人理修復の旅、今回で五度目の特異点へ赴いたカルデア一行、北米大陸という嘗てない規模を誇る探索範囲に戸惑いながらも、どうにか人のいる場所へ辿り着く事が出来た。戦場で負傷した兵士達が最低限の治療を受ける野営地、そこでは赤い軍服を身に纏う女性と山吹色の胴着の男が駐在している医師と共に手当てを行っていた。
「ふぅ、一先ず山場は乗り越えたか。君達も良くやってくれた。後は我々がやっておくから、君達は休んでいてくれ」
「───了解です。ではドクター、後の事はお願いします。くれぐれも、誤った処置をしないようお願いします」
「予備の包帯と水は此方にありますから、使ってあげて下さい」
女性看護師と修司の手伝いもあって、どうにか山場を乗り越えた事で気持ちに幾分か余裕の出来た医師は二人に感謝を述べ、やんわりと退出を促す。軍服の女性もここで自分にやるべき事はないと悟ったのか、二つ返事で了承しテントを後にする。
そんな彼女を追う形で修司もテントから出ていくと、ズカズカと外で待機していた立香達に歩み寄る。
「あ、ナイチンゲールさん! そっちの方はもう大丈夫なんですか?」
「問題はありません。彼の手伝いもあって患者の処置は全て滞りなく完了しました。………ありがとうMr.修司、貴方の適切な処置と協力に感謝を」
「礼は必要ありませんよMs.フローレンス、俺は
「私は事実しか口にしませんし、無駄な賛美は言いません。更にいえば功績云々に興味はありません。貴方の手際と処置の早さは彼等に一時の救済をもたらした。謙遜も結構ですが、今は素直に受け取っておきなさい」
「そっか。なら、ありがたく受け取っておくよ」
「お、おぉう。何か修司さんが理知的だ」
『彼女もバーサーカーなのに、不思議と修司君と話している時は理性的だ。どういう原理?』
フローレンス=ナイチンゲール。裕福な紳士階級の出身でありながら、当時は卑賤な職業と言われてきた看護婦となることを強く希望した戦場医療従事者。彼女の行いは治療という概念に革命を起こし、衛生管理と患者への看護を徹底させ、更には私財を擲って物資を投入させる事で戦時医院での死亡率を5%にまで抑え込んだ、通称“クリミアの天使”。
バーサーカーのクラスで召喚された彼女は生前の逸話からか人の話を聞きはせず、自らの判断で行動する女傑となっていたが、どういう訳か修司の話には耳を貸し、更には近代的な治療法と応急処置の技術を持つ彼から教えを乞おうとした程だ。
特異点の修復を人体の治療に置き換えて説明した事が功を奏したのか、彼女の聞く耳はマスターである立香にもある程度向けられる様になっている。
「で、ではナイチンゲールさん。改めて説明させて下さい。私達はカルデアという組織から現在はここ、北米大陸で起きている特異点を修復する為に派遣された者です」
「………ミスター?」
「あー、そうだな。フローレンスさんに伝わるように言うと、俺達は特異点修復という治療の為にやって来た医療チームだ。で、現在この大陸は戦争という病に侵されている状態で、病巣である原因の特定、治療の為に来たってことだ」
「成る程、概ね理解しました。では、急ぎ向かうとしましょう」
「まぁ待ってくれ。医療チームと言ったが、今の俺達はまだ原因となっている病巣を
修司はナイチンゲールに特異点云々を医療関係に置き換えて説明する事で、どうにか彼女との対話を成立させている。立香も彼女とのコミュニケーションを取るべく、拙い医療知識で対話に挑む。
「あの、此処から少し離れた所に小規模だけど戦闘が………じゃなくて、病気が発症して、其処には少なからず負傷者がいるみたいなんです。そこで新しい情報を得る為に、私達は貴女に協力を要請したいんですけど……」
「貴女、名前は?」
「あ、はい。立香、藤丸立香です」
「では
「は、はい! ありがとうございます!」
その甲斐あってか、ナイチンゲールというサーヴァントを味方に率いる事に成功した。半分以上は修司のお陰、けれど、懸命に責務を果たそうとする立香に彼女が感化されたのもまた事実。
「それじゃあ、次の戦場へ急ごう。治療はどれだけ迅速に手を付けるかで結果に大きく関わってくる」
「同感です。それでは行きましょう」
この場でのやるべき事は終え、立香達が得た情報を元に一行は次の戦場へ向かおうとする。
そんな時だ。彼らの前に一つの集団が立ち塞がる。
「何処へ行く気かしら。フローレンス、持ち場に戻りなさい」
「うん?」
複数のバベッジ氏と何処と無く似ている機械化歩兵を連れた一人の少女、その風貌は先の特異点で出会ったアンデルセンと似たような雰囲気を醸し出していた。
「軍隊において勝手な行動はそれだけで銃殺ものだと知っていて? 今すぐ治療に戻りなさい。さもないと───手荒い懲罰がまっているかも、よ?」
「既に此処での治療は終えました。貴女こそ自分の職場に戻りなさい。私の仕事は何一つ変わりません、この兵士達の根幹治療の手段が見つかりそうなので、それを探りに行くだけです」
「そうなの。尤もな理由、ありがとう。でも───バーサーカーの貴女に行かせる訳にはいかないでしょ。戦線が混乱したらどうするのよ。王様は認めないわよ、絶対に」
(王?)
