『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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暑さが酷くて執筆が滞ってしまった。

済まない……済まない。




その172 終局特異点

 

 

 

 怒髪天を衝く。人類悪(ビーストⅠ)という悪意を前にした修司の形相は、正しくその言葉を現していた。人類を一方的に歴史ごと焼却し、何処までも人間を下に見ている魔神王に憤慨した修司は、身に纏う黄金の炎を天を衝く勢いで燃え上がらせている。

 

許さない。これだけの事をしでかして、今更謝った程度で許されると思うな。感情を昂らせ、怒りを顕にしている修司の迫力に圧され、魔神王ゲーティアは後退る。

 

 怯えている。あれ程人類に対して傲慢で、見下してきたゲーティアが、英霊でもなければ神霊でもない、たった一人の人間に臆している。あ然となっているマシュに対して、藤丸立香は改めて確信した。

 

「修司さん、本当になったんだ」

 

呆れた様に、それでいて何処か嬉しそうに立香は笑みを浮かべた。目の前にいるのは地球人類の多くが夢見て、憧れ、夢想した架空の存在。それが今、自分の前に現れている。

 

立香は既に満身創痍。身体も、精神も悲鳴を上げていて立ち上がる事すらも億劫となっている。けれど、今の修司の姿を見ていると、自分の底から力が沸き上がってくるような不思議な感覚があった。

 

いつもそうだ。目の前の彼はいつだって現場を引っ掻き回し、状況をハチャメチャにしていく。それに振り回される事は何度もあったし、立香自身も修司に対して苦言を溢したくなったのは一度や二度ではない。

 

けれど、それでもやっぱり………それ以上に、彼女の心には大きなワクワクが占めていた。そう、ワクワクしたのだ。彼の起こすハチャメチャな旋風に巻き込まれていく内に、藤丸立香は白河修司の起こすデタラメが、楽しくて………仕方がなかったのだ。

 

だから────。

 

「やっちゃえ! 修司さんッ!!」

 

彼女がそう叫ぶのは、至極当たり前の事だった。

 

「さぁ、散々そっちから手ぇ出して来たんだ。今度は────此方から往くぞ」

 

 そんな立香の声に合わせて、修司は地面を蹴った。地を大きく抉りながら、尚収まりきれぬ力の波動。纏った黄金の炎をより燃え上がらせて、振り上げた拳は何者にも阻まれる事なく魔神王の顔に突き刺した。

 

「グブゥッ!?」

 

衝撃と痛み、人類悪である自身を以てしても致命傷になりかねない一撃。その一撃を受けたゲーティアは、文字通り首から上をぶち抜かれた。人間に似た血を散乱させながら地へ倒れ込んだゲーティアに、再び空気がシンッ……と静まり返った。

 

(え………終わった?)

 

確かにやっちゃえと口にはしたが、それにしたって呆気無さすぎる。人類を歴史ごと焼却した未曾有の大災害にしては、剰りにも………。

 

そんな立香の楽観も、未だにゲーティアの骸を見下ろしている修司を見て、まだ終わってはいないことを理解する。そう、まだ光帯も、この特異点の消滅もまだ何も解決出来てはいない。

 

「マシュ、立てる?」

 

「はい、大丈夫です。マスター」

 

底を尽き掛けている体力と魔力、持ち前の精神力で何とか立ち上がる立香に、マシュもまた呼応する。互いに支え合いながら立ち上がる二人の少女を尻目に、修司は人理焼却による影響の、数少ない良い所を見た気がした。

 

「………さて、いつまでそうしているつもりだ? テメェの不死性のネタも上がっているんだ。下らねぇ時間稼ぎしてないで─────とっとと起きろ」

 

 立香とマシュに人の優しさを見せる反面、大の字となって倒れるゲーティアには絶対零度の視線を向ける。

 

既に、────より具体的に言えばグランゾンに乗り込んだ時────この特異点の特性と魔神王ゲーティアの関連性はグランゾンによって解析済み。その特徴はなんて事のない、漫画やゲームに良くある対象を同時に破壊しなければ倒せないと言うもの。

 

魔神王ゲーティアと魔神柱、互いに相互関係を成して互いを補完し合っているその生態は一見すれば完全なる不死生となっており、端から見れば付け入る隙のない完璧な布陣と思われるだろう。

 

七十二柱と、その統括者であるゲーティア。これらを同時に破壊しない限り、カルデア側の勝利は極めて困難だと、そう………思われていた。

 

 頭部を再生させながら、魔神王は起き上がる。その双眸を驚愕と困惑に彩られながら、彼の視線は泳いでいる。信じられないと、そう溢すゲーティアの心境にはやはり恐怖の感情で満ち溢れていた。

 

「何故だ。何故、我が同胞達が復活しない。どうして、再生されない!」

 

相互補助の関係である自分達は不滅。如何に魔神柱が駆逐されようとも、統括者である自分が生きている限り破滅は訪れない。3000年の時間の中で初めて感じた異常事態、ゲーティアの中に感じられる魔神柱の気配はあと数本残されているばかりだった。

