【劇場版】俺のポケットモンスター・ミュウツーの逆襲 作:越谷さん
パーティー会場の階下に構える異質な研究室。そこにハルカ達のポケモンを幽閉した奇怪なモンスターボールが、ベルトコンベアに乗せられて運ばれていた。ベルトコンベアの先には巨大な口の開いた謎の機械。機械はモンスターボールを飲み込むと、そこに眠るポケモンの情報を読み取っていった。
「痛っ!」
そんな無人の研究室に、人の呻き声が反響する。会場の抜け道から落下したハルカは、ベルトコンベアの上で不時着して痛めた腰に悶絶していた。
しかし今は座り込んでいる場合でない。ハルカは痛む体に鞭を打って、機械に流れるピコタローの入ったモンスターボールへと足を駆ける。今にも飲み込んでしまいそうな機械の中へと、ハルカも飛び込んで手を伸ばした。その手は確かにモンスターボ―ルに届いたが、それを妨害するべく機械から無数のアームがハルカの体に襲い掛かる。
「くそっ! 放せ!」
機械に入り込んだ障害を排除しようと、アームがハルカにしつこく纏わりつく。それでもハルカは、モンスターボールを掴んだその手を決して放さなかった。
「まだ! これからなんだ!」
ハルカはベルトコンベアに逆走して脱出を図る。機械からは非常事態を報せるアラームが鳴り響いていた。
「ピコタローも! トランプも! ポルコもスネオもサチコもウナジューも! まだ旅の途中なんだ! こんなところで、大事な仲間渡して堪るかよぉ!」
決死の抵抗の末、遂にアームを引き剥がしてハルカは機械の外へと倒れ込む。度重なる激痛によって体はもう動かない。するとハルカの掴んだモンスターボールが人知れず封を開いた。中から姿を現したのは、稲妻模様の尻尾を生やした電気鼠。
「ハルカ!」
「ピコタロー!」
モンスターボールから解放されたピコタローは、体を起こしたハルカの胸へと一目散に飛び込んだ。
「ありがとうハルカ!」
「良いんだよ。無事で良かった」
抱き締めた体温が、ピコタローの存在を確かにさせる。もう二度と離さないと心に誓いながら、ハルカは優しくピコタローの頭を撫でた。
アラームを鳴らす機械は誤作動を起こし続け、接続された培養ポッドに幾匹ものポケモンを生産しては外界に産み落とす。ポケモンの種類はコダックやオコリザルと、先程モンスターボールに捕らえられた仲間達と瓜二つだった。
「トランプ!? それにポルコも!」
「もしかして、あいつら全部コピーなのか……」
コピーポケモンはハルカ達に目も暮れず、研究室の出口を目指して歩いていく。そこに意思はなく、まるで操縦者の指示に従って動いているようだった。
研究室を出ていくコピーポケモンを目で追っていると、鳴り続けていたアラームの音量が耳を劈く程に大きくなる。制御不能と化していた機械が限界を迎えたようだ。機械は黒煙を吐き出しながら赤く点滅し、暴走に耐え切れず爆発を起こした。
「うわっ!」
爆発した機械から、閉じ込められていたモンスターボールが一斉に弾け飛ぶ。散らばったモンスターボールからはオリバーやアオイと、捕獲されていたポケモン達が次々と解放されていった。その中には、平べったい水掻きで今日も頭を抱える彼の姿も。
「あれ、ここは……?」
「トランプ!」
「ハルカ!」
ハルカの声に気付いて、トランプは涙ながらにハルカのもとへと走り寄る。その愛らしい表情は模造品ではない。間違いなく本物だった。
無論解放されたのはトランプだけでない。スネオ、サチコ、ポルコ、ウナジューと仲間達も晴れて自由の身となった。
「痛てっ……」
「あら、私達助かったの?」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ハルカのおかげですね。ありがとうございます」
「お前ら……本当に良かった!」
無事に揃った仲間達の姿に、思わずハルカの視界が滲む。ただし安心している時間はない。ハルカは右腕で目を拭うと、立ち上がってベルトコンベアを下りた。
