うし、魔術師達は再起不能になるし、助けは来ないしで大変だったの! でも、あなたがいれば───」

 

「いや、本当によく生きていたものだ。爆弾は君の足下に設置していたのにね」

 

「────え?」

 

「いや、少し違うか。君はもう死んでいるのだよ。肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧に残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだな」

 

 鼻血を拭き取り、笑みを浮かべるレフが口にするのはオルガマリーにとって到底信じがたい真実だった。

 

「ほら、君は生前レイシフトの適性がなかっただろう? 肉体があったままでは転移できない。分かるかな? 君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ」

 

「故に、カルデアにも戻れない。なにせカルデアに戻ったその時点で、君のその意識は消滅するのだから」

 

より笑みを深め、悪意を露にするレフにオルガマリーは言葉を失う。消滅? 自分が? カルデアに………戻れない?

 

茫然自失になりかけ、立ち尽くす彼女にレフは慈悲という名の更なる真実を口にする。

 

「とはいえ、それではあまりにも哀れだ。カルデアに生涯を捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているのか見せてあげよう」

 

 そういって、レフが掲げた左手の先に空間が歪みだし、ある場所を写し出す。“カルデアス”人類の繁栄と生存を観測した蒼い星がみる影もなく真っ赤に燃えている。

 

「なに……あれ? カルデアスが、真っ赤に……。嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

 

「本物だよ、君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事も出来るからね。さぁ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前達の愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は人欠片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ、あれが今回のミッションで引き起こされた結果さ」

 

「よかったねぇマリー、今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

 

レフ(悪魔)はせせら笑う。こうなったのはお前の所為だと、お前の考えなさと無能さが、この様な結果を招いたのだと笑う。

 

「違う! 違う違う違う! 私は間違ってなんかいない! 失敗なんかしていない! 死んでなんかいない! アンタ、どこの誰なのよ!? 私のカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

 

 オルガマリーはただ違うと否定することしか出来なかった。子供の様に泣きじゃくり、しゃくりあげる上げるその顔には、既に所長としての威厳はなく、ただのオルガマリーがそこにいた。

 

それをレフ=ライノールは呆れた顔をして一蹴する。

 

「アレは君の、ではない。まったく────最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

「え? 体が……宙に───何かに引っ張られて───」

 

「言っただろう、そこは今カルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう。君の宝物とやらに触れるといい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ」

 

「何を言ってるの、レフ? 私の宝物って……カルデアスの、こと? や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

 

「あぁ、ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな? まぁ、どちらにせよ人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 体を持ち上げられ、赤色のカルデアスに引き込まれるようになるオルガマリー。彼女の顔は青ざめる。このまま行けば自分は死ぬ。それもこれ以上ない苦痛に苛まれながら無限に等しい死を味わい続ける事になる。それが正しく現実なのだと、強く認識したオルガマリーは悲鳴を上げる。

 

「いや────いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、私、こんなところで死にたくない!」

 

「だって、まだ褒められていない! 誰も、私を認めてくれていないじゃない……!」

 

「どうして!? どうしてこんな事ばっかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった! 皆私を嫌ってた!」

 

「やだ、止めて、いやいやいやいやいや………! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めて貰えなかったのに───」

 

 それは、彼女の後悔の叫びだった。誰にも認められず、褒められず、何もしていないと叫ぶ彼女の悲鳴は虚しく消えいくだけ、彼女自身も燃え盛るカルデアスに呑み込まれて消えていく。

 

誰もが止めることが出来なかった。レフ=ライノールの蛮行を、死に逝く一人の少女を、大きすぎる理不尽を前に………。

 

「───え?」

 

 しかし、一人の男だけは抗った。宙に浮かぶ彼女の胴体に腕を回し、抱き寄せる形で引き留めたのは………動けなくなっていた筈の修司だった。

 

「させるかよ。これ以上そんな理不尽を、罷り通らせてなるものかよ!」

 

額に大粒の汗を流し、痛みと熱さに耐えながら、修司は理不尽に抗う。地面へ着地し、オルガマリーを助け出そうとするが、Dr.ロマンは待ったを掛ける。

 

『だ、ダメだ修司君! このままでは君までカルデアスに呑み込まれてしまうぞ!』

 

「だから、彼女の事を手放せって? 諦めろって? ふざけんなよ、オルガマリーちゃんは、まだ生きているだろうが!」

 

『っ!?』

 

「こっからだろ! オルガマリーちゃんは頑張っていた。努力し、お父さんの後を継いで、泣きそうになって、それでも頑張ってきた!」

 

「報われるべきなんだよ彼女は! 頑張った奴にはそれに見合った報酬があって良いだろうが!」

 

 ジリジリと引き摺られ、このままではオルガマリーと共に自分もカルデアスに呑み込まれる。避けられない死を前にそれでも修司は叫ぶ。オルガマリー=アニムスフィアは報われるべきだと。

