「いやー、忘れてたなぁ」
「忘れてたねー」
「忘れちゃってたなー」
「汝らなぁ………いや、すまん。私も忘れてた」
オケアノスの中心に聳え立つ黒い海魔の魔神。その名をフォルネウス。ソロモンが使役していたとされる魔神の一柱の顕現を前にオリオンを始めとした数名のサーヴァントは、やっべぇ忘れてたと口にしながら頭を悩ませていた。
「皆さん! 状況はどうなっていますか!?」
「おうマシュちゃん、今のところ
「いやね。この際恥も外聞も気にしてられないと思ってね」
船室に続く扉が開き、マシュと立香が甲板に上がってくる。声につられてオリオンがアルテミスの頭上から振り返ると、マシュの背中に背負われている修司を見て何とも言えない気分になった。
デミサーヴァントであるマシュの膂力は人間の範囲を超えている。立香も筋力を魔力によって強化する事ができるが、それでもマシュには敵わない。よってマシュに身動きの出来ない修司の移動の際の手助けをしてもらう事になったのだが、その姿がまぁ情けない。しかし、そんな彼がギリシャ最強を倒したというのだから驚きだ。
「全く、これが
「え? うん。そうだと思うけど?」
「本当かい? うへぇ、ニッポンて国には黄金の国って聞いたことがあるけど、とんだ魔境じゃないか。スペイン艦隊なんか目じゃないね」
「だから違うって、日本人の皆がDB染みた戦闘能力なんか持ち合わせていないから! とんでもない風評被害だから!」
「………あれ? なんだろう? 俺一生懸命戦ったのに、何でこんな散々な言われようなの?」
「それは………その、やはり日頃の行いかと。前の特異点でもそうでしたし」
「ぐふぅ」
エウリュアレが修司の叩き出した偉業に呆れ、ドレイクが戦慄し、立香が激しく否定する。今回の戦いでかなりの貢献をした筈、それなのに散々な言われように修司はマシュの背中で泣きそうになるが、悲しいことに彼を慰めるものはこの場にはいない。
「………諸君、賑やかな歓談も其処までだ。気付かれたぞ」
これまで魔神柱の様子を観察していたダビデからの一言にその場にいる全員に緊張が走る。海面に佇む不気味な柱、蠢く目玉には全て自分達の方に向けられている。
そんな魔神柱に向けて黄金の鹿号から砲弾が放たれる。放たれた砲弾はその全てが直撃するが、魔神柱に堪えた様子はない。
「よし、当たったね! 当たるなら後はどうとでもなるさね。立香、マシュ! アレを倒すのがあんた達の目的なんだろ? なら、あともう一踏ん張りじゃないか! そうだろ?」
「ドレイクさん……うん! やろう、皆!」
「やっぱこうなるか。そんじゃあ一先ず点呼! この中に宝具撃てる人何人いますかー?」
唐突に始まった第三特異点での最後の戦い、ドレイクの発破を切っ掛けに戦う決意を固めた立香は今一度サーヴァントの皆に呼び掛ける。これが最後の戦いだと、改めて気を引き締める彼女に対してオリオンは有効な残弾の確認を急ぐ。
「私は………残り一度くらいか。メディアの竜牙兵を蹴散らすのに少々魔力を使い過ぎたようだ」
「僕はちょっと無理かな、ヘクトールの動きを阻害するのに無駄撃ちをし過ぎたみたいだ。精々援護射撃が限界だ」
「ごめーんダーリン、私もちょっと厳しいかもぉ~」
「私も似たようなモノね。因みにアステリオスは論外よ。そもそも宝具が攻撃的じゃないし」
「う、でも、オノ、投げられる、よ?」
「投げた所であの化け物には大したダメージにならないわよ」
オリオンの質問に他のサーヴァント達からの返事は思ってた以上に芳しくはなかった。皆それぞれ此処までの戦いで魔力を消費しており、切り札となる宝具の回数も限られてきている。しかも相手は並のサーヴァントを圧倒するほどの魔力量を有している、アレを倒すには最低でも対軍宝具クラスの火力が必要だ。
「くそ、せめてもう少し回復してれば、俺も戦えるのに!」
正直に言えば、今すぐ倒れて横になりたい。意識は覚醒しても失った体力は未だ戻らず、全身に掛かる痛みは今も修司を苛ましている。
「来るよ! 面舵逃げろォッ!」
ドレイクの指示に合わせて船が動き出す。瞬間、魔神柱の無数の目が一斉に輝きだし、先程まで船がいた場所に閃光が走り、海面が爆発する。
魔神柱からの攻撃。威嚇ではなく、射撃から撃沈狙いの一撃。アレを受けたらひとたまりもないのは明白、それでも船は恐れずに魔神柱へ舵を切る。乗船している彼等の目には不倶戴天の決意が宿っていた。
「まずは私がやるとしよう。我が弓と矢を以て
「あらやだ奉られちゃった♪ それじゃあ私も放つわよ───愛の矢を!
