『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ、帰還。


後日談その2

 

 

 

 

「平和だな」

 

「平和ですねぇ」

 

IS学園職員室。IS学園に在席する生徒達を正しい知識と心構えを教え、そして将来、社会に貢献出来る様に導く。そんな金の卵達を育てる先人達は現在一時の安らぎを満喫していた。

 

注がれた湯呑み碗を手にズズズと熱い緑茶を啜る二人の女教師、平和な日常を噛み締めるその姿はまるで激戦を潜り抜け、生き延び、そして退役した老兵のソレである。

 

とても二十代の女性とは思えない姿、しかし事実彼女達はほんの数ヶ月前までは戦場の最前線に匹敵する激務を体験したのだから強ち間違いではない。

 

数ヶ月前、修学旅行中に起きた事件。テロリストである亡国機業により一時は騒然とした京都、5000発のミサイルの強襲や蒼い巨人の出現など人類の歴史が4回位引っくり返りそうな出来事を体験し、更には彼の者が残した子供達の対応に追われた。

 

その日々は激務を越えた激務、対策と対応に追われ、多くの教職員は体重が激減したりと多大なる被害を受けた。退職しようにも人が減ればその分自分達に掛かる負担が大きくなる。その事を良しとしないIS学園の職員は互いに逃がしてなるものかと常に監視しあっていた。

 

そんな激動の日々を経て漸く掴んだ平和な日常、学園の職員一同はこんな日々がいつまでも続いて欲しいと切に願いながら毎日を過ごしていた。

 

「タンポポちゃん達もクラスの皆と無事に馴染めているし、私としてはこんな日々が卒業まで続いて欲しいんですけどね」

 

「同感だ」

 

アハハと頬笑む山田真耶に織斑千冬は深く頷いて同意する。タンポポ、サキ、メイ、ミンミン、モモ、嘗てオートマトンとして学園の設備を修繕するモノだった存在は、白河修司の手により人格を有したガイノイドとして生まれ変わり、モノから者へと至った。

 

人間と変わらぬ理性、知性、感情、そして心を持った彼女達は通称白河チルドレンと呼称され、表向きは修司が孤児として引き取った子供達とされている。尤も、それは学園の外にいるメディアの目を誤魔化す為だけの策であり、その一方で学園の生徒達は全員その事を知った上で受け入れている。

 

人と何も変わらず、そして個性的な彼女達はその外見とは異なる実力をそれぞれ有しており、それも相まって実力主義であるIS学園における人気者となっている。通常そんな存在にはどこにおいても面白くないと裏で画策するものが現れたりするのだが…………不思議とそんな事はなかった。

 

いや、どちらかというと必然かもしれない。何せ彼女達は白河修司が文字通り自ら生み出した存在なのだ。手塩に掛けて生み出した彼女達に手を出したらどんな結末が待っているか、想像に難しくない。というかしたくない。

 

そんな訳で無事にクラスに馴染めるようになった白河チルドレン。因みに彼女達の入学手続きや入学金、学費は全て修司が負担し、面倒を見ている。更には娘達をよろしく頼むと担当する教員の人達に一人一人頭を下げにいったのだが、それが彼女達を更に追い詰める一因になった事を本人は自覚していない。

 

有人格ガイノイドとの高校生活、どうなる事かと最初は危惧したが思いの外上手くいっている彼女達に教員達は肩の荷が降りた気持ちだった。

 

白河チルドレン(タンポポ達)を新たに迎えた学園生活、その時間はとても充実しており、穏やかで、そして安らぎに満ちていて、教職員の女教師達はそんな日々に癒されていた。

 

修司のいないIS学園。用務員(自称)が一人いないだけでこんなにも心が安らげるなんて、教師となった時の頃は想像出来なかった。

 

「もうじきマドカさんも退院してIS学園(ウチ)に来るんですよね?」

 

「…………あぁ」

 

