安眠求めて旅に出たクズが伝説巻き起こす話   作:がしやま

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第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――忘れられない。

 

 刃物のように鋭い瞳が忘れられない。

 氷のように冷たい瞳が忘れられない。

 鉄仮面の下からチラつく、まるで助けを求めているかのような瞳が忘れられない。

 

 脳裏に、瞼の裏に焼き付くあの日の出来事を、七海は空を見上げながらしみじみと思い出していた。

 

 

 

 竜神、不思議な男だった。

 強力な呪霊を従えているわりに筋骨隆々とした風貌をしているという言うわけでもなく、枝のように細い腕と首がやけに印象的だった。顔もどこか青白く、覇気一つ感じられない。本当に息をしているのかと疑いたくなる程、無気力を体現したような男だった。

 

 だがあの男は人形などでは決してなかった。無気力の裏には紛れもない確固たる強い意志が存在した。

 それが顕著に表れたのは夏油傑の話題が男の口から飛び出た時である。

 

 一瞬だけ、目が揺らいだのだ。

 力の無い虚ろな瞳が揺れ、奥底から男の意志の炎が垣間見えた。

 些細な変化だった。けれども男が何等かの理由の元、夏油傑に固執しているというのは明白だった。

 

 そして最後に言った。

 

 

 

 ――また、会おう。

 

 

 

 あの言葉が一体全体自分にとって、竜神にとってどのような意味を持っていたのか。七海にはわからなかった。

 彼が言った通り、また会えるのであれば是非ともゆっくり話したい。そんな呑気なことを考えてしまう。

 

 ……なんて、今はもう叶うかさえわからない。

 

 

 

 

 

 朦朧とした意識の中、致命傷を負った灰原雄の身体を支えて必死に一歩、一歩と踏みだす。後ろからノシノシ足音を響かせながら迫ってくる呪霊に背を向け、兎に角逃げることだけを考えた。

 

 いつも通りの、二級呪霊祓除の任務だった。

 少し遠出だったから帰りにはお土産でも買って帰ろうと話していた矢先のことだ。

 当時聞いていた等級にそぐわぬ圧倒的実力、戦う前から勝敗は目に見えていた。今の自分たちでは絶対に敵わぬ相手だということはわかっていた。

 

 

「灰原……! 起きろ!!」

 

 

 何度も声をかけるが返事は無い。

 赤黒い友の血が服に染み込んでいく。鼻につく鉄臭い匂いが不快感と不安を抉る。色々な思いがごった返して吐き気を催す。最悪の事態が頭を過る。

 鼓動が速くなる、息が益々乱れる。助けを求める暇さえない。生きたいという一心で足を動かし、息をする。

 

 

 生きたい、死にたくない、死なせたくない。

 誰か、誰か、誰か……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――青。

 

 

 生きるか死ぬかの絶体絶命の状況下の中、七海の脳内にふと浮かんだ単語がこれだった。

 夏空を想起させる鮮やかな青、それが目の前にあった。思わず逃げる足を止め、立ち尽くす七海。

 しばらくして、その青の正体に気付く。

 

 

「……竜」

 

 

 青い竜の鱗。一枚一枚に光沢があり、鋼のような硬質感。その上にヒッソリと佇む男が一人。

 これだけで七海は全てを察した。

 拳を握りしめて固唾を飲み込む。緊張感が背中を伝う。

 竜神は、あの日と全く変わらぬ鋭い瞳で七海を見つめていた。冷たく、虚ろな瞳で。

 

 

 汗を滲ませ警戒を強める七海を他所に、竜神は竹刀片手に竜の背から降り、七海たちを守るようにして呪霊の前に立ちふさがった。流れるような動作で竹刀を構え、ジリと右足を地に擦る。

 一級相当の呪霊を前に何一つ臆する様子を見せないその堂々とした背中はやけに頼もしくみえた。

 

 

 

 刹那、激しい衝撃音が響いた。

 何が起こったのだと七海は目を白黒させるが、徐々に思考が追いついてきた。そして「こんなことありえない」とでも言わんばかりの驚愕した表情を浮かべ、更に目を見開くのだった。

 

 

 相殺したのだ。

 

 予備動作無しで繰り出された呪霊からの攻撃を見切り、竹刀を一太刀することで相殺したのだ。しかもあんなボロボロの竹刀で、だ。タイミングを誤っていれば竹刀ごと折れ、そのまま攻撃は直撃していたことだろう。

 なんという剣技、恐れ入った。

 

 「強い……」と感嘆の声を漏らす七海。しかし戦いはまだまだこれからだ。

 竜神は静かに竹刀を下ろし、ポケットから赤と白のボールを取り出す。

 するとあら不思議、ボールの中から見たこともない黄色い生物が姿を現した。どことなくカモノハシに似ているその生物は突然光り出し、姿を変える。

 

