『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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オリオンが欲しいのにSタル復刻に絶望したのは自分だけではないはず。




その13 第一特異点

 彼女にとって絶望とは歓喜だ。彼女にとって悲劇とは喜劇だ。

 

涙を流して命を乞う者を見れば喉が潤い、神に無意味な祈りを捧げる者を見れば心が満たされた。

 

そんな人々を彼女は等しく………そう、平等に蹂躙した。老いも若いも、男も女も、その全てが彼女にとって焼き払うべき憎悪の対象だ。

 

彼女は裁定者(ルーラー)。その名の通り裁く者、嘗ては傲慢な人間の手によって裁かれた自分が、今度は自分が裁いていく。

 

汝、罪ありき。口にするまでもなく命を蹂躙していくその様子は生前ですら得られなかった甘美に彩られていた。

 

そして今日も彼女は蹂躙を終えた。気分が良かった。心地が良かった。泣いて喚いて逃げ惑う人間が、面白くて愉しくて仕方がなかった。次は何処へ向かおうか、彼女の脳裏に埋め尽くされるのは次への楽しみだけ、鼻歌混じりにワイバーンに乗って一時オルレアンへ戻ろうとした時、ふと彼女は違和感を感じた。

 

 誰かがラ・シャリテ()にいる。そう確信させる程の濃い気配、意識を集中させれば今さっき壊滅させた街に四人ほどの気配があるのが分かった。

 

生き残りか、それとも運悪く訪れた何者か、どちらでもいいしどうでもいい。彼女にとってこの国に生きる全てが抹殺対象なのだから。

 

ワイバーンを操り、街へと引き返す。その傍らに自分の下僕であるサーヴァントを従えて黒い竜の魔女(ジャンヌ=ダルク)は口を愉悦に歪ませる。

 

さぁ、蹂躙してやろう。命ある全てを貪り、この国の全てを犯して踏みにじろう。大地と空を血で染め上げ、あらゆるモノを破壊しつくそう。

 

何故なら、自分はジャンヌ=ダルクなのだから。

 

「………ん? 何かしら、あの光─────」

 

街の方になんか光っているのが見える。目を細めて光の正体を見うよとしたジャンヌは……次の瞬間、突如軌道を変えたワイバーンによって顔を竜の背中に叩き付けられてしまう。

 

突然の顔の強打により目から涙が溢れてくる。痛みと驚きに憤慨する魔女だが、彼女が何かを口にする前に────。

 

光が雪崩れ込んできた。蒼白く、眩しく、地上から放たれた巨大な閃光は数秒前まで自分がいた位置を呑み込み、従えていた多くのワイバーンと二騎のサーヴァントを消滅させ………空の彼方へと消えていった。

 

「な、なななな………」

 

 そして、魔女を含めた残る数少ないワイバーンも閃光の余波によって翼を焼かれ、その推力を失っていく。

 

「何なのよ、今のはァァァァッ!?」

 

地上に落ちていく魔女が目にしたのは、忌々しいほどに逞しい、山吹色の胴着を着た男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけね、何体か逃しちまった。参ったな、久し振りにやったから、少し抑えすぎたか」

 

 空に放たれた蒼白い巨大な閃光、空を穿ち雲を消し飛ばし、世界に一時の空白のような静寂をもたらした男は自分の手応えに不満を溢していた。

 

誰も彼もが絶句し、言葉が見付からない状態。だが、それは当然とも言えた。

 

男───修司の放った閃光はあの物語を知る者ならば誰もが一度は真似した事のあるモノだったからだ。少年なら当然の如く、そしてそう言った物語に疎い少女すらも知っている現代に於いて最大にして最強、そして最高の必殺技の一つ。

 

“かめはめ波” 世界中の人々が認知している理想が現実のものとして実現したその光景に誰もが言葉を失っている。

 

「……さて、最上の結果を得られる事は出来なかったけど、まぁボチボチの成果という事にしておこう。ドクター」

 

『え、え? あ、うん。なんだい?』

 

 声を掛けたのにも関わらず、未だに放心状態のロマニ、そんな彼に修司はフッと笑みを溢し………。

 

「これで俺がこの胴着を着ていることが伊達や酔狂の類いでないことは………理解してもらえたかな?」

 

そんな修司の不敵とも言える一言にロマニもまた小さく笑った。

 

『あぁ、参ったよ。完全に僕の敗けだ。認めるよ、君は本当に────ハチャメチャな奴だよ』

 

「それは、最高の誉め言葉だな」

 

ハハハと笑う二人、そんな彼等に漸く反応した藤丸達が修司の下へ歩み寄ってくる。

 

「修司さーん! 凄いよ凄いよ! 私、生まれて初めて生で見た!」

 