山田真耶の口から出てくる名前に千冬の表情が僅かに曇る。織斑マドカ、自身と同じ顔を持ち、弟と自分と同じ性を持つもうひとりの織斑、その素性は謎に満ちており、先の学園祭と京都での襲撃で襲ってきた亡国機業の構成員の1人。

 

何故自分と弟である一夏を狙ったのか、その理由は未だにハッキリとしていない。が、今はあの時とは違ってさほど心配していない。何せ彼女の身を預かっているのはあの白河だ。マドカの素性こそ明らかにしていないが、どこで何をしている位の情報はリアルタイムに此方に流してくれている程で、此方が訊ねれば大抵の質問には答えてくれた。

 

時折国家機密レベルの情報をさらっと渡してくる時は血の気が引いた。何だGN粒子って、何で粒子が人体に作用して細胞を活性化させたり治癒力を高めたりするんだ。しかも確かそれってお前のISの動力だったよな? こっちが本物? まるで意味がワカランゾ。

 

と、軽く心が磨り減る様な事をしでかす修司だが、その実直さは素直に尊敬できるし、色々と気が付いたりするのは異性としてもポイント高いし、何より信用出来る。これでやることの規模をもう少し小さくしたり、自分達の胃にダイレクトアタック(直接攻撃)するような真似を減らしてくれれば言うことないのだが…………。

 

(まぁ、気遣いが出来たり、他人をちゃんと対等に認識出来ている辺り、あの兎よりはマシか)

 

自分の考えている事が思いの外我が儘だと気付いた千冬は小さく溜息を溢し、湯呑み碗に入った残りの茶を啜る。

 

あぁ、滲みるなぁ。とても二十代の女性とは思えない落ち着き振り、このまま平穏な時間が長く続けばいいなと誰もが思った時───それは起こった。

 

『───全ての人類に、報告させて頂きます』

 

「む?」

 

「ふぇ?」

 

ふと、聞き慣れた声が職員室に響き渡る。現在は休職届けを出してIS学園(ここ)にはいない筈の彼の声、それを耳にした全ての教職員はまさか!という表情で備え付けのテレビに視線を向ける。

 

本来ならお昼の番組が放映されている筈の時間帯、しかしそこに映るのは質素な椅子に座る彼の者とその側に控えるドイツの代表候補生(ラウラ=ボーデヴィッヒ)

 

窶れた彼女とは対称的に画面中央に座る男は、不敵な笑みを浮かべてテレビの向こうにいる全人類に向けてメッセージを送る。

 

『私達は“ZEXIS”、宇宙進出と開発を目的とした私設運営組織です。先日ドイツ政府の協力の下、遂に宇宙航空艦“インフィニット・アヴァロン”が完成した事を機に、ここに乗組員の募集を行う事を宣言致します』

 

その言葉と一緒に映し出される巨大な艦、それが彼のいう宇宙航空艦だと知った千冬は、あの野郎遂にやりやがったと顔を机に伏せ、山田真耶は倒れて気絶した。

 

後に山田真耶は語る。最近、自分の理解能力を大きく越えた出来事に直面した時、よく気絶するようになった。目から光が消え失せ、アハハと笑いながらそう口にする山田に対し、それが彼女に出来る精一杯の自己防衛だと悟った千冬は思わず涙を流してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───それから数日。再び世界を驚愕と混乱の渦に叩き落としたその張本人たる男は、現在日本におけるIS学園の校門前にまで来ていた。

 

側に控えるのは黒と銀の二人の少女達、共にIS学園の学生服を着用し、その姿はどこからどうみても立派な女子高校生だった。

 

「さて、後は手続きを済ませるだけだな。ラウラちゃん、マドカちゃん、今更だけど忘れ物は無い? もしあったら言ってね。ロジャーに頼んで超特急で届けて貰うから」

 

「い、いえ! 自分は大丈夫であります!」

 

「私もだ。……というか、ワザワザ忘れ物届ける為だけに国家元首を頼るな」

 

「そう言われても、これはロジャーが直接言ってきた事だしなぁ」

 

