【劇場版】俺のポケットモンスター・ミュウツーの逆襲   作:越谷さん

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2章

 雲の一つも見えなかった快晴が一転、ハルカ達がクチバシティに到着した時には、御天道様も乱心な暴風となっていた。女心と海辺の天気は変わりやすいというが、それでも裏返したような変わり様だ。

 アスファルトに出来た水溜まりを跳び越えながら、ハルカは足を急がせる。ピコタローも小さな四つ足を電光石火に走らせていた。

「トランプ! もうちょっと早く走れる!?」

「おいらの特性はすいすいじゃないぞ!」

 一歩遅れるトランプはそう文句を吐きながらも、懸命に水掻きを働かせる。目的の波止場はもうすぐ目の前で、ハルカ達は逃げ込むように自動ドアを開けた。

「ふーっ、急に酷い雨だったな」

 ずぶ濡れになった上着を軽く絞ってみると、吸い込まれた雨が滝の様に溢れてくる。ピコタローが全身の毛を震わせると、周囲に水滴が飛び散ってハルカにも被弾した。

「……なんかたくさん居るね」

 波止場の中はハルカ以外にも多くの人で集まっていた。誰もが急の豪雨に濡れた服を乾かしており、手持ちのポケモンの面倒を見ている。その共通点から、この場の全員がポケモントレーナーである事は明らかだった。

「もしかしてここに居る奴ら、全員パーティーの参加者か?」

「そうみたいだな」

「!」

 独り言のつもりで吐いたハルカの言葉を、聞き慣れた声が拾う。目を向けると、そこには見知った顔がこちらに手を振っていた。

「コウジ!」

 コウジ――ハルカと同じ世界を旅するポケモントレーナーだ。

 コウジの顔を見て、ピコタローが嬉々として側まで駆け寄る。足元まで来たピコタローにコウジは腰を屈めると、頬の電気袋を掌で撫でた。

「コウジもパーティーに招待されたのか?」

「あぁ」

 ハルカからの質問に、コウジはポケットからカードを取り出す。ハルカがカイリューに手渡されたホログラム技術の搭載されたカードと同じ物だ。

「って事はこいつら全員、パーティー会場への渡し船待ちって事か」

「だがどうやら今日はもう船は出ないらしい」

「えっ?」

 どういう事か深く言及しようとしたところ、コウジが視線を逸らして誘導する。視線の先は、波止場で最も人が密集している場所だった。

「渡し船が欠航!?」

 人集りは警察官であるジュンサーと一人の女性を囲んで形成していた。その先頭に立つのは、ハルカのよく知る人物だった。

「それじゃあニューアイランドまで行けないじゃねぇか!」

「あれ、ユウリだ」

 ハルカと同じホウエン地方出身のポケモントレーナー。ユウリの言動から察するに、彼も最強のポケモントレーナーから招待状を受け取ったのだろう。

 他のトレーナー達も波止場の決定に不満を表していた。声を上げるトレーナー達を、ジュンサーが覇気のある声で宥める。

「皆さんお静かに! この方がこの波止場を仕切っている」

 ジュンサーの紹介に、隣の女性は縹色の髪を靡かせて金色の耳飾りを光らせた。

「ボイジャーです。海を知りたきゃ波止場のキャモメに訊いてみな」

「キャモメ居ねぇけど」

「訊くまでもない。雲の流れをご覧なさい。こんなハリケーン、見た事がありません」

 ホウエンのキャモメはカントーの港に生息しておらず、ハルカがそう口を挟む。

「そんなにすごいんですか?」

「港育ちのこの私が、今まで経験した事のない嵐です」

 整った顔立ちから若く見えるが、波止場の長という役職から、それなりに人生を過ごしてきたのだろう。そんな彼女も経験した事がないという事実が、この嵐の異常性を如実に物語っていた。