 

しかも、その内の数体は既にこの特異点から逃げ出している。立ち尽くすゲーティアの頭には理解できない事態への困惑と混乱で満たされてしまっていた。

 

「なんだ。今更気付いたのか? お前の同胞、他の魔神柱は既にその大半を俺達で消しておいたよ。お前が用意した邪神諸ともに、な」

 

 不敵に笑いながら事実を口にする修司に、ゲーティアは今回幾度目か分からない驚愕の感情を晒す。同胞であり分身、3000年の時を共に生きてきた分け身達が、目の前の人間の手によって既に滅ぼされている。

 

嘘だ。有り得ない。互いに支え合い、相互関係であり、互いに補助し合う魔神王達にとって、互いの同時の滅びは有り得ないとされている。

 

片方が滅びればもう片方、或いは魔神柱の何れかが再び再生させればいい。だが、その理ごと破界された今、最早その様な機能は彼等の間には存在しなかった。

 

溶鉱炉、情報室、観測所、統制搭、兵装舎、覗覚室、生命院、廃棄孔。この特異点を構成しているあらゆる要素が、致命的な迄に破壊し尽くされてしまっている。残っているのは統制局であるゲーティアのみ、幾ら魔神王ゲーティアとて、失われた全ての魔神柱を復活させるには、時間と労力が圧倒的に足りない。

 

 繋がり、同位存在であるからこそ理解できる。今のゲーティアでは、自己の再生程度が関の山で、それすらもあと数回出来るかどうか分からない。その昔、ゲーティアは何処かで聞いた気がする。このどうしようもない状態、状況の事を人類は何て言ったか?

 

「“詰み”だ。魔神王ゲーティア。テメェの全ては今、此処で潰える」

 

 終わる? 自分が? 此処で? 修司に告げられた事実を前に、ゲーティアは呆然と目を見開いている。

 

“死” 生命の終わり、命の終焉。人類を含めたこの惑星の生命が宿命付けられた悲劇、その終わりが今、自分の前に迫っている。

 

「─────あ、あぁ……」

 

震えている。手が、腕が、首が、胴体が、足が、指が、死を自覚して震えている。ゲーティアは気付いていなかった。あれだけ生命の終わりに縛られた人類を憐れんでおきながら、ビーストⅠは死という終わりの意味(・・・・・・・・・・)を全く理解していなかった。

 

 死に果て、悲しみに暮れる人々が可哀想と、憐れだと、こんな地獄なんてあんまりだと嘆いておきながら、ゲーティアの視点は何処までも第三者のモノに過ぎなかった。時間神殿なんて現実とは断絶された空間に引きこもり、3000年もの間計画の成就しか頭になかった人類悪は、その事実に気付かなかった。

 

(これが………恐怖! 死というモノに支配された生命体が抱える原初の畏怖! そうか、これが“怖い”か。“恐ろしい”という感情か!)

 

漸くゲーティアは理解した。第四特異点以降、白河修司という人間を目の当たりにする度に身がすくみ、自身の内側にある何かが悲鳴を上げているかなような感覚。そうだ、今の自分は目の前の人間にどうしようもなく怯えてしまっている。

 

「─────恐ろしいな、お前は」

 

「あ?」

 

「理不尽を踏みにじり、不条理を叩き潰し、あらゆる道理を踏破する。────最早認めるしかない。白河修司よ、唯の人間でしかない筈のお前に、私は心底恐怖している」

 

「──────」

 

「だが、だからこそ! 私は成し遂げなければならない。新たな創世を! 新たな人理を! 死と断絶の物語に満ちたこの世界をやり直す為に!」

 

 恐怖を知り、人間の感情を理解したゲーティアは、だからこそと己を奮起させる。全ては新しい人理を始める為、死という終わりを永遠に失くす為、魔神王は最後の賭けに出る。

 

「光帯よ、人類3000年の歴史よ! その力を今一度示せ、人が、命が、新しい時代を迎える為に!」

 

死というモノを自己の視点で認知し、それを前にした事でゲーティアはある種の吹っ切れた様な感覚に陥っていた。死というモノは怖く、恐ろしい。だからこそ抗うのだと、此処へ来て人ならざる獣は人のなんたるかを知った。

 

 光帯が再び輝き出す。その輝きは先の第三宝具を放つ時よりも強く瞬き、熱量が更に上昇していく、それは正に太陽のごとく煌めいていた。

 

「これは、魔神王ゲーティア、光帯に何やら呼び掛けて、力を増幅させている模様です!」

 

『此方でも確認した。立香ちゃん、マシュ、そして修司君、今から君達は現場から離脱、即刻カルデアへ帰還するんだ』

 

明らかに普通じゃない様子の光帯に、マシュも立香も動揺を隠せない中、カルデアのロマニから撤退の指示が飛んでくる。

 

