フロンティア内陸部。二人の超人が外縁部で死闘を繰り広げられていた最中、遺跡付近の内陸部の荒野では二人の少女が互いに刃をぶつけ合わせていた。
彼女達が奮う鎌と鋸、どちらも命を切り裂く凶悪な凶器であるそれは躊躇なく目の前の相手へと降り下ろされる。ぶつかり合う剣戟、その度に散る火花は二人の神経が削られる様を表している様。
…………いや、実際に神経を磨り減らしていたのは鎌を操る切歌の方だった。殺す気で手にした鎌を奮いながら相手に悟られぬよう急所を外すという離れ業、それを打ち合う度に繰り返しているのだから切歌の戦いへの集中力は既に切れつつあった。
それに対し、全力で此方を殺しに来ている少女は切歌と違い情けも容赦なくその刃を奮ってくる。その顔に凶悪な笑みを張り付けて…………自分の知る調とは似ても似つかないその姿に切歌の内に煮え滾った激情が沸き上がる。
親友が、命を賭けて護ると決めた親友が邪なる者に取り憑かれている。その顔で、そんな風に嗤うな。目の前の少女に憑いた怨霊が嘲笑を浮かべる度に切歌の思考は焼けた鉄の様に熱くなっていく。
けれど、それでも切歌は内なる激情を理性で押さえ付けた。ここで感情に流されれば全ては無駄になる。思い出せ、己が響達に下る前に彼と交わした言葉を、その意味を。
『良いかい。今の調ちゃんはフィー…………いや、先史文明のBBAによってその意識を乗っ取られた状態にある。そう、意識だけだ。今調ちゃんはあのBBAに魂が強制的に休眠されている状態だ。徐々に消えつつもあるが、完全に消えた訳じゃない。前に切歌ちゃんが声を掛けた時酷く拒絶したって言ったろ? あれは調ちゃんの魂が目覚めようとするのをBBAが嫌がったからだ』
『だとすれば話は簡単だ。君が調ちゃんに呼び掛けて彼女の魂を目覚めさせればいい。成功する可能性は高くはないが、賭けるだけの価値はあると思う』
『けれど注意してくれ。恐らくあのBBAはきっと調ちゃんの意識を乗っ取ろうと再び出てくる筈、そうなった時重要になるのは…………君のタイミング次第だ』
簡単に言ってくれる。目の前の怨霊からの攻撃を防ぎながら切歌は彼に対して少しだけ毒づく。だが、今頼れるのは彼の大雑把な推察に頼るしかない。
「調、聞こえてるデスか! 聞こえてたら返事してください!」
「無駄だ! 既に宿主の魂は私の魂によって塗り潰されている。如何に貴様が呼び掛けようと、もはや応える事はない!」
「っ!?」
「貴様の企みに気付かないとでも思ったか! おおかた奴に唆されて悪知恵を働かせていたようだが、所詮は小娘の浅知恵、その程度の先読みが出来ぬと侮った事が貴様達の敗北だ」
調はもういない。そう告げてくる目の前の怨霊の一言に切歌の足元はぐらついた。嘘だ。そんな筈はないと動揺する彼女の隙を
弾き飛ばされる切歌、大地に叩き付けられ、一瞬身動きが取れなくなった彼女に調だった者が踏みつける。これで最後だと、振り上げる回転刃を前に切歌は…………してやったりと笑みを浮かべた。
「?」
何がおかしい? 絶望の真実を耳にして気が触れたか? 怪しむ怨霊が眉を寄せた時、切歌の肩の装甲部分がパージされ、拘束具となって怨霊を調ごと動きを封じた。
「拘束だと? 今更こんなものがなんの役に…………」
そこまで言いながら怨霊は口をつぐんだ。切歌が手にしているシリンダーを見て、彼女が次に何をしようとしているのか理解したからだ。
絶唱。シンフォギア装者が持つ最大にして最後の一撃、彼女の持つ
「ほう? ここへ来て絶唱とはな? 確かに魂すらも切り裂くイガリマの刃なら私を切り裂く事も出来よう。だがいいのか? それはお前の大好きなあの小娘の魂も消すという事だぞ? 出来るのか、お前に?」
