夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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第三層 人間っていいな

 

抗議はいくらでもあるだろう百ちゃんを、耳打ちして一瞬で黙らせた。

 

「てことで頼むよ。邪魔はしないで、お互いの好き勝手やってるだけだからさ」

 

「あは。そうですよ。いつもみたいに遊びましょう」

 

刃物が唸る。

 

振り回しているというより、踊っている。トガちゃんは距離を詰めるのが異様にうまい。踏み込みは軽く、重心が低い。刃は振る前からそこにあり、避けたと思った位置にもう一つ来る。

淡輝は後退しながら銃を撃つ。狙いは胴体ではない。肩、太腿、手首。動きを止めるための射撃だ。彼女は止まらない。回避の瞬間に体勢を崩すどころか、その勢いを使ってさらに距離を詰めてくる。

 

ノコギリ鉈を振る。刃が空を切り、火花が散る。刃物同士がぶつかるたび、手首に嫌な衝撃が残る。淡輝の呼吸が乱れる。足元が覚束ない。血が足りない。視界の端が暗くなっている。

 

トガの刃がかすめる。脇腹。浅い。致命傷ではない。だが、熱い。遅れて血が滲む。淡輝は歯を噛みしめ、撃つ。至近距離。ゴム弾が肩に叩き込まれる。彼女は打たれ強いわけではないが、用意した場所であればきちんと攻撃を受けることはできる。ああ、いやだ。個性因子の濃い奴らは、みんな化け物みたいな身体能力をしてやがる。

 

「なんで今日はこうなんです?」

 

声が近い。近すぎる。

淡輝は跳ぶように距離を取ろうとするが、足が遅れる。床を蹴った瞬間、世界が一拍遅れてついてくる。そこへ刃が来る。避けたつもりで、避けきれていない。前腕が裂ける。鉈を落としそうになる。

 

 

銃だけで応戦する。撃つ。撃つ。弾切れの感覚が早い。リロードが遅れる。

その一瞬をトガは逃さず距離が一気に詰まる。刃が振り下ろされ、鉈で受ける。重い。腕が悲鳴を上げる。膝が落ちそうになっていた。

 

それでも致命は避けている。

 

だが、避け続けられる体じゃない。トガの動きは衰えない。むしろ、こちらの遅れに合わせて速度を上げている。呼吸の間、視線の揺れ、踏み込みの癖。全部見られている。読み合いになっていない。一方的に追われている。

 

淡輝の肩が壁に当たる。逃げ場が狭まる。銃口を向けるが、手が震えて狙いが定まらない。トガは一歩も踏み込まず、刃先だけを滑らせるように振る。その一撃で、頬が裂ける。浅い。だが、確実に削られていく。

 

「だいじょうぶですよ。トガに任せてください。淡輝くんをやってみますから」

 

淡輝は息を吸う。肺が痛む。頭が重い。体が言うことを聞かない。それでも銃を構え直す。ノコギリ鉈を拾う。構えは崩れていて、脚が震えている。

 

拮抗しているように見えて、もう均衡は崩れていた。それでも退かない。退けば、もっと悪くなるとわかっているから。

 

何よりも自分は彼女を信じていたから。だから、フラついたまま、敗北が濃厚な戦いであっても、もう一歩前に出た。

 

周囲も動いていないわけじゃない。

最初に踏み出しかけたのは緑谷だった。淡輝が壁際へ追い込まれ、刃が届く距離に入った瞬間、体が勝手に前へ出ている。拳に力が入る。距離も測っている。止められる。間に入れる。そう確信できる位置だ。

 

「今助けに……!」

 

声が漏れるより先に、腕を掴まれた。
爆豪だ。力任せじゃない。だが逃がさない角度で、確実に止めている。

 

「行くな」

 

低い声。短い。命令に近い。

 

「でも、狩峰くんが……!」

 

「それが邪魔つってんだ。あの地雷女はいつかやらかすと思ってた。それを許してたのはあのバカだ」

 

爆豪は一瞬だけ視線を戦場へ向け、すぐに戻す。その目は冷えている。計算している目だ。

 

「他人が口出す場所じゃねえ。その上で、もしどっちかが殺しでもするようなら、俺がまとめて殺してやる」

 

「……さ、最悪じゃないか!何の解決になってないよ!?」

 

「るっせえ!言葉のあやだ殺すぞ!」

 