 

 彼女の頑張りは付き合いの短い修司にも分かっていた。夜遅くまで資料を漁り、スタッフや魔術師達が全力で事に挑める様に環境を整え、父の後を立派に継げる様に彼女はひたすら頑張ってきた。

 

 だったら、そんな彼女も報われるべきだ。頑張ったと、良くやったと、褒められて認められてもいい筈だ。そんな、ささやかな願いくらい認めてもいい筈だ。

 

 そんな彼女の願いを理不尽が、不条理が蹂躙すると言うのなら、その悉くを砕き、捩じ伏せてやろう。

 

「修司! あなた、血が!?」

 

 カルデアスという人造の太陽に近付いた弊害か、修司の体が沸騰し、皮膚を焼き血が蒸発していく。オルガマリーにそう言った様子が見えないのは、レフ=ライノールの言う通り肉体を持っていないからなのか。

 

「やれやれ、これだから頭の足りない猿は困る。いいかね? Mr.修司、これが私から君に贈る最初で最後のレクチャーだ。君が後生大事に抱えているオルガマリーはね。残留思念なのだよ、分かるかね? つまりは残りカスなのだよ。トリスメギストスが偶々見つけた魂の欠片を偶然この特異点に送っただけ、君が人のように相手しているその娘はオルガマリーだったものの………文字通り燃えカスなのさ」

 

レフは呆れと失望の混じった表情で淡々と事実だけを告げている。オルガマリーは既に死に、修司のしている事は無駄以外の何者でもないのだと。

 

しかしそれでも修司はオルガマリーを抱えた手を放そうとはしない。

 

「大丈夫だ。オルガマリーちゃん、君は絶対に俺が、俺達が助けるから、だから、もう暫く辛抱してくれ」

 

 ────既に、修司は自分の意識を保つのに限界が近かった。体の内側から超高熱の炎に焼かれているような間隔、痛みも熱さも以前として残ったままで、意識も断絶した回線のように着いたり消えたりを繰り返している。

 

賭けに出るしかない。既に修司の肉体は内からの焼却により限界近いが、彼には自身の切り札とは別の一手が残されている。

 

特異点が崩れ始め、自分達の今いる場所もいつ崩壊するか分からない。そんな状況で相棒を出せばどうなるかなんて分かったものではない。

 

 それでも、今の修司にはそれしかなかった。オルガマリーを助け、無事にカルデアまで連れていくには彼の力を借りるしか方法がない。

 

故に、修司は喚ぶことに決めた。この後がどうなるか、特異点がどうなるか何て二の次にして、今この状況を打開する為に修司は“魔神”を召喚することを決意する。

 

「こい、グラ────」

 

 しかし、その名を口にするよりも前に修司の腕の中からオルガマリーが飛び出していった。両手を突き出して修司の腕から弾かれるように飛び出していたのだ。

 

呆然と宙に浮かぶ彼女を見つめると、オルガマリーはフッと笑みを浮かべる。

 

「………私は、オルガマリー=アニムスフィア、魔術の事なんてまったく知らない、下世話な庶民の情けなんていらないわ」

 

その言葉は震えていて、誰が聞いても強がりだと言うのは分かる。怖い筈だ。死にたくない筈だ。それでも未だに手を伸ばし続ける修司にオルガマリーは手を取ろうとしない。

 

「本当に、本当に納得のいかない話だけど、後の事は貴方達に任せるわ。ロマニ=アーキマン、藤丸立香、マシュ=キリエライト、そして………白河修司。人類の未来を貴方達に託すわ」

 

“──────”

 

 最期にオルガマリーがなんと言ったのか、修司には分からなかった。カルデアスに呑み込まれる直前に何かを口にしたであろう彼女の言葉は、限界を超え、意識を失った修司に………届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??月?日

 

 ─────結論から言えば、人類は滅びた。人類を支えていた人理がレフ=ライノールと彼が王と仰ぐ何者かによって、地球に住まう全ての人類は焼却という終焉を迎えた。

 

そんな中で唯一生き残ったカルデアもあと数年経てば宇宙の塵へと還る。それが、俺が目を覚ました際にダ・ヴィンチちゃんから聞かされたあの後の内容の全てだった。

 

レフは既に何処かへ逃亡し、行方を追うのはほぼ不可能。悔しいが、奴を改めてぶちのめすのはもう暫く先になりそうだ。

 

A.チームの皆を初めとした多くの魔術師達は……まだ治療の目処は立っていない。今は仮死状態を保つ為に然るべき場所で厳重に冷凍保存されている。コフィンに包まれている形で保存しているとはいえ、雑菌の類いを持ち込ませない為に彼等の面会は基本的に禁止になっている。

 

 ………自分のいた世界は、果たして無事なのだろうか。あの時感じた喪失感、その直後に体の内側から焼かれるような痛みと熱さはレフの野郎が言う人理焼却と何かの関係があったりするのだろうか。