『今、此方で観測した。魔神王ゲーティア、人類悪の一つであるビーストⅠは、光帯を臨界点まで熱量を上昇させ、この特異点ごと君達を葬るつもりだ』

 

「そ、それって、所謂自爆ってヤツ!?」

 

『そうだ。修司君の力を目の当たりにした奴は、自棄を起こして自爆を選択した。────今ならまだ間に合う、君達は急いで其処から離れるんだ』

 

「で、ですが、あの光帯は人類の歴史そのもの、魔神王に自爆のエネルギーとして利用されてしまったら、それこそ取り返しがつかないんじゃあ────」

 

『それなら………』

 

「僕がやるから大丈夫ってか? 此処まできて、お前一人に押し付ける選択肢は俺にはねぇぞ」

 

 人類の歴史、その3000年分のエネルギーを全て自爆に費やそうとしている。奴の自爆による影響は計り知れない、今すぐ逃げろと呼び掛けるロマニへ待ったを掛けたのは、やはり白河修司だった。

 

『ッ、修司君、まさか………君は』

 

「知らねぇよ。俺が知っているのは臆病で、悲観的でありながらも、最善を尽くそうと足掻く俺達の指令代理のロマニ=アーキマンって人間だ」

 

訳知り顔で諭しておきながら、それを拒絶されたロマニは目を見開かせ、そして納得する。嗚呼、やっぱり君は何処までもその道を往くのだと、何処までも愚直で、真っ直ぐなその在り方に、ロマニは改めて思い知らされた気がした。

 

「どのみち、逃げきれるだけの猶予はない。なら、残された選択肢は唯一つ」

 

防いだり、逃げきるのが不可能だというのなら、真っ正面から切り開くしかない。────なんだ、いつもの事じゃないか。膨れ上がる熱量とエネルギーを前に、修司は今度こそ全てを終わらそうと、身に纏う黄金の炎を滾らせ、その力を解放させる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 身体の奥底から力が湧き、溢れていく。どれだけ力を放出しても尽きることのない力の奔流、黄金の炎はより輝きを増していき、天を衝かんと唸りを上げる。

 

軈て力を限界まで引き上げた修司の手からは、一つの力が形を成して顕れる。それは一振の大戦斧、両刃の、修司の身の丈を越える勢いのある巨大な戦斧はこれ迄とは違う何かがあった。

 

その銘は────。

 

「ゲッタァァァトマホオォォォォクッ!!!」

 

無意識に、その名を叫ぶ。瞬間、世界が脈打つのを誰かが感じた。それは、禁忌を呼ぶ産声か、断末魔か。

 

しかし、もう遅い。振り上げ、力を解放し続ける修司に呼応する様に、戦斧は肥大化して巨大化していく。

 

(まだだ。もっと、もっと力を引き上げろ!)

 

足りない。もっと、もっとだと、天井知らずに力を引き上げていく。黄金の炎に進化の力を混ぜ合わせ、戦斧は更に飛躍して巨大化していく。

 

 

 

 そして、それは出来上がる。内から出でて、更なる力を注ぎ込まれた戦斧は、特異点全体を覆って余りある程に巨大となり、その全ては人類を焼却させた術式、光帯へ向けられる。

 

改めて、ゲーティアは思い知った。これが人間の力なのかと、こんなことが人間に可能なのかと、その双眸を唖然とした様子で見上げる魔神王は、ただその光景に圧倒されていた。

 

「ゲーティア、お前は言ったな」

 

「ッ!?」

 

「俺達の生きている世界が、死と断絶に満ちた物語だと。言わせてもらうがな、テメェは思い違いをしているぞ」

 

「な………に……?」

 

「先ず、俺達は唯の一度だってテメェに救いを望んだ覚えはない。死と断絶に満ちたと言うが、所詮そんなものテメェの主観(感想)でしかねぇだろ。そもそもなぁ……」

 

「人間として生き抜いた事もねぇ奴が、人間を語るんじゃねぇよッ!!!」

 

 これ迄、言いたい放題だったゲーティアに対しての、ささやかな修司の反論。人間として生きたことも、苦悩したこともない奴が人間を語るなど、これ程滑稽なモノはない。

 

懸命に生きたこともない奴が、命の価値を口にするな。そんな極大の怒りの込められた感情と共に、修司は戦斧を振り下ろす。

 

激突する光帯と戦斧、人類3000年分のエネルギーと進化をもたらす究極のエネルギー。拮抗は意外な程にあっさりと崩れ………。

 

「人間を、舐めるなァッ!!」

 

 憤怒の戦士の咆哮は、憐憫の獣を光帯ごと一刀両断に切り裂くのだった。

 

 

 





Q,光帯、切っちゃったけど、良かったの?
A,大丈夫なんじゃね?

Q,ロマニ、生き残ってるけど……大丈夫なん?
A,ボッチがいる時点で……ねぇ?


そんなわけで、一応対ゲーティア戦でした。

次回は多分第一部最終回になるかも? うまく纏められるよう頑張ります。

それでは次回もまたみてボッチノシ





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