「早くあいつらのとこに戻んねぇと!」
その時、痛みの残っていたハルカの体がよろめく。
「うわっ!」
丁度すぐ側に台座があったおかげで、なんとか倒れる事は回避する。しかしその台座がなにかの装置を起動させたようで、空間に大画面の映像が映し出された。
「これは……?」
「またホログラムですね」
招待状に備えられていた仕掛けと同じもののようだ。試しにトランプが映像に触れてみようとしたが、手は空を翳めるだけでなんの感触も得られなかった。
映像は亜熱帯のジャングルを映し出していた。緑が深く生い茂っており、木々の隙間から灼熱の太陽が照り付ける。全国を巡る旅の最中のハルカだが、この景色に見覚えはなかった。すると映像から音声が聞こえてくる。
『幻のポケモン――ミュウ。神秘の力を持ち、大洪水を引き起こしたや、荒地に作物を実らせ人々に分け与えたなど、その伝承は数多くの文献に記されている』
映像はジャングルを掻き分けて、奥地に聳えていた遺跡に侵入していた。壁には蔦が絡まっており、少なくとも百年以上の歴史が残っている事が窺える。遺跡の奥に進むと、古代人が描いたであろう壁画が描かれていた。天使とも悪魔とも言えるその壁画こそ、音声が口にしていた幻のポケモンなのだろう。
「ミュウ……」
そう呟いたハルカの背後に謎の生命体は漂っていたのだが、一同は映像に夢中で気付く事がなかった。
『随分前に絶滅したとも言われるが、近年ミュウを見たという目撃情報もある。我々はその真相を確かめるべく、このジャングルの奥地にまで足を運んだ』
そう語る音声は、ポケモンの研究者のようだ。艶のある嗄れた声は、年老いた老人の姿を想像させた。
『そこで我々はとある物を発見した。それはミュウのものと思われる睫毛の化石だ』
映像は遺跡から石の欠片へと切り替わる。なんの変哲も無さそうなただの石。これがミュウの情報を記した化石だという。
『この化石を基に、我々は一匹のポケモンを生み出す事に成功した。幻のポケモン――ミュウから造り出す世界最強のポケモン。我々はそのポケモンを、ミュウツーと名付ける事にした』
「「「「「「「!?」」」」」」」
音声が口にしたその名前に、一同は衝撃を覚える。その名前を語るポケモンに、今し方出逢ったばかりだったからだ。
「ミュウから生まれたポケモンが……ミュウツー!?」
「って事は、あいつもコピーだったって事!?」
流れる映像は驚く一同を待ってはくれない。更に切り替わった映像には、燃え上がる業火が映し出された。
『キャァァァ!』
『逃げろぉ!』
『助けてくれぇ!』
流れる音声は阿鼻叫喚。薄暗い研究所が火の海に呑まれ、白衣を纏った研究員達は知性を捨てて逃げ回っている。その光景は正に地獄絵図という言葉が相応しかった。
火中の映像に一匹の影が映る。決して人間ではなく、しかし他の生物でもない。先程相対していなければ、その正体を知り得る事はなかっただろう。現実を記録するカメラの存在に気付き、影がこちらに振り向いたところで、唐突に映像は途絶えてしまった。
「ミュウツー……」
映像を見終え、一同は言葉を失っていた。
自分達の前に突如として現れた謎のポケモン――ミュウツー。その正体は幻のポケモン――ミュウを基に、人間によって生み出されたクローンだった。一体彼は、今までなにを思って生きてきたのだろうか。考えてみたところで、自分達に答えなど見つけられる筈もなかった。
「………」
それでもハルカは決断していた。これから自分の取る行動を。
◎
空は変わらずの曇天模様。ニューアイランドの主であるミュウツーと人間が対峙するバトルフィールドには、嫌な緊張感が漂っていた。
『人間達、命まで取ろうとは言わない。さっさと帰るが良い』
ミュウツーは脳内に直接そう告げると、サイコキネシスで奥の重たい扉を開く。扉の先に広がるのは雷鳴響く水平線。例え一隻の船があったとしても、この海を渡っていくのは素人には不可能だろう。
『あの嵐の中を帰れればな』