「お、驚きです! 修司さんはあの手刀だけでなく、対城宝具以上の宝具を有していたのですね!? いや、修司さんはサーヴァントではないから………まさか、魔法使い!?」

 

「あー、違うよマシュ。あれはどちらかと言えば仙人が使う必殺技みたいなもので………」

 

「仙人!? 貴方はその若さで仙人の領域まで足を踏み入れたというのですか!? いえ、仙人に外見の是非を問うのは違う気もしますが………」

 

「いやジャンヌさん、そういう事でも………ん? いや、そういう事なのかな? そこら辺どうなんですか修司さん?」

 

 皆、それぞれが興味津々といった様子で修司へ詰め寄ってくる。特に立香からの追求が凄まじい、この食いつき具合からやはりこの娘はキリシュタリアと何処か似ている。そんな風に思っていると、近くの瓦礫となった街に一体のワイバーンが落ちてくるのが見えた。

 

「あれって………」

 

「どうやら、俺が射ち漏らした奴が落ちてきたらしい。チラッと見た限りだと誰か乗っていたみたいだが……」

 

「行ってみましょう。場合によっては戦闘になる可能性もあります。皆さん、充分に警戒を」

 

「了解です」

 

修司に問い詰めるのを一旦止めて、ワイバーンが落ちたとされる場所へ向かうことになった一行。翼竜が落ちた場所へ辿り着くと、これ迄戦っていたワイバーンとは一回り以上に巨大な体躯をしていて、それはまるでより純正の高い竜種であることを示唆している様だった。

 

しかし、その翼竜も既に事切れている。余波を受けただけでもかなりのダメージを受けたのだろう。鋼の如く硬いとされている竜の鱗がまるで飴細工の様に焼け爛れている。これでは辺りを調べるのに手間取りそうか? いっそのこと竜を何処かへ運ぼうかと修司が悩んでいた所に、近くで瓦礫が崩れる音を耳にする。

 

 マシュとジャンヌが立香の前に立ち、修司もまた一歩前に出る。崩れた瓦礫から何かが這い出て来ると確信した修司達はいつでも迎え撃てるように身構える。

 

ガタリッ、音を立てて瓦礫の中から這い出るように現れたのは………黒いジャンヌ=ダルクだった。

 

その顔、その出で立ち、その風貌。憎悪に満ちた鋭い目と黒い格好、そして死人の様に白い素肌の所を除けば自分の知る、引いては隣にいる彼女、ジャンヌ=ダルクと同じである女性に修司は一瞬言葉を失った。

 

「い、一体何が起きたというのです。よもや今更になって神から裁きがあったとでも言うのですか」

 

「生憎、神なんて大層なものじゃねーよ。正真正銘、人の手によって放たれた力だ」

 

「!?」

 

 声を掛けて反応を伺った修司だが、返ってきたのは殺意の籠った一撃だった。黒いジャンヌは手にした黒い旗を振り抜き、修司の喉笛に突き立てようとする。

 

旗の尖端が喉に突き刺さる────直前、彼女の奮う旗は修司の手によって防がれていた。

 

「なっ!?」

 

動かない。どれだけ力を込めて動かそうともビクともしないその膂力に竜の魔女は目を剥き、そして理解した。コイツだと、あの巨大な閃光を放ったのは間違いなくコイツだと、竜の魔女は直感で理解する。

 

見た限り、コイツはサーヴァントではない。ふざけた話だ。神代のサーヴァントでもないパッと見てただの人間にしか見えない男が、自分が有するワイバーンとサーヴァントを二騎も消滅させた。

 

なんという理不尽、なんという不条理、嘗てのイングランドとの戦いでも此処まで憤る事はなかった。自分を見下ろすのが許せない、自分を下に見ているのが気にくわない。

 

なにより………。

 

「本当に、ジャンヌさん、なんだな………」

 

「………このっ!!」

 

その憐れみに満ちた眼で見られるのが、心底腹が立った。

 

 憤り、憤慨し、猛る竜の魔女。気炎の如く息を吐き、彼女は旗を握る手により力を加える。その甲斐あって修司の手から僅かだけ旗を動かすが………それでも、彼の喉を尖端で穿つには至らない。

 

「竜の魔女を、舐めるんじゃ………ないわよ!」

 

「!」

 

相変わらずふざけた力だ。これだけ力を加えても尚、均衡を崩すには至らない。しかし、膂力の扱い方は何も抑えるだけに限った事ではない。黒いジャンヌは修司を旗ごと持ち上げ、遠心力をこれでもかと利用し、目一杯振り抜いて、修司を吹き飛ばした。

 

「修司さん!」

 

「余所見をしている暇はないよ」

 

「っ!?」

 

