「そんな、竜牙兵の軍勢がもうここまで!?」
「メディアの仕業だな。あの女、聖杯の力で手当たり次第に呼び出したらしいな」
修司と別れ、自分達の役割を果たすべくイアソン達のいるアルゴー号へ向かう立香達の前に立ち塞がるのは平原から浜辺までの一帯を埋め尽くす竜牙兵の軍勢だった。
聖杯という膨大な魔力リソースを用いての大規模召喚。中には黒ひげやアン&メアリーの形取ったシャドウサーヴァントまで陳列し、その全てが立香達に向かって真っ直ぐに行進してくる。
数えるのも億劫に成る程の戦力、しかし幾ら数は多くても複数のサーヴァントがいる立香の陣営の方が圧倒的有利、時間こそ掛かるが向こうに逃げる意思がない以上戦況はこちらに好都合だ。
「行くよマシュ! 皆もお願いね!」
「了解! マシュ=キリエライト、突貫します!」
「オォォォォオッ!!」
マシュが盾を構えて突進し、アステリオスが両手の斧を振り回して竜牙兵の群を凪ぎ払っていく。序盤にしては上々の出だし、アーチャー組も援護に回り矢の雨を降らして敵の数を減らしていくと、カルデアからの通信が入ってきた。
『……おかしい』
「ドクター、どうしたの?」
『今こちらからアルゴー号への魔力反応を確認したんだけど………イアソンとメディアの反応が無いんだ! 大量の竜牙兵の所為でハッキリしないんだけど、そこに彼等の姿はない! そこには一騎分のサーヴァントの反応しかないんだ!』
「!」
通信を繋げてきたロマニの声は思ってた以上に焦りを含んでいた。イアソンという男は基本的に後方で控えてふんぞり返りながら指示を出す指揮官だ。本陣を、それも自身の分身とも呼べるアルゴー号から逃げ出すなんてそれは彼にとって自ら敗北を宣言しているに等しい。
誰もがそんなバカなと狂ってしまった作戦に動揺するなか、アタランテはまさかと一つの思い当たりを口にする。
「まさか、白河修司の予想以上の活躍がイアソンのプライドに触れてしまったのか」
「それってもしかしなくても、あの二人が修司さんの所に向かっているって事になるんじゃ……」
「ご名答」
「!?」
「先輩!」
アタランテの言葉に二人の行方を察した立香、そんな彼女の喉元に一本の槍が突き立てられようとするが、間一髪マシュの盾が迫る凶刃を防ぐ。
「チッ、やっぱそう簡単にはいかせてくれねぇか。やれやれ、盾を持つ英霊ってのは本当に面倒だこと」
「ヘクトール!」
弾かれた槍を構え直して今一度奮おうとした時、ヘクトールに矢の雨が降り注がれ、女神アルテミスの矢が迫るが、守りに特化しているヘクトールに牽制として放たれた矢など当たるわけもなく、頭上からの矢の雨を避け、着地間際に狙われた一矢を竜牙兵を盾にして防いでしまう。
「チッ、そう言うことかよ」
「何がそう言うことなのダーリン?」
「いやお前は気付けよ! ………どうやら向こうも此処でケリを付けるらしい。誘い込むつもりが、まんまと此方が誘われたって事なんだよ!」
「加えてこの竜牙兵の数、どうやら向こうも狙いは同じだったらしい」
「察しの通り、ここはアンタ達の檻って訳。そっちはヘラクレスを足止めしている間に此方の大将を仕留めたい、こっちはあの怖い兄ちゃんを倒す間の足止めをしたい。皮肉にも互いの目的は噛み合った訳だ」
「してやられたね。あのボンクラ船長、こういう事まで頭を巡らせるとは……参ったね。完全に読み間違えた」
「此処へ来てうちの大将も腹を括った訳だ。なら、部下としてそれなりにやってやらんとなぁ」
ヘクトールの口元が獰猛な獣の様に歪む。
「生憎と、雇い主からの最後の命令でね。事が終わるまでお前達をここに釘付けにするのが俺の役目って訳────悪いが、付き合ってもらうぞ」
無数の竜牙兵を味方に付けているとはいえ、立香にはドレイクを除いて総勢六騎のサーヴァントが付いている。戦力では依然としてこちらに有利の筈。
なのに目の前のたった一人のサーヴァント、ヘクトールの目には微塵も諦めの様子はなかった。一人で殿を任された男の意地、こうなった英雄はヘラクレス並に厄介だ。
逸る気持ちを抑えながら立香はヘクトールを見据える。目の前のサーヴァントは無視をして良い相手ではない、此処で倒すつもりで戦うべきだと意識を切り替え、立香はマシュに指示を出す。
「マシュ! ヘクトールを速やかに撃破後、私達も修司さんの所へ向かうよ! だから………絶対に勝って!」
「了解です! 必ず勝って、修司さんの所へ向かいましょう!」