「しかもその嵐はこの沖合、ニューアイランドの上空にある。皆さんを危険な目に合わせる訳には参りません」

「ニューアイランドの上空?」

 嵐の中心が目的のパーティー会場であると知り、コウジが訝しむ。

「それがこの港を守る私の願い」

「という事で、渡し船は欠航だそうです」

 ボイジャーの判断は波止場としては至極真っ当だ。しかしそれでも複数のトレーナーはまだ納得できないでいた。

「ハッ! 大丈夫さ! 僕のノリカだったらこんな海、華麗に乗り越えてみせるね!」

 ユウリは前髪を整えながら、一人でも海を渡る意思を表示した。そんなユウリをすかさずボイジャーが止める。

「待ちなさい。海を知っている私がダメと言っているんです」

「そうよ。それに今ポケモンが怪我をしたら、ポケモンセンターで治療する事も出来ないのよ」

「治療が出来ない?」

 ジュンサーの口にした言葉に、離れて聞いていたハルカが首を傾げた。ジュンサーに代わって、コウジがハルカの疑問に答える。

「あぁ、どうやらこの町のジョーイさんが先日から行方不明らしい」

「行方不明?」

「今町中にポスターを貼って探してるんだが、まだ見つかってないんだとよ」

 確かにコウジの言う通り、波止場にもポケモンセンターに勤務するジョーイの顔写真が映されたポスターが貼られていた。トランプは近くまで歩いていき、頭上に貼られたポスターを凝視する。ジョーイの顔写真にどこか既視感を覚えたが、難解な思考をしようとして持病の頭痛が発生し、トランプは思考を放棄した。

「とにかく、この嵐の中海に出るのはこの私が許しません。もし予定が潰れて行く宛もないのだというのなら、私が一曲歌ってみせましょう」

「歌?」

「それでは聴いてください。『風といっしょに』」

「それまだ歌っちゃダメ!」

 ボイジャーの歌声で危うくエンドロールが流れそうになり、波止場に居た全ての人間が一斉に待ったをかけた。

「これ以上は時間の無駄だな」

 そうぽつりと声を漏らすと、コウジはハルカの隣から歩き出した。

「コウジ?」

 コウジの足が向かう先は、荒ぶる海の待つ船着き場だ。

「こらそこの君! 待ちなさい!」

「生憎俺はアンタの歌謡祭に興味ないんでな」

 ボイジャーの制止にも適当に声を返すだけで、コウジは自動ドアを開けて波止場を出てしまった。

 船着き場には波に激しく揺られる小型の船が一艘。船を沖に繋げていたロープを手に取ると、コウジはポケットから一つのモンスターボールを取り出した。

「それに」

 中から飛び出してきたのはキングラーのタンガ。左の巨大な鋏による鈍い金属音が、波止場の中にまで聞こえてきた。

「ポケモントレーナーってのは、人に指示された道だけを進んでる訳じゃねぇんだよ」

 コウジはそう言って船に乗り込むと、ロープをタンガの鋏に握らせて港を出航した。タンガはこの嵐の中、高速横歩きで船を引いて海を渡っている。これが本当の渡り蟹だとでも言うのだろうか。

 彼の行動は間違いなく盗難だ。それでも波止場の温室に居るポケモントレーナー達は、その行動に心に火を付けられた。

「……俺も行く!」

「私も!」

「僕だって!」

 窓から嵐を見ているだけだったトレーナー達が、波止場から堰を切った様に溢れ出す。皆自慢のみずポケモンを出して、ニューアイランドへの過酷な船旅に挑んでいった。

「やめなさーい! やめないと逮捕しますよー!」

 波止場を出たジュンサーが、野蛮にトレーナーを止めようとする。しかし最早ジュンサーの声に耳を貸すトレーナーなど居なかった。相手にされないジュンサーを悪戯に笑う様に、突風がジュンサーの警官帽を攫う。

「……やっぱり止めても無駄ね」

 ジュンサーの後ろに立っていたボイジャーが口を溢す。

「あの子達はポケモントレーナー、冒険者達。止めてやれるような子なら、ここに集まってはこない」

 そんな彼らをどこか誇りに思いながら、ボイジャーはただ海を渡るトレーナー達の無事を祈るばかりだった。

「……一曲聴いていきますか?」

「えっ!? あっ……大丈夫です」

 それとは別に、観客の居なくなった歌謡祭にボイジャーは寂しさを感じていた。

 

 すっかり出遅れたハルカ達も、後を追うようにして防波堤を走る。

「くそっ! 俺達も行くぞ!」

「うん!」

 そんなハルカの行く手を阻む様に、高波が飛沫を上げた。

「よぉハルカ! お前も居たのか!」

 名前を呼ぶ声に振り返ると、ユウリがラプラスのノリカの背中に乗って、暴れる海に揺られていた。

「もしかしてハルカもパーティーに招待されたのか? いやー残念だなー! 乗せてやりたい気持ちもあるんだけど、このノリカ、今一人乗りなんだよ! 先にニューアイランドで待ってるぜ! まっ、ハルカがこの嵐を越えられたらの話だけどな! アハハハハッ!」

 ユウリは豪快に笑うと、ノリカに出航の合図を出して海を渡り出した。その波乗りは実に優雅だったが、背中に乗るトレーナーは御世辞にも優雅とは言えない。ユウリの挑発は、ハルカに効果抜群だった。

