私は悲しい。ポロロン
連合軍との戦いに勝利し、ガリアを取り戻すことに成功した皇帝ネロとその一向。度重なる戦いと過去のローマの礎となった皇帝、カエサルとの戦いに決着を付け、疲れを癒すために首都ローマに一時帰還することになった。
しかし道中、古き神が現れたという情報により急遽行き先は噂にある島を目指すことになった。場所は地中海、ノリノリな皇帝ネロが操作する船に乗り込み向かうことになったのだが………。
「俺、昔から王様に言われて色んな所に旅してきたけど………此処まで酷い船旅は生まれて始めてだぞ」
「オロロロロロ………」
「せ、先輩! しっかりしてください!」
「フォーウ!」
青い空、白い砂浜、絶景とも言える自然の姿に一人嘔吐するゲロインが誕生していた。その少女の名は藤丸立香、修司と同じ人類最後のマスターである。
白い砂浜に盛大に吐き出す立香の背中をマシュが優しく撫で、片手には水の入ったコップが握られている。彼女の甲斐甲斐しい世話により少しずつ回復してきた立香、その傍らでは修司が襲ってくる死霊系エネミーを悉く駆逐していた。
「うー、修司さんすみません。一緒に戦えなくて………」
「気にする事はないさ、立香ちゃんは船旅は初めてだったんだろ? 船ってのは酔いやすいし、何よりあの運転だ。馴れてない奴に酔うなって言う方が無理な話だ」
船旅に馴れている修司やデミサーヴァントであるマシュならまだしも馴れていない立香にあの船旅は些か以上に堪える筈、酔うのは仕方ないしその事で彼女を責める人間はこの場にもカルデアにもいないだろう。
「むう、言外に余が責められている気がするのだが……」
「責めるというより呆れてんだよ。一体何処であんな操舵を学んできたんだこの皇帝様は、何処の世界に海上を帆船でドリフトする奴がいるんだよ。モーターボートじゃねぇんだぞ」
「それは偏に余! であるが故にというやつよ。因みに操舵は我流である!」
そう言って鼻息荒く胸を張るチビッ子皇帝に修司は頭を抑える事しか出来なかった。ロマニはロマニで妙な感心をしているし、修司は呆れながら立香の回復を待っていると、向こうから一際強い気配を感じ取った。
「あら? 折角久し振りの勇者に出会えるかと思って期待していたのだけれど、まさかサーヴァントが混じっていたなんてね。少し残念だわ」
「ど、ドクター、向こうからサーヴァントらしき女性の方が近付いてきます」
『あぁ、今此方でも確認した。でも……なんてこった。こんな事があるのか!? 反応は確かにサーヴァント。しかし、違う!』
「そ、それって……彼女がその古き神ってこと?」
酷く動揺するロマニに修司も怪訝に首を傾げた。神霊とはその名の通り神に類する格を持つ者達の総称、既に世界から失われた存在として扱われた者達でロマニも召喚される事は有り得ないと断じてきた。
その有り得ない存在が他ならぬロマニ自身の口から紡がれる。目の前にいるあどけない少女、彼女から発せられる数値で計測出来るほどの神性は間違いなく神に連なるモノなのだと。
『あぁ、間違いない。彼女は間違いなく神なんだ。いいや、女神!』
「えぇ、そう。私は女神───名は、ステンノ。ゴルゴンの三姉妹が一柱。古き神、と呼ばれるのは好きではないのだけれど。まぁ、それでも構わなくてよ。確かに、貴方達からすれば過去の神なのでしょうし」
「どうか好きにお呼びになってくださいな、みなさま。私の美しさは時間に依るものではありませんもの」
ステンノ、ゴルゴン三姉妹。その二つを聞いて修司が思い出すのはある一人の女性サーヴァント、メドゥーサだった。
嘗ての聖杯戦争で幾度も敵として自分の前に立ち塞がり戦った事もある彼女、彼女もまたゴルゴン三姉妹の一人………否、一柱だった筈。三姉妹というから残りの二柱もメドゥーサと良く似た長身の女性かと思っていたが、今目の前にいるのは幼い子供の様な外見をした少女だ。
姉妹と言うには色々違う気もするが、相手は仮にも神。姿形なんて幾らでも変えられるのだろうと、修司は深く追求するのはしない事にした。
美しく可憐な女神。その愛らしさでロマニや立香やマシュ、皇帝ネロですら身震いをする中で修司だけは一歩離れた所から神霊ステンノと彼女達のやり取りを眺めていた。
そんな中、ふと女神ステンノと目が合った。美しく可憐で、それでいて何処か蠱惑的で小悪魔的な少女。仕草一つで男女問わず魅了してしまいそうなそんな彼女を………修司は何処か鋭い視線を向けていた。
「ねぇ立香、彼方の殿方は?」
「え? あぁ、あの人は修司さん。私達と同じカルデアから来たマスターで、とっても頼りになる先輩だよ」
「へぇ、そうなの? ねぇ、修司。貴方の話、聞かせてくれないかしら?」
「………悪いが、そのつもりはない。此方も悠長にしている訳にはいかないからな、用が済み次第立ち去らせてもらう」
「え? し、修司さん?」
明らかに普段と様子が違う修司に立香達は困惑している。いつもは穏やかで優しい紳士的な青年が神とはいえ一人の少女に敵意に近いモノを向けている。彼女と修司は初対面の筈、どうして其処まで毛嫌いしているのか不思議に思っていると………。
「………いや、何でもない。悪いな神さん、どうやら俺は神と言う
「あら、そうなの? 残念、貴方とのお喋りは色々楽しめそうだと思ったのに」
「……………」
ステンノが怪訝に思うのもそうだが、修司自身もどうして神と聞いて此処まで毛嫌いをしてしまうのか理解できなかった。初対面の相手には印象を損なわない様に振る舞うようシドゥリから教わったというのに、目の前の少女が神と言うだけで嫌悪感を抱いてしまった。
(確か、王様も神と言うモノを毛嫌いをしてたっけ……もしかして其処から来ているのか?)
