【劇場版】俺のポケットモンスター・ミュウツーの逆襲   作:越谷さん

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1章

 カントー地方のとある道すがら。快晴の空の下にはラピスラズリの様に美しい海が広がっており、爽やかな潮風が草木を優しく揺らしている。

 絶好のピクニック日和といった野原の真ん中から、なんとも食欲を刺激する香りが漂ってきた。弱火でじっくりコトコト煮込まれた鍋を、銀製のおたまがゆっくり掻き混ぜる。鍋の中では、大きめに切られた人参やブロッコリー達が真っ白なシチューに肩までどっぷり浸かっていた。

 そろそろ食べ頃かと、シチューを掻き混ぜていたそのおたまでシチューを掬って、用意していた小皿に移す。すると丸い体を翻して、テーブルを組み立てていた一人の少年にその小皿を差し出した。

「ハルカ、どうぞ」

 名前を呼ばれた少年は振り返り、シチューの入った小皿を受け取る。息で熱を冷ましてから味を確かめると、口の中を優しい幸福が包み込んだ。

「うん! バッチリだサチコ!」

 少年からの熱い賞賛に、サチコと呼ばれたラッキーも嬉しそうに微笑む。これで今日のランチの準備は整った。

 この少年、名前はハルカ。ホウエン地方はミシロタウン出身のポケモントレーナーである。

 一見普通のポケモントレーナーだが、彼には特殊な才能がある。それはモンスターボールでゲットしたポケモンと言葉を交わす事が出来る才能。理屈も理由も全くもって謎だが、彼が最初にポケモンを手にした時からの特殊能力だ。現在はここカントー地方で、道中に出逢った愉快な仲間達と共に愉快な旅を送っている。

「おーいお前らー! ご飯出来たぞー!」

 ハルカの声掛けに、気儘に時間を潰していた仲間達が集まってくる。雄大な野原を駆け回っていたピカチュウのピコタロー、コダックのトランプ、ガラガラのスネオ。寝そべって読書に耽っていたカイリューのウナジューも、本を閉じて匂いのする方へ寄ってくる。ただ一匹だけ、ハルカの声掛けに応じないポケモンが居た。

「ポルコー! ご飯だよー!」

 見えない敵に向かって拳を振るい続けるオコリザルのポルコだ。

「かぁーっ! 生温ぃ! こんな平和な生活くそ食らえだ! 誰か俺と勝負しろぉ!」

 戦闘狂であるポルコにとって、こののんびりとした平穏な時間は退屈が過ぎるようだ。

「シチュー冷めちゃうよー!」

「良いよ放っとけば」

 どうにかポルコを食卓に誘おうとするピコタローだが、どう言っても無駄だとトランプが止める。一同は暴れるポルコを横目に、食卓に座ろうとしていた。

「ヘイ! そこのボーイ!」

 シチューを盛り付けて席に座ろうとしたハルカに、突然外国訛りの声が投げられる。

 振り向いてみると、そこには赤いバンダナを巻いた筋肉質の男が一人。先程の口調や瞳の色から推理するに、出身はこの海の遠く先にありそうだ。

「もしかして、ユーはポケモントレーナーかナ?」

「……そうだけど」

 こちらに人差し指を突き立てる男に、ハルカは頷く。ハルカがポケモントレーナーだと確信した男は口角を徐に上げると、上着に装備したモンスターボールを掴み取った。

「ポケモンバトル、出来るかナ!?」

 目と目が合ったらポケモンバトル。異国のトレーナーからの挑戦状だ。

「えー……おいらお腹空いたんだけど……」

「どうするハルカ?」

 腹の音を鳴かせるトランプの隣で、スネオがハルカに確認する。確認してみたものの、その場の全員がハルカの回答を予測できていた。

「勿論! 売られた勝負は買うのがポケモントレーナーだろ! なぁポルコ!」

「おぉぉぉ! こんな雑魚朝飯前だぁ!」

 テーブルから離れて戦闘態勢に入ったハルカに、ポルコは準備運動は不要だと雄叫びを上げる。ポルコの暴言は男には聞こえていないので、そこは安心だ。

「ところでこれはランチ」

「昼飯前ですね」

 また決着が着いたらシチューを温め直そうと、サチコとウナジューは目を合わせて笑い合った。

 

