ご注意下さい。
Σ月※日
波乱のタッグトーナメント戦から数日が経過し、再び穏やかな日々を取り戻しつつある今日、今回はこれまで起こった出来事を簡易ながら記していこうも思う。
まず最初、シャルルちゃんが遂に自ら女性である事を皆に告白し、女の子としてIS学園に再編入される事となった。
これ自体は別にいい。自分も知っていた事だし、織斑先生もやっとかという思いのようだったし、多少の混乱はあったものの一夏君のクラスはいつも通りの授業をこなしていた。
まぁその最中、話を聞きつけた二組の鈴音ちゃんが教室の扉を派手にぶち壊したりしたようで中々壮絶だったらしいが、それを治めたのは……意外にもあのラウラちゃんだった。
タッグトーナメント戦以降大人しくなっていた彼女は一夏君の婿(?)になるべくIS学園で引き続き授業を受けるのだとか、学園の方はドイツにVTシステムについて説明を求めたっぽいが……まぁ試験管ベビーなんて作る輩の事だ。社会的動きを見せていない以上、知らぬ存ぜぬで通しているのだろう。
シャルル───いや、シャルロットちゃんに関してもそうだ。フランスのデュノア社は彼女の性別の隠蔽について特に言い訳する訳でもなく黙秘を続けているようだ。
もうね、他人事とはいえ流石の自分もこれには腹が立ったよ。政治的に干渉してくるなら兎も角あんな姑息な手段をしておきながら申し開きの一つもないとはどういう事だよ。
シャルロットちゃんに関しては『一夏君のデータが欲しくてついやっちゃいました。テヘペロ♪』みたいに謝れば他は兎も角少なくとも自分は溜飲を下げたものを……。
何せあんな稚拙な変装なのだ。あんな丸わかりの変装、まるで見破って下さいと言ってるようなものじゃないか。……いや、これについては最早仕方ない。自分達もシャルロットちゃんの事は知ってて黙認したんだ。早い内に自分から告白してくれるのだろうと。そう気遣ったつもりが……逆に彼女を追い詰めてしまった。
近い将来、デュノア社はIS事業から撤退する事になるだろう。下手をすれば倒産の可能性も考えられるが、自業自得の為こちらからなにか言うことはない。
シャルロットちゃんに関しては……まぁ織斑先生の采配によるだろう。先生から聞いた話だと卒業後日本に帰化する事を条件に保護する事を検討してもらうとか言っていたし、元日本代表のブリュンヒルデの頼みとあらば日本政府も断る事は出来ないだろう。
ラウラちゃんに関しては流石にブラックな部分に深く関わっている為、あまり迂闊な事が出来ないというのが政府の内心のようだが……前にも言った通り、現在グランゾンのデータベースには自分がハッキングをした事で入手したドイツの黒々とした情報が数多く蓄積されている。
内容が内容の為に慎重に扱わなければならないが、時がくれば日本政府の信用出来る人に渡してみようと思う。その時はやはり蒼のカリスマとして動く事になるのだろうけど。
まぁこれらに関してはこんな所でいいだろう。今回の最大の問題は鈴音ちゃんだ。壊した教室を自分が直したのだが、どうやら鈴音ちゃんはこの事を反省しておらず、また同じ事が起こったら大変なので箒ちゃんの時と同様、彼女に対し真摯な態度で懇切丁寧にお願いし、学校の備品を壊さないよう説得した。
箒ちゃんもそうだけれど、この歳の子は思春期の所為もあってやや落ち着きがない。年頃の女の子という事もあって色々思う所はあるけれど、ここは色んな子が学ぶ学舎でもあるのだ。ISを展開し、もし他の生徒を巻き込んだりしまったら大変だ。その所を特に厳重に注意した所、鈴音ちゃんは快く承諾してくれた。その場に居合わせたラウラちゃんにも念の為同じようにお願いした所、彼女も敬礼しながら了承してくれた。
流石織斑先生の教え子だけあって礼儀正しい子だ。鈴音ちゃんも直立不動で了解していたし、やっぱ皆基本的に話せば分かる子達なんだよな。ただ年頃な時期の為やや気難しい所があるだけなのだ。
カレンちゃんやヨーコちゃんもそうだったし……いや、今は彼女達の話は止めよう。背筋が寒くなってきた。
ともあれ、タッグトーナメント戦も一段落して簪ちゃんも華麗にデビューを決めた事だし、暫くはのんびりとした日々になるだろう。