「ハッ、そう簡単に行くと思うなよ、小娘共!」
浜辺付近の平原にて盾と槍が激突する。
◇
「───意外だな。お前はもっと臆病な人間だと聞いていたんだがな」
立香達がイアソンの張っていた罠にまんまと嵌まってしまっていた同時刻、森を抜けた先にある草原に修司を待ち構えていたのは巌の黒き巨人ヘラクレス────だけではなかった。
イアソンとメディア。アルゴー号でも中枢を担う役割だった筈の二人が、ヘラクレスに付き従うように側で控えていた。アタランテから聞いていた限り、イアソンは安全な後方で指示を出す指揮官の様な人間であり、好んで前線に立つような男では無かったという。
人には適材適所がある。前に出て戦う人間がいれば後ろで的確に指示を出し、皆に勝利をもたらす人間もいる。それを分からぬ修司ではないが、それでも相手の粗を炙り出す為に敢えて修司は挑発の言葉を口にする。
「フンッ、生意気な人間がヘラクレスに叩き潰されるのをこの目で見る為だ。たかが一度倒した所で良い気になるなよ? ヘラクレスにはまだ11もの命がストックされているんだからなぁ!」
返ってきたのは意外にも冷静な声音だった。以前として此方を格下扱いにしてくるが、その辺りは別にどうだって良い。相手が侮るだけ此方に優勢が傾くし、此処で勝てばそれだけ人理修復に近付く。
だが、心なしかイアソンにはそう言った傲慢さが見えない気がする。まるで何かを待っているかの様な………時間稼ぎ? 視線をメディアの方に向けると目を瞑っているだけで何かをしようとしている様子はない。
どちらにせよ、勝負は早い内に決めた方が良いのかもしれない。立香達の安否を気に掛けた修司が気を解放した瞬間。
「この世に、お前より強い人間なんかいやしないんだ! やっちまえ! ヘラクレス!!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!」
イアソンがヘラクレスに命令を下す。四肢に力を入れ、狂化のスイッチが入る。こうなったヘラクレスは相手を塵殺するまで誰にも止められない。
ヘラクレスの足場が弾け、瞬く間に修司との距離を零にする。振り上げた腕、その手にはあの日自分の体を切り裂いた岩の斧剣が握り締められている。
振り下ろされる凶器、受ければ死、触れただけでも嘗ては死にかけた一撃必殺の一振り。それを正面から見据えた修司は───一歩、踏み込んだ。
「おおおっ、らぁぁぁっ!!」
踏み込み、ヘラクレスの間合いの更に内側へ潜り込み、握り締めた拳をヘラクレスの脇腹へとめり込ませた。深々と突き刺さる一撃、初めて受ける衝撃にヘラクレスが戸惑いの声を上げるよりも早く……。
「エクス………カリバー!!」
気を込めた手刀の一撃がヘラクレスの胴体を切り裂いた。高い神性を持つヘラクレスの体を容易く切り捨てた光景にイアソンは目を大きく見開かせ、後退る。
メディアも人間である筈の修司の所業に驚きの表情を浮かべているが、イアソンほど動揺してはいない。
「これで二つ。さぁ、ドンドンいくぞ!」
「~~~ッ! な、何をしているんだヘラクレス! 手加減なんてしている場合ではないぞ! さっさとそこの身の程知らずを叩き潰せ!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!」
先のと合わせてすでに二つ、残り10の命となったヘラクレス。しかしイアソンは認めない、認めるわけにはいかなかった。
ヘラクレスはギリシャで………否、世界で知られる大英雄だ。サーヴァントの身で、クラスという縛りに落ちてもその力は未だに健在の筈。自身の憧れで、誰よりもヘラクレスを信じているイアソンが友の勝利を信じるのは当然とも言えた。
「そうだ。俺の……俺達のヘラクレスは最強なんだ! 誰にも負けはしない。どんな奴にだって、負けることは有り得ないんだ!!」
神々の戦いに参加するほどの豪傑。ネメアの獅子を、ヒュドラを、あまねく強敵達を打ち倒し、数多くの伝説と偉業を打ち立てた戦士。そんな彼が負けるわけがない、そう信じて揺るがないイアソンだが。
「ペガサス、彗星拳!!」
「◼️◼️◼️◼️ッ!!」
そんな彼の思いを打ち砕くが如く、無数の拳がヘラクレスを貫いた。何故、とイアソンは思う。何故あの修司という人間はヘラクレスを圧倒しているのか、通じていない訳ではない。だがヘラクレスが暴力を奮うよりも速く修司の武力がヘラクレスの暴力を打ち消してしまっている。
