賀陽燐羽世話焼き幼馴染概念   作:たつおのすけ

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太陽には月

 月村手毬と、そのプロデューサ―に貸与された事務所(活動拠点としての、一教室に過ぎないが)に、第三者の人間が居るのは、稀である。

 そんな、珍しい来客である彼は――プロデューサーの勧めを待たずして、どっかと隅の椅子に腰かけた。

 

「あぁ……つかれた。ただでさえ、外を歩くだけで、つかれるのに……」

「……知り合いなら、アポイントメントを取っていただければ、もう少しスムーズだったのですが」

「連絡先しらないもん。かといって、りんちゃんに聞いたら本末転倒だし……なにより、これがあるから大丈夫だと思って」

 

 そう言って少年が出したのは、ボロボロになった……名札のようなもの。〝Guest〟と書いてある。

 

「昔入ったとき、これでパスできたのに」

「昔って……どれくらい?」

「んぇーと……僕らが中一のときだから――三年?」

「……それは、入れるわけないでしょう」

 

 当たり前である。というか、直近だって、毎回発行してもらうはずだ、そのゲストの名札も。

 プロデューサ―が頭を抱えようとしたところで――更なる頭痛の種が、教室のドアを、ガラガラと乱暴に開けた。

 

「どーいうつもりですか、プロデュ~サぁ~~ッ!」

「……今回ばかりは、私に言われても……」

「……それもそうですね」

 

 困ったようにプロデューサ―が言うと、ハッとして、手毬は視線を横にやる。

 

「で……なにしにきたわけ? 笑いに来たなら、残念だったね。私、順調に活動、続けてるから」

「みたいだね」

 

 意外と冷静に……いや、冷静か? 分からないが、激昂したままよりは良いだろう、と結論付けて、プロデューサーは、拗れそうになる前に、口を挟む。

 

「それで……彼が『イカのロース』さんなのは、間違いないのですね?」

「は? なんですか、そのヘンな名前」

「ひどいなぁ。まぁ、三秒で考えた名前だけど」

「……イカにロースって、あるの?」

「知らない。おいしいから、全身カルビでいいんじゃない? ……イカ刺し、食べたいな」

「イカ刺し……!」

 

 やっぱり、拗れた。想定とは違う方向だが。すかさず、プロデューサーは軌道修正を試みる。

 

「『SyngUp!』の代名詞となるオリジナル楽曲。タイトルは、そのまま『SyngUp!』」

 

 『SyngUp!』。ユニットとしての名前と区別するため、ファンの間では、通称『うたっぷ』。キャッチーで可愛らしいメロディと、ノリやすい簡単なコール。何より、ラスサビ前に挟まれる、それぞれの個人パートが盛り上がる、名曲だ。

 

「その作詞作曲者は――『イカのロース』………この楽曲以外に情報はゼロ。私も調べましたが、全くといっていいほど、情報がありませんでした」

「そんな名前にしてましたっけ……というより、わざわざ調べたんですか? 私に聞いてくれれば良いじゃないですか」

「『SyngUp!』時代の話は、慎重にせざるを得ませんでしたから。月村さんのコンディションを、第一に考えた結果です」

「それなら……まぁ? 仕方ないですね」

 

 よし、誤魔化せた。月村手毬の対処も、随分とこなれたものである。

 プロデューサ―が密かな達成感を味わってる最中、少年は意外そうな声を上げた。

 

「じゃ、僕の名前、知らないんだ」

「えぇ、まぁ……そういえば、本名の方を聞いていませんでしたね」

「――浪川真(なみかわまこと)。よろしくー」

「はい、浪川真さん、ですね。……浪川真!?」

 

 浪川真。ある程度音楽に精通していれば、その名前を知らない者はいないだろう。

 突如現れた、新進気鋭の作曲家。数多の人気アーティストやアイドルたちに楽曲を提供し、その多くをミリオンセラーに導いた、まさに天才である。

 

「あ、あの?」

「作曲家の浪川真は、現状僕だけだね」

「な、な、な……」

 

 荒唐無稽な噂――浪川真は、中学生である。プロデューサ―も聞いたことがあったそれが……まさか、本当だったとは。

 それどころか、彼の最初の楽曲は、五年前。先程、少し話していた情報と照らし合わせると、彼はその時、小学五年生であったということになる。……恐ろしい才能だ。

 

「な――なんで言ってくれないんですか、月村さん!」

「え、だって、聞かれませんでしたし……」

「浪川真とコネクションがあるなら、もっと……もっともっと、いくらでもやりようがあったのに!」

「……別に、こんな男の力なんて借りなくても、余裕なので。むしろ、足を引っ張られたら、困るしね」

 

 それでも、一言だけでも欲しかった……浪川真とのコネクションなんて、プロデューサー科の全生徒が欲しい、垂涎モノだ。実際に楽曲が提供されるかは別として、交渉のスタートラインに立てるかどうかで、話は全く違うのだから。