(アメリカに王様って、いたっけ?)
「………王様? そんな人物に私を止める権利などありません。より効果的な根幹治療の提示があるなら別ですが」
「うわお、やっぱりバーサーカーは話が通じないわねぇ。どうしたものかしら。これまで何度も思想的に衝突してきたし、いい機会だから片付けてしまおうかしら?」
「エレガントな発想ではありませんが同感です。この先の無駄話が省けます」
ナイチンゲールを見上げるほどの背丈でしかない女性がバーサーカーである彼女に戻れと命じている。いつ殴ってくるか分からない狂戦士を相手に胆力のある女子だなと感心するのも束の間、険悪を通り越して一触即発な空気になりつつある両者の間に立香が仲介に入る。
「あ、あの! ごめんなさい。少し良いですか?」
「あら、こんにちは可愛らしいお嬢さん。そちらの盾の子は……まぁ! サーヴァント! よくってよ! 先の戦場でケルトの連中を撃退したと聞いて、まーたフローレンスが一人で暴れたのかと思ったけど……どうやらそうでもなかったようね。これは王様にとってグッドニュースかしら」
思想的に相容れないナイチンゲールと険悪な様子な女子だったが、立香とマシュを見るとその様子は喜色のモノへと一変させる。
単純に戦力を欲しての反応か、彼女の語る王様の事もあり、その節は濃厚かと緩和した空気に立香もマシュも安堵した瞬間。
「って、言いたい所だったけど、そうでもないかも。そこの山吹色の貴方、私の名前はエレナ、エレナ=ブラヴァツキーよ。お名前を伺っても宜しいかしら」
「あっ、これはご丁寧にどうも。俺は修司、白河修司っていいます」
修司の姿を見るなり、エレナと名乗るサーヴァントは目を細める。そして、本人からの自己紹介を得ると、確信した様に深い溜め息と共に頭を抱えた。
「そう、貴方がシュウジなのね。何て事、よりにもよって此処で彼の目的が達成されるなんて……」
「えっと、Ms.エレナ?」
何か一人でブツブツと語りだすエレナに流石の修司も困惑する。一方でナイチンゲールが構うことなく野営地から離れようとすると、修司の感知能力に二つの大きな気配が近付いてくるのを察知した。
「っ、向こうから此方に近づいてくる気配がある。ドクター!」
『はいはーい! 会話に割り込めない分此方で頑張ってたよぉ! サーヴァントの反応が二つ、配下らしい兵隊を複数連れて近付いてくる! 恐らくはさっきの連中の仲間だと思う!』
「了解した。此方で対応する。立香ちゃん、マシュちゃん、行けるか?」
「こっちは大丈夫、いつでもいけるよ!」
「私も問題ありません。フローレンス女史は………やはり、既に出撃していますね」
ロマニの言葉を聞くや否や、飛び出していくナイチンゲール。そんな彼女を一人にはさせまいと、修司は彼女の後を追い、マシュは立香を抱えて先行する二人に食い付いていく。
そんな彼等をエレナ=ブラヴァツキーは神妙な顔付きで見送った。
「本当、儘ならないモノね」
その言葉の意味は何処にあるのか、それは彼女以外分からない。
「あぁ、来たか。漸く、この時が」
「待ちわびた。嗚呼、待ちわびたとも」
それは、二つの異なる場所、出身も経歴も、何もかもが異なる英雄達。
思想も思考も異なり、戦いに対する姿勢も違う相容れない存在達。
しかし、この時は
「「さぁ、今度こそ決着を付けよう」」
あるものは嘗ての因縁を、あるものはいつかの約束を。今回の特異点における最大の壁である二人、程度の違いはあれど、その顔には同様の笑みが浮かんでいた。
“シンクロニシティ” 同時期に有り得ざる偶然は、しかしてこの時に限り………必然となった。
「いっきし! なんだ? 急に悪寒が……」
白河修司、最大の受難が始まる。
次回は、某大英雄の約束が明らかにする予定。
ボッチのやらかしの軌跡ともいう(笑)
Q.今回の特異点で、おすすめのBGMはありますか?
A.さくらんぼキッス。作者は今回の特異点に限りこの曲を聞きながら書いてます。
頭が可笑しくなりそうです(笑)
某グラップラーの動画を思い浮かべた方は大体あってますので、精神科に向かうことをお勧めします(笑)