某国某所。一流の飲食店が立ち並ぶ繁華街、庶民では到底入る事は叶わないとされる高級料理店に彼女達はいた。
「───では、本当に協力して頂けるのですね? 篠ノ之博士」
「しつっこいなぁ、だからいいよって言ってるじゃん。あ、ウェイターさーん、これお代わりちょーだい」
機械仕掛けの耳をピコピコを動かしながら出される料理を遠慮なしに口にしているのは天災と謳われ、恐れられる篠ノ之束その人。無邪気に料理を楽しむ彼女の前に相席するのは紅いドレスを着た淑女だった。
淑女───いや、スコールはウェーブの掛かった長い金髪を揺らし、女性は目を丸くさせて目の前で料理を楽しむ天災を見つめている。あの天災の篠ノ之束の協力を、世界中の国々が求めている彼女の力をこうも簡単に得られた事に未だ信じられない気持ちだった。
やがて全ての料理を食べ終えた束は満足そうに締めのワインを飲み干した後、うっすらと目を細めて口を開く。……冷たい目だ。あの無邪気な表情から一転して冷酷な顔つきとなった束にスコールはゾクリと悪寒を感じた。
「それで? 君達は……えと、
「そ、その話は我々の所に来て貰わないと……こちらとしても話をしようもないので」
「ふーん。私を呼びつけておきながらマトモに話も出来ないとか、束さんが言うのもなんだけど───ちょっと失礼だよね? そう思わない?」
「……申し訳ありません」
「ま、別に良いけどね。最初から君達にはさして興味ないし……あぁ、けれど一つだけ頼みがあるからそれだけは聞いてくれると嬉しいかな」
「……なんでしょう?」
「白河修司の抹殺」
「っ!?」
天災の口から告げられる言葉にスコールは目を見開く。“白河修司”史上初個人で国際資格を取得した若き天才。一部では篠ノ之束の後継者とも呼ばれる彼の殺害依頼にスコールは面食らう。
冗談……いや、目の前の天災は本気だ。本気で彼の者の抹殺を心より望んでいる。白河修司は今や全男性の希望とも呼べる存在だ。その存在を亡き者にしては世界は再び混乱の境地に立たされる事になる。
目の前の天災はその事に気付いていないのか? ……いや、気付かない筈がない。彼女ほどの頭脳を持った存在が世界の動きに対して予測出来ない事はない筈だ。なら何故彼女は修司の抹殺を依頼する? その理由はただ一つ、邪魔だからだ。
白河修司と言う存在が邪魔、だから消す。自分達にそれを依頼してくるのは単に自分から赴くのは面倒なだけ、世界も他人も関係ない。全ては自分という揺るがないルールの上で成り立っている篠ノ之束の精神構造にスコールは絶句する。
彼女と協力関係を結んだのは早まったかもしれない。そう彼女は後悔するも……。
「じゃ、そういう訳で宜しくね~♪」
満面な表情でそう口にする天災を前にスコールの選択の余地はなかった。
◇
────季節は秋。花は散り、紅葉が目立ち始めた今日、IS学園の一学年は本日修学旅行の日を迎えていた。
空は曇りなき晴天。絶好の旅行日和となった今日、一組の副担任である山田真耶は元気な声で生徒達に呼び掛ける。
「それでは皆さん、今日から三日間は修学旅行となります。京都では他の観光客の人達も大勢いらっしゃると思われますので、IS学園の生徒として恥ずかしくない節度ある行動を心掛けましょうね」
「「「はーい!」」」
元気良く返事を返してくれる生徒達に山田の表情も明るくなる。あぁ、先生をやってて良かったなと思ったその時、生徒の一人が手を挙げて質問を投げ掛けてきた。
「山田先生、修司さんがまだ来ていないみたいですけどー?」
修司という名前を聞かされた時、山田の動きがピシリと止まる。考えたくても考えたくなかった存在の名前に山田は知らない内に拒絶反応をするようになってしまっていた。
白河修司。今回の修学旅行で特別枠として招待される事になった人物。一夏同様希少な存在である為、ひとまとめにした方が護衛しやすいという政府からの要請があって一緒になる事になったのだが、依然としてその姿は確認できていない。
まだ時間は充分あるが、以前女性権利団体なる集団に拉致された事もある為に安心出来ない。政府直属のSPが数人護衛する事になっているが、このままでは山田真耶を始めとした教師陣の胃が不安で悲鳴を上げる事になる。今から戻って白河と合流すべきかと千冬が悩んだ時───。
「申し訳ありません。遅くなりました」
ホームの端から白衣を靡かせて此方に歩いてくる一人の男性、紫色の髪が特徴的なその青年、白河修司は一組の所に合流すると、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「織斑先生、遅くなってしまい誠に申し訳ありません。一応は時間には間に合うつもりなのでしたけれど……」
