響く銃声に誰もが身を固くする。
誰かが誰かを殺そうとしているという異常に日本人はあまりに馴染みがない。
けれどそこで動けるものは二種類いる。
まず片方は緑谷出久のような人間だ。恐怖は感じている。身がすくんでいるだろう。しかしそれ以上に善の心に突き動かされて体を動かすことができるものたち。
考えるよりも先に動く彼らこそが英雄であって。そして動いた結果、幸運にも死なずに生きているものたちをヒーローと呼ぶ。
もう一つは自分のような人間だ。
殺意になれれば特に怯まなくて済む。人からの悪意や攻撃が日常となれば今更動揺などする必要もない。訓練の賜物と表現できなくもないが、これは一種の感覚麻痺と言えるだろう。
今朝の女体化騒ぎの直後にも命の危機はあったことを思い出す。
「かあいいねぇ」
その声がすることはわかっていた。それは別に特別な力でもなく、経験の賜物であって準備の結果だ。
背中に伝わる衝撃は本来ならそれが肉にまで到達していただろう強さと鋭さを持っている。
だけれど俺はまるで気にせずに、背中に友達がもたれ掛かってきただけのような動作で受け止めた。
「トガちゃん。おはよ」
後ろから抱きつくようにして現れたその人物は、二度三度と持っていた刃物を刺せる場所がないかと素早く突き刺してそれが刺さらないと見るや手品のように刃物をしまいこむ。最新の防刃素材は完璧に機能してくれていた。自分が警戒するのは首だけで良い。
その一瞬の攻防は側からは見ることはできていない。まるで仲の良い女子中学生が友達に後ろからもたれかかるような姿勢になっていた。
「おはよう淡輝くん。いつもよりとってもかあいいね」
ぱっと見は狩峰雫月に女の子が後ろからハグをしてきたような、そんな場面。
八百万百は咄嗟にそれを異常な光景であるとは思えなかった。
だがしかし、その子の目を見たときに思わずゾッとして思わず身を引いてしまう。なぜそう見えたのかはわからないがまるで相手を殺してしまいそうな強い想いが見えた気がして。
「あ、その……。ごめんなさい。」
でも人の顔を見てそんな反応をするなんて失礼だ。これはよくないと思うがしかし、彼女はほとんど白目を剥いているように興奮している。
「淡輝くんの血の匂いで、雫月ちゃんのかあいい見た目。判別のためにちうちうさせてください」
「ち、ちゅー!?」
「いや、血液吸わせろって話ね。蚊みたいな要求だから、チューじゃない。そして嫌だよ。だいたい今吸ったら普通に女になるんじゃない?あ、こちらトガちゃん。こちら百ちゃん。たぶん二人とも受かりそうな実力だから仲良くしてね」
「まだ何もわからないのですが……いえ、失礼いたしましたわ。私は八百万百。幼馴染です。あの、あなたは一体。どんな関係ですの?」
「嬉しいな。百ちゃんだ。よく知ってます。住んでるところもご家族も、好きな紅茶の銘柄も、トガはだいたい知っているのです。おばあちゃん具合は良くなった?刺繍教室も盛り上がってたのにねぇ。早くよくなるといいねえ。試験に向けていっぱい食べててかあいいねえ」
「っ……!」
唐突な個人情報の洪水に先ほどの反省も忘れて怖気に震える。この子は一体なんなんだ?
