「そろそろ……さい」
「……おき……さい」
「――起きなさい、
「……んぇ?」
掠れた視界に、女の子が映る。制服の上にエプロンを着けた……強気そうな少女。
わざわざ、朝早くに家まで起こしにきてくれる、優しい幼馴染に、僕は少しはにかんで、挨拶をした。
「……ぉはよ、りんちゃん」
「はい、おはよう。……アンタね、どこで寝てるのよ。すぐ横にあるのはなぁに?」
「……ベッド」
「アンタが寝てるのは?」
「い……す?」
「なんで疑問形なのよ」
作業が佳境だったため、そのまま椅子で寝てしまったようだ。……まぁ、集中していれば、そんなに珍しいことでもない。
時計を見る――七時くらい。最後に記憶があるのが、四時くらいだから……まぁ、三時間程度は寝れたか。
それでも、りんちゃんにこうして起こされると、一晩ゆっくり眠ったような安心感が得られる。何物にも代え難い、僕の最も好きな時間だ。
「ご飯出来てるから。さっさと来なさい」
「んぅー、はぁーい」
まだ回らぬ頭のまま、リビングへ。ギリギリ二人で使える程度の、小さな机と、向かい合った座椅子。机の上には、微かに湯気の立つ、出来立てのフレンチトーストが置かれていた。
「フレンチトーストー」
「そ。……手だけ洗ってきなさい」
「はーい」
さっさと洗面所で手洗いを済ませ、座椅子に腰掛ける。対面には、エプロンを外したりんちゃんが、綺麗な姿勢で既に座っていた。
りんちゃんのフレンチトーストは、卵がしみしみで、大好きだ。……そして、更に好きにするには――
「……こなざとう」
「かかってるでしょ」
「もっとー」
「ダメ」
「けちんぼ」
昔――それこそ、
……まぁ、これ以上わがままを言っても、りんちゃんに通じるはずもなく。仕方がないので諦めて、いただきます、と言ってから、フレンチトーストにフォークを突き刺した。
「また、限界まで作業? 売れっ子作曲家は辛いわね」
「んー、まーね。でも、昨日――いや、もう今日か。……どっちにしろ、さっき終わったとこだよ」
「……締切は?」
「先週」
「ハァ……何やってんの――よっ」
「いて」
軽いデコピンが、僕の額を直撃する。……ひりつく額を抑えながら、しかし、どこか懐かしさを覚えて、僕は言う。
「アイドル魂、注入?」
「ただの折檻。……もうアイドルじゃないもの」
「なんだ、ざんねん」
約束や契約を何よりも重んじる彼女からすれば、締切を守らないなんて、あってはならないことだ。このくらいの折檻で済まされるのを、感謝すべきかもしれない。
「でも、これでしばらく仕事ないんだ」
「ふぅん……めずらし」
「うん。ちょっと、個人的に忙しくなりそうだから。……でも、僕よりそっちの方が大変でしょ、今?」
「……別に。まぁ、最近ご無沙汰だったのは認めるけど。前は近かったのにね、ここ」
一人暮らしのこの家は、中学に入ってから、曲作りに専念したくて契約してもらったアパートだ。天川駅から徒歩五分という好立地。りんちゃんはよく、初星学園中等部の寮から、こうして世話をしにきてくれたわけなのだけれど――
……彼女の制服を見る。その服は――極月学園のものだ。
「……帰ってくればいいじゃん、初星」
「イヤよ」
「なんで? そもそも、なんで極月学園に行ったのか、聞いてないんだけど」
「言う必要がない……けど、ま、アンタならいっか。……終活よ。――アイドル『賀陽燐羽』としての」
「……分かりやすくて、つまんない理由」
「ハ……言ってなさい」
そんなこと、言われなくても分かっている、とでも言わんばかりに、彼女はただ、そう返すだけだ。
「アンタの方は、別に深く聞く気もないけど。私、これからN.I.Aで忙しくなるから、そんなに構えないわよ」
「うん、大丈夫。人とちゃんと会うの、今日くらいだし」
「あっそ。……今日?」
一度はスルーしかけて、しかし、彼女は聞き逃さなかった。
「早く言いなさいよ、そういうのは。……あぁ、服出さないと」
「いいよ、いつもので」
「ちょっと暖かくなってきたし、上着が厚手のだと暑いでしょ。シャツとジーンズは良いとして……薄手のパーカー、荷物のなか入れとくから」
「うん」
生活力が皆無な僕を、りんちゃんはいつもこうして、世話をしてくれる。多分、比喩じゃなく、何度か命を救われているだろう。ご飯が無ければ、そのまま何も食べないという選択をするのが僕だし。
バタバタと忙しなく動き出した彼女に、僕は声をかける。
「りんちゃん」
「なに? ……あーもう、次から早く言っといてよね。万が一、アイロンかけなきゃいけないんだから」
「うん……いつもありがと」
心からの言葉だった。りんちゃんはそれに、返事をしない代わりに――小さく、呟いた。
「――ホント、世話の焼ける……」