【劇場版】俺のポケットモンスター・ミュウツーの逆襲   作:越谷さん

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6章

「わっ!」

 自分のコピーに向かって、オリジナルポケモン達は一斉に走り出す。先頭に立つピコタローは、次々と追い抜いていくポケモン達に気圧されていた。

「戦うしかないのか……」

「仕方ありませんね」

「ちょっと皆!」

 スネオとウナジューも走り出し、ピコタローは取り残されてしまう。

「くっくっく……」

 そんな中、抑え切れなかった笑い声がフィールドに響いた。

「いつも思っていた……。最強である俺の相手が出来るのは、最強である俺だけだと……!」

 笑い声の主であるポルコは、拳を強く握り締める。

「俺ぇ! いざ尋常に俺と勝負じゃあ!」

 そう雄叫びを上げながら、ポルコは自分のコピーの待つ戦場へと走り出した。正に猪突猛進といったその背中は、あっという間に見えなくなる。

「……あいつ、なんか楽しそうじゃない?」

「うん……」

 この状況でも変わらないポルコの暴走に、トランプとサチコは溜息を吐いた。

「危ねぇな……!」

 高台を破壊されて足場を失ったハルカは、瓦礫と共に落ちないようにと崩れた壁にしがみついていた。両腕の力を振り絞って、歯を軋ませながら安全な足場へとよじ登る。激痛に悶える悲鳴が体中から聞こえてくるようで、ハルカは満身創痍だった。

 ふと下の喧騒に気付いて、ハルカはバトルフィールドを見下ろす。その光景にハルカは絶句した。

「……なんだよこれ」

 同じ種族のポケモン同士が体をぶつけ合う、シンプルな構図。リチャードは互いの肩を噛み合い、ハナコは互いの花弁を擦り合わせ、ロバートは互いの頭を突き合っている。技を使用しない戦闘というのは新鮮で、どこか寂しかった。

 ハルカの仲間達も当然勝負に挑んでいる。スネオは骨で鍔迫り合いをしており、ウナジューは爪を立てて鱗を削り合っていた。

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ポルコは念願の自分との対決に、夢中になって拳を撃ち合っている。本来の目的などとうに忘れているだろうその豚鼻は、興奮で息を荒げていた。

 戦闘の苦手なサチコは、戦場の空気感に委縮して体を更に丸くする。しかしコピーのサチコは、サチコと同じ思考回路ではない。自分の方が強いと証明するべく、コピーサチコはサチコを追い掛けた。

「キャー!」

 サチコの悲鳴の側で、トランプは自分のコピーの顔を凝視する。

「……おいらって、こんな間抜けな顔してたっけ?」

 そう首を傾ぐトランプだったが、この戦場で暢気に顔を観察する余裕などある筈もなく、コピートランプの反撃がトランプを襲った。

「うわっ!」

 総大将であるミュウとミュウツーの勝負は、バトルフィールドの上空で繰り広げられていた。互いに球型のエネルギーを体に纏わせて、激しく衝突し合う。通常のポケモンは手も足も出ないような、次元を超越した勝負だった。

「皆やめて! 落ち着いて!」

 激化する戦場の中、ピコタローは一匹そう呼び掛けていた。目の前の相手に忙殺され、誰もピコタローの声に応えようとはしない。それでもピコタローは必死に声を上げ続けた。

 そんな折、ピコタローの前にとある影が現れる。黄色い体毛に、稲妻模様の尻尾。その影を見たピコタローは、今自分は鏡の前に居ると錯覚した。

「僕の……コピー?」

 オリジナルポケモンとコピーポケモンの争いに、人間であるユウリ達はただ眺める事しか出来なかった。

「なんで……!」

 バトルフィールドの隅に立っていたユウリが、遂に我慢の限界を迎えて走り出す。

「待て!」

「なんで戦わなきゃなんねぇんだよ!」

 コウジに腕を掴んで止められ、行き場を失ったユウリの怒号が轟いた。

「本物も! コピーも! 皆同じポケモンだろ! 生きてんだろ! なのになんでこんな……こんなのあんまりだよ!」

 オリジナルもコピーも、どちらもこの世界に生を授かった生物だ。そこになんの違いもない。この争いの末に得られるものなど、なにもない。そんな事はコウジも分かり切っていた。