挑発的な笑みを浮かべる怨霊、自分を消せば調も死ぬ。ここへ来て試される切歌の覚悟。しかしそんな葛藤する様子を見せないまま、切歌は怨霊の所へ歩み寄る。
そして怨霊は気付く。あれ? Linkerってあんな赤かったっけ? 劇物にも似た鮮明な赤い何かが入ったシリンダー、キュポンと音を立てて蓋を開いてそれを振り上げた切歌は…………。
「調…………ごめんなさいデス!」
────瞬間。
「「かっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」」
文字通り火を吹きながら悶えるフィーネを見て、切歌は額に大粒の汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべていた。
『え? もし調ちゃんが完全にBBAの魂に塗り潰されていたらどうするって? う~ん、確かにそれだと手遅れみたいに聞こえるけど、多分大丈夫だと思うよ? 魂を塗り潰すという事は塗り潰すだけの労力があるという事、仮に奴がそう言ったとしても…………いや、そう口にするという事自体が君の希望を消すのに必死になっているという事に他ならない』
『さっきもいったけど、諦めるにはまだ早いと思うよ。今調ちゃんは必死に耐えているんだ。だったら親友である君が諦める訳にはいかない、そうだろ?』
『でも困ったな。もしそうなってたら調ちゃんを奴の魂から引き剥がすだけの衝撃が必要になる。それが一番問題なんだけど…………うん? それについては心配いらない? なんだか妙に自信ありげだけど、本当に大丈夫なの?』
(まさか、ここまで効果覿面だったとは、流石マムを昏倒させた劇物EX、その破壊力は凄まじいDEATH)
火を吹きながら悶絶する親友に切歌はドン引く。彼女が今親友に流し込んだのは嘗て自分達がマムに美味しいものを食べてもらいたいと恵んでもらった劇物中の超劇物である修司特性激辛麻婆豆腐、そのルーだった。
結局食べ切れなかったそれを最初は捨てようとしたが、食べ物を粗末にするなとオカン気質全開なマリアに止められ他の食糧同様大切に保管されていたものである。
数日経過した今でも変わらない辛さを持つ麻婆、物理的に火を吐かせるこの劇物は料理というより一種の兵器に近かった。塗り潰された魂を甦らせる程の辛さを秘めた麻婆、正直これを平気で造り上げる彼の神経を疑った。
けど、その頭のおかしい人のお陰で今千載一遇のチャンスが来たのだ。切歌はもう一つのシリンダーを医療用注射器にセットし、自らの首にLinkerを撃ち込み、今度こそ絶唱を歌い上げる。
そして、その頃になって漸く正気を取り戻したフィーネ、まさか一度塗り潰した魂が復活する事に驚愕を覚える彼女が必死にもう一度調の魂を塗り潰そうとして…………目の前の巨大な大鎌を振り上げる切歌に愕然とした。
「二つ、お前に伝言デス」
「『お前の敗因はフラれた事をいつまでも根に持ち、前を向くことも過去を振り返る事もしなかった事だ』」
「『自分の事ばかりで他人を利用し続けて来たお前を、好ましく思う奴がこの世界のどこにいる。自分の行いを省みながらとっとと消えちまえ』」
「『このクソBBA!!』デス!」
「あ、が、ああァァァァァッ!!! オノレェェェ!! しらかわ、シュウゥゥゥジィィィィッ!!」
怨叉の声をブチ撒きながら、フィーネの魂はイガリマの鎌に刈り取られ、この世を去った。ガクリと項垂れる調を抱き抱えながら彼女の名を呼び続ける切歌、やがて目を覚ました調に泣きながら抱擁する。