一年生はもうすぐ臨海学校もある事だし、日頃のISの訓練の日々もこれを機に英気を養って欲しいものだ。
Σ月α日
梅雨の時期も過ぎ、季節は夏を迎えていた。IS学園の制服は通気性も高く、殆ど衣替えをする生徒がいないが、それでも一年生の子達は迫る臨海学校の日に胸を踊らせている様子。学園の休みの日には水着を買いに行くために外出届けを出す生徒が多いし、十蔵さんも毎年生徒の皆はこの日を楽しみにショッピングモールに買い出しに行くと言っていた。
ISという兵器を扱うからには生半可な訓練は許されないIS学園。しかし学園という事だけあって普通の学校らしいイベントも季節ごとに用意されている。これもIS学園の倍率が毎年高い理由の一つだろう。
しかも今年は唯一の男性操縦者である一夏君もいるので女子達の熱気は相当なものだろう。
織斑先生も引率大変ですねと昨日までは他人事の様に言っていた自分だが、今日、信じられない事を十蔵さんから告げられた。
なんと、明日の臨海学校に自分も引率側として同席して欲しいと頼まれてしまったのだ。一介の用務員に過ぎない自分がどうして同席しなければならないのか、今一つ理解出来ない話に自分は訊ねると、以下の理由が返ってきた。
今年は例年に比べて生徒数が多く、教員一人に掛かる負担が大きいとされており、男手が必要だという事と、男が自分しかいない一夏君の精神的負担を軽くしてあげると言う大きく二つの点が挙げられた。
織斑先生も今年はいつもより生徒数が多くて大変だと愚痴をこぼしていたし、一夏君も時々自分の所に来て肩身が狭いと相談を持ち掛けて来ている。
今回の臨海学校は一つのビーチを貸し切ると聞くし、生徒数も多いことから相当な規模になる事だろう。教員も女性ばかりだし、確かに男手も必要な時があるだろう。
腕っ節なら織斑先生という頼もしい人がいるが、それでも彼女一人に全部任せるのは忍びない。一夏君も自分がいることで気持ち的に余裕が出るのならば自分としては断る理由はない。
ただ、問題は自分がいない合間用務員の仕事は全部十蔵さんに押し付ける事になってしまうが……大丈夫だろうか?
十蔵さんが言うには生徒会の子達と連携して何とかすると言っていたけど……まぁ、楯無ちゃんも協力してくれるなら構わないか。
取り敢えず同行する事を承諾した自分は貯めておいた給料を使い、水着を買いに行く事にした。臨海学校のしおりをみると、学園の関係者は全員例外なく水着を必ず持参することを強く明記されていたからだ。
何気にノリが良い時あるよねこの学園。と、まぁそんな訳で自分もショッピングモールに行くことになり水着を購入したのだが、途中色々な出来事に遭遇した。
一夏君と一夏君の同級生の弾君とその妹の蘭ちゃんやシャルロットちゃんと会ったり、一夏君を尾行するセシリアちゃん達を見かけたり、自分と同じ目的で買い物に来ていた織斑先生と山田先生と会ったり、中々楽しい時間を過ごせた。
ただ夜、アリーナで見回りをしていたら一人佇む箒ちゃんと遭遇し、不思議な事を訊ねられた。『好きな人の隣にいるにはどうすればいい?』と、いや、恋愛経験ゼロの自分に訊ねられてもかなり困るのだが……年上の威厳を保つ為に自分の言葉やある少年の言葉を交えて真剣に答えたつもりだが……果たして上手く伝わっただろうか。
それにしても、あの箒ちゃんがねぇ。相手はやはり一夏君なのだろうか? 青春しているなぁ、俺って高校時代の頃は普通にバカばっかやってたからなぁ。
大学に入ってからもニコちゃんから時々世話になってたし……ニコちゃん、憧れていたアイドルにはなれたのかな? ニコちゃんが高校生になってから、結局ライブには一度も見に行けてないや。
確かμ’sってグループを立ち上げた所まで知っているけれど、果たしてどうなっているのやら。
兎に角、明日は臨海学校だ。生徒の安全を守る為に自分も頑張りますか。
◇
───今日、私は人から決して褒められる事のない卑怯な事をしようとしていた。人類最高の頭脳の持ち主である姉に頼み、自分の専用機を強請ろうとしたのだ。
代表候補生や代表者にのみ与えられる事を許される専用機。想い人の一夏を振り向かせる為、私は開発者の姉に電話を掛けようとした。