 男が大きく振りかぶって投げたモンスターボールから飛び出したのは、筋骨隆々の腕が四本生えたカイリキーだ。腰元には金色に輝くチャンピオンベルトが巻かれている。

「よし! 行くぞポルコ!」

「しゃあおらぁ!」

 先発は勿論ポルコだ。ポルコは気合いを漲らせてカイリキーに猛進すると、カイリキーと拳を激しく衝突させる。両者瞬く速度での拳の撃ち合い。体格も腕の数もカイリキーが勝っているが、ポルコは互角、いやそれ以上に渡り合っていた。証拠としてカイリキーの自慢の四つの拳は、茹った様に赤く腫れ上がっている。

 その隙をポルコは逃さない。拳の痛みで涙目になっているカイリキーの腹筋に、ポルコは今までで一番の拳を解き放った。

「メガトンパンチィ!」

 脆に拳を受けたカイリキーは、まるで弾丸の様に吹き飛ばされる。ポルコの一撃を受けて立ち上がれる筈がなく、カイリキーは戦闘不能となった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 勝ち星を上げたポルコは、両の拳を太陽に掲げている。勝利を手に入れた事により興奮が限界に近付いたようで、声はしゃがれ、額の血管も千切れる寸前となっていた。

「やべぇ! トランプ頼んだ!」

 ハルカの指示にトランプが重い腰を上げると、ポルコの顔面にハイドロポンプを発射する。顔がずぶ濡れとなったポルコはどこぞのヒーローの様に力が抜け、直立のまま動かなくなってしまった。文字通り頭の冷えたポルコをトランプが引き摺って、戦場から強制退場させられる。

「くっ! まだまダ!」

 悔しそうに歯軋りしながら男が次に繰り出したのはドンファンだ。硬く黒い自慢の鼻からは、意気込みの様な荒々しい鼻息を噴射している。

「頼むスネオ!」

 ドンファンの相手に選ばれたのはスネオ。戦場に急いだスネオは、相棒とも言える太い骨を構えて戦闘態勢に入る。

 ドンファンはスネオに照準を定めると、自身の体をタイヤの様に回転させて突進してきた。正に重戦車の様なドンファンに、スネオは慌てて回避する。するとドンファンは土を抉りながら急旋回し、スネオへと再度体を回した。このままではスネオは逃げ惑う一方だ。

「ホネブーメランで体を浮かせろ!」

 焦るスネオの耳に、ハルカの指示が飛んでくる。具体性に欠ける内容の指示だったが、その声でスネオは冷静を取り戻したようだ。

 スネオは右手に握る骨をドンファンに向かって放り投げる。回転しながらドンファンと地面の隙間を狙うようにして飛ぶ骨に、ドンファンは宙に跳び上がって躱した。それでも回転を止めないドンファンは、空中からスネオの頭蓋に向かって突進を図る。

 しかし、それはスネオの思う壺だった。放り投げたスネオの骨が、弧を描きながら戻ってくる。

 スネオは手元に帰ってきた骨を振りかぶり、まるでメジャーリーガーの如くドンファンを打った。隕石の様な衝撃にスネオの両腕が悲鳴を上げるも、馬鹿力で彼方へと打ち返す。逆転サヨナラホームランだ。

「おー! すごいスネオ!」

 見事なスイングに、観覧席は拍手喝采。当のスネオは流石に疲弊したようで、骨を杖代わりに地面に突いていた。

「ぐぬぬっ! こうなったラ!」

 バンダナの隙間から汗を大量に流す男は、最後の手段だとありったけのモンスターボールを解放する。中から飛び出したのは順番にカイロス、スリープ、モルフォン。もうこの試合に、正々堂々という精神は消え去ったようだ。

「あーあ、あんなのアリ?」

「どうしてもこのバトルに勝ちたいみたいね」

 一同は男の凶行に怒るどころか呆れていた。ただそれでも、ハルカは勝負を諦めてはいなかった。

「だったら俺達は! ピコタロー!」

 引導を渡す役目に指名されたピコタローは、テーブルから駆け出して天高く跳び上がる。戦場を空から見下ろしたピコタローは頬袋を痺れさせると、全身から高電圧の電気を放出した。