「この際宝具の名称に突っ込まねぇ! やったれぇ!」
唯一宝具を撃てるだけの魔力を持った二人による一斉掃射が放たれる。空を覆うほどの矢の雨、その悉くが魔神柱に直撃し、爆発する。魔神柱を海面ごと揺らす大爆発を引き起こし確かな手応えを感じる二人(一人と一柱?)、しかし砂塵の向こうには依然として巨大な肉の柱の影があった。
「くそっ! 火力が足りないか!」
「ダメージは与えられています! このまま叩き続ければきっと……っ!?」
瞬間、再び魔神柱の目が輝き出す。煙の中から分かる怪しい光、それが魔神柱からの攻撃的完了の合図だと知った修司は同じく察したマシュに指示を飛ばす。
「マシュちゃん! 俺に構わず皆を!」
「───っ、了解!」
背中には重傷の修司を背負っている為に僅かに迷うマシュだが、修司本人からのGoサインに彼女は意を決して前に出る。
「
守りの宝具が魔神柱の放つ光から船を守護する。しかし、既に魔神柱には二擊目が用意されていたのか、先程以上の光が無数の目に集約されている。
不味い、再び防御に入ろうとするマシュだが───その時、彼女の後ろから右手が伸びてきた。
修司だ。ボロボロで身動きもマトモに出来ない癖にそれでも彼の目には戦う意思が今も燃え盛っていた。
修司が伸ばす腕、そしてその先にある手の指先はまるで拳銃の様に形とられている。伸ばされた人指し指、曲げられた親指はさながら引き起こされた擊鉄。
「これが、正真正銘最後の一撃だ。───霊………丸!!」
指先から放たれるのは一条の矢、威力も速さもない脆弱な一撃はそれでも魔神柱に届いて見せた。対してダメージにもならないその一撃はしかして魔神柱には不快だったのか、今まで黄金の鹿号に向けられていた目は全て修司に向けられる。
「………マシュちゃん、下ろしてくれ。こうなったら俺も戦うよ」
「なっ!? だ、ダメです修司さん! その提案は受け入れられません!!」
魔神柱の敵意が一斉に修司へと向けられる。今の一撃で脅威と見なされた? 否、今の修司はこの場にいる誰よりも弱っている。ならばそこから崩すまでと言う魔神柱の合理的な判断によるものだ。そしてその判断は正しく、本当に修司の体には戦えるだけの力は残されていない。風でも吹けばそれだけで倒れてしまいそうな程に………修司は弱りきっていた。
マシュから離れ、甲板に降り立つ。足を甲板に着けた、それだけで身体中に激痛が走るが、それでも修司は笑って耐えて見せた。
「今、皆が頑張って戦ってくれている。そんな中で俺だけがお荷物なのは……俺自身が耐えきれないんだ」
「ですが修司さん、それ以上戦えば本当に貴方の命が!」
修司の状態はマシュにも分かるほどに酷い状態だった。立ち上がるのも不可能な状態で、ましてや戦うなんて………。
「なぁに、満身創痍になるのは慣れている。限界を迎えるのもね。それに………俺はこんな所で終わるつもりはない。今の自分が限界だって言うのなら、さらにその先へ挑むだけさ」
嘘だ。既に修司には戦えるだけの力なんて残されていない、闇雲に魔神柱に挑んでも無駄死にするのは目に見えているし、本来ならマシュは修司を止めるべきなのだろう。
だが、マシュ=キリエライトには修司を止めるだけの言葉が見つからない、修司の目には既に強い意志が宿っている。彼を止めるのに今のマシュでは白河修司という人間を知らなすぎた。
正直に言えば、強がりも良いところだ。しかし立香も、他の皆も戦っている中で自分だけ寝ているわけにはいかない。
「それに何より、俺は……
体が動かないからなんだ。力がないからどうした。死力を尽くして戦っても未だに修司の意思は折れていない。
ここが自分の限界なら、その限界を越えるまでだ。目の前の
『ハッ、意地を張るのは貴様の勝手よ。だがその前に────右に避けぬか!』
「………え?」
聞きなれた声に振り返るのと同時に巨大な刀剣が修司の横を通過し、魔神柱に突き刺さる。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!?」
雄叫びとも悲鳴とも思えない叫びを上げる魔神柱。しかし、そんなおぞましい声など修司の………いや、誰の耳にも入らなかった。
何故なら。
「全く、雁首揃えて何をしているか。既に演目は幕を下ろした。誰得のアンコールなんぞ、我が目にするに能わん。特別にこの我自らが、改めて幕引きしてやろうではないか」