 

「それで、今更なんの用? 私の歌に感動して、曲を作りたくなったとか?」

「……まぁ、そんなとこかもね」

「ほ、本当ですか!?」

 

 そして。その浪川真の口から、楽曲提供を匂わせるセリフ。プロデューサーが前のめりになったのを、誰も責めることは出来ないだろう。

 対して。当の真は、淡々と手毬に目を向けた。

 

「りんちゃんのこと、どこまで聞いてる?」

「……極月学園に編入したって」

「連れ戻したい?」

「当たり前!」

 

 手毬の強い同意に、真は軽く頷くと、今度はプロデューサ―に目を向ける。

 

「N.I.Aに出る……だよね?」

「はい、その予定では……」

「うん、うん。期待どおりだ」

 

 満足げに、彼は何度も頷く。そしてついに――本題を切り出した。

 

「じゃ、りんちゃんに勝って、N.I.Aで優勝してきて。その優勝ライブで、僕の曲歌ってよ」

「……は?」

 

 そしてその本題は、プロデューサーの予想と、反しているものだった。思わず、瞠目する。

 

「その……N.I.Aで勝つための楽曲……ではなく?」

「ヤだよ。なんで僕が、月村手毬が楽に勝つ手助けをしてやらなきゃなんないのさ」

「それは――……」

「……もしかして、勝てないの? なら、秦谷美鈴(はたやみすず)の方にするしかないなぁ」

「……なにそれ、どっちでもいいってこと?」

「勝つだけなら、秦谷美鈴のほうが確実だね。ただ――勝つ前提なら、月村手毬のほうが、りんちゃんの心を、より動かせる。だから、こっちに先に来た」

 

 何か、確信めいたものを持って、彼は言う。……先に反応したのは、手毬の方だった。

 

「いいよ、乗ってあげるよ」

「月村さん!」

「なんで怒ってるんですか、プロデューサー。悪い話じゃないでしょう」

 

 確かに、浪川真から楽曲提供を受けるということは、値千金の価値がある。しかし――気軽に首を縦に振ることは出来ない。

 

「優勝ライブは、既存の楽曲を使うのがセオリーです。あまりこういうことを言いたくないですが……優勝ライブは、結果に関与しない。そこに力を入れるなら、勝負に使う楽曲のクオリティアップをするべきです」

 

 時間は有限だ。そして、戦う前から、勝った後に力を入れられるほど、プロデューサーは楽観主義者ではなかった。

 苦い顔の彼に、真は不思議そうに言う。

 

「仕上げられないの? 『Campus mode!!』なのに?」

「な――ぜ、それを?」

「服。今日見せるつもりだった? そこにあるもん」

 

 事務所の端に、そっと置かれていた衣装を、彼は目ざとく見つけていた。それはまごうことなく、初星学園伝統の楽曲、『Campus mode!!』の衣装に、他ならなかった。

 

「『Campus mode!!』なら、すぐでしょ。覚えるんじゃなくて、磨けばいいだけなんだから。その分、僕の楽曲に時間を割けばいい」

「そんな簡単に……」

「……やる――やらせて、プロデューサー。絶対優勝するから」

「……どうして、そこまで」

「燐羽を連れ戻したいのは、私も一緒です。それに――燐羽のことなら、間違えないと思うから」

 

 自分よりも先に燐羽と仲が良かった、この男のことを、手毬はあまり快く思ってはいなかった。しかし、彼が燐羽のことを誰よりも知っているということを、手毬は知っている。……知っているから、嫌いなのだとも言えるが。

 

「はぁ……分かりました」

「プロデューサー……!」

 

 結局のところ、元々のプランAから、そう変わらない。ただ、勝負に関係のない新曲を一曲、他のスケジュールに影響が出ないように仕上げれば良いだけだ。……だけ、だ。

 ぎぎぎ、と脳の計算機が悲鳴を上げようとするプロデューサーに、真は変わらず、淡々と切り出す。

 

「じゃ、条件を明確にするね」

 

 言って、彼は指を二本立てる。

 

「条件は二つ。一つは、さっき言った。りんちゃんに勝って……恐らく、秦谷美鈴にも勝って。N.I.Aを優勝したら、楽曲を使用しても良い」

「……二つ目は?」

「『浪川真』の名前は使わせない。……『イカのロース』でいいや。作詞作曲は、その名前で」

「……構いません。月村さんは?」

「上等です」

 

 不敵な笑顔で、彼女は言う。……いいね、やる気満々だ。と真は口端を吊り上げた。

 

「じゃ、頼んだよ。……ミスんないでね」

「は、誰に言ってんの? そっちこそ……つまんない曲出してきたら、殺すから」

「誰に言ってんのー」

 

 用は済んだ。軽口を叩きながら、真は部屋を後にする。残った部屋には、ふんす、と意気込む月村手毬と――必死に胃を痛めながら計算をし直す、対照的な二人の姿だけがあるのだった。

 

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