『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回は、面白味のないお話になるかもです。

すみません。


その84

 

 

 

Δ月※日

 

 ケルトの軍勢を退け、序でに魔術王の横槍もはね除け、無事に聖杯を回収し、第五の特異点も修復に成功した自分達は無事にカルデアに帰還する事ができた。

 

カルナとアルジュナも、決着こそは着けられなかったが、互いに全力の戦いが出来た事で多少ではあるが、二人の間にあった蟠りは解消された様だ。後に二人ともあれから立香ちゃんによってカルデアに喚ばれているが、今の所は特に目立った衝突はない。

 

 そして立香ちゃん達も、王様やジャンヌさん、征服王やエルメロイ先生の助力もあって魔神柱を撃退出来た様だし、危ない場面こそあったものの、無事に帰ってこれたから本当に良かった。

 

 で、立香ちゃん達と一緒にカルデアへ戻ってきた自分は、いつぞやの時のようにソッコーで医務室に直行、この時にジャンヌさんもが有無を言わさない勢いで腕を引っ張っていくのだから、それは怖───もとい、大変だった。

 

征服王は笑ってばかりで助けようとしないし、エルメロイ先生は苦笑いを浮かべるだけ、王様に至っては………何時ものように高笑いしながらそそくさと自室へ帰っていった。相変わらずの自由人で安心したよチクショーめ!

 

 その後、言われるがままに医務室に直行した自分は為されるがままに治療を受け、最終的にはほぼミイラ状態となり、ロマニやダ・ヴィンチちゃんから有難い小言を聞くようになって………それは起きた。

 

マシュちゃんが倒れた。バタバタと騒がしい足音を立てながら医務室にやって来た立香ちゃんが、不安に満ちた顔でぐったりしたマシュちゃんを抱き抱えているのだから、医務室は騒然となった。

 

ロマニも俺への小言は一時中断し、急いでマシュちゃんの容態を診る為に医務室の奥にある集中治療室へ、マシュちゃんと共に入っていった。突然の事態に呆然となる俺達、そこで漸く俺はマシュちゃんの気が著しく小さくなっている事に気付いた。

 

 ダ・ヴィンチちゃんは、これ迄の特異点修復の旅と度重なる戦闘で疲弊したのだろうと、立香ちゃんを安心させようとしていたが………俺はそうは思えなかった。

 

マシュちゃんの気が急激に小さくなったのは、これ迄の旅や戦闘だけではない。もっと別の理由があるのではないかと、俺は疑問に思った。気とは草木や動植物、人間を含めた全ての生命体に宿る力の総称だ。それは生まれた時から誰もが持ち合わせており、熟知し、使いこなせるようにならないと気が突然と小さくなったりはしない筈。

 

未だ修行中の身であり、完全にマスターしたとは言い難い自分だが、それでも今のマシュちゃんが並々ならぬ状態である事は分かる。結局はその後、ロマニとマシュちゃんが一晩集中治療室から出てくることはなく、立香ちゃんはダ・ヴィンチちゃんに連れられ自室へ戻り、俺もまたジャンヌさんの監視の下で医務室で一晩過ごす事になった。

 

 因みに、日記はジャンヌさんから持ってきて貰いました。

 

………どうでもいいな。

 

 

 

Δ月*日

 

 あれから数日、既にクー・フーリンから受けた傷は完治し、立香ちゃんも表面上は普段と変わらぬ調子に戻っていた。

 

今回ロマニから所長室に呼び出されていた理由は他でもない、マシュちゃんの件だ。あれから一日経ってマシュちゃんは何事もない様子で戻ってきたから安心したが、依然として彼女の気は不安定なままだ。スタッフの皆や立香ちゃんの様に一定とした気ではなく、なんというか………例えるなら、忙しなく小波が立っている状態だ。

 

高くなったかと思えば低くなる。今でこそその振り幅は小さいもので、現在は然程大した問題にはなっていないが、その状態がいつまで続くかなんて分からない。

 

 彼女がああなった理由。自分は最初、彼女の内に宿る英霊によるものだと思っていた。デミ・サーヴァントとして覚醒した彼女は、身体能力こそサーヴァント並となっているが、英霊の証である宝具までは使いこなす事が出来ていない。完全に英霊の力を引き出していない事から、今回もそれに関する話だと予想していたのに、事実はそれよりも遥かに深刻だった。