「…………ねぇ、切ちゃん。なんだか口の中が酷く痛いんだけど?」
「気のせいデス!」
「それに唇もなんだかヒリヒリするし…………」
「気のせいデス! 全てはあのオバハンが調の魂を乗っ取った副作用デス!」
「…………なんか、切ちゃん隠してない?」
「で~す!」
自分の追究を必死に誤魔化す切歌、後で徹底的に問い詰めてやろうと固く誓った調が取り合えずここから離れようと立ち上がったその時。
フロンティアの遺跡中枢から眩い光が迸った瞬間、暴食の巨人が遺跡の天蓋を突き破り、全てを破壊してやると蹂躙を開始した。
◇
「もう、いい」
眼前に佇むシンフォギア装者たちを前にして英雄になることを望んだ男は口にする。もうイヤだ。拒絶の言葉を口にする彼の胸中に渦巻くのは世界に対する憤りと達観、そして諦めだった。
自分が英雄になれない世界などいらない。そう決意して彼が行ったのは完全聖遺物、ネフィリムとの融合だった。
自らをネフィリムの餌として取り込まれた男、ウェル博士は最早月の落下などに興味はなかった。しかし、彼は決意してしまった。英雄になれない世界など必要ないと。
自棄を起こした彼が起こしたのはフロンティアの更なる浮上、その為に必要なエネルギーを用いて彼は衛生軌道上よりも更に向こう側にある月にまで手を伸ばし、月も鷲掴みにしそれを支えにフロンティアを急浮上させた。
物理法則に従い浮上するフロンティア、それに合わせて月もこれまでにない位の速度で落下を開始する。
早く止めないと、動こうとする翼達だがそれをさせまいとウェル博士はネフィリムと共にフロンティアを吸収し、巨大化していく。
軈て遺跡を突き破って出てきたソレは足下に蔓延るシンフォギア装者達を前に高らかに笑い挙げた。
『アッハハハハ! 小さい、小さい小さい小さい小さい! そんなモノで僕に逆らおうってのか! そんな矮小なFGで僕に抗おうってのか! 身の程知らずにも程があるよ!』
「クソッ、あの野郎自分がでかくなったからってすっかりその気になってやがる!」
「しかし、決戦を挑もうにもまだ響達が…………」
「翼さん、奏さん!」
「みなさん、お待たせしました」
「立花、それに緒川さんまで」
崩れ行く遺跡の中から飛び出すように現れたのは新たにガングニールのシンフォギアを纏った響、彼女の腕の中には全裸となったマリアが抱き抱えられており、緒川の方にはマリア達の司令塔であるナスターシャ教授が抱えられていた。
「どうやら、役者は揃ったみてぇだな」
「しかし、それでも相手は未だ強大、イケるか、我々だけで」
自分達の目の前にいるのは完全聖遺物と融合し、巨大化したウェル博士のみ、しかしネフィリムという暴食の巨人と融合してしまった彼は最早世界の全てを喰らい尽くすまで止まることはない。
そして今も巨人は本能のままにフロンティアを喰らい続け、その体を膨張し続けている。果たしてあの怪物に自分達が敵うのか。
「なに、心配はいらんさ」
「なにも貴女達全員に押し付けるつもりはありません。安心しろ、なんて言いませんが、そう固くなる必要もありません」
聞き慣れた声、まさかと思い振り返る彼女達が目にしたのは…………。
「「
ボロボロになりながらも微塵も揺るがない闘志を秘めた大人と魔人がそこにいた。
Q.ボッチにとっての護身術って?
Aガモンから教わった護身術の極意は対人ではなく、人災、天災、あらゆる災害から己の身を護り、災いを打ち破る事にある。
だからボッチの言う護身術が一般向けの護身術とかけ離れてもなんの問題もないんだよ!(白目
次回、暴食の巨人VSボッチ&OTONA
ソレでは、次回もまた見てボッチノシ