『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回は鰤男の輝き回


その14

 

 

 

「しっかし、まさかヴィヴィアンがドラゴンだったとは……」

 

「はい。驚きでした」

 

 アルゼナル上層部。緑が生い茂げ、鉄と硝煙の匂いがしない開けた自然の土地。ドラゴン騒動でアルゼナル総動員で探していたドラゴンの正体にアンジュや他のノーマ達は皆信じられないといった様子で全裸で眠る少女を見下ろす。

 

そんな彼女をマギーが抱き抱え、担架に乗せると医療班と共に医務室に向かう。そんな彼女達を見送りながら、ドラゴン側の代表であるサラマンディーネがアンジュとモモカの所へ歩み寄る。

 

「これで、私達の話は信じて貰えたでしょうか?」

 

「まぁ、間近でドラゴンが人間になる所を見せられたら……ね」

 

「じゃあ、私達は人間相手に殺し合いをさせられてきたの?」

 

遺伝子操作の話やサラマンディーネ達の世界の話が事実である事に探索に来ていたエルシャは愕然とした様子で俯く。驚いていたのは彼女だけではなく、探索の為にその場に来ていたノーマ達全員が人同士の殺し合いにまんまと利用されていた事実に驚き、戸惑い、困惑していた。

 

けれど、自分達が戦っていたのが人類を守る為でない事に次第に彼女達の内側から言い現せない怒りがこみ上げてきたのも、また事実だった。

 

「しかし、解せません。何故この星の民が我らの星の歌を知っているのです?」

 

「歌って、永遠語りの事? この歌は私がお母様から送られた代々ミスルギ皇国に伝わる歌よ。それがどうしたの? まぁ、確かにドラゴンのヴィヴィアンが元に戻った事は不思議に思ったけど……」

 

「その歌は嘗てエンブリヲが残したモノ、我々の世界を破滅に追いやった元凶の一つですわ。そしてそれはラグナメイルの本来の力を引き出す鍵でもあるのです」

 

「なん……ですって?」

 

 サラマンディーネから突き付けられる新たな事実、自分の歌声が嘗て自分達の世界を滅ぼしたと語るサラマンディーネにアンジュが驚愕した時、突然アルゼナル全体に強い衝撃がはしる。

 

まるで地震の様に揺れ動く基地にアンジュ達はバランスを崩し、その場に倒れた。

 

「何事か!?」

 

唯一衝撃に耐え、踏みとどまったジルが司令部にいるオペレーターに状況報告を促した。

 

『アルゼナル三階から衝撃音と爆発音が感知! 恐らくは会議室が発生源だと思われます!』

 

「何だと!?」

 

オペレーターからの報告にジルの表情が険しくなる。今会議室にいるのは蒼のカリスマただ一人、ジルはこの爆発か彼が起こしたものだと確信し、側にいる部下達に銃器を持たせて一緒にいる事を命じた。

 

一体何が起きているのか、事態を把握仕切れていないアンジュ達はサラマンディーネ達と一緒にジルの後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕けた壁、崩れる会議室、整備された通路には幾つもの皹や亀裂が入り、頭上からはパラパラとコンクリートの破片が降り注いでくる。

 

壊れた壁から這い出てくるのは仮面の男蒼のカリスマ、ヒルダからはヘタレと言われているその男は仮面越しでも分かる程に怒りをたぎらせていた。

 

まるで魔人。唯でさえ異質な風貌に怒りが合わさった事により更なる恐ろしさを際だたせる。どこがヘタレだよ。幽鬼の様にゆらりと通路を歩く蒼のカリスマを見て、ロザリーはヒルダに内心で愚痴をこぼす。

 

「ロザリーさん、クリスさん」

 

「っ!?」

 

「ひゃい!?」

 

「今すぐ、ここから離れてサラマンディーネ様とジル司令官に伝えて下さい。エンブリヲが来たと」

 

「え? エン……鰤? 魚がどうしたって?」

 

「早く!」

 

「「ひっ!?」」

 

突然掛けられる言葉と伝言、状況が合わさって未だ混乱の縁にいるロザリーとクリス。しかし蒼のカリスマには詳しい事情を話す余裕がないのか、凄まじい剣幕で早く行けと命じる。

 

言われるがまま、彼の剣幕に呑み込まれた二人は目尻に涙を溜めて逃げるようにその場から立ち去っていく。これで良い。蒼のカリスマ───シュウジは尻目に二人を見送り、次の瞬間には目の前の瓦礫に意識を向けた。

 

砕けた壁、崩れ落ちる瓦礫、自分の放った拳によって吹き飛んだエンブリヲは未だそこから出てきていない。

 

手加減はしていない。手応えも確かに感じた。しかしこの程度で終われる相手ではない事をシュウジは本能で理解している。エンブリヲの動きを見逃してはならないと注意深く瓦礫を睨んだ───その時だ。

 

「まさか、銃弾より速く動けるとはね。驚いたよ。君の身体能力は既に私の知る人類を超越している」

 

「っ!?」

 

横から聞こえてきたエンブリヲの声、そんなバカなと目線で振り返った時、既に自分のコメカミに銃口を突きつけたエンブリヲが勝利を確信した笑みで佇んでいた。

 