「トガちゃん。いきなりストーキングで得た情報を全開示は威圧感やばいよ。女子でもギリセクハラになるかもしれんから、やめなねそれ」
「す、ストーカー?とおっしゃいました?」
「その呼び方好きくないです。淡輝くんの周りの人たちにいつでもなれるように下調べしただけなのに」
それを世界はストーカーと呼ぶんだぜ。ちなみにこの襲撃を防ぐために死んだりはしていない。彼女にはモバイルデバイスのハッキングをしてあり常に監視している上で、ドローンと衛星でも追っている。
どっちがストーカーだって?避けるために徹底的に情報集めるのをストーキングというのなら甘んじて受け入れるしかない。
「あの、なぜそんなことを?」
びっくりした。百ちゃんに怒られたかと思った。俺にじゃなかった。
でも百ちゃんから真っ当な疑問が飛んでくる。声をかけてもらって嬉しそうに答えるトガちゃんはまるで恋する乙女のように顔を赤らめて嬉しそうだ。
「いっつも誰かになりたくて大好きな人とおんなじになりたかったけど、ただの血にはあんまり興味がなくなりました。淡輝くんのおかげで、月の香りが大好きになったのです。」
「……えっと?」
狂気とはつまり、自分なりの論理で完結していることだ。あ、こいつやべえわと思うのは発狂して叫んでいるやつではない。絶妙に会話が噛み合わない、それもそれはちょっとしたズレではなく根本的な世界観が異なっているんだ。
「ご覧の通り世界観強めなんだよね。かなり反社会的だけど悪い子じゃないから。いやまじで変わってはいるけど」
「淡輝くんにだけは言われたくないですー。普通じゃなくていいって教えてくれたのは淡輝くんですよ?」
そう言いながら関節を極めようとしてくるので返して転がした。空中で回ってなかったことになる。これが達人の間合いってやつだ。あの五年前の事件からずっと続いている可愛らしい殺し合い。そんな日常の一つである。
「わからないですわ。どうしてそんな風に、しているのですか?」
「吸いたいのに吸わせてくれないから、襲ってるの。合意の上だからこれは犯罪じゃないって」
「日本ではアウトだけどね」
彼女は五年前に関わった時は、ただの不幸な少女であった。環境や不理解な大人に囲まれていてこのままじゃヴィランまっしぐらだったから、色々カウンセリングしつつ遊んであげてたらこんなになっちゃった。
とほほと不条理について語るが、百ちゃんは共感はしてくれそうにない。
「こんなになっちゃった。じゃありませんわ!もっとちゃんと説明を!」
冗談で許してくれない百ちゃんの叫びの途中で記憶が途切れる。
もう一発続いて聞こえた銃声で、思考が現実へと戻ってきた。
響く銃声は彼らにとって日常なのだろう。そこまで劇的な反応はない。
しかしそれでも、今回は別のことも起きたようだった。遠くで騒ぎが起こりその動揺が伝播する。
インカムに情報が共有された。
『現在ミャンマー全域で武装勢力による攻撃が激化しています。国境付近では銃撃や放火が起こりそれを避けるように人々が動き始めています。また一部地域では個性による電波妨害が……』
そこまでサポートAIが語ると、ノイズで塗れてまともな音が聞こえない。
しかし、部隊長クラスの機器には衛星とのレーザー通信を可能とする装備が積まれている。ジャミングをしている何かと近すぎなければそちらで通信ができるはずだった。
この村落への支援においてその隊長を務めているのはヒーロー、イレイザーヘッドであり、試験官でもあった相澤が直接指揮をとっている。中でも優秀かつ進んで志願したメンバーを選抜しこの最も危険な場所へと引率している。
「通信網はまだ生きている。支援は継続だ。武装組織の侵入と一番近いのは我々であり、後方へ下がれば問題ない。しかし、一つ厄介な情報も入ってきた」
今ここにいる受験生へと問いかけるような調子で説明を続ける。
彼らの名前は流石に覚えていた。かなり優秀な面子である。精神的なところは置いておけば十分に前線でも動けるだろう。
以下の11名がこの最も過酷な場所の、過酷な時間まで残っていた。
爆豪勝己、緑谷出久、轟焦凍、八百万百、夜嵐イナサ、塩崎茨、骨抜柔造、飯田天哉、常闇踏陰、渡我被身子。そして俺、狩峰淡輝だ。
「火事と襲撃は連動している。そこの避難誘導に可能な限りの人手がいる。そしてできれば、女性かつ子供であれば、この避難誘導はスムーズに行える可能性がある」