知性や理性を無くしても、己の技まで失ってはいない。ヘラクレスには生前に培った技の数々が今も確かに残っている。
なのに………。
「だらぁぁぁっ!!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!?」
届かない。奮えば必殺の剛腕が、大地を砕き海を別つ一撃が、修司に届かない。間一髪避けた瞬間、代わりに返される蹴りでヘラクレスの首が在らぬ方向へねじ曲がる。
イアソンが現実を直視出来ない事を咎めるように、一つ二つとヘラクレスはその命を散らしていく。イアソンが信じたヘラクレスが名も知らない小僧に殆んど一方的に蹂躙されていく。
こんな事があって良いのか、こんな悪夢が許されるのか、嘆き、喚きたいイアソンが、絶望に膝を落として地に座り込んだその時、彼は見た。
悔しそうに表情を歪ませるヘラクレスの顔。今の彼に悔しさを感じる知性がなければ顔を歪ませる理性もない。それも一瞬、現実を受け入れられないイアソンが見た見間違い、幻想とも言えるその光景。
しかし、イアソンはそうは思わなかった。知性もなく、理性もないヘラクレスが見せた表情。それはもしかしたら自分だけに見せた信号なのかもしれない。
我ながらふざけた話だ。助けなんて求められる訳がない狂戦士がまさか泣き言を表に出すなんて………それこそヘラクレスを信じるイアソンには有り得ないと吐き捨てるモノだ。
だけど………。
「これで、七つ目ぇッ!!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!??」
ヘラクレスが、助けを求めている。その可能性があるだけでイアソンが立ち上がるには充分な理由となった。自分が見た妄想による空想でも良い、それでも自分が今するべき事を理解したイアソンは隣に佇む嘗ての伴侶に声を掛ける。
「───メディア、本当にお前の案でヘラクレスは強くなるんだな?」
「はい。イアソン様の頑張り次第でヘラクレスは嘗てのような無敵無双の力を取り戻す事ができますでしょう。………しかし、その代償にイアソン様はご自身のゆめを諦めなければなりません」
「……………」
「イアソン様が願う王になる夢。差別なく、争いがなく皆が平和に暮らせる理想の国、貴方が手にしたくて止まないその全てを………手放さなければなりません」
「───今一度問いましょう。イアソン様、貴方に全てを捨ててまでヘラクレスの力になりたいと願いますか?」
────手が震えた。握り締めた拳に汗が浮かび、喉が乾いて動悸が速くなる。心臓の音が煩いほどに高鳴り、イアソンは最悪の選択を前に思考が停止していた。
自分の夢か、友の助けになるか。二つに一つ、眼前に迫る選択肢。
どちらも嫌だ。何故俺がこんな辛い目に合わなければならない、どうして………どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?
答えなんて分かりきっている。全てはあの化け物染みた強さを持つ白河修司なる男が全ての原因だ。生身の人間の癖にサーヴァントを凌駕し、現代に生きる人間の癖に古代のヘラクレスを圧している。
「う、うぅ、うぅぅぅぅぅ……!!」
悔しい。心底悔しい。認めたくない。絶対に認めたくない。認めてしまったら………自分があの男に嫉妬している事まで認めてしまうようで────もう、イアソンは唸る事しか出来なかった。
このまま何も決断せず、選択肢すら擲って自棄になるか。無様に、みっともなく負けてやろうかと考えることすら放棄し始めたイアソンが目にしたのは……。
「◼️◼️◼️◼️◼️ッ!?!?」
「これで、九ォつ!!」
手にしていた斧剣ごと全身を拳で撃ち抜かれ、過半数以上の命のストックを削られたヘラクレスが………地に膝を着けた光景だった。
瞬間、イアソンは走り出した。相手はヘラクレスすら圧倒する怪物、人の皮を被った化け物だ。
認めよう。イアソンは修司に嫉妬している。ヘラクレスと対等以上に戦い、そして圧倒するほどの強さを持つ戦士であると。
矜持も誇りもかなぐり捨てて、序でに帯刀していた剣も投げ捨てる。そのがむしゃらな投擲は両手を腰だめに構えて力を溜めていた修司に唯一の隙を晒す一手となった。
突然の意識外からの攻撃、溜めていたかめはめ波のエネルギーが四散し、この一撃で終わらせようとした修司の目論見が一瞬の内にご破算となった。