 戦いの果てに、ポケモン達は疲弊していく。互いに傷つけ、傷つけられ、ポケモン達は身も心も、既にボロボロだった。

 ハルカは城壁を伝いながら、慎重に且つ迅速にバトルフィールドを目指す。一歩踏み間違えれば真っ逆様な状況に足が竦む中、一匹のポケモンが宙に飛ばされる姿がハルカの目に映った。

「うわぁ!」

 それは共に旅してきた仲間の姿。

「ピコタロー!」

 フィールドに倒れたピコタローは、震える四足でなんとか傷だらけの体を起き上がらせる。体当たりで飛ばした張本人であるコピーピコタローは、険しい視線でピコタローを見つめていた。

「ピカッ!」

 コピーピコタローがピコタローにそう問い掛ける。人間は勿論ハルカにも理解できない言語だったが、オリジナルであるピコタローにはその言語が理解できた。

「ピカピカピ!?」

 ピコタローはこの戦闘で、一度もコピーピコタローに手を出していなかった。ただコピーピコタローの攻撃を受けるのみ。その結果コピーピコタローは無傷で、ピコタローは傷だらけとなる。その真意が汲み取れず、コピーピコタローは問い掛けたのだ。

「僕は……君と戦いたくない……」

 心臓をぎゅっと絞って出した様なか弱い声で、ピコタローは囁く。それでもコピーピコタローは理解できず、またもピコタローに頭突きをした。

「君と……友達になりたい」

「!?」

 ピコタローの言葉に、コピーピコタローの動きが止まる。

「僕は……世界中の皆と友達になりたいんだ……。ポケモンと……人間と……勿論、君とだって……!」

 世界中に生きる全ての生物と友達になる。それがピコタローの夢だ。その夢の中には、コピーポケモン達も含まれていた。

「ピッカ!」

 無理だとコピーピコタローが叫ぶ。

「無理じゃない!」

 そんな事ないとピコタローが叫ぶ。

「だって……君は僕なんだから……」

 その言葉が、コピーピコタローの心を更に揺さぶる。このまま黙って聞いていればどうかしてしまうと、コピーピコタローは歯を軋ませた。

「ピカ……!」

 コピーピコタローはうるさいと口を溢すと、ピコタローの頬を強く叩いた。まるで自分に湧いた感情を振り払う様に、何度もピコタローの頬を叩く。ピコタローはそれを、なにもしないまま受け入れていた。

 叩きながら、コピーピコタローは声を荒げる。戦えと。僕達は友達にはなれない、戦うしかないんだと。

「……じゃあ」

 頬が腫れる中、ピコタローの口が開く。

「どうして君は泣いてるの?」

「!?」

 そこでコピーピコタローはようやく気付いた。自分の瞳から、一縷の涙が溢れている事に。この涙の正体がなんなのか、それはコピーピコタローにも分からなかった。

「もう良い! やめろ!」

 ピコタロー達を止めようと手を伸ばしたハルカは、足を踏み外して落下する。幸い残り数メートルというところまで来ていたので、大きな負傷はなくフィールドに倒れ込んだ。

「ハルカ!」

 草臥れて戻ってきたハルカに、ユウリ達が駆けつける。それでもハルカの瞳は、ポケモン達を見つめていた。

「……早く……止めねぇと!」

「……無理だ」

 起き上がろうとするハルカに肩を貸しながら、コウジは呟く。

「ミュウとミュウツーが戦う限り、この戦いは終わらない」

「そんな……」

 上空では未だミュウとミュウツーが激しい衝突を繰り広げている。ハルカ達の声も空には届かない。この二匹が衝突を止めない以上、オリジナルとコピーの戦争も止まらない事は明白だった。

