『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回からバトル編が続きます。


その13

 

 アルゼナル内部に設置されている会議室、本来なら対ドラゴンの為に使われる施設だが、現在この会議室は異様な空気に包まれていた。

 

仮面を被り、素顔を隠している男……蒼のカリスマは目の前の存在から目を逸らせずにいる。金の長髪、翡翠色の双眸、身に纏うスーツとその佇まいからかなり身分の高いと思われる男、この男こそがノーマとドラゴン、二つの陣営から敵視される元凶だと蒼のカリスマは察した。

 

エンブリヲ。サラマンディーネ達からアウラを奪い、この世界に利用した張本人。元凶が自ら乗り込んできた事に驚きながらも蒼のカリスマ───シュウジは冷静に己を保ち続ける。

 

「私に会うのを楽しみにしていた……か。それは私の台詞でもあるな。魔神を駆る魔人よ。君との出会いは私にとっても大きな意味合いを持っているのだから」

 

「それは光栄……とでも言えばいいのかな? 楽しみだとは言ったけれど、生憎此方はアナタとお茶を楽しむつもりはないのだけどね」

 

「それはつれないな。君との談笑しながらのティータイムはとても有意義になりそうだと思ったのだがね」

 

シュウジの言葉にどこか面白いと思える所があったのか、エンブリヲは己の額に指を当てるとクスリと笑う。

 

女性は疎か男性すら魅了するであろう彼の者の微笑み、しかしシュウジにはエンブリヲのその笑みが何よりも不気味に見えた。

 

……笑っていないのだ。目の前の男は、現に薄ら笑みを浮かべているのにシュウジには何故か笑っている様には見えなかったのだ。

 

───おぞましい。一言でエンブリヲという男を現すにはこれほど的確に表せる言葉はないと、シュウジは半ば確信する。まだ出会って五分も経っていないのに、シュウジは本能的に目の前の存在がどういうモノか理解出来たような気がした。

 

そして、その事を察したのかエンブリヲはその笑みを更に深く、濃くさせる。

 

「流石だ。これだけの逢瀬で私の存在をそこまで正しく認識出来るとは、やはり君は素晴らしいよ。知識に長け、知略に長けた君こそが私の相方に相応しい」

 

「……あぁ?」

 

「単刀直入に言おう。蒼のカリスマ───いや、シュウジ=白河、私の友となれ。君と私、ラグナメイルと魔神の力を持ってすれば世界の創り直しは最早成ったも同然だろう」

 

 唐突に手を差し伸べて友になれと口にするエンブリヲにシュウジは仮面の奥で面食らい、思わず素に戻ってしまう。けれどすぐさま我に返った事で状況を正しく認識したシュウジは警戒心全開で訊ねた。

 

「……それは、アナタの下に降れ、という意味か?」

 

「いいや。友、と言ったのだよ。私達は対等になれる間柄だ。共に助け合い共に支え合う。人間が他者と解り合う際に築く人間関係、それが私が君に求める関係だ」

 

笑顔を浮かべて両手を広げるエンブリヲ、彼のその態度に悪意は感じない。恐らくこの男は本気でシュウジと友達になりたいと考えている。

 

そもそも世界を創り直すという事はどういう意味なのか。仮にそんな事が可能だとしてもそれを実行できるこの男は……一体何なんだ。

 

「創り直し、か。それは言葉のままの意味か? それとも……単なる言葉遊びか?」

 

「無論、そのままの意味だよ」

 

「大それた事を言うものだ。この世界にはまだ人が大勢住んでるってのに……神になったつもりか?」

 

「そんな陳腐な表現は好きではないな。私は創造主、世界の音を整える調律者なのだよ」

 

どっちも似たようなものじゃねぇか。と、シュウジは内心そう零す。自ら創造主と名乗っている奴に限って碌な奴がいない。多元世界を通じてその事をイヤという程理解しているシュウジは仮面の奥でエンブリヲに対する警戒レベルを引き上げる。

 

「悩んでいるようだから返事を聞く前に……何故私が世界を創り直そうと思い立った経緯から話すとしよう。なに、時間は取らせない。すぐに済ませる」

 

「っ!?」

 

 そう言ってエンブリヲがパチンと指を鳴らした瞬間、部屋の様子が一変する。周囲が全天モニターの様に広々とした空間となり、至る所から景色が広がっていった。

 

