「起きなさい、真」
「んぇ……? あー……おはよ、りんちゃん」
「えぇ、おはよう。それで――どうして、アンタはまた、椅子で寝てるのかしら?」
「んー、だってさー」
「だって、じゃないわよ。……仕事無いんでしょ。そんな根詰めて、何やってるのよ?」
「趣味―」
適当に返すと、胡乱げな視線が返ってくる。僕は気づかないふりをして、首を傾げると……ハァ、と彼女の方が根負けした。
「……ご飯、出来てるから」
「ママー、今日のご飯何―」
「誰がママよ。……和食。焼き鮭と納豆」
「やったー……そんなの、冷蔵庫にあったっけ」
「買ってきたのよ。誰かさんが一向に食材を増やさないから」
寝ぼけ眼を擦って、手洗いだけ済ませる。リビングに戻る時――ふと、りんちゃんの鞄に、見たことのないアクセサリーが付いてるのが、目に入った。
赤色が随分と目立つ――誰か、アイドル?
「めずらしー。だれのグッズ?」
「え? あぁ、
「おね――?」
お姉ちゃん、と聞くと、びくりと身体が跳ねた。
「
「……あー、あの姉妹の」
「えぇそう。……知ってるの?」
「ちょっとね。たまに見てるんだ、N.I.A。……花海姉妹は、その――姉妹だから、目についた」
「ふぅん……ま、そうよね」
否が応でも、反応せざるを得ない。憧れ、そして幻滅した、彼女の姉……
「ファンなの?」
「……だって――『妹との約束を、破るわけにはいかないわ』……って、真面目なカオで言うんだもの」
「……
全く違う声音で、りんちゃんが言う。
りんちゃんの特技。姉に追いつき、簡単に追い越して行った――彼女自身が恐れる、物真似の技術だった。
思わず眉を顰めた僕に、りんちゃんは笑う。
「あぁ、アンタ嫌いなんだっけ、コレ」
「二度と使わない……って言ってたの、りんちゃんだよ」
「私はもういいの。もう――アイドルじゃないから」
諦めたように……呆れたように。彼女は肩をすくめて見せた。
「だってこないだ、美鈴にも負けたのよ? ……ま、それは良いにしても、多分――手毬にも、負けるわね、これじゃあ」
「月村手毬? 戦うの?」
「今度、恐らくね。……ま、そこで私も、お役御免かしら。初星の連中も、結構削ったし。黒井さんとの契約は果たしたでしょ」
くるくると髪先を弄りながら、彼女は肩の荷が下りたようなような顔をして――すこし、寂しそうに目を伏せた。
「いつ?」
「……知ってどうすんのよ」
「見る。配信でだけど」
「……イヤよ、恥ずかしい」
「恥ずかしがる必要はないよ。もうとっくに見てるから」
「――は?」
……そんなに、僕がN.I.Aを見ていたのが、意外だっただろうか。りんちゃんは酷く驚いた様子で、身を乗り出す。
「ど、どの日」
「秦谷美鈴との一騎打ち」
「……ハァ。……酷いもんでしょ?」
「そう? 僕は、今の方が好きだよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃ無いよ。だって今のキミは――賀陽継のモノマネじゃないから」
「――ッ!」
ギリ、と歯軋りの音が聞こえた。彼女にとっての、所謂、地雷。分かっていても、今のは言うべきだと思ったが――やはり、機嫌を損ねたようだ。
「……聞きたくない。もういい」
「……ごめん。でも――本気で言ってるよ、僕は」
「あっそ。……私、用事あるから」
冷たく、彼女は家を出て行く。……それでも僕は――彼女に、アイドルに戻って欲しいのだ。