「先輩!」

 

 影から立香に向けて放たれる一刺しをマシュが盾をもって防ぐ、マシュと盾の陰から見えたのは……流麗の騎士。細剣(レイピア)を片手に此方を静かに見据えるのは美しいとも呼べる綺麗な美剣士だった。

 

「マスター、撤退を。アサシンとランサーがやられた以上、数による此方の優位性は期待できない」

 

淡々と機械的の様に事実を口にする剣士(セイバー)に、黒いジャンヌの表情は苦いものになる。敵サーヴァントは既に二騎も倒している、その事実はカルデアにいるロマニ達も確認しているが、それでも楽観できる状況ではない。

 

吹き飛ばされた修司は未だに戻ってくる気配はない。何かしらのトラブルが起きているのだろうか、現在はスタッフが修司の周辺を探索しているが、原因究明まであと十数秒の時間が必要になる。

 

その間に時間を稼いで貰いたい。そんなロマニの意思を汲み取った様に白いジャンヌ=ダルクが口を開いた。

 

 

「応えなさい黒いジャンヌ=ダルク。何故貴女はこのような蛮行を行っているのです」

 

「何故? 何故と言ったの? 驚いたわ。ジャンヌ()の癖にそんな事も分からないの? 呆れたわ、こんな小娘()にすがるしかなかった国とか、ネズミの国にも劣っていたのね!」

 

 真摯に問い質すジャンヌの問いに竜の魔女は悪意を以て返す。その問いには意味がないと、嘲り、罵る彼女に白いジャンヌは務めて平静を装い魔女を見据える。

 

「ならば質問を変えましょう。貴女は………誰ですか?」

 

「さて、それは此方の質問でもありますが………そうですね。上に立つものとして教えて上げましょう。私はジャンヌ=ダルク。蘇った救国の聖女ですよ、もう一人の私」

 

バカげている。ジャンヌは黒い方のジャンヌを見てそう断じる。彼女は決して聖女等ではない、そもそもジャンヌ()自身がそう認めてはいない。

 

「いえ、それはもう過ぎたこと、今語ることではない。それよりも、今一度問います。何故この街を襲ったのですか?」

 

「フランスを滅ぼすため」

 

事もなげに黒いジャンヌは言い放つ。それがごく自然の事だと、彼女にとって国を滅ぼすのは生きることに必要な呼吸であるのも同じなのだと、その凶悪な笑みを浮かべて言い放つ。

 

国際的にではなく、経済的にでもない。物理的に、力ずくで全てを潰す。その方が確実で簡潔、何よりも分かりやすいシンプルなものだと、彼女は嗤う。

 

彼女は、どうしようもなく狂っている。対峙して改めて確信したジャンヌは魔女とは対照的な白い旗を握り締め、その切っ先を彼女に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、不味いな。思ったよりも離されちまったか」

 

 一方、黒いジャンヌの膂力によって吹き飛ばされた修司は、すぐに体勢を整えて地面へと着地する。

 

前を見据えれば、既に結構な距離を離されていた事に焦りを感じた修司は急いで立香達の所へ戻ろうとする。流石はジャンヌ=ダルク、黒くなってもその力は健在だと妙な感心を抱きながら駆けようとして………修司は降ってくるそれに気付いた。

 

両腕を交差させて防御の構え、次いで訪れる衝撃と重さに目を見開いた修司は、襲ってきた衝撃の勢いを殺そうと後ろに飛ぶ。

 

着地した修司は前を睨むように見据える。立ち上る砂塵からは一つの人影が立ち上がるのが見えた。恐らくはサーヴァント、この特異点に来て初めてのサーヴァント戦に意識を集中させ、砂塵の中の人影を見据える。

 

「……へぇ、今のを避けるのね。成る程、ただの人間でないことは確かなようですね。しかし」

 

「……………」

 

「ここから先、通りたくば先ずはわたしを殺しなさい。でなければ───このヤコブ様の拳があなたの命を砕くでしょう」

 

現れたのは一人の女性、長い髪を靡かせ、砂塵の中から現れる彼女は………何故か水着の格好をしていた。

 

「我が名はマルタ。不本意ですが我がマスターの命により、貴方を屠ります」

 

拳を握り締め、突貫してくる女に………。

 

「いやどういう事よ!?」

 

 修司は至極全うな疑問を口に出した。

 

 

 

 




某天才ピアニスト「裏でずっとスタンバってます」

某フランス王妃「タイミングを逃しましたわ」


次回、ヤコブの拳


それでは次回もまたみてボッチノシ




追記。

因みに今回の特異点、主人公と意外な因縁を持ったサーヴァントがいます。
殆んど一方的ですか。

ヒントつ第四次聖杯戦争。青髭。

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