「10まんボルト!」

 青空の下落とされた雷が戦場全体を襲う。ピコタローが着地を成功させた時には、カイロス達は体を焦がして地面にくたばっていた。

「オーマイゴォォォッド!」

 流石に万策尽きたようで、男は両手で頭を抱えて膝を突く。勝利に輝いたのはガッツポーズを掲げたハルカだった。

「よっしゃー! よくやったピコタロー!」

「わーい!」

「相手の実力不足でしたね」

 ピコタローはハルカの胸に飛び込んで、仲間達と一緒に勝利を分かち合う。その表情は皆、笑顔に満ち溢れていた。

 しかし一同は気付いていなかった。この勝負の一部始終が、空を飛ぶオニドリルの首に付いたカメラによって、とある島に生中継されていた事を。

 

 ◎

 

 肩を落とした男の背中を見送った後、ハルカ達は待ちに待ったランチタイムに入った。戦闘や応援でカロリーは消費され、もう空腹度は限界に迫っていた。

「おぉ! 早く飯食わせろぉ!」

「元はと言えばポルコがさっさと来ないから遅くなったんでしょ」

「もうお腹ペコペコだよー」

 全員の前に温め直したシチューとパンが給仕される。こちらを誘惑する濃厚な香りに、思わず口から涎が滴れてきた。

「そんじゃまぁ!」

 ハルカの合図に合わせ、一同は合掌する。

「「「「「「「いっただっきまー」」」」」」」

 瞬間、どこからともなく現れた山吹色の竜によって、ランチの並んだテーブルはひっくり返された。

「うわぁっ!」

 突然の突風に、一同は体勢を崩す。折角温め直したシチューは野原に溢れたり、トランプの頭にかかったりしてしまった。

「熱っ!」

「おいウナギ野郎! なにしてくれてんだ!」

「僕じゃないですよ!」

 憤怒を露わにするポルコに、冤罪だとウナジューが誤解を解く。しかし確かにテーブルを吹き飛ばしたのは、ウナジューと同じ巨大な翼だった筈だ。竜の飛んで行った方向に目を向けると、そこにはウナジューとは別のカイリューがこちらに円らな瞳を見せていた。

「カイリューだ!」

「野生……じゃないよね?」

 カイリューの肩からは斜めに鞄が掛けられている。少なくとも人間と交流がある事は確かだ。

 カイリューは鞄を開けて漁ると、中から取り出した一枚の手紙を、野原に胡坐を掻くハルカに手渡した。

「……これを俺に?」

 手紙を受け取ったハルカに、一同も中身に興味を示して寄ってくる。

 封を開けると奇妙なカードが一枚。するとそのカードの中心から、不思議な帽子とドレスで着飾った美しい女性が出現した。

「わっ! 女の人が出てきた!」

「ホログラムですね……」

 親指姫の様に華奢な女性は、鉄仮面を被っているかの様な無表情だ。そんな女性に、一同の目は釘付けになる。女性は礼儀正しく一瞥すると、視線も合わないままこちらに語り掛けてきた。

『突然の御手紙お許しください。貴方を前途有望なポケモントレーナーと認め、最強のポケモントレーナーである御主人様のパーティーに御招待します』

「パーティー?」

 どうやらこの手紙は、パーティーへの招待状のようだ。

『場所はニューアイランド。最強のポケモントレーナーの招き、是非お受けください』

 それだけ言うと女性はまた一瞥し、役目を終えたとホログラムは光を消した。

 手紙の中にはパーティー会場と伝えられたニューアイランドの地図も同封されていた。場所はこの海の遥か先のようだ。

「居なくなった……」

「どうする?」

「なにか少し怪しい気もしますが……」

 心当たりのない謎の招待状に、警戒が強まるのも当然だ。しかし正体を受理するかの決定権を持つのはたった一人である。

「最強のポケモントレーナーからの招待とあっちゃあ、断る訳にはいかねぇだろ!」

 それがハルカの出した答えだった。

「まぁ、そうだと思ったよ」

「楽しみだねパーティー!」

「おぉぉぉ! 最強は俺だぁぁぁ!」

「ちょっと! 物騒なのはやめてよ!?」

「海を渡るとなると、まずはクチバシティに向かって、そこから船に乗るのが良さそうね」

「それでは御主人様によろしく伝えてください」

 ウナジューがカイリューに出席の旨の伝言を頼むと、カイリューは承知したと頷く。するとカイリューは体を翻し、大股に助走を駆けると空に飛び立っていった。地球を十六時間で一周するというスピードは伊達ではなく、瞬きの間にもうその影を捉える事は出来なかった。

 カイリューの消えた海の向こう、ハルカ達の次の目的地がそこに待っている。その目的地に向かうべく、まずは後片付けから始める事にした。

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