そこにいた見込みのあるヒーロー候補たちは全員が即座に手を挙げるが、それを抑える。
「お前たちに試練を与えることには賛成しているがしかし、この状況は俺でも推奨はできない。なぜなら……」
相澤が語る内容は、挙がっていた手を下げさせるには十分な内容だった。流石に彼もそこに子供を連れて行きたいとは思えない。
「もう一度聞くぞ。行けるやつは?」
一部の手が即座に上がり、そしてゆっくりと迷うように誰もが手を挙げる。
「早く手を上げなかった奴は待機しろ。これは命令だ。そして今、手を挙げない判断をした奴はその判断を尊重しろ。自分にできないことを把握することほど重要なことはない」
それでも即座に手をあげた者たちがそこにいる。それははっきり言って勇気ある行動というよりは向こう見ずな蛮勇と言えるかもしれない。淡輝の目線では、役に立つのは緑谷くらいじゃなかろうか。いや、トガちゃんは別に精神的には動揺しないだろうし彼女も動けるだろうが。
「残ったのはお前らか。では全員で向かうが、実際に入るのはお前らだけだ。覚悟はしとけよ」
緑谷出久、轟焦凍、夜嵐イナサは現場を想像し、すでに辛そうに顔を歪めている。
爆豪勝己は緑谷が挙手するのを見ると自分も負けじと手を上げた。
渡我被身子はその先にある悲劇などどうでもいいと言うように狩峰淡輝のことをじっと見ている。
そこまで長くない移動を終わらせて、とある貧民窟のような場所に到着した。
遠くないところに煙が複数上がっており、人々が慌ただしく逃げたりその煙に向かって行ったりしている。
「いいか。この区画の子どもたちは大人の姿が見えたら隠れるものが多い。だからお前たちが外に連れ出してこい。非常に困難な仕事だが、これはここから連れ出せる最高の機会でもある。できる限りでいい、ここから救ってやれ」
その口調にはこれまで感じたことのない配慮や心配りが見受けられた。
「はい!できるだけ、子どもたちを連れてきます!」
緑谷は覚悟を決めた表情で応える。他のものは黙って頷き、そして爆豪は緑谷を睨みつけていた。
「おいデク。てめえ足引っ張んなよ。いや、やっぱお前は車で大人しくしてろ。無個性の役立たずが出しゃばってんじゃねえ」
「おい。爆豪。女性の方が比較的マシなようだが、威圧的な態度や言葉。強い語気を交えれば、子供たちは二度と捕まらないぞ。その辺りしっかり認識しとけ」
爆豪は黙り、控えめに舌打ちを打つだけに留めていた。試験官に対する態度ではないが、よほど緑谷のことを意識しているらしい。
本来なら叱責ものだが、すでに子供たちも近い。そして火事も広がっている。相澤はブリーフィングを切り上げて行動を始めた。
「ここではお前らが動くのが合理的だ。頼んだぞ」
静かな声に背中を押され、ヒーローたちが静かに駆け出す。
銃声がまばらに聞こえてくる。遠くで暴力の音がする。それがここの日常だった。
火事の現場の間近まで来ても、多くのものたちが待機となる。彼らの性格と能力を考えれば待機など我慢できそうもないだろうに、それでもそこで待っているのは自分がちゃんと動ける想像ができなかったからだ。
それはなぜか。相澤の説明にもあったが、ここはある商売をする場所だった。
それは売春だ。この売春宿が連なる貧民窟はこの国の闇が澱のように吹き溜まる行き止まりである。
中でも厄介だったのは、
ここは多様な需要に応える形で男女問わず、年齢を問わずに奴隷のような扱いを受けている。
家族以外の大人を恐れる子供たちが逃げ遅れていて、火事になっても逃げられない子供も多いと予測された地域がここだ。
倫理的には中学生にここの救助に当たらせることはできないが、そんな当たり前なことを言っていれば人は死ぬ。
だから常識なんかかなぐり捨てて、爆豪勝己はここにいる。
なんだ、これは。
だいたい、この試験が始まる前からおかしかった。
陰キャクソナードのデクがやけに堂々としててイラついた。未知の試験。UAIランドの様相にも何も意識してないような、なんでも知ってる顔をしているように見えて頭に血が昇ってしまった。
ふざけんなよ。なんだこれ。
今の光景はなんだ?自分が想像したこともないようなそんな傷を負った子どもたちが目の前にいて。そしてできるのは彼らに笑いかけて、手を引くこと。安全な場所に連れて行くこと。
なのに自分は何をしている?