黄金の空飛ぶ船、その玉座には偉大なる英雄達の王が仁王立ちでそこにいたからだ。
「あぁ、やっぱり………王様は眩しいなぁ」
偉大なる英雄王の姿を見て、安堵した修司は今度こそ意識を手放し、甲板に倒れ伏す。そんな彼を抱き止めたのは白く美しいオルレアンの乙女、ジャンヌ=ダルクだった。
「貴方って人は、何時だって無茶ばかりするんだから」
「じゃ、ジャンヌさん!?」
「あれ!? 英雄王!? なんで!?」
二人の登場に驚いた二人が駆け寄ってくると、立香の通信機から音が鳴る。どうやら、カルデアとの連絡が付いたようだ。
『立香ちゃん! マシュ! そして修司君! 全員無事かい!?』
「「ドクター!!」」
『通信、遅れてごめん! 状況は此方でも把握している。三人とも、良く頑張った。よく………踏ん張ってくれた!』
「は、はい! ですが、修司さんが!」
「大丈夫、気絶しているだけですよ」
カルデアとの通信が復活し、ロマニと連絡が取れた事で安堵する立香とマシュ。すぐに倒れる修司の身を案じるが、眠るように気を失ったというジャンヌの言葉に安心し、ホッと胸を撫で下ろした。
「さて、雑種どもの珍道中も飽きた。見るべきものも無くなり、残ったのはみっともない魔神柱。大人しく身を引けばまだ潔くあったものを」
「故に、我が裁定を下す。疾く死ぬが良い。ゲテモノにはゲテモノらしい末路があろう」
黄金の王が片手を上げると、無数の波紋が広がっていく。空を、海を、周囲の空間ごと魔神柱を覆い尽くす波紋。その中からは無数の刀剣が射出されていく。
圧巻だった。たった一柱の魔神柱を相手に一切の容赦なく無数の刀剣が突き立てられていく。その光景にオリオンとアルテミス、アタランテは唖然となり、ダビデとエウリュアレは戦いの終わりを感じ取っていた。
唯一アステリオスは黄金色に輝く波紋を見てキレーと呑気に呟いている。ドレイクに至っては次々と放たれる宝の山に勿体ねーと愚痴っている始末だ。
戦いに次ぐ戦い、激闘に次ぐ激闘。波乱と驚嘆に満ちた第三の特異点は黄金の王が最後に全てを持っていく形で終わりを告げた。
───その後、聖杯を回収してカルデアへ帰還した一行は問答無用に休息を言い渡され、中でも修司は気絶していることを良いことに本人の了承なく緊急治療室にぶち込まれるのだった。
◇
────それから、暫くして。
「姉御、楽しい連中でしたね」
「あぁ、此処までワクワクしたのは初めてさね。最初は珍妙な海に巻き込まれたと思ったが、まさかあんな大冒険を味わえるとは」
穏やかになったオケアノス。特異点となっていた原因も取り除き、聖杯を回収した事で第三の特異点は間もなく修復される事になる。
これ迄の冒険の記憶は全て消え、自分達は元の航海に戻る事になる。そう告げられたマシュにドレイクは最初こそ寂しく思ったが………それも一瞬。自分達は覚えていないかもしれないが、彼女達が自分達の事を覚えてくれる。その事実だけで充分だった。
彼女達、カルデアの一行は自分達のいる時代から遥か未来から来たという。なら、恐らくは知っているのだろう。これからの時代の流れを、これから待つ自分達の行く末を。
それを考えて内心不安になることもあった。恐怖を抱く事もあった。けれど、自分達は海賊。海を往く者、ならばそんな不安や恐怖も笑って吹っ飛ばしてやろう。
自分達は海賊、海の開拓者。いつか終わりが来るときまで楽しく笑って生きていこう。
偉大なる大海賊、フランシス=ドレイク。彼女の冒険は………まだ終わらない。
「良かったの? アステリオス。皆と一緒に行かなくて」
遠ざかる黄金の鹿号を見送りながら、とある島へ下ろして貰ったエウリュアレは自分を肩に乗せているアステリオスに声を掛ける。
彼等は海賊だ。野蛮であり、下品で、不躾な所も多々あり女神である自分から見ても海賊は海の無法者と呼べる人種だった。
けれど、彼等は同時に勇気ある者達でもあった。アステリオスという生前に怪物と恐れられていた彼を、共に戦う仲間として、共に海を往く友人として、対等に接し、アステリオスと名前で呼んでくれていた。
きっと、この思い出は彼が座に還っても刻まれる事になるだろう。こう言う人達もいるのだと、単なる記録だとしても決してアステリオスはこの思い出を忘れることはしないだろう。