乱暴な言葉の奥に、それでも同じクラスメイトへの理解の光が見えて、緑谷の足が止まる。

少し離れた場所で、轟はすでに構えている。足元の床に薄く氷を這わせ、逃げ道と射線を同時に管理している。炎は使わない。使えない。熱が増えれば淡輝が持たない。だから冷気だけを必要最小限、空間の外周に留めている。

 

はは。友人たちの熱い期待が嬉しいね。

 

でもはっきり言って劣勢もいいところだ。

才能が違う。身体能力が違う。何より場数が、と言っても純粋な戦闘経験のことではない。戦闘経験という点で自分より場数をこなしたことのある人類はいないだろう。

 

多分だけれど全一君とかでも負けないんじゃないかな。

 

ただそれにしたって自分には、狩人には非殺傷戦闘の経験が少なかった。彼女を殺すことなら今でもできる。致命的な行動をしていいのなら簡単だった。

 

相手を殺さずにそして勝つというのは、ヒーローの仕事である。

そこまでのハンデを埋めるほどの実力差はなく、そして何より体調が最悪すぎたのだ。

 

「ほら、やっぱり。全然怖くない。いつもみたいな。何しても無駄って感じがしないです。淡輝くんって不思議ですね。代わったのに全然わかんない」

 

クルリと回されたナイフが、我が物顔でサクリと体に入ってくる。

 

「でも、今日着てた服のことはわかりました。日によって防弾プレートの位置は違うけど、今日は初めて届きましたぁ」

 

ふわりとした笑顔を咲かせる彼女は本当に嬉しそう。

そうして抜き出したナイフの刀身には尽きかけている貴重品である血液がベッタリとついていた。

 

ペロペロとナイフを舐り始める。女子高生が人前で何かを執拗に舐めるんじゃありません。いや、ほんとに舐めすぎだろ。

 

「うわあ。ナイフぺろついて威嚇するのは、無毒を証明してて怖くないって思ってたけど刺した後にやるのってマジで怖いわ」

 

肩で息をしながら、辛うじて冗談を挟み込む。相手は息を切らせずに血液を味わっていた。

 

「それで流石にこれ以上は死んじゃうと思います。まだ続けるんですか?」

 

何を狙っているのだと、問いかけてくる。ああ、その通り。正攻法では今は勝てない。

 

「ああ、まだまだこれからよ」

 

「え、じゃあ殺してもいいんですよね。やったぁ!でも殺さないようにするね。淡輝くんになりたいから、ずっとなりたいから殺さないように……」

 

ノコギリ鉈を握り直して、そして振りかぶる。一振りを空ぶって交差する際に、トガちゃんには三度切られた。

 

そして、盛大に血が撒き散らされる。淡輝の血液が勢いよく地下を塗っていくようにして、その空間を染め上げるほど噴出している。

 

「邪魔しないでって淡輝くんは言ってましたケド?」

 

鋭い視線は自分ではなく、血液が噴出させた人物の方を見て問いかける。

八百万百が、その手から『創造』した淡輝の血を吹き出して二人に浴びせかけたのだった。

 

「あーくんの血が欲しいと言っていたでしょう。だからこれは、餞別です。そんなに欲しいなら濃厚な血液をあげたらどうかと助言されまして」

 

その言葉を聞く前に、くんくんと浴びせられた血の匂いを嗅いで。そして手に付着したものをまるでチョコレートかのように舐め始める。

 

止まらない。体についたものを必死に集め、そしてできるだけ飲み込んだ。夢中でそれを貪り、酔っているかのように頬が赤く染まっている 。

 

思わず、すでに地面へと散らばった液体を見てしまうが、流石にそれはと彼女の中の理性が少しだけ躊躇をさせる。そんな逡巡は戦闘時のものではないことも彼女の蕩けた理性では判断がつかない。

 

「隙あり」

 

思いっきり両腕を上に掲げ、まるで祈るかのように組んだその手を。血に酔ってガラ空きの背中に叩きつける。

 

ドウン。という打撃音と共にトガちゃんの体勢はこれ以上ないほどに崩された。

 

続けて渾身の一発。内臓攻撃を流れるように叩き込むが、流石に臓物を引っ張り出すようなことはしない。

 

リバーブローと呼ばれる、内臓への打撃を。なぜか血液によって回復した絶好調の全力を叩き込む。

 