「だが、この距離ならば外しはしない。さらばだ。蒼き魔人よ」

 

そう言ってエンブリヲは引き金を引き絞る。距離的には絶対に外しようのないこの瞬間、シュウジの脳内麻薬は勢いよく分泌され、その思考速度と反射能力を加速度的に高める。落とされる撃鉄、放たれる銃弾、銃身を通して発射される鉛玉、そこまで至る一連の動作をスローモーションの様に体感したシュウジは体を捻り、回転させる事で一瞬に勝る刹那の時を回避してみせた。

 

そしてその刹那の合間にエンブリヲとシュウジの視線が交差する。信じられないモノを見ているように大きく目を見開くエンブリヲとシュウジ、永遠とも思える時間の中で先に動いたのは……シュウジの方だった。

 

「ゼァッ!」

 

「ごがっ!?」

 

 床に手を手を着いて、回転した勢いのままエンブリヲの腹部を蹴り飛ばす。血の混じった吐瀉物をまき散らしながら吹き飛んだエンブリヲは壁を粉砕し、その向こう側まで飛んでいく。

 

先の経験でエンブリヲを見失ってはならないと直感的に悟ったシュウジは体勢を整えてすぐさま壁の向こう側へと走り抜ける。

 

崩れた壁の向こうに広がっていたのは食堂と思われる場所だった。開けた敷地、更向こうには海が一望できるテラスがある。こんな状況でなければ一休みしたい所だが……。

 

「まさか、あの距離ですら避けてしまうとは……君は本当に人間かい?」

 

再び横から聞こえてくる声、またかと思いつつ目線を向けると、階段の上に佇むエンブリヲが呆れた様子でシュウジを見下ろしていた。

 

ゆっくりとした様子で階段から降りてくるエンブリヲ、その姿と姿勢から全くダメージらしきモノを受けていない。恐ろしく打たれ強いのかと最初は思ったが、それだけではあの瞬間移動の説明にはならないし、蹴り飛ばした筈の腹部になんの痕跡が見あたらないのもまた不自然だ。

 

まるで最初からそこにいたように、気配すら感じさせずに間合いに入ってくる。相手がガモンや不動レベルの相手だというなら話は別だが、エンブリヲにはその移動した形跡すら存在していない。

 

「シュレディンガーの猫? いや、どちらかと言えば存在が不安定と言えばいいのか? クソ、学のない自分が悔しいぜ」

 

「ほう? まさか初見でそこまで私の本質を見抜くとは、流石だと言っておこう。やはり君は聡明だ。どうだね? 先程の非礼を詫びるのなら君を友として迎えるのも吝かではないのだが?」

 

「友ってのは対等な立場じゃなかったのかよ」

 

自ら優位な立場にいる事を絶対と信じて疑わないエンブリヲの勧誘にシュウジは皮肉で以て答える。遠まわしな言い方の分知的であるエンブリヲには効果的だったのか、彼の眉間に皺が寄る。

 

しかし、状況的に不利なのは変わらない。相手の手の内が分からない以上、迂闊に仕掛ける訳にもいかない。だからといってこのまま後手に回っていてはいずれ奴の瞬間移動で殺される。

 

どうにかこの状況を変えなければとシュウジが思考を重ねた時、階段側の通路から見知った顔ぶれが現れた。

 

「ちょっと、何なのよこの騒ぎは」

 

「こっちからスゲェ音したぞ」

 

「あ! アンジュリーゼ様! いました! カリスマさんがいましたよ!」

 

金と黒と赤、それぞれ特徴的な髪色を持つ少女達が食堂に足を踏み入れた。既にここは戦場と化しているというのにそうとは知らずに入ってくる少女達にシュウジは素の状態で声を張り上げる。

 

「来るんじゃない! アンジュちゃん、ヒルダちゃん、すぐにここから出て行くんだ!」

 

「はぁ? 何よいきなり大声だして……」

 

「ていうか、ちゃんって……」

 

普段の敬語とは違う素の状態のシュウジに二人は困惑する。そんな彼女達を見て、エンブリヲの表情に笑みが生まれた。

 

「成る程、君がアンジュリーゼか。ヴィルキスを動かした特異な存在、君にも会いたかったよ」

 

「───え?」

 

 呆然となるアンジュの前にエンブリヲが現れる。瞬間移動の如く転移するエンブリヲに反応できなかったヒルダとモモカもアンジュ同様に呆然となっていた。

 

時が止まるというのはこういう事かもしれない。誰もが突然現れた金髪の男に思考が止まった時、唯一シュウジだけが反応してみせた。

 

それはエンブリヲの瞬間移動に反応したという事ではない。エンブリヲという存在の思考を読み、次に奴が何をするか予測し、事前に体を動かしていたのだ。

 

思考の先読み、この短時間でエンブリヲという存在がどういうモノなのか、ある程度理解した上で可能となる代物。

 

アンジュに触れようとしているエンブリヲの手、その手を阻もうとシュウジはエンブリヲの手首を掴み取る。

 