どうやって声をかけていいのかわからない。
あの狩峰とかデクに呼ばれてたやつは現地の言葉で笑顔で声かけていやがる。
デクは笑顔じゃない。でも必死に堪えて身振り手振りで助けたい気持ちを全身を使って伝えてる。危害を加えそうにない様子だってことは言葉がなくてもわかるらしい。
あの二人だけが動けていた。そしてそのうち、他の奴らにも指示が出る。
けれど自分には指示がない。置いてけぼりになる。
指示がないから動けない?この俺が?
「おいっっ!このクソナーっ」
意識したわけじゃない。いつも通りの声量と口調でデクを怒鳴ろうとすると、硬質な布が口に巻かれてそれ以上を話せなくなる。自身への唐突な攻撃に対して反射的に爆破が出かけるが、なぜか個性が発動しない。
布の先を見れば、試験管でもありヒーローでもある相澤とかいう教師がジェスチャーで口を閉じろと伝えている。
無線にイレイザーヘッドの声が響く。
「ブリーフィングを忘れてるんなら今すぐ帰れ。大声を使っていい場所じゃないんだよここは。威圧的な態度にトラウマを持った子どもが多くいるってことをもう忘れたのか?」
「っんなこと!」
わかってる。そう言おうと思っただけなのに、声は意図せず大きくなってしまった。またも布が口を縛り、その声を封殺する。
そんな爆豪の様子を見た子どもたちがパニックを起こし始める。
大人同士の喧嘩。言い争い。それが起きた後に被害を受けるのはいつも彼らだったのだから。
せっかく集まってきた子供達が立ち上がり、そして後ろに下がって行く。
誰かが走り出せば、蜘蛛の子を散らしたように逃げるだろうその緊張状態を引き起こしたことを自覚した爆豪は、それをどうにかしようとさらに必死になって……
負の循環が起きようとした時、それは来た。
「
オールマイト、本人ではない。
オールマイトのモノマネをした緑谷が淡輝から習ったビルマ語で「私が来た!」と宣言したのだ。
緑谷のオールマイトモノマネはクオリティが高い。その完成度は国境を越える。すでにアメリカとイギリスで実践済みである。
現在は女性化しているため、いつもよりも再現度が低いがそれでも画風が変わったように顔に陰影が生まれて、見違える。何度見てもよくわからない。どんな芸だよそれは。
ちなみにこれは笑っていいところなのだが。子供達は唖然としている。
けれどそれでいい。平和の象徴が生み出した思考の空白にやれるだけを叩き込む。
電波妨害や複数のジャミングによって同時翻訳アプリが使えない今、事前に調べておいたビルマ語で勝負をかける。
「
練習していた手品でどこからともなく出現させるのはお菓子だ。
サプライズマンチョコという駄菓子で注意を引く。オールマイトのシール付きのチョコである。
彼らは訳もわからず、それでもお菓子と大好きなヒーローのシールに釣られてそれを開ける。食べ始める。
即座に全員へと回るようにお菓子を配っていると段々と集まり始めてきた。逃げ腰だったのに、今ではこちらに近づいてくる。
オールマイトファンだから押し付けたわけじゃない。こんな限界の集落の中にもオールマイトのポスターはあったのだから勝算はあったし、彼でダメならきっと誰でもダメだろう。
チョコの甘味で緊張が解けると、オールマイトモノマネを指差して子どもたちははしゃぎ始める。
「やはりオールマイト。オールマイトは全てを解決する」
「オールマイティとオールマイトをかけてるんだよね。すごいや狩峰君。発想としては当然のように思えるけど、このタイミングでこのアイデア。良くそんなこと思いつけるなぁ。ちなみにさっきのオールマイトはシルバーエイジの時の……」
「ギャグ説明すんの残酷だからやめてね?」
笑う人数が増えることで、集まってくる子どもたちが増えてくる。
凄惨な傷を負っていても、不潔で匂っていても。傷が膿んでいても。彼らはまだ笑えるのだった。
そしてそうやって誘導し、避難のための移動手段まで誘導できた。
最後は離れたがらない子供すらいて、そっちで少し困ったがどうにかこの区画で手を伸ばせる子たちは集められそうだった。
パン。と乾いた音が村に響いた。
それはすでに耳馴染みすらある銃声だった。これまで聞いた中でも最も近い、すぐそこでの発砲音。
すぐそこに暴力がやってきた。
それに即応する自衛隊の隊員たちが踏み入っていく。その動きは淀みなく、最適な行動と陣形をとっている。さらに飛行するドローン群が向かっていく。おそらく対処は容易だろう。それよりは子どもたちのパニックが問題だった。
銃声が鳴ってから、緑谷の動きは特に速くなっていた。
子供達を抱きしめて護送車まで運ぶ。その動きを負担をかけないよう最速で実行する。
先ほどまでは使っていなかった個性を用いて、人を救う。
ワンフォーオール・フルカウル 4%!