 

マシュちゃん───マシュ=キリエライトは純粋な人間ではなかった。人間と英霊を融合させる事で英霊を人間にするための遺伝子操作によって造り出された………デザインベイビーだった。

 

英霊を喚ぶのに相応しい質の良い魔術回路と無垢な魂を持った人間。本来なら30歳程で活動停止する彼女は………現在、サーヴァントとの融合で更に寿命を縮め、長く見積もっても18年生きられるかどうかという。

 

 この話を聞いた瞬間、俺はロマニの胸ぐらを掴んで彼を本棚へと叩き付けていた。彼が悪いわけでなく、感情的になった俺こそが悪いのだが………あまりにも淡々と彼女の容態をさも他人事のように語る彼に───八つ当たり染みた怒りを抱いてしまっていた。

 

マリスビリー=アニムスフィア、カルデアの前所長であり、オルガマリーちゃんの父親だというからもしかしたらと思ったが………コイツも他の魔術師達と同様に命を軽視する典型的な魔術師だったようだ。

 

 どうして、魔術師という奴は命を軽く扱うかなぁ。魔術を極めるのに、どうして命を弄ぶ真似が出来るのか。もし奴が存命していて俺の前に立っていたら、オルガマリーちゃんになんて言われようがぶちのめしていたと思う。

 

そんな事を考えても無駄だと察した自分は、自分を宥めてくるダ・ヴィンチちゃんと立香ちゃんに諭され、ロマニに謝りながら手を離した。マシュちゃんの事を黙っていたのは癪だが、それを理由にカルデアを見限る程俺達は浅い関係ではない。

 

ただ、マシュちゃんが英霊と融合し、寿命のリミットがある以上、彼女をもう戦場に立たせる訳にはいかない。ロマニはマシュちゃんの寿命を18年あるかないかと言っていたが、それはあくまで安静にしていたらの話だ。

 

これからもマシュちゃんが俺達と一緒にレイシフトして戦い続けたら、間違いなく彼女の寿命は尽きる。そうなっては折角自分が思い付いた打開策までもが無駄になってしまう。

 

 彼女の肉体は元々がデザインベイビーであることとサーヴァントとの融合によって、肉体は限界に差し掛かっている。ボロボロでどうしようもない状態だと言うのなら、違う細胞に変革させればいい。そう口にした俺にダ・ヴィンチちゃんを含めたロマニも物凄く驚いた顔をしたのは今でも笑えてくる程に傑作だった。

 

しかし、可能性は低い。焼却されたこの世界にも俺がいるのなら、ほぼ間違いなくあの炉心は………少なくとも、一つは完成している筈だ。元の世界では既に実用化され、一部の医療にも使われている次世代のエネルギー炉心。

 

 “GNドライヴ”。特殊な環境下によって精製され、半永久的に稼働するその動力システムはとある条件下によって人体にある影響を与える事は既に元いた世界で立証されている。

 

条件を満たし、限界稼働値を叩き出したGNドライヴは翡翠色の粒子を放出し、それに触れた人間に一定の効能を与える。ある症例では肺の病に侵されていた病人が回復し、紫外線の病によって壊死した皮膚の細胞を完全に修復する事に成功させており、他にも理論的にはステージ5を迎えたガン細胞にも有効だという事が明らかになっている。

 

遺伝子レベルで変革を促す特殊粒子。それが、王様の助力を借りて俺達が生み出した新たなエネルギー炉心、それがGNドライヴである。

 

 ただ、これには一つ副作用が懸念されていて、GN粒子を浴びたモノは夜間でも分かるほどに目が光る様になり、空間把握の認識能力や身体能力が飛躍的に向上したりと、肉体に関して変化が認められている。

 

見た目に関しては瞳が光ること以外特に変化はない。眼に関してだって特訓すれば元の状態に戻るから、マシュちゃんへ施すには充分な効果が期待されると言ってもいい。

 

とはいっても、肉体に関してそれだけの効果をもたらすのだから、他の人から見れば非人道的な所業に思われるかもしれないし、そう言う意味では現代の魔術師と同じ外道な類いの方法なのかもしれない。

