青の日   作:アンタンポン

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番外編含めてあと6話ぐらい続きます。
お付き合いいただけたら嬉しいです。


雨の日の約束

雨が降り続けた。

 

季節は梅雨に入り、まるで空が、何かを洗い流そうとしているかのように、毎日、静かに、そして長く降り続けた。

 

僕はいつの間にか、放課後になると屋上へ行くのが習慣になっていた。

そこは、生徒たちがほとんど来ない場所だった。雨の日は、なおさらだ。

 

屋上には、仄かに雨の匂いが満ちていて、濡れたアスファルトの色は、どこか懐かしく、そして少しだけ寂しかった。

 

ときどき、その屋上に、セシリアがふらりとやって来ることがあった。

 

彼女は、最初のうちは屋上に来るたび、どこか戸惑っているようだった。

でも最近は、まるで「そこに行くのが当然」という顔をして、僕の隣に立つようになっていた。

 

「……また、ここで会いましたわね」

 

彼女は、あの日と同じように、今日も傘を差していない。

 

「雨、濡れるよ」

 

「いいの。……こうしていると、少しだけ子どもの頃を思い出せますから」

 

彼女の横顔は、どこか遠くを見ていた。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「あなたは、怖いものって……ある?」

 

彼女は、ふいに、そんなことを訊いてきた。

 

怖いもの。

 

考えたことがないようで、いつも考えていることだった。

 

「……たぶん、忘れられること、かな」

 

「忘れられる?」

 

「うん。僕が誰かと、すごく大事な思い出を作っても、その人が僕のことを忘れてしまったら……きっと、それはすごく寂しいんだと思う」

 

セシリアは、小さく目を瞬かせた。

彼女は、ゆっくりと、唇を開いた。

 

「……私は、忘れる方が怖いですわ」

 

「え?」

 

「自分が、大事だったものを、何かを、心から好きだったものを、……自分の方から忘れてしまうのが、いちばん怖いの」

 

彼女は、ゆっくりと雨に濡れる地面を見つめた。

 

「私、ほんとうは……思い出って得意じゃないの。大事なことなのに、少しずつ曖昧になっていくことが、怖くてたまらない」

 

「……うん」

 

「だから、ブローチも、私、ずっと捨てられないの」

 

彼女は、制服のポケットから、小さな青い薔薇のブローチを取り出した。

 

少し色褪せて、所々傷がついているようだった。なんてことないブローチだった。

でも、彼女はそれを、まるで宝物のように、大事に持っていた。

 

「小さい頃、私を助けてくれた男の子からもらったブローチ」

 

僕は、黙ってそのブローチと彼女を見つめた。

 

「……その人の顔は、もう思い出せない。でも、どうしても捨てられなくて……。私、このブローチを捨てたら、その人のことまで、消えてしまうような気がしていて」

 

「……それでもいいんじゃないかな」

 

「え?」

 

「人って、忘れてしまう生き物だよ。……でも、大事なものって、きっと無意識のうちに残ってる。だから、たとえ忘れてしまったとしても、その人はきっと、セシリアの中にちゃんといるよ」

 

セシリアは、じっと僕を見つめた。

 

「……それって、あなたの願いかしら」

 

「願い……かもね」

 

ふっと、彼女は笑った。

 

その笑顔は、どこか壊れそうで、でもたしかにそこにあった。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「もし私が、その男の子のことを忘れそうになったら、あなたが教えてくれる?」

 

「……うん、きっと」

 

「約束よ」

 

「うん、約束する」

 

雨音だけが響く屋上で、僕たちは誰にも聞こえない、小さな約束を交わした。

 

遠くで雷が鳴った。

雨は少し強くなり、僕たちの肩を冷たく濡らしていった。

 

けれど、どういうわけか、僕はあの日、ほんの少しだけ、心があたたかくなっていくのを感じた。

 

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