さらりとドイツの首相をフレンドリーに呼び捨てにする修司にマドカはため息を溢す。彼に身柄を委ね、白河修司という人間を嫌という程思い知った彼女に最早抵抗する意思は無かった。

 

当時、身柄を拘束され、修司の下に送られたばかりの頃のマドカは手負いの獣の如く暴れた。私に触れるなと、織斑一夏を殺すと、その狂犬振りに流石のラウラも手を焼いた。

 

手負いとはいえ相手はテロリスト、訓練された動きとそれに見合った殺意は殺し屋のソレ。このままでは埒があかない。そんな織斑マドカに待っていたのは、修司による対話(物理)だった。

 

そんなに暴れたいなら相手をしてやると白衣を脱ぎ捨てマドカの前に立った修司はマドカの拘束を解いた。テロリストとして仕込まれたマドカは俊敏な動きで修司に襲い掛かる。ISなんてものが無くとも人1人殺せる程度の膂力を有しているマドカ、しかしそんな彼女の力は修司に一切通用せず、終始遊ばれる形で終わった。

 

疲れ果てた彼女が次に待っていたのは不思議な粒子に満たされた部屋、後にGN粒子と知るそれに漬かる様に入ったマドカは暫くの合間その部屋で過ごす事になった。

 

密閉された空間、少し息苦しさを感じる程度のこの部屋で数日過ごしたマドカは三日目辺りから己の体調に変化があることを感じた。

 

何でも、あのGN粒子というのはISを始めとした兵器に隔絶した力を与えるだけでなく、人体にも影響を及ぼすのだとか。GN粒子によって変化したマドカの体は優良健康児の如く清潔なモノに変わっており、今まで自身の肉体を蝕んできた亡国機業のナノマシンも老排出物と共に流れ出ていったという。

 

人間の肉体を造り変える。そんな神の所業に等しい事をやってのけた修司に対し、マドカはこの時既に刃向かおう等とは思わなくなった。

 

その後、暫くのリハビリ生活を経て完全回復を果たしたマドカは用務員に復帰する事となった修司と共にIS学園へとやってきたのだ。

 

「というか、本当に大丈夫なのか? お前の言う宇宙航空艦の乗組員の募集の話、まだ全然話が纏まっていないんだろう?」

 

「そうなんだよねぇ。掛かってくるのはIS委員会からの抗議の電話ばっかで、碌に募集の話がこないんだよね。…………アレかな、宣伝効果ってのが足りないのかな? やっぱCM用に幾つか撮るべきだったか」

 

グヌヌと悩んでいる修司にマドカは心の中で一言、「ちげーよ」と口にする。どうもこの男はやることの規模(スケール)の大きさに対して考えることが庶民じみている。

 

ズレている。と言った方が正しい。以前一度だけ会った篠ノ之束も大概ズレていたが、この男も負けてはいない。天才と言うのは皆こうも何処かおかしい一面を待っているのか。

 

「けど、まぁ大丈夫だと思うよ。ロジャーは募集の締め切り次第連絡来るようにしていたし、集計の方も準備は進めている。ある程度の事は終ったから、次はこっちの事を進めたいと思うんだ」

 

「こっちの事?」

 

一体、なんの事だろう。不思議に思ったマドカが無意識に訊ねると…………。

 

「女性権利団体の人達と亡国機業の対処。いやぁ、用務員の仕事も大変だよ。ゴミが多くって…………クククク」

 

とてもそうは思えない口振りと最後の笑みにマドカは全身総毛立った。やはり、この男には敵対しない方がいい。そう思った彼女はこれから始まる学園生活に期待と不安を抱きながら共に学園の門を潜るのだった。

 

 

 




幸福な時間は長く続かないモノ、平穏もまた然り。

ラウラとマドカを引き連れた修司の新たな用務員生活に待ち受けているものとは!?

IS学園教師達の胃袋の安否はいかに!

そして今日も山田は倒れる。

次回もまた見てボッチノシ

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