「いや、まだ時間には余裕がある。が、お前が最後とは珍しいな。何か問題でも起きたか?」
「いえ、政府から派遣してくれたSPの方々が手を貸してくれたので特に問題はありません。……実は、“娘達”の事で少々時間を取られてしまいましてね」
遅れてきた事を訊ねると変わった言葉が返ってくる。娘達とは何なのか千冬の頭に疑問符が浮かんだ時、彼の後ろから六人の少女が現れた。
どの娘も10~14といった小さな子供、何故こんな少女達が白河修司の背後から現れるのか、そんな疑問が千冬の脳内に埋め尽くされていく。
「父上、いつまで話をしてる! 私は早く新幹線に乗ってみたいぞ!」
「ダメよメイ、お父様の話を邪魔しちゃ」
「相変わらずタンポポは優等生ね。そうやってマスターのポイントを稼ごうとするんだから」
「あざとい! タンポポあざとい!」
「なっ、べ、別に私はそんなんじゃ……もう! 変な事言わないでよサキ! ミンミンも悪のりしないの!」
「おぉ! しんかんせん! スゲー! カッケェ!」
「危ないよぉ~ハナちゃん。落ちたら怪我するよぉ~」
姿を見せるやいなや、ホームの中を走り回ったり、新幹線の所へ近付いたりしてはしゃぐ六人の少女、格好はIS学園の制服を纏っている事から学園の関係者だと思われるが、あんな少女達は見たことがない。
一体どういう事なのだと修司に問い詰めようとした時、その本人たる修司はニコリと微笑み。
「驚かれるのも無理はありません。彼女達は皆、今日初めて体を手に入れたのですから」
「今日……体を手に入れた?」
「オートマトン。ほら、私が学園に戻って来る際連れてきた自律型のマシンだった存在ですよ。彼女達には蒼鴉開発の際に色々手伝って貰いましたからね、プレゼントとして自由に動ける体を作ってみました。時間的に厳しかったですが、どうにか間に合う事が出来て良かったですよ。おかげで睡眠時間一日10分を切ってしまいました。自己新記録更新ですよ。ハハハ」
「いや、作ってみましたって……」
確かに、ここ数日修司が整備室に籠もっていた事は知っている。だが、まさか人の体を造っている等と一体誰が予想出来ようか。
というか、人の体というモノは夏休みの工作気分で作れるものなのか? そんな疑問を抱く千冬を余所に、修司はハシャぐ六人の少女達を呼び集めた。
「はいはい皆さん。ハシャぐのはそこまでにして自己紹介をしなさい。これからお世話になる人達に失礼の無いようにするのですよ」
「「「はーい!」」」
呆然となる千冬、そんな彼女にそれぞれお辞儀をするなどして横を通り過ぎる六人の少女達は一夏達の前へと出て自己紹介を始めた。
「初めまして、オートマトン一号の……いえ、長女のタンポポです。不束者ではありますが、皆様、宜しくお願いします」
「二号改めサキ、一応次女って感じらしいけど……まぁ適当に宜しく」
「元三号メイ! 私は父上より造られた最高傑作! つまり、私は父上より優れているという事を覚えておくがいい!」
「ミンミンはミンミンだぞ!」
「あはは! 皆同じ服着てる~! 変なの~!」
「は、ハナちゃんダメだよ。ちゃんと自己紹介しないと……あ、わ、私モモと言います。あ、元々は六号と呼ばれていたのでこの中では末っ子に……なるのかな?」
それぞれ個性豊かな自己紹介を終えると、最後は宜しくお願いしますと声を揃え、律儀に頭を下げる。色々言いたい事は多々あるが取り敢えず悪い娘ではなさそうだと判断した生徒達は細かい詮索は後回しにして可愛らしい少女達に近付いてそれぞれ談笑を楽しんだ。
と言っても、既にそれほど時間が余っていた訳ではなく、乗車する時間は刻一刻と迫っている。乗り遅れては他のクラスの迷惑を考えた千冬は生徒達に新幹線に乗車するよう促した。
そんな中、山田真耶の姿が見えない事に気付く。一体どこに行ったのかと辺りを見渡した時、新幹線の乗車出入り口付近で修司と話をしている彼女を見つけた。
「では、この車両一つが丸々私達専用に用意されたと?」
「はい。修司さんは少々特殊な事例なので皆さんとは少し離れた位置となってしまいましたが、通路にSPの人達が護衛として配置されていますので、何かあればその人達に声を掛けてください」
「そうですか。乗車券は必要ないと言われたので購入しなかったのですが、そういう訳でしたか。何から何まで申し訳ありません」
