「や、りんちゃん。……夜に来るなんて、珍しいね」
「……どういうつもり」
「ん、聞いたんだ、アレ」
「どういうつもりって聞いてんのよ!」
りんちゃんは、家に入るなり、そう叫んだ。……何をそんなに怒っているのだろう? 皆目見当もつかない。
「アンタまで、約束、破るんだ。しかも、こんな――最悪な形で」
「え、約束? 破ってないでしょ」
「ふざけないで!」
彼女の感情が、読めない。何に怒っているのか、何に――泣いているのか。僕はただ、困惑するしかない。
「『SyngUp!』にはもう、曲を書かないって言ったでしょ! 忘れたとは言わせない!」
「え、うん。書かないし、書いてないけど」
「何を――」
僕はただ、事実を言うしかない。そんな僕の様子に、流石に違和感を覚えたようで……ようやく、りんちゃんが止まる。
「……待って」
「……どうしたの? なんか、思ってたのと違うんだけど。……また、間違えたかなぁ、僕」
あまりにも、想定と違う。どうしたものか。……うぅむ、と唸っていると、彼女はその回転の速い脳で、何かに気づいたように――少し頬を赤らめながら、言った。
「……もしかして、なんだけど……」
「うん」
「『SyngUp!』に楽曲を提供しないって……あくまで、『SyngUp!』というグループに、ってこと?」
「……それ以外、何かあるの?」
ぼっ、と、赤みがかった頬は、完全な赤に染まる。羞恥に悶えながら、彼女は絞り出すような声を上げた。
「わた…――私っ、『SyngUp!』のメンバーに、ってこと……だと……」
「え」
んなアホな……とでも言ってしまいそうだった。なんでわざわざ、メンバー一人ひとりに対して、曲を書きませんと宣言するのだ。
しかし――そう思うと、辻褄が合うことがある。
「……だから、僕に声かけなかったの?」
「声?」
今度は、りんちゃんが困惑する側だ。そして、僕が説明をする側に回る。……ちょっと気恥ずかしいが。
「……その。『SyngUp!』が解散して、ソロ活動になったじゃん」
「……私、ほぼ活動してないけど。それで?」
「いや、そこで声かけられるかなって……思ってて。でも、一向に話が来ないから、僕の曲なんて、いらないのかな、……て」
随分な炎上をしての解散だったけれど、りんちゃんがそのくらいでめげるとは思わなかったし。何より、よく見てるファンなら、彼女が庇ってああいう物言いをしたのは、理解されていたはずだ。
だからこそ、すぐに僕に楽曲制作の話が回ってくるのだろうな、と期待して――そして、何も来ずに、焦ったのだが。
「その――だから、今回は証明をしようと思ったんだ」
「証明?」
「僕は、アイドルの曲が書ける。その人の、そのものの曲が。……聞いたでしょ、『ミチノサキ』。今の月村手毬を、何よりも表している曲だと、自負している。……これを書けば、りんちゃんも見直してくれて。アイドル『賀陽燐羽』が――
僕の意図は、ずっとこうだった。僕の実力の証明。僕の曲が、りんちゃんにどれだけ利を与えるかを、アピールしてみたつもりだったのだが。
しかし彼女は、俯きがちに、小さく言った。
「……挑発にしか、聞こえないわよ。もう、私は要らない、って。手毬にも――アンタにも、もう賀陽燐羽は不要なんだって。そう聞こえた」
「そんなわけ!」
天地がひっくり返っても、そんなことはあり得ない。人生で一番かもしれない大きな声を出した僕を、りんちゃんは今にも泣きそうな顔で見た。
「ばか真……っ。そうならそうと……さっさと言いなさいよ」
「う……ごめん。でも、りんちゃんだって、初星辞めるときだって、僕に一言も言ってくれなかったからね」
「……うるさい」
それを言われると、彼女も痛いらしい。口を尖らせて、そっぽを向いた。
「……ねぇ、りんちゃん。キミの曲を、僕は書けるよ。『賀陽継みたいな曲』じゃない。……もちろん、月村手毬でも、秦谷美鈴でもない、キミだけの曲――アイドル『賀陽燐羽』の曲が」
僕のアピール、その、最後の一手。思っていた流れとは違ってしまったけれど、今ここで言うしかない。
僕は押入れから、あるものを取り出して、りんちゃんに見せる。
「……なによこれ」
「USBメモリ」
「そうじゃなくて」
そんなことは見ればわかる、と白んだ目のりんちゃんに、僕は頬を掻いてから、これの中身を告げた。
「三十曲入ってる。――キミの曲だよ」
「――は?」
「だから、今までに作った、賀陽燐羽の曲」
僕の言葉に――りんちゃんは目を見開いて、口をあんぐりと開けた。
「『SyngUp!』――あの三人の曲は一曲しか思いつかなかったけど、キミの曲なら、いくらでも湧いて出てきたから」
「な、な、なんで今まで、隠してたのよ!」
「三人でりんちゃんの曲歌うの、意味わかんないし。かといって、ユニットなのにりんちゃんが一人で歌うのも、意味わかんないし。……なんかこういうの、メンバー同士の軋轢になりそうだし?」
「……それは、そうね。アンタにしては冷静」
「へへ……」
「でも! 私には一声かけなさいよ! 三十曲も貯める前に!」
それは――そうだったかもしれない。確かに、こっそりとりんちゃんにだけ言うのであれば、彼女のことだ、上手くやっただろう。
そんな手段が……と愕然としていると、りんちゃんは呆れて……どこか自重気味に、薄く笑った。
「ばかみたいじゃない……あぁもう、全員ばか。私もアンタも、手毬も美鈴も!」
「……月村手毬と秦谷美鈴は、関係ないと思うけど」
「しらない!」
……拗ねてしまった。ああもう、なんだかグダグダだ。僕の想定では、りんちゃんが興奮気味に部屋に来て、「曲を作って!」「はっはっは、もうあるぞい」「そんな、すごい!」……と、なるはずだったのに。
世の中、上手くいかないなぁ。……もう、格好はつけられないが、改めて、確認だけ。
「……ね、受け取ってくれる? 僕はまた――キミが歌う姿が、見たいんだ」
「……アンタのそうところ、嫌い」
「え」
ハァ、と大きなため息をついてから。彼女は自身の手を、僕の手に重ねて――
「そんなの、決まってるでしょ。言うまでもないわよ、おばか」