背骨がへし折れそうだけど
世界の歌姫であるマリア=カデンツァヴナ=イヴと日本を代表する歌姫、ツヴァイウイングの二人による夢のコラボレーションの為に設けられたこの会場は数万人規模の観客で埋め尽くされ、これから始まる歌姫達の歌声に皆、今か今かと待ちわびていた。
「いやー、遠巻きに見ても凄い熱気だわー。流石音に聞こえた世界的有名アーティスト、その知名度はマジ半端ないわー」
「翼さんも奏さんも負けてないと思うけど、この人気の高さは予想外ね。今度の学園祭に向けて参考にしようと思ってたけど、ちょっと無理っぽいかな」
「ぽいというより絶対無理だと思いますよ」
大勢の観客が歌姫達を待ちわびている一方、会場の全てを見渡せる位置にあるVIPルームにて四人の女子高生と一人の保護者枠がゆったりとした室内で寛いでいた。
この場にいる全員が響と奏、翼といったシンフォギア装者に縁のある者達で先のノイズ騒動の際、巻き込まれた者達でもある。シンフォギア装者と関わった事により政府から多少の管理下に置かれていた彼女等は普段から僅かながらでも窮屈な思いをしてきた。その礼、或いは詫びとして今回この会場に無償で招待される事になった。
何とも分かりやすいご機嫌とり。だが、それがシンフォギア装者である響達や民間人である未来達の身柄を守る為の処置である事もまた事実。それなら今は余計な詮索はせず、シュウジはこれから始まるライヴを楽しみに待つ事にした。
「…………それにしてもビッキー、遅いな」
「未来、ビッキーから何か連絡来てない?」
「うぅん、何も………シュウジさんの方はどうなんです? クリスから何か連絡来ていませんか?」
「うーん、特にないかなぁ。出掛ける前は簡単な任務だから心配はいらないって言ってたからそんなに心配はしてないけど…………」
「してないけど?」
「いやね。前々から思ってたけど二課の仕事って夜の時が多いよね? 夜中での活動って本人が思っている以上に体にキツイんだ。それを年頃の女の子に課しているってのが個人的に気掛かりで………学業も疎かに出来ない学生の身分が夜勤というのは少々苛酷過ぎるんじゃないかなって思ってさ」
「おぉう。シュウジさんの心配の仕方がまるでお母さんの様だ」
「まぁ、確かにそれもありますよね。クリス先輩、シュウジさんのお店に今もバイトとして出てるんでしょ?」
「住み処が決まるまでの間で良いって言ったんだけどねぇ。あの娘、まだ無銭飲食した事気にしてるみたいなんだよ。別に良いって言ってるのに律儀な娘だよ。…………あぁ、なんかクリスちゃんの話をしてたらやっぱり心配になってきた。ちょっと席を外したいけど良いかな」
「もう、良い大人がウロチョロしないでください。恥ずかしいから」
「そういう未来も心配で仕方がないくせにー」
「くせにー」
「も、もう! からかわないでよ」
年頃の女の子達と他愛ない話を続けて暫く経つと、唐突に会場を照らしていた照明が消え、ステージ上に一人の女性が降り立った。派手なパフォーマンスで現れたのは世界を熱狂している歌姫、マリア=カデンツァヴナ=イヴだった。
彼女が現れると同時に流れ出す音楽、それを皮切りにライヴは開始され、会場内の雰囲気は一気に最高潮に高まって見せた。
歌唱力もさることながらパフォーマンスも凄い。会場の演出がそうさせているのか、彼女の一挙一動が観客達の目を釘付けにしている。
「確かに、これは凄いな。デビューから僅か2ヶ月で世界的大ブレイクとか最初は眉唾物だと思っていたけど……これなら納得だ」
マリアの声から発せられる歌声、それは世界を通して震撼させるもの、で中には画面越しの映像に涙を流しながら拝んだり祈る人がいるらしい。パワフルで活力のある歌声、その歌はファイヤーボンバーの熱気バサラや銀河の妖精シェリル=ノームに似ている。
「へぇー、シュウジさんも音楽に詳しいんですね」
「詳しいって程ではないけどね。知り合いにちょっとしたアーティストがいてね。その人の歌をよく聞いてたんだ。他にも幼馴染もよく歌ってたっけ」
「…………シュウジさん、幼馴染とかいたんだ」
「なんか、今日一番驚いたかも」
「…………前々から思ってたけど、君達って割と容赦ないよね? 俺なんか悪いことした? 俺の事嫌いなの?」
「ホラホラお喋りはそこまでにして、次はツヴァイウイングの番ですよ」
その後もライヴは順調に進み、マリアから翼ちゃん奏ちゃんのツヴァイウイングの二人、そして三人がコラボした今回初お披露目の新曲等、様々なサプライズで会場を熱狂の渦に巻き込んだ。
彼女達によるライヴのおかげで会場は嘗て無いほどの盛り上がりを見せ、喝采と歓声が途切れる事なく三人に降り注がれていた。
『私の歌を世界中の人達にくれて上げる! 振り返らない、全力疾走だ! 付いてこられる奴だけ──付いてこい!』
大胆なマイクパフォーマンス。大胆不敵にも聞こえる言葉だが、しかしてその傲慢さを補って余りある魅力が彼女にはあった。だからこそ短期間で世界的に有名なトップアーティストにもなれたのだろう。
翼ちゃんや奏ちゃんも負けてはいないと思う。けど、既に世界で活躍しているマリアと二人の間には僅かだが差があった。本人達も恐らくその事を自覚している筈。
しかし、そんなマリアを前にしても全く動揺していないのは流石とも言える。翼ちゃんもそうだが奏ちゃんも良い表情で笑っている。奏ちゃんの笑顔が少々好戦的なのは…………まぁ、良きライバルに巡り会えた事に対する武者震いみたいなものだろう。
今回この三人がコラボしたのは決して間違いではない。今回を通して二人が世界に目を向けたとき、それはツヴァイウイングの翼が新しい可能性に向けて羽ばたける事を意味している。彼女達を応援している自分としてはこれからもあの三人には仲良くしていて欲しい。
───そう、願っていたのだが。
「何よ…………これ」
「うそ、ノイズ、なんで!?」
唐突に現れたノイズ、人類の天敵である特異災害の出現に歓声を挙げていた観客達は一転、悲鳴の断末魔に切り替わる。
瞬く間に混乱に変わる会場内、二年前の惨劇を彷彿とさせる目の前の光景を前にシュウジは立ち上り部屋を後にしようとした。しかし。
『狼狽えるな!』
混乱する人々に言い聞かせる様に言い放ったのはノイズを操っているとされる一人の歌姫、マリア=カデンツァヴナ=イヴだった。
『我が名はフィーネ、終わりの名を冠するものだ!』
フィーネ、そう声高に叫ぶ彼女はその後世界に向けて宣戦布告をし、世界の全てを敵に回す事となる。
優しいマリア「もう後には戻れない。しっかりするのよ私!」
ボッチ「ステンバーイ……ステンバーイ」