「いいえ~。それと宿泊施設に関してもですが此方も新幹線と同様分けられる事になりますが……宜しいですか? あ、勿論娘さん達やアリカさん、アミカちゃんもご一緒になりますよ」
「何から何までありがとうございます。事前に連絡を入れたとはいえ、まさかここまで良くして頂けるとは……山田先生、本当にありがとうございます」
「気になさらないで下さい。では、娘さん達ともども良い旅を堪能して下さい」
「はい。それでは───さ、行きますよ」
「「「はーい!」」」
修司の言葉に従い、一列に並んで新幹線へと乗車していく。途中蒼い梟と黒い燕が滑り込む様に中へ入っていくが、山田はその事に気にも留めずに、新幹線に乗り込む修司達に手を振る。
────おかしい。白河修司に対して色んな意味で苦手としている山田が、ああも饒舌に彼と会話をしている。
その事に疑問を抱いた千冬は生徒達全員が乗車した時を見計らって彼女に声を掛けるが……その時、彼女は絶句した。
「あ、織斑せんせー、見ててクレマシタ? 私、チャンとお見送りデキマシタよー」
「や、山田先生……」
「修司さんテ、娘さんがいらしたんですNEー、私知りませんデシタYOー。でもでも、家族揃って旅行ナンテ修司さんも家族さーびすするお年頃なんですNEー、素敵DETH」
「…………」
彼女の、山田真耶の瞳には光が無かった。何も映らない虚空を見つめる彼女を見て、千冬は全てを察してしまった。
山田真耶という人間は良くも悪くも真面目な人間だ。人の好意に甘えたり、時には遠慮したり、人との距離を自分なりに計りながら、それでも生徒達の為に奔走する彼女は教師の鏡とも言えた。
だが、ここへ来て遂に限界を迎えてしまった。……いや、元々彼女は意志の強い女性だ。本当はとっくに限界を越えていながらも、健気に職務を全うし続けていたのかもしれない。
けれど、その気力も最早尽きた。六体のアンドロイド、しかも人間と大差ない姿と人格を有したオートマトンだった彼女達を前にして、とうとう彼女の精神が底をついたのだ。
企業が取るべき国際資格の個人取得、従来の性能を大きく逸脱したISの単独開発、コアの解明と電子生命体の確認、学園の防衛システムの改修と新たなプログラムの構築、他にも様々な出来事が彼女の精神に負荷を与え続け、やがて彼女の心は限界を迎え───。
そして、山田真耶は────考えるのを、止めた。
「……織斑先生」
「……何だ?」
「私、この修学旅行から帰ってきたら、彼に告白するん……だ。───ガク」
「山田? ………山田ぁぁぁぁぁっ!! しっかりしろ山田ぁぁぁ! お前にそんな男はいなかっただろう! 帰ってこい山田ぁぁぁ!!!」
修学旅行初日、IS学園の教師陣達の苦悩は……まだまだ終わらない。
終わらせない。
今更ではありますが、IS編は修学旅行編で終了させていただきます。
故にここからは日記形式ではなくなりますので。どうかご了承下さい。
◇──オマケ──オートマトン達の紹介
タンポポ:六姉妹の長女。皆のまとめ役、趣味はチェスで修司とは時間のある時に一緒に打ったりしているが、未だに勝った事がない。修司の事をお父様と呼ぶ。修司に喜んで貰うため無理をする事が時々ある為、それが原因で怒られたりしている。尚、その時の慰め役は末っ子のモモ。(イメージは某女神ゲイムの二作目主人公 )
サキ:次女。クールガール。普段は冷めた態度を取っているが実は感情的な一面があり、時々他の姉妹と喧嘩する事もある。修司の事をマスターと呼んだりして興味ないフリをしているが、それは恥ずかしさ故の態度であり、本音は別の模様。修司の助手的役割をしているタンポポとはよくそれが原因で喧嘩している。(イメージは某GGOの水色スナイパー)
メイ:三女、修司の事を自分より下だと言ったり自分の方が上だと誇張する事が度々あるが、それは構って欲しい彼女なりの甘え方であるのは彼女だけの秘密……らしい。(イメージは某腹ペコ王の叛逆娘)
ミンミン:四女、修司の事を父ちゃんと呼び、姉妹の中で一番の甘え上手。素直に修司に抱っこしてもらったりするものだから、他の姉妹から羨望の眼差しを受けることも多々あるが、本人は気付いてない模様。(イメージは某女神ゲイムのおチビ)
ハナ:五女、アホの子。姉妹の中で男勝りな性格であり、ある意味一番修司と波長が合う。その為に皆には内緒で修司と遊○王等で遊んだりしている。(イメージは某マテリアルの青髪ツインテール)
モモ:末っ子、普段からオドオドしているが実は怒ると一番怖い。性格もドSになったりするとかしないとか(イメージは某女神ゲイムのドSなプルルン)