オールマイトから受け継いだ力を全身に漲らせ、体の基礎能力を飛躍的に高める。
体が発光するほどの力が迸り、子供の数人であれば重さすら感じないほどの力が発揮できる。
10人力の馬鹿力を発揮しつつ、人を傷つけないように繊細に運用。これまでの数倍のスピードで子供達を運んでいく。
淡輝も走り出した。最も危険な位置にいる子どもを助けるために。
緑谷は一心不乱に子供たちを運んでいく。
「ごめんね。すぐに安全なところに運ぶから、捕まってて」
言葉は通じなくても、気持ちは通じたようでしっかりと子供達はしがみつく。
「なんで、泣きそうなの?」
その中の一人が、純粋な疑問を口にした。その言葉の意味は届かない。
涙を流してはいなかった。それでも緑谷は心の中で泣いていた。
この惨状を目にして、傷つき続けている子供達を見て。緑谷出久は自らの無力に。理不尽な暴力を振るう者たちに。自分勝手な欲望をぶつける奴らに。怒りを感じずにはいられない。
傷だらけの子供たちが湿った様子でそこにいる、その横にはつい先ほどまでその子供を買っていただろう大人たちがほとんど半裸で逃げ出そうとしている。
子供を押し退けて自分が助かろうとする姿を見れば、頭が沸騰しかけるがここで怒りをぶちまければ、きっと何人かの子供達は逃げてしまう。
だから、笑わなきゃいけない。それなのに、泣かないのがやっとだった。
まだ、笑えない。僕はまだ、笑えないですよオールマイト。
助けたくない汚い大人も助ける。本当に吐き気を覚えたが、それをした。見捨てることはできない。
必死に辛い顔をしないように全力を傾けてないと叫びそうだった。
涙を流してそこで足を止めてしまいそうだった。それでも決して体は止めない。心は折れてなるものか。
だってテレビで見ていたオールマイトの救助シーン、あの意味が、その凄さがようやく理解できたのだ。
大災害の最中、たった一人で1000人以上を救った彼でも、全員を救うことはできていなかった。それくらいの規模だったし、そもそも初動でそこにいることはできなかったのだから仕方ない。
それでも、人が焼けていく姿を見ながらも。あそこまで人を救ってそして安心させるためにあの笑顔をしていたのだ。
オールマイトに近づくほどわかる。彼は本当にすごいヒーローなのだ。
これまで気づけなかったいくつもの事実に今気付かされる。
これまでの海外での経験でも手加減されていたんだ。試練だとか厳しくいくとか言いつつも、やっぱり狩峰くんは優しかったと今わかった。
彼はまだ何を考えているのか全部はわからないけれど、人を救うために本気でやっていることはわかる。
避難誘導のために手品を練習するなんてするか?誰とでもどんな言語とでも話せるのが当たり前なのに、翻訳機が使えないことを見越して現地の言葉を覚えておくなんて今の時代にそうそう思いつけない。
彼は笑顔で子供たちの不安を除いている。走りながらも拙いビルマ語で子供達を安心させている。
僕も、僕だって!
緑谷出久は気づかない。いつの間にか6%を超えた出力を使いこなしていることを自覚できていない。
もっと早く。もっと多く。さらに向こうへ。
それは力への渇望などではなく、ただ人を助けたいという純粋な願いが背中を押していた。
緑谷出久は気づかない。いつの間にかトラウマである爆豪勝己のことを一切意識していない自分を自覚できていない。
かつてあれほどビクビクと顔色を伺い続けたことも忘れ、彼が苛烈な目線で自分のことを睨んでいることなど何も気にしていなかった。