それはミュウツーも分かっていたようで、口角を少し右に吊り上げる。人間の恐れ慄く様を見物しようとしていたようだが、生憎この場の人間達に帰るつもりがなかった。
「僕達の仲間を置いて帰れるかよ!」
「とっとと返してもらおうか」
ユウリもコウジも、腕ずくでもポケモンを取り返すつもりだ。二人の背後に立つジョーイは、不安そうに表情を曇らせる。そんな人間達の言動が、ミュウツーは気に食わなかった。
『……愚かな』
右手を翳して、標的を二人に定める。甘い思考を捨てさせようとサイコキネシスを放とうとしたその時、突然背後で爆発が発生した。
『!?』
予想外の爆発にミュウツーは振り返る。爆発はパーティー会場で起こったようだ。黒い煙が立ち込めるパーティー会場から、ポケモンがバトルフィールドへと走ってくる。先程生み出されたばかりのコピーポケモン達だ。
『何事だ』
黒煙の中にミュウツーは目を凝らす。するとそこに一人の人影が浮かび上がった。
「……許さねぇ」
人影は黒煙から足を進めて、その正体を露わにする。
「お前なんか許さねぇ!」
そう声を荒げたのはハルカだった。
「「ハルカ!」」
ハルカの後方からピコタローやトランプと、囚われていたオリジナルポケモン達も姿を現す。エリックやノリカといったコウジとユウリのポケモンも当然一緒だ。
「シュン! ハチ! 皆!」
「良かった……!」
仲間達の無事を確認し、二人はホッと胸を撫で下ろした。
バトルフィールドまで歩き続けて、ハルカ達は足を止める。コピーポケモンとオリジナルポケモンがバトルフィールドで一堂に会した。
『お前が逃がしたのか』
ミュウツーがハルカに尋ねる。そこに憤りは感じられない。
「俺は俺のポケモンを……」
寧ろ憤っているのはハルカだった。
「俺の仲間を……!」
感情に任せてハルカは走り出す。
「ちょっと待て!」
「ハルカ!」
背後から聞こえてくるスネオとピコタローの制止など聞こえない。ハルカは拳を握り締めると、平然と立ち尽くすミュウツーに向けて殴り掛かった。
「守る!」
しかしハルカの拳はバリアーに阻まれて届かない。それどころか、いとも簡単に跳ね返されてしまった。
臆する事なくハルカはすぐに立ち上がって、無鉄砲に突撃する。ミュウツーは人間相手に手を使う必要はないと、一切動かずにサイコキネシスでハルカの体を浮かび上がらせた。空中に浮上したハルカは、そのまま大砲から発射された様に城の彼方へと飛ばされる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ハルカ!」
「危ない!」
城壁に打ち付けられそうになったその時、ハルカと城壁の間に巨大な泡が出現した。泡は衝撃を完全に吸収し、ハルカの体を優しく包み込む。
『なに?』
自分の身に起こった現象を理解できずにいるハルカの側に、一匹の謎の生命体が接近する。薄桃色の肌に長い尻尾。実にシンプルな外見をした生命体は、ハルカを包む巨大な泡をトンと小突いて消滅させた。
「うわっ!」
泡を失ったハルカは、城壁の高台に腰を打つ。痛そうに腰を擦るハルカを見て、生命体は愉しそうに笑い声を聞かせた。
「こいつって……」
天使とも悪魔とも言えるその笑顔に、ハルカはどこか見覚えがあった。
『お前は……』
それはバトルフィールドに立つミュウツーも同じだった。
生命体は再度巨大な泡を出現させると、今度は自分が泡の上を飛び跳ねる。まるでトランポリンで愉快に遊ぶ子供の様だ。満足そうに跳ねる生命体だったが、下から飛んできた邪悪な色の球に泡は破壊され、生命体は衝撃で吹き飛ばされてしまった。
狙いを外したミュウツーは、両手にエネルギーを溜めて邪悪な球を生み出すと、再び生命体に投げ飛ばす。生命体は狙撃に気付くと一瞬でその場から姿を消し、球は城壁に空撃ちとなった。
『そっちか!』
ミュウツーは目で追って、生命体に球を撃ち続ける。しかし生命体は何度もテレポートを繰り返し、ミュウツーの乱射を回避し続けた。その様子は、どこか娯楽に興じているようだった。