映し出されているのは以前シュウジがサラマンディーネ達の世界で見た戦争の映像、ドラゴニウムという画期的なエネルギー資源を見つけておきながら戦争の道具としか使わなかった人類にエンブリヲは嘆きと怒りの表情で当時の出来事を語った。

 

「人間は愚かしい生き物だ。それが誤りだと知っても、尚他者から奪おうと必死になる。他者より強く、他者より先へ、他者より上へ! そうして膨らんでいった人間の欲望の前に遂に世界の方が限界を迎えた」

 

その言葉と共に映し出されたのはラグナメイルと呼ばれるパラメイルのルーツとなった機体による世界の破壊だった。このままでは人類は滅んでしまうと危惧したエンブリヲは新たな地球と新たな人類を創る事で人類の救済を行おうとした……らしい。

 

「他者から奪わなければ気が済まないというのなら、奪う気にならないほど与えればいい。文化、文明、そしてエネルギー、尽きることのない資源を前に人類は今度こそ繁栄の道を築いていくのだと思っていた」

 

だが、人間は堕落してしまった。与えられてきた事で与えられる事を当たり前だと思いこんでしまった人類は思考する事すら放棄し、ただ命令のまま、言われるがままに動く人形に成り下がってしまった。

 

そう語るエンブリヲは心底人間に怒りを覚え、憎悪の表情をしていた。創造主と名乗る割には感情表現が豊かな奴だなと、そんな事を考えながらシュウジはエンブリヲの言葉に耳を傾けた。

 

「どうしようもない。あぁ、つくづくどうしようもない種族だ。人間と言うものは、だから私は決めたのだ。今のこの世界を壊し、新しき世界を創り出すと」

 

「だから、壊すのに私の力が必要だと?」

 

その通り。そう示すかの様にエンブリヲはシュウジに手を差し出す。恐らくは握手を求めているのだろう。世界の破壊と再生、それにより生み出される新たな人類。まるで神話の話を聞かされる事になるとは思わなかった。自分がその片棒を担がされる事になる事も……。

 

「……幾つか質問をさせて欲しい。何故ノーマという存在が産まれてくる? マナと言うエネルギーが使えないからといって、何故ノーマ達を差別対象として処理させる? アンタが本当に調律者って言うのなら、その程度の問題は簡単に解決出来るんじゃないのか?」

 

例えば、ノーマは差別対象としてではなく、侵略者であるドラゴンと戦う為に選ばれた特別な存在だとマナを通して人々に刷り込ませれば少なくともノーマの差別問題は無くなり、反抗しようと目論む人達は劇的に減るだろう。

 

だが、この男はそうはしなかった。ノーマを絶対の悪として人々に刷り込ませ、差別し、赤子であろうとも容赦しない。そんな社会に仕立て上げた。

 

シュウジはエンブリヲなる男の本質を“理解した上で問いただした”何故ノーマをそこまで差別するのか、返ってきた言葉は……。

 

「当然だろう。ノーマは嘗て自ら滅びを選んだ愚者達の血を引いた化け物だ。猿以下の知性しか持たない劣等種を何故人間社会に溶け込ませる必要がある?」

 

「……そうかよ」

 

 あぁ、やはり。エンブリヲの何気ない───けれど、この上ない本心の言葉を耳にした瞬間、シュウジの疑問は確信へと変わった。

 

「さて、そろそろいいだろうか。君の話を聞かせて貰おう」

 

まるで自分の答えは分かり切った様な、確信した表情で見つめてくるエンブリヲにシュウジもまた仮面の奥で笑みを浮かべてくる。

 

差し伸べた手、これを握れば晴れて自分は創造主と対等、友になる事が出来る。シュウジはエンブリヲの差し出した手に手を伸ばし……。

 

「ふざけんじゃねぇよ」

 

その手を、思いっ切り払いのけた。弾かれた自身の手を見つめるエンブリヲの表情は驚きに目を見開かれている。創造主の素直すぎる反応にシュウジは仮面の奥で吹き出した。

 

「人間は猿以下の知性しか持たない? ノーマは化け物? サラちゃん達からアウラを奪っておきながら良くもまぁそんな台詞が言えたモノだな」

 

「なん……だと?」

 