自分を育ててくれた英雄王ことギルガメッシュも神と言うのには酷く難色を示していた。その昔、テレビでメソポタミア文明とその神話に焦点を当てたテレビ番組が放送された時の事。
途中まで採点付きで放送を視ていた王様が女神イシュタルの話に切り替わった瞬間チャンネルを変えた。その時の王の顔は不機嫌なモノになり、一緒に番組を視ていた修司が戸惑う程だった。
聞けば、女神イシュタルという神はメソポタミア神話に於いて随一のDQN女神らしく、神話で語られる以上に傍若無人な振る舞いをしていたらしい。当時の修司も聖杯戦争を乗り越え自身の保護者が本物のギルガメッシュ王である事を知っていた為、その事もあってより一層英雄王の話に説得力が込められていて、お陰で神がどれだけ厄介且つ面倒な生き物かという事を教えて貰った。
けれど、だからといって此処まで神に対して嫌悪するのは修司自身も意外な事だった。精々出会ったら気を付けよう位の認識だったのに、今では少しでも妙な事をすれば叩き潰してやるという危険な思考に陥りかけた自分がいる。
特にギリシャと聞いた辺りから修司の中の嫌悪感は爆発的に膨れ上がった。様々な神話体系の中でもアレでアレなギリシャ神話、アレな話の多い神話の神がいる事に修司の中の何かが過剰に反応してしまったのだ。
未だに原因は分かっていない。何故自分が其処まで神を嫌っているのか理由は定かではないが………とは言え、相手は神とはいえ初対面。無礼な態度を取った事に素直に謝罪した修司は気を取り直して話を進めることにした。
その後、勇者への褒美としてとある洞窟に向かった修司達はそこで多くのエネミーを倒したあとに宝箱に入っていた二騎のサーヴァントを仲間にした。
エリザベート=バートリーとタマモキャット、第一特異点に続くまさかのエリザベート再びである。そしてタマモキャットと名乗る犬だか猫だか良く分からない知的生命体は取り敢えずニンジンがご所望との事だったので後でカレーライスを振る舞うことにした。
そして、女神ステンノから連合軍の首都の位置を教えてもらい、今度こそローマへ凱旋するのだった。
◇
『それで、修司君。君が出会ったとされるローマ始祖、ロムルスの事だけど……』
「あぁ、あのチビッ子皇帝、相当ショックを受けていたけど、今はどうにか持ち直してるよ」
形ある島を後にし、改めてローマへ凱旋することになった修司達はその途中、ガリアで遭遇した出来事についてその全てを皆に話した。黒い牡馬に騎乗する赤髪の少年と現代でも知られるロード・エルメロイⅡ世、そしてローマの始祖ロムルスと連合軍を従わせる宮廷魔術師であるレフ=ライノール。
当初、多い情報に誰しもが驚愕していたが、一番動揺していたのは他ならぬネロだった。自分達が神祖と崇め、尊敬して止まないローマの父とも呼べるロムルスが敵側の、それも総大将として待ち構えているという事実に彼女は一時塞ぎ込んでしまっていた。
マシュと立香の方は事前にそう言う可能性があると分かっていたから事から然程驚いていないから良かったとして、今後様々なサーヴァントがレフの手によって召喚されるのではないかと危惧している。
当然ロマニもその事を警戒しているので、ローマに戻り次第カルデアのサーヴァントを何人か召喚しようかという流れになっている。
「でも、エリちゃんが話してからは幾分か気持ちは軽くなっているみたいだな。俺も、ロムルスに悪意の類いはないとそれとなく伝えておいたから、多分彼女の中で奴との対面した時の答えを探そうとしているんだろうな」
ロムルスが連合軍の総大将というのはネロにとって衝撃的な事実だろうが、別にロムルス自身はネロに対して悪意を抱いている様子はない。
彼が待っているのは偏に当代のローマ皇帝であるネロへの問い、彼は言っていた。我が子の答えが聞きたいと、そこには彼なりの愛があり、また厳しさがあった。
偉大なる神祖が自分を待っている。その事実がプレッシャーとして彼女にのし掛かっていた様だが、乗馬している彼女の様子は前より少し明るく、その側にはエリザベートが楽しげにネロに話しかけていた。
『あのローマの始祖ロムルスが敵側に付いているのは驚きだけど………そうか、ネロ皇帝はどうにか自分の答えを見付けたのか』
「まぁ、なるようにならないから諦めたのかも知れないけど………向こうは彼女の本心が聞きたい素振りだったからな。仮に上手く言葉にできなくても、気持ちが籠っていればある程度通じるだろうよ」
『………もし、ネロ皇帝の答えがロムルスに通じなかったら?』