一体どこから? 投げ付けられた方向へ目線を向けると、恥も外聞も捨てた様子で走るイアソンがヘラクレスの下へ駆け寄る所だった。
今さら何を? 疑問に訝しむ修司が戸惑った瞬間。
「メディア! やれぇっ!」
イアソンが叫び、メディアが聖杯を掲げて魔術を行使する。ヘラクレスを中心に広がる魔方陣、輝き出す魔術サークルに不味いと思った修司が魔術を阻止しようと動き出すが……。
修司が魔方陣に触れるよりも速く、イアソンと聖杯は光となり、ヘラクレスの内へと消えていった。
◇
────膨大な情報の海。過去も、今も、未来も、その全てが那由多の彼方へと吹き飛び、上と下もない何処かへと続く「 」へイアソンの意識は落ちていく。
進む度に自身の核が削れ、落ちる度に加速度的に自身の消失が進んでいく。一端の英霊では自我も保てなくなる情報の海。
(あぁ、何で俺はこんな事をしてるんだろうなぁ、夢も理想も、矜持も誇りもかなぐり捨てて………俺は、なにがしたかったんだろうなぁ)
胸中で溢すのは後悔と愚痴。抱いていた夢と理想は全て潰えて消えて、何もかもを失ったイアソンは結局自棄になる事しか出来なかった。
我ながら、何てバカな事をしたのだろう。生前でも、そして今回も、イアソンという男は何も得られず、救われることなくこの世を去ることになった。
───もう、五感の全てが消えている。音もなく、光もなく、ただ落ちていくだけの残り滓。何て無様だろう。何て滑稽だろう。結局自分は何も果たせず残せない………道化以下の間抜けだった。
どうしようもない馬鹿野郎。イアソンという英雄は所詮はその程度の人間でしかなかった。
─────でも。
(でも、それでも………)
全てが徒労に終わり、何もかもが無駄になるのだとしても。
(俺は、お前が負けるのなんか………見たくないんだ!!)
イアソンの胸に抱く───《憧れ》だけは消えず、朽ちず、捨てる事はなかった。
理解なんて求めていない。求めるのはいつだって自分の方だった。
(だから、お願いだ! お前の強さを、お前の伝説を、お前の────格好いい所を! もう一度、見せてくれ!)
(ヘラクレス!!)
消えいく自我と意識、何もかもを捨て去り、たった一つの憧れだけを胸に手を伸ばし続けた男が最期に届いたのは………。
“────全く、仕方のない奴だよ。お前は”
何処か呆れを含んだ………親友の暖かい声だった。
◇
「───何だ。このバカでかい気配は」
暴風が吹き荒れる。大海が唸り、空が軋み、大気が震え出す。天を衝く光を前に修司は目の前の光景に愕然としていた。
イアソンが聖杯と共にヘラクレスの内に溶けるように消えたのかと思えば、ヘラクレスを中心に光が溢れ、まるで柱のように空へ衝き立てている。
一体何をしたのか、困惑する修司だが消えていく光の柱から顕れるソレに咄嗟に構えた。
───瞬間、ソレを目の当たりにした修司は息を呑んだ。気配、圧力、存在感の全てが先程とはまるで別次元に膨れ上がっている。
まるで嵐、台風のごとく荒々しい気を放っているのにその目は何処までも静かで理性的だった。
そう、目の前の巨人には理性が宿っているのだ。先程までの狂戦士の目とはまるで違う。知性と理性に溢れた人の眼差し、まさかと思う修司にロマニから通信が入る。
『嘘………だろ。何だよ、これ。こんなの………あって良い筈がないだろ』
「ドクター?」
その声はこれ迄に聞いたことがない程に震え、動揺していた。有り得ないと口にするロマニ、落ち着けと修司が諭す前に彼の口から悲鳴に似た叫びが紡がれる。
『───逃げろ! 修司君! あれはもう、君が知るヘラクレスじゃない! あれは、もうサーヴァントじゃない。正真正銘本物の………いや』
『
「────思えば」
「っ!?」
「こうして、自らの口から名乗るのは………初めてだったな」
更に力が膨れ上がった。溢れ出す暴威、相対しただけで分かる圧倒的力。
「嘗てはアルケイデスと名乗り、女神ヘラの栄光となり、英霊の一つに数えられし者」
「────我が名はヘラクレス。白河修司、お前を倒す男の名だ」
原典回帰。ギリシャ最大にして最強の大英雄が
Q.これって本物のヘラクレスなの?
A.座に登録された本体に限りなく近い
Q.どうして召喚できたの?
A.これも人理焼却って奴の所為なんだよ!
Q.つまり?
A.全部黒幕の所為なんだ! お、俺は悪くねぇ!
Q.性能、ステータスはどうなってるの?
A.特に考えてません!
次回、真・
それでは次回もまた見てボッチノシ