卑怯な事は分かっている。狡い事も承知している。だけど、それでも一夏に自分を見て貰えない事を思うと……怖くて仕方がなかった。
唯一肉親の私だけに記された姉の番号、夜もふけて誰もいなくなったアリーナで静かに姉への通信回線を開こうとした……その時だ。
彼が……修司さんが私の背後から現れた。
心臓が飛び出るかと思った。拙い所を目撃されてしまった私はどう言い訳したものかと慌てふためいていた。無様で滑稽な私、そんな私をあの人は決してバカにする事はなく……。
『明日は早い。君も、早く部屋に戻りなさい』
そう、優しく叱ってくれた。夜遅く外出していた私を厳しく追求する事なく、今見たのはなかった事にしようと修司さんは踵を返した。
────大きい背中だった。一夏とは違う。幾つもの困難に立ち向かい、そして乗り越えていった大人の背中。いつかは一夏もこんな風になるのかと、そう思った私は、修司さんを呼び止めてついあんな事を口走ってしまった。
好きな人の隣にいるにはどうすれば良いのか。どうしようもなく、不器用な私が出せる最大限の気持ちを用務員の彼に告白した。
すると、彼は一瞬戸惑った風に首を傾げると……。
「強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん」
「え?」
「これは俺が知るとある少年の言葉だ。想いにしろ、物にしろ、それら全ては自分の手で手に入れなければ意味を為さない。この少年は最後まで足掻き、もがき、時には苦しみながら懸命に手を伸ばし続け、想い人と結ばれた」
「…………」
「篠ノ之箒ちゃん」
「は、はい!」
「君が想い人に対する気持ちが本当に誰にも負けないものだというのなら、強請るのは止めなさい。もがき、無様でも足掻いて見なさい。結果はどうあれ、それは君の人生に於いて最も得難いモノになると思うから」
「…………」
───重い言葉だった。後悔したくないのなら、例え力不足でも自分の全力を出し尽くせ、そう語る彼の言葉は私の胸の中にストンと落ち、ジワリと溶けていった。
何だか、胸の内のモヤモヤが晴れた気がする。スッキリした気分となった私に修司さんは笑みを浮かべ。
「それに、良く言うだろ? 命短し恋せよ乙女。君達が華でいられる時間は余りにも短い。この一瞬一瞬を……大事にしなさい」
少々親父臭いと思ったが、何よりも気持ちの籠もった修司さんの言葉に私は即返事をした。分かりましたと、そう返答する私に満足したように頷くと修司さんは今度こそアリーナから出て行った。
きっと、私はこの日の事を感謝するだろう。もしこの時姉の連絡先に通信を入れ、あの人に頼ってしまったら、きっと私は心のどこかで皆に負けた気持ちを持つことになっていた。
リンもセシリアも、シャルロットにラウラも、皆自分の努力で代表候補生になり、専用機を勝ち取っているのだ。
凄い奴らだ。きっと一夏はそんな一生懸命な女性に惹かれる事だろう。頑張っている人は、ただそれだけで輝いているのだから。
私も輝いてみたい。いや、輝いてみせる。いつか一夏に自分を認めて貰う為に……私の想いを伝える為に。
姉さん、ごめんなさい。私はあと一歩で、アナタを都合良く扱う道具にしてしまう所だった。不肖な妹を、どうか許して欲しい。
手にした携帯の電源を切り、私もアリーナを後にする。結局は他の皆に一歩出遅れる形となるのだが……まぁ、別にいいだろう。
何せ最近の一夏は鈍感な上に勘違いを起こしやすい。実力を付けてきた事に比例するかのように、その症状はドンドン悪化していくようだ。
故に、まだ私は負けていない。負けていないのだ。
「強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん」
寮に戻る途中、教えられた言葉を紡ぐ。この言葉を発する少年はきっと私以上に困難が降り注いでいたのだろう。
それを乗り越え、想い人と結ばれる。私も、そんな風になれる事を願って。
だが、この時私は気付かなかった。電源を落としていた筈の携帯に着信が入ってきたという事に───。
着信件数一件。着信者───篠ノ之 束
Q主人公は恋愛経験ないの?
Aあったらヘタレじゃなくなるもの。
次回、邂逅! 天災兎!!
ボッチとボッチが交わった時、物語は始まる。