次いで、残った手でエンブリヲの首を掴んだシュウジはそのまま壁に叩きつけ、エンブリヲの身動きを封じた。

 

そこまでの動作を瞬間的に見せつけられたアンジュ達は当然驚愕に目を見開いた。

 

「え? え? ちょ、何なのよいきなり!?」

 

「てかそいつだれ? どこから湧いて出やがった?」

 

「二人とも、悪いが説明は後にして欲しい。兎も角今はジル司令官とサラちゃん達を呼んでくれ、出来るだけ早く」

 

二人の疑問に答えられる程、今のシュウジに余裕はない。もしエンブリヲがシュウジの予想通りの存在だとするならば、ここで奴を手放す事は二人を危険に巻き込む事にも繋がるからだ。

 

「な、成る程、こうして私に干渉し続ければ、私の転移は防げると、そう思ってのコレか」

 

「あぁ、お前が“どこにでもいてどこにでもいない”というのなら、“ここにいる”という事実で固定しちまえばいい。我ながら拙い作戦だが、間違ってはいないみたいだな」

 

「あぁ、及第点と言っておこう。しかし───」

 

シュウジの手の内で微笑むエンブリヲ、この状況の中でどうして笑っていられるのか疑問に思った時、シュウジの背後から衝撃が伝わってきた。

 

軽く、けれど冷たい重さ。一体何だと振り返った時。

 

「モモカ? 何を……しているの?」

 

包丁の柄を手にしたメイドがシュウジの背中に寄りかかっていた。突然自分の従者の奇行に困惑するアンジュだが、顔を上げて光の無い彼女の眼を見た時、シュウジだけは彼女の身に何か起こっているのか理解した。

 

「エンブリヲ、テメェ、まさか!」

 

「言った筈だよ。シュウジ=白河、この世界の人類は私が創ったものだと。創造主が自ら創り出したモノを扱えないという道理はあるまい?」

 

「何が創造主だ。この、ペテン師が!」

 

首を絞めたまま、シュウジはエンブリヲを投げ飛ばす。床に叩きつけられ、受け身も取らなかったエンブリヲだが、次の瞬間には投げつけられた隣の位置で姿を現していた。

 

やはり、自分の見解は間違ってはいなかった。沸き上がる痛みに堪えながらも、シュウジはエンブリヲから目を逸らさなかった。

 

「モモカ、アナタ、一体何をしているの!?」

 

「へ? あ、あれ? 私は……一体」

 

「シュウジ!」

 

アンジュに触れられた事で意識を取り戻したメイド、しかし次の瞬間、目の前の背中に突き刺さっている包丁を見て、彼女の表情は一瞬にして真っ青になる。

 

「人の意識を無断で乗っ取るとか、トコトンやり方がガキ臭いな、創造主とか聞いて呆れるぜ」

 

「そうかな? では次はとある母子でも使うとしようか? 児戯は児戯らしく、楽しく戯れるとしようか」

 

母子、その言葉を聞いて浮かぶのはシュウジが最初に出会った人達だった。お腹を痛めて産んだ母、ノーマであろうとその子を守ろうと必死になって闘っていた母、そんな彼女を今のメイドの様に“使う”と目の前の男は言ってのけた。

 

「この、腐れ外道がぁ!」

 

シュウジの中で怒りのボルテージが上がっていく。それすらも楽しみだと言うようにエンブリヲの顔には笑みが浮かんでいる。

 

明確に殺意を抱くシュウジ、拳を固く握り締めてエンブリヲに向かって感情のままに殴りかかろうとするが。

 

『こちらは、ノーマ管理委員会直属国際救助艦隊です。ノーマの皆さん、本日もドラゴンとの戦いご苦労様でした』

 

突然、アルゼナル全体にアナウンスが流れ始める。ここへきて人間達の介入に戸惑うシュウジだが、エンブリヲだけは彼等の意図を知っているのか、やれやれと言った表情で溜息を漏らした。

 

「やれやれ、無粋なものだ。やはり人間というモノは愚かしい。創った所でその辺りは変わらんか」

 

「……テメェが創ったんだろうが」

 

シュウジの怒りの籠もった皮肉、しかしエンブリヲには聞こえていないのか痛みに耐えるシュウジを鼻で笑いながら、もうここには用はないと言うように彼等に背中を向ける。

 

「舞台の第一幕は降りた。次は第二幕と行こう。シュウジ=白河、次は君の魔神の力を見せて欲しい」

 

そう言ってエンブリヲは掻き消える様に姿を消し、そこには静寂だけが生まれていた。アンジュとヒルダ、そしてモモカが今まで起きた出来事に理解出来ず混乱する中で……。

 

「───上等だ。そんなに見たいなら見せてやるよ」

 

シュウジ=白河は仮面の奥で怒りを燃え盛らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回軍配が上がったのは鰤男君でした。
流石に初見じゃキツいかなと思い、この様な展開にしました。
───相手の手札を見たとも言う。


……さて、白河流ではやられた時はどうするんだっけ?(暗黒微笑)

激怒プンプン丸な主人公、果たして巻き込まれる樹理男君の運命は!?


次回もまた見てボッチノシ

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