「生き物は同じ種類の生き物に、自分の縄張りを渡そうとはしません。相手を追い出すまで戦います。それが生き物です」

 不意にジョーイがそう口を溢す。生き物――このニューアイランドに居る全ての生物が、今を生きているのだ。

「それが生き物……しかし、ミュウツーは人間が造った」

「けど……今はもう生き物」

「今は生き物……。ミュウも……ミュウツーも……ピコタローも……あのピカチュウだって……」

 ピコタローを叩こうとしたコピーピコタローが、疲弊してピコタローの胸に倒れる。ピコタローはコピーピコタローを捨てようとせず、ぎゅっと優しく抱き締めた。そこには確かな体温があった。

 他のポケモン達も同様だ。永遠と拳を撃ち合っている戦闘狂も居たが、それ以外のポケモンは皆体力も底を尽いてフィールドに倒れている。そこにもうオリジナルとコピーの境などなかった。

 それでもミュウとミュウツーは戦いを止めない。空中で衝突し合っていた二匹がフィールドに戻ってくると、嵐の様な爆風が吹き荒れた。フィールドを照らしていたライトが停電を起こし、一同立ち込める砂煙に目を瞑る。

 ミュウとミュウツーは睨み合いながら、フィールドで分かれて距離を離した。互いにエネルギーを蓄えて、次の一手に備える。

 顔を上げたハルカが目にしたのはそんな二匹と、その側で倒れるポケモン達だった。不毛な戦闘に傷を負い、無意味に苦しんでいるポケモン達。その姿に、もう立てなかった筈のハルカの足が立ち上がった。

「やめろ……」

 ミュウとミュウツーは蓄えたエネルギーを、相手に向けて一気に放出する。その中心に飛び込んだのはハルカだった。

「もうやめてくれぇ!」

 瞬間、二匹のエネルギーがハルカを巻き込んで大爆発を引き起こした。

「ハルカ!」

 閃光の様な眩い爆発に、一同の目は眩む。目を開いたその先に映ったのは、フィールドに力なく倒れるハルカ。

『馬鹿な……人間が我々の戦いを止めようとした!?』

 ミュウツーにとって、それは自身の常識を逸脱した行為だった。人間は弱く醜い生き物。故に最強のポケモンである自分を生み出し、ポケモンを破壊の道具として扱う。それがミュウツーの抱いた人間像である。

 しかし目の前の人間は、あろう事か道具である筈のポケモンを守ろうと立ち上がったのだ。ミュウツーにとって、それは天変地異にも等しかった。驚愕するミュウツーと対比して、ミュウはなにも分かっていないように首を傾げていたが。