だから、もう少し一緒にいても良かったのではないか。誰からも恐れたり、怪物として見ることのない彼等と共に特異点が修復されるその瞬間まで、一緒にいても許されるのではないか。
しかし。
「う、ん。でも、オレ………怪物、だから。沢山の子供を、殺して、きたから」
アステリオスは頑なに首を横に降る。生前、自分は多くの罪を犯してきた。多くの子供達の命を奪い、殺し、喰らってきた。
自分は怪物だ。そんな自分が今更人並みの幸せを望むなんて合ってはならない。仮に許されたとしても、それは自分の行いのケジメを付けてからだ。
「……………」
「みんな、名前、で、呼んで、くれ、た。オレ、凄く、嬉しい。でも、だからこそ、自分の、やった、事に、責任、を、取らなくちゃ、いけなか、った」
本当は、アステリオスは死ぬつもりだった。自分より弱い子供達の命を奪い喰らってきた自分が、盾になることで罪を少しでも償おうとしていた。
そんな彼の悲痛な願いは、ついに叶えられることはなかった。死に場所を探していたのに、その機会を奪われ、死にきれなかった男は誰も知らない島で一人消滅する道を選んだ。
「………もう、見た目によらず真面目なんだから。でもねアステリオス、貴方が自分をそう思うように貴方に生きていて欲しいと願う物好きな女神がいることも、忘れないでね」
「う、ん。だから、オレ、今、凄く、嬉しい。エウリュアレと一緒、で、オレ、凄く、嬉しいんだ」
自分は一人ではなかった。生前では得られなかったモノ。殺し、殺される道しかなかったアステリオスが初めて手にする事が出来たモノ。
人はそれを────宝物と呼んだ。
「────オレ、エウリュアレが、大好きだ」
二人が見上げる空には何処までも続く蒼穹が広がっていて、二人の足下には名前の知らない花達が咲き誇っていた。
────定礎復元────
「いやー、あのパイオツで聖女は無理でしょ」
「台無しよ、ダーリン♪」
「ぶぎゅる!?」
終われ
次回から日記編が少し長くなるかもです。
それでは次回もまた見てボッチノシ
オマケ
「医療スタッフは治療の準備を! 急いで!」
カルデアへ帰還した立香達、無事に任務を果たしてくれた彼女達に労いの言葉もそこそこにして、三人とも問答無用に医務室へ放り込まれていく。
「まったく、つくづく落ち着きのない者達よ。あれでは今後も思いやられるな」
慌ただしく去っていく彼等を英雄王は呆れの目で一瞥し、管制室から去ろうとするが………。
「英雄王、その前に一つ確認があるのですが」
「なんだ? 我は忙しい。つまらぬ問答なら切り捨てるぞ?」
「いえいえ、そんな時間は取らせません。ほんの数分で終わりますから」
………何故だろう。聖女と呼ばれる彼女は笑っている癖に圧が凄い。有無を言わせない迫力に堪らず英雄王は後退る。
「英雄王、貴方は本当に修司君の事を覚えていないんですよね?」
「な、なんだ急に。下らん、その質問は既に奴自身に叩き返しておるわ」
「我が臣下。確か貴方は修司君を見てそう呼んでましたよね?」
あれ? なんだろこれ、我は英雄の中の英雄王。なのにどうしてだろう、目の前の聖女を前にしていると何故か激おこ状態のシドゥリを連想してしまう。
「し、知らん。我はそんな事言った覚えはない───」
目の前の聖女の聖女らしからぬ威圧感、自分の知るモノとは異なる類いの圧力に英雄王が一筋の汗を流しながら、懸命に知らないと否定するのだが。
ペロン。
「ホグワーツッ!?」
突然、彼の頬を伝う汗を何かが舐めとった。
「これは……嘘を吐いてる味ですわね」
振り返れば、そこには日本の和服を着込んだ少女がチロチロと舌舐めずりをしている。え? 怖。自分の体を舐めとる不敬よりも理解できない恐怖を前に英雄王は身をすくませた。
「うふ、ウフフフフ、ダメですよ。英雄王ともあろう御方が嘘なんて吐いちゃ……」
「これは、色々とお話をする必要がありますねぇ……」
パチン、ジャンヌが指を鳴らすと扉の向こうから赤い弓兵が車椅子を手に現れる。なんの変哲もないただの車椅子、なのに何故だろう。英雄王にはそこらの拷問器具よりも恐ろしく見えた。
「さぁ、折角貴方の臣下が頑張ったのですから、今度は王である貴方が頑張る番ですよ」
「お、おいよせ。止めろ。近付くな! 我は、我はただ────安全な場所で愉悦したかっただけなのにィィィィ!!」
悲痛なる英雄王の雄叫びは、残念ながら臣下に届くことはなかった。