 色は青色に、額には赤い水晶が、身体も一回り大きくなったように見える。よくわからないが、先ほどの黄色い姿より遥かに強そうに見える。

 竜神はその僕しもべの呪霊に場を任せた後、七海たちの方へと歩み寄る。そして徐に人差し指を青竜に向けた。

 

 

「……乗れ、と…………?」

 

 

 その言葉に竜神が反応を示すことはなく、静かに青竜の背中に座るのみ。

 七海はしばらく躊躇いを見せた後、背に腹は代えられないと灰原を担ぎながら竜神に続いて青竜の身体に足をかけた。

 

 七海たちが青竜の背中に乗ったことを確認すると、竜神は「ゴルダック」と一声。すると一級呪霊の足止めをしていたゴルダックなる呪霊は素早く主人の元へと戻る。

 途端、青竜は空へと浮上。みるみるうちに地上から離れていく。

 

 

「ギャラドス、病院へ急げ」

 

 

 ギャラドス、どうやらこれが青竜の名前のようだ。

 ギャラドスは激しい鳴き声を上げた後、風を切る勢いでスピードを加速させていく。

 七海はこの時覚悟を決め、口を開く。

 

 

 

「貴方は一体、何者なんだ。何が目的なんだ」

 

 

 

 ピタリ、と竜神の動きが止まる。

 ゆっくりとこちらを振り向き、深淵のごとき深い闇一色の瞳をこちらに向けた。ピクリとも動かない表情筋があまりにも不気味で思わず目をそらしたくなったが、なんとか自分を奮い立たせて毅然とした態度を心掛けた。

 

 助けてもらったからとて油断するわけにはいかない、善意の裏に隠れた悪意を見過ごしてしまえばそれは後々取返しのつかない最悪の事態を招くこととなる。

 何を企んでいるのか探らなければならない。この男は敵か、味方なのか。ここでハッキリさせねば。

 

 

「――夏油傑の居場所を教えろ」

 

 

 そんなピリピリとした空気が続いていた中、ふと竜神が口を開いた。

 話題はやはり夏油傑について。七海は「何故、夏油さんに固執する」と睨みをきかせながら訊ねると、竜神は僅かに瞳孔を開き、再び声を発した。

 

 

 

「居場所を、教えろ」

 

 

 

 先ほどよりも明らかに力強く、地を這うように低い声。

 余計なことは聞いてくれるな、そう言っているようだった。

 

 しかしここで身を引き、易々と夏油の居場所を教えるわけにもいかない。特級である彼なら竜神が相手になったとしても然程問題はないのかもしれないが、万が一の事態というのもある。夏油とて人、不意を突かれてしまえば下剋上など大いにあり得る。

 

 もし竜神が夏油に対する怨恨から動いているのであれば尚の事彼の居場所を教えることなどできない。自分たちの命がかかっていようと、誰かを裏切るような真似ができるほど七海は薄情な人間ではない。

 

 

「言え、お前の目的は何だ」

 

 

 鉈を構える。

 呪力も殆ど残っていない、力も最後まで出し切れるか怪しい。しかも此処は空中、友を抱えての逃走は不可能。灰原を守りながら三対一のバトルに勝利を収めるなど現実的ではない。

 

 だがやるしかない、ここで勝利を収めて竜神の本性を暴くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竹刀が落ちた。

 

 

 いや、落としたと言った方が正しいのかもしれない。

 呆気にとられる七海、それに反して竜神はすました顔で竹刀を落とし、七海の目をただひたすらに見つめていた。

 そして自ずと呟く。

 

 

「……全てが終わった後に話す」力なく薄ら笑いを浮かべる。「そしたら好きに笑えばいい」

 

 

 その時一瞬だけ、首筋をなぞるような気持ちの悪い竜神独特の威圧感が消えた。口から零れた言葉は先ほどの空気からは考えられない程弱気で、自嘲的で……。その表情は暗くジメジメとした梅雨時をどことなく彷彿とさせた。

 

 よくわからないが、少なくとも今の竜神から七海たちに対する殺意や戦意といったものは感じられない。代わりに夏油傑に対する竜神の切実な想いと、重く苦々しい真意が混濁しているようだった。 そこに七海が危惧していたような憎悪や怒りは見受けられない。

 儚く悲しい、竜神の裏の顔が見えたような気がした。

 

 

 

「…………これだけは答えろ」

 

 

 七海は鉈を下ろし、竜神を見据える。

 竜神の真意は未だわからない、何を企んでいるのかも知らない。けれども、何故だか彼の想いを無下にしようとは思えなかった。

 

 

「お前は、私たちの敵なのか?」

 

 

 竜神はゆっくりと口を開いた――

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