「ハルカ!」

 フィールドの中心に倒れたハルカに、ピコタローが駆け寄る。

「ハルカ……?」

 名前を呼んでも、ハルカの返答はない。

「ねぇ、ハルカってば」

 倒れるハルカの体を、ピコタローが揺する。ハルカの体はまるで石像の様に硬く、冷たかった。

「そんな……」

「嘘だろ……?」

 異変に気付いて、スネオやトランプといった仲間達がハルカの側に集まる。他のオリジナルも、コピーも、人間も、ミュウとミュウツーも、静かに様子を見守っていた。

「ふんっ!」

 ピコタローは弱った体に鞭を打って、頬袋からハルカに電撃を浴びせる。いつもなら聞こえてくるハルカの悲鳴が、今日は聞こえない。

「ねぇ……」

 それでもピコタローは電撃を浴びせ続けた。いつか声が聞こえてくると信じて。

「ピコタロー……」

 しかしハルカの声が聞こえる事はなく、ピコタローの電気は底を尽きた。

「起きてよ!」

 堪え切れず、ピコタローは涙を流す。

「まだ旅の途中でしょ!? 行きたいとこも! やりたい事も! まだいっぱいあるのに! こんなとこで……こんなとこで終わりなんて嫌だよ!」

 ピコタローの嗚咽がフィールドに響く。静寂に包まれたフィールドでピコタローの泣き声は、ただ曇天の空に吸い込まれていった。

「ハルカ!」

「起きて! 死んじゃダメよ!」

「ハルカまで死んじゃったら……僕は……!」

「人間……」

「ハルカ!」

 仲間達も涙を流しながら、懸命にハルカに声を掛ける。

 こんな別れなどしたくなかった。別れなど来ないと思っていた。今まで共に過ごしてきたハルカとの思い出が瞼に浮かんで、涙が止まらなかった。

「ピカ……」

 コピーピコタローの瞳からも、気付けば涙が溢れていた。コピーピコタローだけでない。オリジナルも、コピーも、フィールドに立つポケモン全員が涙を流していた。

 その涙は光となり、宙を漂い始める。流れる先はハルカ。ポケモン達の涙が、光となってハルカに集まり出したのだ。その光景は、正に夢を見ているかの様に幻想的だった。

「なんだ……これ」

 ハルカに集まった光は、動かなくなったハルカの体を優しく包む。

「ハルカ……」

 最後にピコタローの涙が、一滴ハルカに溢れ落ちる。その涙がハルカに魔法を掛けた。

 分厚く空を塞いでいた雲が次第に晴れ、フィールドに柔らかな朝日が差し込む。朝日は石化したハルカの体を溶かし、ゆっくりと温める。しばらくして、ハルカの指がピクリと反応した。

「うっ……」

「ハルカ?」

 呻き声を漏らしながら、ハルカは体を起こす。顔を上げて最初に映ったのは、涙でぐちゃぐちゃになったピコタローの顔だった。

「……どうした、そんな酷い顔して」

 やつれた表情でハルカは笑う。瞬間、ピコタローはハルカの胸に飛び込んだ。

「ハルカ!」

 続け様に他の仲間達も、一斉にハルカを強く抱き締める。

「ハルカー!」

「良かったー!」

「心配掛けんなよこの野郎ー!」

「ちょっ、なんだよお前ら!」

 自分の身に起こった事を把握していないのか、胸の中で泣く仲間達にハルカは不思議そうに首を傾げる。ポルコはケッとぼやいてそっぽを向いていたが、その胸中が皆と同じなのは言うまでもなかった。

「ピカ……」

 コピーピコタローもハルカの復活に安堵する。コウジは安心したように表情を緩めて、ユウリは気付かれないように瞼を強く拭った。

『確かに……お前も私も既に存在しているポケモン同士だ』

 感動の顛末を、ミュウとミュウツーは見守る。ミュウツーの溢した言葉に、ミュウはコクリと頷いた。

『生きている……生き物同士だ』

 ミュウツーはそう悟ると、フィールドに立ち尽くすコピーポケモン達にサイコキネシスを掛ける。コピーポケモン達の体はふわりと宙に浮き、明るくなった空を泳いでいた。どうやらミュウツーは、コピーポケモン達と共にニューアイランドを旅立とうとしているようだ。

「ちょっと待って!」

 なにも言わずに去ろうとしたミュウツーをハルカが呼び止める。ミュウツーはその場で振り返り、空中からハルカを見下ろした。

「良かったらさ……俺と一緒に旅しないか?」

「!?」

 それは実に衝撃的な勧誘だった。

「なっ! なに言ってんだよハルカ! こいつは!」

「確かにこいつのした事は褒められた事じゃねぇよ。でもこいつは生き物だ。俺達と同じ。間違いだってする。俺達が分かり合えば、もっと上手くやれると思うんだよ」

「いやだからって!」

「そうだなー……マサチカなんてどうだ?」

「もう名前まで考えてる!」

「こいつ本気だ!」

 ミュウツーの加入に、ユウリ達人間側とトランプ達ポケモン側の両側から非難が殺到する。それでもハルカの心は変わらなかった。一度決めたら意地でも動かない。それがハルカという人間だ。