 

一応ダ・ヴィンチちゃんとDr.ロマンに話を通し、一通りの検査を受けさせて貰ったが、異常は特になしと出ている。やはり悪い報せばかりで気持ちが参っているのかもしれない。

 

………結局、今回も自分は奪われてしまった。仲間を、オルガマリーちゃんを失い、無力な自分がどうしようもなく情けなく思えるけど、いつまでも凹んではいられない。

 

藤丸ちゃん………いや、立香ちゃんは立ち上がった。人の死を目の当たりにし、その恐怖に苛まされながら、それでも取り戻したいモノ(未来)があると口にして、Dr.ロマンに立ち向かう意思を伝えた。

 

 年下の彼女が気持ちを固めた以上、自分が何時までも下を向くわけにはいかない。それに、オルガマリーちゃんから託されたのだ。未来を取り戻せと、上司からの無茶ぶりに応えているのは慣れている。あとはやるかやらないかだ。

 

あれから、体は充分に休めた。痛みも熱さも今は感じないし、何なら以前よりも好調な位だ。これならばきっと、あの技のもっと高い倍率にだって耐えられる筈だ。

 

────それに、自分には王様からの餞別がある。アレを渡された以上、今度こそ自分達に敗北は許されない。

 

待っていろよレフ=ライノールとその黒幕、お前達の顔にこの拳を必ず叩き込んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『修司君、そろそろ最初の特異点へのレイシフトだ。準備が出来次第管制室に来てくれ』

 

「了解した。すぐに向かう」

 

 日記を書き留める手を止め、ドクターからの要請に従い、修司は衣服を着替える事にする。備え付けのクローゼットの中には、黄金の王がいざという時に開けろと言って渡してきたアタッシュケースが鎮座している。

 

それを手に取って机の上に置いて開けると、そこに鎮座するモノに修司は嬉しそうに微笑む。

 

すぐに着替えを終え、部屋から出ようとした際に一枚の写真立てを目にする。それはあの爆発の時に運良く残ったあるデータのモノだった。

 

「────行ってくるよ」

 

 そこに写るのはAチームの面々との集合写真。キリシュタリアを中心に並ぶ面々に修司は懐かしむように出発を告げる。

 

足取りは………軽くはなかった。未だに施設のあちこちは破損しており、カルデア全体がその機能を全て取り戻すまで、時間は暫く掛かるだろう。

 

それでも、戦うと決めた。失ったモノを取り戻すため、失った人の想いを遂げる為、何より、理不尽に屈したままではいられないから、修司はその歩みを決して止めはしない。

 

 管制室の扉が開かれる。あの爆発から特に徹底的に修復に取りかかっていた為にその様相は以前とほぼ変わりなく戻っている。

 

Dr.ロマンとダ・ヴィンチが此方に気付くと、二人ともそれぞれ異なった表情を見せてくる。ドクターは唖然とした様子で、ダ・ヴィンチは興味深そうに修司の着るソレを見つめている。

 

 中でも藤丸立香は関心が深いのか、その目をキラキラさせて修司を見ている。その様子を何処と無くキリシュタリアと似ていると思った修司は優しく笑みを浮かべる。

 

山吹色の胴着。持ってくるのを忘れたと思っていた修司の一張羅が王の手によって礼装と言う形で生まれ変わった一品。その背中には新たに界の一文字が刻まれている。

 

何かに言いたそうにしているロマニ=アーキマンだが………諦めた。何せ今の修司の礼装は爆発で破損している為、替えがない以上修司の采配に任せるしかない。

 

まさか心当たりと言っていたモノがコスプレ紛いの衣装だったのには驚くが、それでも修司に任せる以上、横から口出すのは少し抵抗があった。

 

しかし、それでもDr.ロマンには希望があった。Aチームの中でも特に異彩を放ち、常識外れの力を持つ修司なら、きっとこの絶望的な状況にも何とかしてくれるのではないかと。藤丸やマシュをいい方向へ導いてくれるのではないかと、一方的な期待を抱いている。

 

────これから挑むのは7つの特異点。何れも一筋縄では行かず、数多くの困難が自分達を待っている。でも、それでも進むと決めた。取り戻したい未来があるから、失った世界を取り戻したいから。

 

 

 

 

 

 

 

 救い(奇跡)はなく、未来(希望)もなく、()は闇に溶けていった。

 

しかしそれでも、そうだとしても。

 

「────それじゃあ、行こうか」

 

ここにはまだ───()がいる。

 

 

 

 

 

 

 




尚、ボッチが敗北するのは基本的に此処だけの模様。



藤丸立香&マシュ=キリエライトの場合。
OP“色彩”

ED“この星で、ただ一つだけ”

白河修司の場合。
OP“WE GOTTA POWER”

ED“Year! Break! Care! Break!”

大体こんな温度差です。


それでは次回もまた見てボッチノシ



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