「その時は正面から戦うことになるだろうな」
不安に思うロマニが口にする疑問を即答で答える修司にロマニは苦笑いを浮かべるしかなかった。というか、十中八九そうなるだろうと修司は読んでいる。ロムルスという男は器が広く懐も深い人間だが、同じくらい厳しい一面もある。ネロの答えを聞いて満足しても今度はその答えに見合う力を示せとか何とか言って戦いになるのは目に見えている。
その辺りの事はロマニも気付いているだろうから修司も敢えて口にしない事にした。
そんな時、前方から押し寄せる集団の姿があった。首都ローマからの増援か? いや違う。あれは敵の………連合軍の敵サーヴァントだ。気配の感じからやって来るのが敵勢力だといち早く認識した修司は、馬から降りて近付いてくる一団に先手を仕掛けようと即座に動いたとき。
「ねぇネロ、貴女って歌にも自信があるのでしょう? ちょうどオーディエンスも来てくれてるみたいだし、一つ私とデュエットしてみない?」
「む? しかしあれは見る限り連合軍の兵士だ。違うのも混ざってる様だし……歌うにしても些か舞台に華が無いのではないか?」
「フフフ、皇帝ともあろう者が弱気じゃない。舞台に華がないなら、自分自身が華になればいいだけの話でしょう? それに貴方の歌で連合軍とかいう連中が大人しくなれば、それこそ貴方に新たな伝説が刻まれるというのに………全く、残念だわ」
「むむむ、其処まで挑発されるとはな………だが、うむ! 佳いぞ! 貴様の挑戦受けてたとう!」
聞こえてきたその不穏の会話にピタリと修司の動きが止まった。え? 歌? 敵が近付きつつあるこの状況で?
周囲の兵士達が呑気な皇帝に動揺しているが、それ以上に彼等は嫌な予感がした。後ろを振り向けば息を吸い込んでいる皇帝とドラ娘、その瞬間これまでサーヴァント相手にも臆す事なく戦ったローマ軍の中でも選りすぐりの精鋭の兵士達は形振り構わず二人から離れていく。
そしてそれは修司達も同じだった。マシュと立香を抱えて全速力で離脱していく修司の顔にはこれ迄見せたことのない必死な形相が浮かんでいた。
そう、彼も気付いたのである。エリザベートとネロ、この二人の相性は最高に………否、致命的に噛み合いすぎているという事を。
第一特異点でのエリザベートの超音波兵器、一人でも凄まじい音の暴力が二人に増えた時、その破壊力は計り知れない。
ならば、エリザベートの歌にネロ皇帝も巻き込まれるのでは? 何てマシュは思ったが、精鋭である筈のローマ兵士達が半泣きしながら逃げ惑っている時点でお察しである。寧ろ、二人が話を合わせた瞬間逃げ出しているのだから、危機回避能力は自分達より上かもしれない。
「二人とも、耳を塞いで口を開いて!」
『目も閉じるのを忘れるな!』
ロマニも修司達に対爆発への備えを大声で促した。完全に危険物への扱いである。
そして………。
「「ホゲェェェェェェッ!!」」
瞬間、音の暴力が大地や空を揺さぶった。
そして……。
「むむ? ローマ軍が退いていく? いや、二人程残ってる? 一体何の目的で………いや、そんな事はせんなき事、さぁ来るがいいローマ皇帝ネロ=クラウディウス! 貴殿の情熱が本物であるというのなら!」
「このスパルタ王レオニダス、逃げも隠れもおぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」
その音の暴力は接近しつつあるレオニダス率いる連合軍に直撃した。
スパルタ国王レオニダス、二人の歌姫による超音波兵器により───
そして、軈て音は収まり、三半規管を狂わされながらも立ち上がる修司はこの二人は二度と一緒に歌わせないことを心に決めた。
修司の知人or友人その2
ルヴィアゼリッタ=エーデルフェルト。
魔術側で修司と別の意味で勝負の出来る数少ない人物。
肉体的強さでは修司とは高校卒業時点で雲泥の差が開いており、真剣勝負では勝てないと諦めているが、ビジネスに関しては互角の勝負となっている。
また、プライベートではお互い気安く話が出来る相手でもある為、人間関係としては良好だが、時計塔からは下手に刺激を与えるなと何度か忠告を受けている。
修司自身、彼女の事は人間として好まれる人格である為、有事の際の対象から外れている。
尚、彼女自身は修司を異性としても魅力のある人間であると認識しているため、本命の彼が手に入らなかった場合、次に狙われるのは修司になる模様。
因みに、彼女もエルメロイⅡ世の胃痛の種の一人である(笑)
それでは次回もまた見てボッチノシ