「な?」

 ハルカはそう言って、空に浮かぶミュウツーに掌を伸ばす。ミュウツーとは異なる人間の掌。彼と同じ掌はこの世に存在しないが、それでも差し伸べてくれる掌はここにあった。

『……ふっ』

 思わずミュウツーは笑みを溢す。

『フハハハハハッ!』

「!?」

 高らかに笑い出したミュウツーに、ハルカ達は目を疑った。まさかミュウツーに声を出して笑うという感情があるとは思ってもみなかった。これもまた生き物という事だろうか。

『有難い話だが、私は遠慮させてもらう』

 勧誘は失敗に終わり、ハルカが残念そうに肩を落とす。

『私には責務がある。私の手によって造られたこのコピーを、最期まで守り抜くという』

 そう、今のミュウツーは一人じゃない。自分が造り出した、自分と同じ境遇のコピーポケモンを守っていかなければいけない。

「……そっか」

 理由を聞いて、ハルカが我儘を押し通せる筈がなかった。

「……また! 会えるよね!?」

 そうピコタローが、空に浮かぶコピーピコタローに声を投げる。寂しそうなピコタローの表情に、コピーピコタローは口元を緩めた。

「……ピカ」

 会えるよとコピーピコタロー。

「ピカ……ピカチュ」

 友達なんだからと口にしたコピーピコタローは、どこか照れ臭そうだった。

『さらばだ! 人間達とそのポケモン達よ!』

 ミュウツーが声を上げると、コピーポケモン達は空の彼方へと飛び立っていく。それはまるで逆再生の流星群を見ているかのようだった。

「またなー!」

「元気でねー!」

「もう変な事すんじゃねぇぞー!」

 ハルカ達は飛んでいくミュウツー達に、大きく手を振り続けた。ミュウツー達の姿が見えなくなるまで、ただひたすらに。

『我々は生まれた。生きている。生き続ける。この世界のどこかで……!』

 彼らの目的地は誰にも分からない。それは彼ら自身にも。それでも彼らは生き続ける。この世界のどこかで、きっと。

「……それで」

 手を振り終えたコウジが、不意に声を漏らす。

「俺達はここからどうやって帰るんだ?」

「確かに」

「またあの嵐の中行けっていうのか!?」

 ニューアイランドには晴れ間が差したものの、周辺の海は以前大荒れだ。あの嵐を乗り越える体力が今のハルカ達に残っている筈もなく、気分は憂鬱となった。

 するとハルカ達の立つフィールドが、急に白く光り出した。

「えっ!?」

「なんだなんだ!?」

 光は視界を覆い隠し、ハルカ達すらも呑み込む。

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』

 瞬間、ニューアイランドから生命体の姿は影も形も消えてしまった。

 

 ◎

 

 紫苑は紫、尊い色。

 ミュウツーが生み出した積乱雲はカントー全域を覆っており、ニューアイランドとは遠く離れたシオンタウンにも、屋根を強く叩く様な雨が降っていた。

「はぁ、これは今日も一日中雨かな?」

 ピッピ柄のパジャマを着たまま自分の部屋から出てきた少女が、窓に映る曇天を見ながらそうぼやく。元気に跳ねた寝癖を見るに、昨夜はぐっすりと眠れたようだ。

 まずは朝食の準備からとキッチンに向かおうとした少女は、眠気眼に映ったそれに、ふと足を止める。リビングのソファーに腰を掛ける祖父。早朝にも関わらず既にシャツに袖を通した祖父は、雨の降り続ける空をただじっと眺めていた。まるでそこになにか大切なものが見えているかの様に。

「どうしたの、おじいちゃん」

 思わず少女は祖父に尋ねた。祖父は少女に目を移す事なく、ひたすら南の空を見つめながら声を返す。

「……いいや、なんでもないよ」

 その瞳は、我が子を見つめるかの様に優しかった。

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