「しかもお次は自分の手で人間を創っておきながら自分の思い通りにならないからまた壊して一から作り直すときたもんだ。……なぁ、お前自分で言ってて気付かないのか? そういう所ってお前が嫌う人間と全く一緒って事によ」

 

「っ!!」

 

シュウジの言葉が逆鱗に触れたのか、エンブリヲの表情が憤怒に染まる。余程怒りを覚えたのだろう。自ら憎んでいる人間と同じと言われ、エンブリヲの手にはいつの間にか銃が握りしめられている。

 

「……そうか、残念だよ。君と一緒ならより良き世界を作れると思ったのだがね」

 

「世界って言うのは誰かに創られるモノじゃないだろ。ましてや、自分の都合の通りに世界を創ろうだなんてそんな事単なるガキの戯言だ」

 

「はっきり言わせて貰うぞ。エンブリヲ、お前は調律者でも創造主でもない。ただ自分の思い通りにならなくて喚いて駄々を捏ねているガキそのものなんだよ」

 

シュウジがそう言い切った瞬間、会議室に銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンの出現、その報せに驚く事になったノーマ達がサラマンディーネという協力者と共に総員でドラゴンを探し回っていた頃、二人の少女が会議室に続く通路を歩いていた。

 

「ね、ねぇロザリー、本当に良いの? いきなり押し掛けるなんて事して」

 

「大丈夫だって、ヒルダが言うにはアイツ、相当なヘタレっていうじゃん。別に殴り込みに行く訳じゃないんだ。あの仮面の下にある面を拝んだらズラかるよ」

 

「で、でもさ……」

 

「大体さ、素顔を晒さない様な奴を信じられるかっての、ヒルダもなんかやたらとドヤ顔でアイツの事話すしさ、腹立つったらないよ。クリスもそう思うからここまで来たんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「なぁに、見せてくれないってんなら少しだけ脅かせばいいだけの事さ、あの化け物みたいな奴を飼ってても飼い主まで化け物とは限らないんだ。日頃ドラゴン共と殺し合ってたアタイらだ。今更仮面ぐらいでビビるかよ」

 

「う、うん……そうだね」

 

押しの強いロザリーにクリスは根負けし、彼女に合わせる事で納得した。個人的にはあまり拘わらない方がいいと思うクリスは良い意味でも悪い意味でも思いやりのある娘だった。

 

そうこうしている内に二人は会議室の前へとたどり着く。誰かが来ている様子もなければ出て行っている事もない。蒼のカリスマと名乗る仮面男はこの中にいる。そう確信したロザリーは悪戯小僧の笑みを浮かべる。

 

「こういう時は最初が肝心だからなぁ、ゴラァ! って位の勢いで行くよ。へへ、あのすかし野郎、ビビってチビったりしてな」

 

「うん。泣き叫び、許しを請うくらいに、徹底して追い詰めてやろう」

 

すっかりロザリーに同調したクリスも彼女以上の凄惨な笑みを浮かべる。凄みのあるクリスの笑みに若干引きながらも、いよいよ突撃だと扉に手をかけた───

 

 

 

 

 

『猛羅──総拳突き!!』

 

 

 

 

 瞬間、会議室だった部屋は爆散し、壁が砕かれる。砕かれた壁から人の様なモノがすっ飛んでいき、次の瞬間にはアルゼナルの通路に暴風が吹き荒れる。

 

吹き荒れた暴風に髪をグシャグシャにされるロザリーとクリス、けれど二人に髪を直す余裕などあるわけがなく、顔を青ざめてガクガクとふるえていた。

 

何故なら、そこにいるのはヒルダの語るヘタレなどではなく……。

 

「今のは、お前の都合で母親から引き離されたノーマ達の分だ。この程度で終わると思うなよ。覚悟しろ。エンブリヲ!」

 

あの魔神にも等しい位におっかない魔人が会議室の中から姿を現し。

 

その姿を見た時、二人の足下には黄色い水溜まりが出来ていた。

 

 

 

 

 




ボッチ視点
「人の意志を無視して大量虐殺をするんだってなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」

エンブリヲ視点
ボッチ「あぁ、イヤだ。許さぬ。断じて認めぬ。私が法だ黙して従え」

クリス&ロザリー視点
ボッチ「絶好調である!!」

次回もまた見てボッチノシ

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