 

どちらにせよ、マシュちゃんには選択権を与える必要がある。このまま死を覚悟して戦い続けるか、それとも僅かな可能性に賭けて、自室で立香ちゃんと一緒に待機しておくか。個人的には圧倒的に後者をお勧めしたい。

 

 立香ちゃんもマシュちゃん、彼女達二人は充分に頑張った。自分に出来ることを懸命にやりとげ、慣れない戦闘の毎日を続けて、心と体に負荷を掛け続けてきた。そんな二人の旅を此処で終わらせても誰も文句を言う奴はいないだろうし、何より俺が言わせない。

 

人理焼却を修復し、ソロモンも必ず俺がぶちのめすから、どうか安心して欲しいと俺が言うと、ロマニやダ・ヴィンチちゃんは結論を急ぐなと言ってきた。

 

確かに俺も一度は二人を認めた。一緒に戦う仲間として、戦友として、Aチームの皆を除いて、背中に預けるに足る人だと信じてきた。

 

けれど、その為にマシュちゃんが犠牲になると言うのなら話は別だ。俺はマシュちゃんを死なせたくないし、カルデアの皆だって死んで欲しくない。そこには当然、サーヴァントの皆だって含まれている。

 

そんな俺を偽善だと罵る奴がいるかもしれないが………知ったことか。こちとら体を張って、命を賭けて人類の未来を取り戻そうとしているんだ。多少の我が儘を押し通して何が悪い。

 

 もし、今後もマシュちゃんを戦場に立たせると言うのなら、彼女に自身の容態を余すことなく伝えろとだけ言って、俺は所長室を後にした。我ながら酷い事を言っているかもしれないが、これは大人として必要な事だと思う。

 

生き残れる可能性と、死しかない未来。その二つを突き付けてマシュちゃんに選ばせる必要がある、誤魔化しは利かないし、させない。ロマニはこの話は聞かなかった事にして、これからも変わりなくマシュと接して欲しいと言ってきたが……“無理に決まっているだろうがたわけ”と返しておいた。

 

人が死ぬと言う瀬戸際に立たせておいて、それを笑って誤魔化すことなど俺には出来ないし、立香ちゃんにもさせたくない。もし仮に誰もマシュちゃんに自身の容態を伝えないのなら、俺が全てをぶちまけてしまう事だろう。

 

だって、ありのままに受け取って、ありのままの答えを出させないと、きっと………後悔させてしまうと思うから。

 

あーあ、上から物言って何様のつもりなんだか、嫌な大人になった自分に辟易しながら、今日はこれで終わりにしておく。

 

………後で、久し振りにやけ酒しよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、自分の意地の悪さに自己嫌悪して、酒に溺れに来たわけか。お前にしてはらしくないな」

 

「うるせー、ンなこと俺が一番分かってんだよ」

 

 夜も更け、人気の少なくなった食堂で珍しく晩酌をする事にした修司は、明らかに悪い酒の飲み方をしていた。それを赤い弓兵であるエミヤが嗜めるが、修司は構うなと突っぱねてしまう。

 

しかし悲しいかな、絶え間なく鍛え続けて人体の外も内も人の限界を越えている修司が、今更酒程度で酔える筈もなく、彼の回りには空となった酒瓶だけが散乱するようになってしまっていた。

 

「おいおい、どうしちゃったんだウチの主戦力様は? 修験者染みた生き方をしていたお前さんが、まさか酒に溺れるなんて、こりゃ明日はいよいよ人類滅亡かぁ?」

 

 そんな修司をからかうように現れたのは、槍を持ったケルトの大英雄クー・フーリンだった。そんな彼に修司とエミヤは一度だけ一瞥し………。

 

「……おいエミヤ、全身青タイツの変人が来たぞ。出禁にして追い出せ」

 

「そうしたいのは山々だが、生憎俺には其処までの権限はない。明日、所長代理に掛け合っておくとしよう」

 

「テメェ等揃って酷すぎだろッ! 喧嘩売ってンのか!? ったく………で? そこの新たな大英雄様は一体何に打ちのめされてんだ?」

 

「嫌な大人になった自分への戒め、なんだとさ」

 

「あぁ?」

 

「おいエミヤ」

 