『ミュウ……世界で一番珍しいと言われるポケモン』
バトルフィールドにテレポートした生命体に、ミュウツーが呟く。
「ミュウ!?」
「あのポケモンがミュウツーのオリジナル……」
確かに生命体の姿は、先程映像に映った壁画と瓜二つだった。
『確かに私はお前から造られた。しかし強いのはこの私だ。本物はこの私だ!』
今まで冷酷だったミュウツーの感情が、親とも言えるミュウを前に昂る。対するミュウは不思議そうに首を傾げるだけだった。
「なんだあのポケモン!?」
「ミュウ……成程、あいつもミュウのコピーだったって訳か」
これまでの手掛かりからそう推理するコウジだったが、ユウリの頭はそこまで回らない。
『生き残るのは私だけだ!』
ミュウツーはそう告げると、逆襲を果たすべくミュウに襲い掛かった。ミュウはミュウツーの襲撃に空へと逃避し、ミュウツーも後を追う。幕を上げた空の逃走劇は、高台に倒れるハルカの真横を通り過ぎる。
「おっと!」
最中にミュウツーは邪悪な球を生み出し、ミュウに撃ち放つ。ミュウは球を身軽に躱し続けるも、微塵も反撃に動き出す様子はなかった。
『何故戦わない! 戦いを避けるのは私が怖いからか!』
反撃の素振りのないミュウに、ミュウツーのテレパシーが荒くなる。しかしミュウがその挑発に答える事はなく、変わらずに逃走するばかりだった。
憤りを覚えたミュウツーは、球を生み出すと音をも超えた速度で撃ち出した。その速度にミュウも反応が遅れ、球はミュウに直撃する。そのままミュウは後方に飛ばされ、曇天の雲に突き刺さって見えなくなってしまった。
『ふっ』
姿を消したミュウに、ミュウツーは不敵に微笑する。
瞬間、空から降ってきた神聖な球が、的確にミュウツーを狙撃して弾き飛ばした。
『!?』
ミュウツーの体は城壁に衝突し、崩落した瓦礫に埋もれる。神聖な球を狙撃したミュウは、先程の攻撃は一切効いていないとでも言うような無垢な表情で空から帰ってきた。ただ攻撃が無意味だったのはミュウも同様だ。
『少しは手応えのある相手という訳だな』
ミュウツーはサイコキネシスで瓦礫を退かすと、ミュウの待つバトルフィールドに戻る。フィールドではオリジナルポケモンとコピーポケモンが対立して並んでいた。
『どちらが本物か決めるのはこれから。ミュウと私のどちらが強いか、元のお前達と私達のどちらが強いか!』
ミュウツーのテレパシーに、コピーポケモン達は奮い立つ。
『本物より、我々は強くなるよう造られている』
本物をその手で打ち倒し、自分達の方が優れていると、自分達こそが本物であると証明する。それこそがミュウツーの野望のようだ。
しかしそこに反発してミュウが口を開く。ミュウツーと違ってテレパシーは使えないようで、人間にその言葉は理解できない。それはミュウと同じポケモンであるピコタロー達も同様だった。
「なんて言ってるんだろ……」
「さぁ……」
ミュウが懸命に伝えようとしている言葉に、ピコタロー達は首を傾げる。奇しくもその言葉が理解できたのは、ミュウのコピーであるミュウツーだけだった。
『本物は本物だ……だと?』
言葉の内容が逆鱗に触れたのか、ミュウツーは球を生み出して撃ち放つ。ミュウが軽く躱したその球はそのまま飛んでいき、ハルカの立つ高台を破壊した。
「うわぁっ!」
窮地に追い込まれるハルカだが、今はそれどころではない。
『成程。技を使わない体同士のぶつかり合いなら、本物がコピーに負ける事はないと……お前はそう言う訳だな?』
ミュウツーの通訳に、ミュウはその通りだと頷く。
『良いだろう。どちらが本物か技無しでも決めてやる。強いのはお前達だ』
体と体のぶつけ合い。それでどちらが本物か決める。なんと単純明快な勝負だろうか。
間もなく始まる戦闘を前にして、コピーポケモン達は臨戦態勢に入る。オリジナルポケモン達も負けてはいられない。
『行け!』
ミュウツーの合図を鬨の声にして、合戦の火蓋は切って落とされた。