「あの野郎ぉ……!」

「どうしようハルカ! 僕達も海を渡らないと!」

「分かってるよ! でも俺達のみずタイプっていったら……」

 ハルカとピコタローは脳裏に一匹のポケモンを思い浮かべて、そちらに揃って目を向ける。視線を集中されたトランプは、頭が取れる勢いで激しく首を横に振った。

「無理無理無理! 絶対無理!」

「だよなー……」

 トランプは元々カナヅチであり、先日血の滲む特訓の末に背泳ぎをマスターしたばかりだ。そんな水泳初心者に、この嵐の海を任せるのは無謀にも程があった。

 それではニューアイランドへの出発は諦めるのか。否、彼もポケモントレーナー。この程度の困難で諦める訳がなかった。

「海がダメなら空で行く!」

 ハルカはモンスターボールを宙に放ると、空にウナジューを呼び出した。ウナジューの巨大な翼なら、この嵐も掻き切って飛べるだろう。

「ウナジュー! ニューアイランドまで頼んだ!」

「お安い御用です」

 詳細はモンスターボールの中で聞いていたので、ウナジューは一つ返事で了承した。

「お前らは危ないから中に入っててくれ」

「了解!」

「気を付けてね!」

 どこか安堵するトランプと心配するピコタローをモンスターボールに戻して、ポケットに片付ける。これで準備は万全だと、ハルカはウナジューの背中に飛び乗った。

「よし! 行けウナジュー!」

「しっかり掴まっててください!」

 ハルカを背中に乗せて、ウナジューは暴風雨の空へ飛び立つ。目指すは最強のポケモントレーナーが待つというニューアイランド。

 この時、ハルカ達は知らなかった。パーティーの招待状を握り締めるポケモントレーナーの他に、謎の一匹の生命体もニューアイランドに向かっている事を。

 

 ◎

 

 嵐は弱くなるどころか依然強さを増していった。機関銃の様に撃ち込まれる雨滴はハルカの体温を奪っていき、ウナジューにしがみ付く掌の力を消耗させる。

「大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だ!」

 ウナジューの心配を、ハルカが空元気で跳ね返す。嘘でもそう口にしていないと、今にも挫けてしまいそうだった。

 そんなハルカを背中に、ウナジューは空模様に目を向ける。

「……この嵐、どこか変ですね」

「えっ?」

 ウナジューの言葉に疑問を持ったその時、頭上の暗雲が眩く光った。

「危ない!」

「!?」

 そう言ってポケットのモンスターボールから勝手に飛び出したのはピコタローだ。

 ピコタローはハルカの背後に跳び上がると、轟いた雷に10万ボルトで対抗する。ピコタローが庇ってくれなければ、ハルカとウナジューは間違いなく感電していただろう。

「ピコタロー!」

 雷に衝突したピコタローは力を失くして、海へと自由落下していく。

「ウナジュー!」

「はい!」

 ウナジューは進行方向を反転させ、ピコタローのもとへと急降下する。着水する寸前でピコタローを受け止める事に成功し、ハルカはピコタローを片腕で優しく抱き締めた。

「大丈夫かピコタロー!?」

「うん……」

「ありがと。助かった」

 ニューアイランドに指針を戻したウナジューは、スピードを上げようと翼をはためかせる。鱗に触れる気圧が、ウナジューに違和感を訴えていた。

「……やっぱりこの嵐おかしいですよ」

「おかしいってなにが?」

 違和感を拭えないウナジューに、ハルカが尋ねる。

「こんな大きな雲、昼間にはどこにも無かったんです。気圧の変動も不安定。まるで誰かが天候を自在に操作してるみたいです」

「おいおい、それじゃあこの嵐は誰かが意図的に作り出したものって事か!?」

「……そんな事、簡単に出来るとは思いませんが」

 ウナジューは空の知識に富んだ天候のスペシャリストだ。そんなウナジューが空を疑う程、この嵐は異常らしい。なにか得体の知れない存在を感じて、ハルカは固唾を腹の奥に飲み込んだ。

 こちらを跳ね返そうとする暴風に抗いながら、翼を広げるウナジュー。そんなウナジューの瞳が、一縷の光を見つけた。

「……見えてきました」

 ウナジューの声にハルカは顔を上げる。曇天の広がる視界の先には、確かにポツンと海に浮く離れ小島が確認できた。

 それに合わせて、こちらを振り回してきた風の威力が弱まってきた。雨も次第に上がり、空には星さえ覗いて見える。ここだけぽっかり暗雲をくり抜かれた様だ。

「ここが……ニューアイランド」

 全貌が明らかとなった目的の島に、ハルカは覚悟を固めて喉の奥へと飲み込んだ。

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