言われたくない内情を言われ、修司はエミヤを止めるが、生憎相手は腐っても英雄、咎められるよりも速く厨房の奥へと避難するエミヤに修司は舌打ちを打った。

 

「なんだぁ? そんな事でイチイチ悩んでンのかテメェは? 普段はドン引きするほど威勢が良いくせに、こう言う時に限ってチキンなんだなぁ。お前さんが気にしても仕方ないだろうに」

 

「うるせぇよ。て言うか、何処まで広がってるんだその話、一応カルデアの機密情報だぞ?」

 

「あぁ、まぁ……気付く奴は気付いているだろうな。盾の嬢ちゃんの状態は、俺を含めて何人かは既に察しているぞ。賢者の先生も大分前に察していたみたいだしな」

 

「マジか、流石はケイローン先生。俺が気付いたのは第五特異点の攻略前辺りだったのに、既にそこまで見抜いていたのか」

 

「まぁ、彼は多くの大英雄を世に送り出してきた人物だ。他人に対する観察力は我々の中でも群を抜いているのだろうよ。それこそ、気で相手を見抜くお前以上にな」

 

 そう言って修司の前に一杯の水を差し出してくるエミヤ、ここら辺で止めておけと言う彼の気遣いを有り難く思いながら、差し出されたコップに入っていた水を一息に飲み干した。

 

冷ややかな喉越しが心地よく、火照った体に冷たく浸透していき、思考も必然的にクリアになっていく。そうする事でより自身のした事に対する意地の悪さに改めて自己嫌悪したくなった修司は、テーブルに項垂れながら二人に質問した。

 

「………なぁ、お前らならどうする? これ迄一緒に戦ってきた戦友に対して、戦えば死ぬと分かっていて、それでも一緒に戦わせたいと思うか?」

 

「俺は当然だと思うね。戦場で散るのは戦士の誉れだ。死に損なえば戦士は死に場所を求める亡者となる。死ねる時に死ねるのはある種の救いだと思うがね」

 

「ケルトらしい野蛮な思想だが、確かに死は一種の救いであるのは事実かもな。だがこの場合、彼女には生き残れる選択肢もあるのだろ? ならばそれに懸けるのも悪いことではないと思うがね」

 

「そうかぁ? 聞いた限りだとそれ、かなり可能性が低いんだろ? 生半可に希望を与えるより、スパッと諦めた方が気も楽だろ」

 

「誰もが君みたいな自殺志願者だと思ってくれるな。可能性が低いと言っても、それは常識の範疇で語ればの話だ。常識なんぞ宇宙の彼方へ吹っ飛ばしているこの男に当てはまると思うなよ」

 

「まぁ、それもそうかもな」

 

「おいコラ、サラリと人をディスり始めるんじゃねぇよ」

 

 普段こそは一歩間違えれば殺し合いにまで発展しそうな二人の癖に、こう言うときだけは恐ろしい程息が合う。誉めているのか貶しているのか分からない台詞に辟易としていると、食堂に二人の人影が入ってきた。気を探らなくても分かる聞きなれた足音、近付いてくる彼女達にクー・フーリンから肘で小突かれ、向き合うように促してくる。

 

エミヤもいつの間にか厨房の奥へと引っ込んでいるから、恐らくは自分に委ねるつもりなのだろう。薄情な奴め、そう恨めしく思いながらも今更逃げられないと観念した修司は、背後にまで近付いてきた二人へ向き直る。

 

足音の主は、やはり立香とマシュだった。

 

「………どうした二人とも、こんな時間までに夜更かしなのは感心しないぞ?」

 

「うん、そう、なんだけど………」

 

「実は、修司さんにお話があったのですが、お部屋にはいらっしゃらなかったので、クー・フーリンさんに教えて貰いここへ………」

 

 意外にも、話の切り出しはマシュから始まった。最初に会った時とは別人にすら思えてしまう溌剌とした彼女に修司は無垢な子供が成長した場面を目の当たりにした気がした。

 

同時に此処へ二人を連れてきたクー・フーリンを睨み付ける。この男、最初からこのつもりで二人を呼んだらしい。そんな余計なお節介が好きなケルトの大英雄は、今は酒を呑んで知らんぷりを決め込んでいる。

