先ほどからワラの上で横になってどれくらいの時間が流れたのだろうか。
現在の時間は【子の刻】に入ったばっかりだろう。
横になっていても全く眠ることが出来ない。今日は普段よりも少し風が強くて、草の音や、小屋の音が少しうるさいくらいだ。
そんななか、別の音が聞えた。
…ッ…ッ…ッ
少年がワラの上で眠っていると、外で物音が聞こえた。
だが、夜になると少年が鬼になると噂されているので、誰も近づいてこないはずだ。
でも、確かに音が聞こえた。少年は体を起して戸のスキマから外を眺めていた。
「…だれもいるわけないか」
夜にここに来る人は居ない。つまり、寝る時にはここは静かで、寝心地がいい。ましてや、夏であるので隙間風がとても涼しい。
少年は、風の音などと思い込み、再び体を倒して寝ようとした。しかし、気になって眠れない。
外に行って確認したいが、縄が邪魔で動けない。せいぜい動ける範囲は、小屋の中くらいだ。
とりあえず立ち上がって、戸の方に近づく。
タッタッタ…
「!?」
何かが走ってこちらに近づいてくる音が聞こえる。音は、少しずつ大きくなってきてる。
見つかってしまえば、夜にまで暴行をされかねないのでどうにかやり過ごしたいが、手段などひとつも無い。
少年は、再び倒れて顔をワラで隠すように、かがんだ。その姿は、震えていた。
ダッタッタ…ドサッ!!
「えっ!?」
近くで何かが倒れた音が聞こえた。多分走ってこっちに向っている人だと思う。
「うぅ…いたいよぉ…」
女の子の声だ。走ってこっちに来ているのは女の子らしい。しかし何故こんなところに来たのだろうか。
「あ…あそこに小屋がある…」
少年はギグッとした。
(やばい…こっちにくる!!!)
ザッザッザ
次は走っているのでなく、歩いているようだ。だが、音が聞こえるたびに、少年は気が飛びそうになる。
(来るな…来るな!!)
少年は、ワラを一箇所に集めて、山のようにしてその中に息を潜めた。
ガガガッ
木製の横引きの扉は、鈍い音を立てて開けられてしまった。入ってきたのはやはり少女だった。
少女は身長は少年くらいで、同じ年頃だろう。いつも来る人間の付けている和服と違って、しっかりとした和服に見える。
「つかれたなぁ…とりあえず座ろ」
少女は、壁によしかかって右膝にある傷を見た。おそらくさっき転んだ時にできた傷だろう。
(彼女はボクがここにいることを知らないのか?)
実際に村などに行ったことが無い少年は、全ての人間がこの小屋を知っており、鬼が住んでいると考えているのかと思ったが、そんなことが無いみたいだった。そして、少年が鬼と呼ばれていることを知らない人がいることに、小さい希望すら持てた。
少女は、膝の傷を見ていたが、首にぶら下げていた小さい袋から、薬草らしいものと、縛る為の布をとりだし、膝に巻きつけた。
作業を終えた所で少女は、力を抜いて横になろうとしていた。
「ん?ワラがある?」
ついにワラの存在に気がついた。少年は再び気が飛びそうになった。
(やばいっ)
少女は、座ったままこちらに近づき、ワラの山からワラを取った。
「えっ!?」
(しまった!!)
ワラのスキマから、少年の腕が見えてしまった。
「い…いきてるの…?」
少女は驚愕した表情を見せた。少年は今もワラに埋まっている。
「あ…あの…。」
(どうするどうするどうするどうするどうする・・・)
少年は頭の中が爆発するくらい考えた。これまでまともに人間と名はしたことが無いので、どのように対応をすればいいのか、全くわからない。
「う…」
とりあえず声を出してしまった。これで、夜も人間に暴行を受けると考えると、涙が出そうになった。
「あ…!その傷大丈夫ですか!?」
少女は、いきなり腕を掴むと、先ほど使っていた道具と同じものを取り出して作業を始めた。
「だい…じょう…ぶだから…どうせ、すぐ…なおるし…」
少年は震えながら話をした。しかし、すぐに怪我が治るのは事実で、自分でもその能力に驚かされるので、本当に鬼の力なのかもしれないと考えてしまうこともあった。
少年が大丈夫と言っても彼女は作業を続けた。そして、少年は一つの質問をした。
「き…君はボクが何て呼ばれているのか知らないのかい?ボクは人々に【鬼の子】と呼ばれているんだよ!?」
少女は笑みを浮かべて答えた。
「たしか鬼って物語の中の生き物でしょ?それは、現実には存在しない生き物。今、君は現実に存在しているから、私は鬼ではないと思うけど…。」
少年は雷に打たれたような衝撃を受けた。『こんな人間もいるのか…』と、少し安心した。
「よし!手当ても終わったよ」
彼女は満面の笑みで終わりを伝えてくれた。これまで生きてきた中でも一番印象的な表情だった。
「んじゃ…次は…」
彼女は立ち上がり、突然【縄】を解きはじめた。
「え!?なにをやっているの!?」
少年の両腕は縄でしばられている。しかし、解いてしまえば、他の人間から罰を受けてしまうだろう。 しかし少女は『そんなこと知らない』みたいな表情で鼻歌交じりで解き始めた。
少女はよほど器用なのだろう。ガチガチに結ばれていた縄をほどいて、少年を解放してくれた。腕が自由に動かせる。それは普通の人にとっては、当然の事だが、生まれながらにして、自由を奪われていた少年にとっては初めての経験だ。
そこで少年は再び質問をした。
「君は何でこんなところにいるの?なんで助けてくれたの?」
少女は、少し淋しそうな表情をして、答えてくれた。
「私は、自分の家が嫌いなの。だから家出をしてきた。もちろん何人か追ってきたけど、隠れてやり過ごしてきたの。そして、たまたまここに小屋があったから寄って見たらあなたが居たの。しかも、ケガをしているし縄で縛られているし、助けるしかないと思ったから助けたの。」
「そっか…。でも、ここにいたら危ない。早く別の場所に逃げないと…。」
少年は戸を開けて、初めて外に出た。空には、月が浮かんでおり、蛍が水沿いに飛んでいて、虫が音楽を奏でている。
彼女も外に出てきて、一緒に景色を眺めた。
「うわぁ~。逃げていたからよく見てなかったけど綺麗だね~。」
すると彼女は、少年の右手を握ってきた。
「え?」
「一緒にいこ?」
少年は一瞬戸惑ったが、手を握り返した。初めて握った手。力加減がよく分からず、「ちょっと痛いよ…」と言われて、焦って力を抜いた。
三日月が輝く中、少年と少女は二人っきりで手を繋いで、一緒に歩いていった。目的地は、【鬼の子】と、少女を知らない村だ。少女は地理についても詳しいらしく、少し遠くにある小さい集落を目指した。