初星学園、校門。そこに、一人の男が歩いていた。
プロデューサ―科一年。たまたま講義が無くなり、折角だからと営業をして時間を潰し、担当アイドルの授業終わりに合わせて登校するという、イレギュラーな一日だった。
残念ながら営業の結果は振るわず。だが、元から計算に入れていないものだ、問題ない……と、そこまで考えていると、気づく。
にわかに騒がしい……というより、校門の前で、誰かが揉めている。
片方は警備員、そしてもう片方は、線の細い少年。……なるほど、無理に入ろうとして、捕まったか、とプロデューサーは結論付ける。
頻繁――というほどではないが、しばしばあることだ。アイドルの養成学校である初星学園には、既にデビューしているアイドルから、アイドルの卵まで、様々な少女たちが在籍している。その誰かが目当てで……あるいは、誰でもいいのか。いずれかは分からないが、無理に見学をしようとする人物は、少なくない。
今日もお仕事ご苦労様です……と、警備員に会釈をして、通りすぎようとした、その時だった。
「だから……
「……月村手毬?」
思わず、おうむ返しに名前を呼んでしまう。その名前は、聞き覚えがあるどころか……彼の担当。あの、心強くも、胃を痛める。色んな意味で目を離せないアイドルの名前だったからである。
不審者に担当アイドルが目をつけられている――そんなこと、看過できるはずもない。
(……最低限、牽制だけでもしておくか。そして、その後素性を調べよう)
さらりと恐ろしい思考を巡らせながら、プロデューサ―は爽やかな笑顔を浮かべて、警備員に目配せをしてから、少年に話しかけた。
「ウチのアイドルに――月村手毬に、なにかご用でしょうか? ……あぁ、失礼、私、こういうものなのですが――……」
名刺を出して、牽制。後ろめたいことがあるなら、僅かにでもたじろぐだろう。……しかし、少年は名刺を受け取ると――
「……この電話番号、月村手毬に繋がる?」
「……は、ええと……それは、私の番号なので……」
「じゃあ、どうやったら、月村手毬と連絡出来る?」
淡々と。その姿に、熱狂的なファンの様子は無い。……それどころか、むしろ――
「お知り合い、ですか? ウチの月村と」
「知り合い、だね、うん。それが、最も正しい表現だ」
「はぁ……」
やはり、ただ彼女と連絡を取りたいだけなのか。かといって――やはり、彼女はアイドル。この言葉が真実なのかどうかも分からない以上、軽率に会わせるわけにもいかない。
「……お名前、教えていただけますか。今、月村に私から連絡をとってみます。彼女がそれで分かるようなら――」
「あぁ、うん。……そうだな、多分、こっちの名前の方がいいかな」
そう、良く分からないことを言ってから、彼は続けた。
「
「……え」
ふざけた名前。聞く者によっては、馬鹿にしているのか、と怒りに顔を染めても、おかしくはない。現に、静かに様子を伺うに留めてくれている警備員は、胡乱げな視線で、少年を見た。
しかし、プロデューサ―には、そのとんちきな名前に心当たりがある。……だが、この名前は騙れる、とも思う。少し調べれば、出てくる名前だからだった。
「……なにか、証明出来るもの、ありますか。貴方が、その……『イカのロース』である、証拠が」
「えぇ……めんどくさいなぁ、もう」
むむ、と眉間に皺を寄せた少年は、しばし考えてから……面倒そうに言った。
「サポートなしで、最後まで歌いきれるようになったみたいだけど……それだけだね。りんちゃんに教えてもらわないと、そんなことも分からないの? ……とでも、伝えてみてよ」