 

ともあれ、マシュ自ら話があると言っている以上無視はできない。此方の対応を待っている二人に修司は今度こそ話に付き合おうと、改めて向き直る。

 

「それで、俺に話とは?」

 

「その、皆さんからから色々と聞きました。私の残りの寿命の事、これからの事、そして僅かな可能性があること。その全てをドクターやダ・ヴィンチちゃん、先輩から全て聞きました」

 

「そうか。で? 君はどうする? このまま戦って寿命を削り、避けられない死を受け入れるか? それとも、戦いを止めて僅かな生の可能性にしがみつくか?」

 

 我ながら、嫌な言い方だと思う。けれど此処で一度現実を直視する必要が彼女にはあった。如何に手前勝手な理由で造られたとしても、彼女も今を生きる命である事には変わりない。生殺与奪の権利は他の誰にもない、故にこの決断は彼女自身に委ねるべきものだ。

 

「………結論を話す前に、一つだけ言わせてください」

 

「なんだい?」

 

「ありがとうございます修司さん、私の為に色々と考えてくれて、そこまで気に病んでくれるとは………正直、思ってもみませんでした」

 

腰を曲げ、深々と頭を下げてくるマシュに修司は目を丸くした。

 

「………それは、当然のことだ。俺は君達を足手まといのお荷物だと思った事はないし、俺が庇護する対象でもない。そんな対等な戦友に多少なりとも気に掛けるのは当然の事だろう」

 

「多少ねぇ………」

 

 隣の席で酒を煽りながら揶揄してくるクー・フーリンを視線で黙らせて、修司は未だに頭を下げているマシュに顔を上げてくれと言い含める。

 

 

 

 

「私の寿命が短かいのは、何となく分かっていました。レイシフトに挑み、特異点を修復させる度にこの体は悲鳴を上げている。恐らく私の命はそう長くは持たない、ドクターが言うように私の命は近い将来燃え尽きるのでしょう」

 

自分が死ぬと言うのに、まるで恐怖を抱く事なく口にするマシュに修司は彼女の内にある純粋さに気付いた。彼女は自身の命に対してさほど執着心を抱いていない、ただ目の前の事実を受け入れ、達観しているだけだ。死という終わりを額縁の向こうにある終着地点程度にしか見えていない。

 

ならば、そんな彼女が抱く結論を誰もが予想できるのは、当然の事だった。少なくとも、この時点では。

 

「………これ迄の旅を続けてきて、私は沢山の人と出会ってきました。多くの別れを経験してきました」

 

 燃え盛る冬木から旅が始まり、フランス、ローマ、オケアノス、ロンドン、そして北米大陸と、自分達は多くの世界を旅してきた。その全てがマシュと立香にとって困難の連続であり、修司から見ても大変な道程だったと断言できた。

 

「これからも、きっとそう言う旅が続くのだと、私は思うのです。楽しい事ばかりではいられない、苦しく困難な道程。でも、それだけではないと私は思うのです」

 

「どうだろうな。人理修復の旅は人類史との戦いだ。人類の歴史とは戦いの記録、神話以前から続く血腥い歴史の繰り返しだぞ。君の語る理想は恐らく見付かりはしないと思うが?」

 

「それでもです。だって私は………先輩のサーヴァントですから」

 

世界はマシュの様に純粋ではない。血にまみれ、争いに満ち、醜悪さとエゴの塊で出来たモノ、それが人類史の正体だ。それを分かった上で旅を続けたいと語るマシュ、決意と覚悟に満ちた彼女の瞳を見て、言葉では止められないと修司は悟った。

 

詰まる所、マシュ=キリエライトは死に怯えて生きる道を選ぶのではなく、人類史の旅を巡って終わる事を選んだ。失意はない、落胆も、失望もしない。全てを知り、それでも尚考え抜いて選んだ彼女の答えだ。

 

ならば、自分もそれに応えよう。他ならぬ彼女の意思に報いるために………と、話は此処で終わると思っていた。

 

「それで、そのー………そこでお願いがあるんですけど」

 

「うん?」

 

「マシュが生き残れる為に、修司さんや周りの皆には色々とその………助けて貰えたらなぁと思いまして、はい」

 

 オズオズと手を上げ、申し訳なくそう口にする立香に修司は再び目を丸くさせ、彼女の言葉を理解するのに数秒の時間を有する事となった。

 

え? つまり………なに? マシュはこのまま旅を続けたいけど、立香はマシュを死なせたくないから、自分達に全面的に協力して欲しいと? そういうこと?

 

「い、いやだって、マシュも旅を続けたいと言ってるし、マシュは私のサーヴァントだし、でも私はマシュの先輩だからマシュを死なせたくないし………その、我が儘を言っているのは分かっているんです! でも、なんというか、諦めたくないっていうか、折角此処まで来ているのに諦めるのは………勿体ないといいますか」

 

 勿体ない。マシュの未来とか、人類史の記録とか、人理修復の旅とか、そう言うのを全て引っ括めて、勿体ないと言い切る藤丸立香に、遂に修司の我慢は限界を越えた。

 

「く、クク……こ、これ迄色々とあったのに、勿体ないだけで済ますとか、本当に、本当に………ククク」

 

「む、無茶苦茶な事を言っているのは自覚ありますよ!? でも、だって、嫌じゃないですか! 此処まで一緒に旅をしてきたのに、マシュだけを仲間はずれにするなんて! いや、その時は私も諦めますよ? マシュは私の後輩だから、最後まできっちり面倒を見ますよ! でも───」

 

「両方手に入れられる可能性があるのなら、私は、どちらも諦めたくないんです!」

 

それは、数あるスペシャリストの中で何処までも凡人な藤丸立香だからこそ選べた第三の選択肢。マシュとの旅を諦めるのも嫌だし、自分を先輩と慕ってくる彼女を死なせるのも嫌。どちらか片方だけを選ぶのが嫌なら、その両方を掴み取ればいい。

 

子供染みた発想。しかし、だからこそ彼女の一言は修司の目を覚まさせるのに充分な威力を秘めていた。

 

「だから、お願いします! 私達の為にこれからも一肌脱いでください!」

 

「潔さが凄まじいです先輩! ですが、私からもお願いします!」

 

 そう言って再び頭を下げようとする二人に………。

 

「あぁ、勿論、此方こそお願いするよ」

 

修司は満面の笑みで承諾する事となった。

 

 その後は二、三回だけ言葉を交わし、夜も遅いからと眠るように促した修司は、二人を食堂から出ていく所まで見送ると、目元を手で覆った。

 

「───なぁ、聞いたかよ。あのマシュちゃんが自分から我が儘を言って来たぞ」

 

「おぉ、聞いた聞いた。いやぁ、子供の成長ってのは早いもんだなぁ。ありゃあ将来とんだじゃじゃ馬になるぞ?」

 

「いいじゃないか、女性は元気である方が健康的で魅力的だ。尤も、節度も弁えるべきだと思うがね」

 

初めて目にしたマシュの成長に、赤い弓兵と青い槍兵が色々と邪推しているが、そんな雑音は既に修司の耳には入ってはいない。

 

初めて耳にしたマシュの我が儘、残された可能性をどちらとも捨てたくはないと駄々を捏ねる人間性、そう、初めて耳にした彼女の心からの訴えに修司もまた心から震えたのだ。

 

「あぁ、良かったぁ………」

 

 若干涙声の混じった言葉、それを敢えて訊かなかった事にした二人、やはり慣れない酒は飲むものではないなと、自身の涙腺の弛さを情けなく思いながら、修司の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、全く修司め、つまらんことで悩みおって。相変わらず変な所で押しの甘い奴よ」

 

「良いじゃないですか。彼も人の子、思い詰め、悩むのまた、人にだけ許された特権ですよ」

 

「………我としては、もう暫く思い詰めても良かったのだがな。数少ない奴の愉悦ポイント、存分に味わってやりたかったものを」

 

「もう、またそんな事言って。………それで? どうするつもりです?」

 

「なにがだ?」

 

「マシュさんの事ですよ。彼女の事、結構気に入ってたんでしょう?」

 

「ふん、貴様も貴様で目敏い奴よ。なんだ? 暇なのか貴様は?」

 

「まさか、こう見えて私はカルデア風紀委員の一人なんですよ? 貴方と違い、人の苦しみを肴に酒を呷る性悪ではありませんので」

 

「言うではないか田舎娘。だが………そうさな、この時代に彼処まで純粋な娘を捨て置くのも気が引ける。とは言え、臣下でもないモノに我の宝をくれてやるつもりもない」

 

「……では?」

 

「なぁに、誰にでもうっかり(・・・・)はつきものよ。あの娘の飲む薬に偶々癒しの秘薬が混ざり込んでしまうかもしれんが、うっかりであるならば仕方ない事よ」

 

「ふふ、そうですか。うっかりならば仕方ありませんね」

 

「では、見るべきものは見たし、我もそろそろ戻るとしよう。そこの田舎娘も戯れも程ほどにしておけよ」

 

「えぇ、ですが………その前に」

 

「ぬ?」

 

「征服王から、貴方が戦闘の時に手を抜いていたと聞いていたのですが、そこら辺の話───詳しく聞かせてもらえませんかね?」

 

「…………」(ダッ!!

 

「あ、こら! 待ちなさーい! 逃げるのは王としてどうなんですかー! て言うか足早ッ!?」

 

「フハハハハハ! 王の前進、付いてこれるなら付いてきてみよ! ギルダーッシュッ!!」

 

「何やってんだアイツら?」

 

「放っておけ、走者(ランナー)の妖怪だ」

 

 その後、カルデアの注意換気事項に《緊急時以外の走り込みを禁ずる》という一項が追加される事になるのだが………割りとどうでもいい話。

 

 

 

 

 




第二部六章後編クリア前

「よし、モルガン倒すの頑張るぞー!」

クリア後

「ふざけるな、ふざけるな! バカヤロォォォッ!! ウワァァァァァッ!!」

見たいになったのは自分だけではない筈。

それでは次回もまた見てボッチノシ




オマケ

こんな◼️◼️の◼️は嫌だ。そのに



ある日、その男は突然現れた。なんの突拍子もなく、前触れもなく、それは厄災と数多くのモースの群れを前にらしくなく苦戦していた時に、彼と出会った。

山吹色の胴着を身に纏い、人間である筈の彼は、此方の事情を知る事なく、ただ大変そうだったというだけで、命を掛けて助けてくれた。

男は、自らを白河修司と名乗り、寝ていた筈の自分が、どうして此処にいるのか分からないと言っていた。

男は、嘘を言っている様子はなかった。というか見えなかった。私の眼は妖精人間問わず、その者の真意を見極める。しかし目の前の人間からはどういう訳か私の妖精眼を以てしても見極める事が出来なかった。

だから、なのだろうか。彼の隣にいると自然と体の奥から暖かさと力が滲み出てくる気がして、居心地が良いと感じる様になったのは。

それからいつの間にか彼と行動を共にするようになって、彼の驚くべき能力を目にする度に、私は驚いていた。人間離れした身体能力、妖精すらも凌ぐ戦闘能力はモースや厄災が相手でも余裕を以て戦えるようになったし、彼のお陰で私の負担が減り、心にも余裕が出来るようになった。

でも……。

「殺せ! 殺せ! 魔女を殺せ! そいつは災いの申し子だ。ソイツがいると、次の厄災がまた起こるぞ!」

「あぁ? ただ震えて踞るだけの妖精が、なに寝言をほざいてやがる? お前らが誰かの為に何かしたかよ? 目の前の真実を見ようともしないバカが、コイツに牙を向けてるんじゃねぇよ!!」

お願いだから、私の為に怒らないで。お願いだから、私の為に命を削らないで。

大丈夫だから。私なら大丈夫だから。貴方の気持ちは本当に、本当に………嬉しかったから。

だから、一緒にまたご飯を食べよう? 貴方の作る料理、私も───大好きだから。


それは、決して残らない記録。誰の記憶にも、思い出にも残らない幻の如くの一時。

ただ、いつのまにか妖精の國で一つの童話が流れるようになった。


怖い怖い厄災の魔女、早く逃げないと殺されちゃうよ。立ち向かうのは無駄無駄無駄。魔女にはこわーい魔人がついてるの。

勇気ある者は気を付けて、魔人は魔神を喚んじゃうよ。終末の時はもうすぐだ。仲良く皆で眠っちゃお。





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