ドン、と鈍い音がして、トガちゃんの身体が前のめりに崩れる。

 

膝が床に当たるより先に、彼女の口元から赤黒いものが溢れた。血だ。飲み込んだ分を、耐えきれずに吐き出している。えづくたびに喉が鳴り、血と唾液が混ざって床に落ちる。さっきまで艶のあった呼吸は乱れ、肩が上下するたびに苦しそうな音が漏れた。

 

倒れきれないのか、四つん這いの姿勢で踏みとどまろうとしている。指先が血溜まりに浸かり、滑る。力が入らない。内臓を叩かれた衝撃が遅れて効いてきているのが、見ているだけでわかる。あれはマジで辛いからな。

 

喉を押さえ、何か言おうとして、代わりにまた血を吐いた。

 

淡輝はその前に立っている。床一面に広がった血の中で、自分だけが直立していた。戦う前よりも健康になって、相手は腹を押さえて倒れている。

 

ということは、だ。

 

「よし。俺の勝ち。調子最悪でも俺の勝ちだ。卑怯とは言うまいな?」

 

「百ちゃん使ったじゃないですか。いつもは……一人で戦うくせに……卑怯です……」

 

息も絶え絶え、全力の腹パンを受けた女子高生は涙を流しながら抗議した。

 

「卑怯っていうのは敗者が最後に吐く言葉らしいぜ。だから勝者の言葉を聞けよ」

 

血溜まりの中から彼女をヨイショと持ち上げて支え、そしてマシなところへと歩き出す。血の方がいいのに……と呟く抗議も全部無視だ。負けたやつに権利はねえ。

 

「いいか。俺とトガちゃんの間の約束は今も昔も。これからも変わらない。ずっと有効だ。だからこれからも隙をみて襲ってもいい。それに、まぁこうなるんなら定期的に血を渡したっていいし」

 

「ただし、俺以外を襲ったとなったらちゃんと罰を受けてもらう。UAIの技術なら特定の五感を鈍らせることも、なんなら遮断することもできる。匂い禁止なんて、他国じゃ人権侵害だけど。UAIならできるからね」

 

「それは……嫌ですねえ……」

 

心の底から嫌そうに、初めての表情を見せるトガちゃんは生きがいを奪われることには耐えられないらしい。

 

「まぁ、俺もさ。悪いとは思ってるよ。何が楽しいのかは共感できないけど、確かに我慢させすぎたところはあると思う。その点は反省。色々リスクはあると思うんだけど、これよりはマシだわ」

 

キョトンという顔で、何か理解できないようなものを見るトガちゃんは目を見開いた。

 

「まさか、本当に?ただ恥ずかしいって理由で飲ませてくれてなかったんですか?」

 

え、普通にそうだが。トガちゃんが個性のコピーまでをできるようになっているなら別の懸念もあるが、基本的には俺が嫌だったからだ。恥ずいし。

 

「頭おかしいんじゃないですか?」

 

心外すぎる。狂った顔で大好きな同級生に後ろから襲いかかった吸血鬼予備軍に言われたくない。

 

「いえ!普通でしょう!相手になるって、そんなの。破廉恥ですわ!!」

 

「ごめんなさい百ちゃん。そういう話でもないです。命かかってるんですよ?なのになんでそんなことをしてたのかって聞いてるんです」

 

「いやまぁ。普通に今までは余裕があったからさ」

 

淡輝は頭の後ろを掻きながら、妙に気の抜けた声でそう言った。血と汗にまみれた直後とは思えない調子だ。視線は百に向いているが、どこか遠いところを見ているようでもある。

 

「こんな風になるってのは、正直想定外だった。だから……余裕なくなった分は、妥協しないとかなって。全部完璧にやろうとしても無理だしさ。ごめんね、百ちゃん」

 

言葉を選んでいるようで、選んでいない。いつも通りの軽さだが、その裏にある疲労と判断の重さは隠しきれていない。

 

 

狂人二人に宥められる、という最悪の構図。百は一瞬、奥歯を噛みしめた。こめかみの血管がひくりと動くのを自分でも自覚する。それでも、視線は逸らさない。声も荒げない。引く理由が、どこにもないからだ。

 

「いいえ。黙りません」

 

きっぱりと言い切る。その声には迷いがなかった。

 

「異議を申し立てます。そして、当然ながら代案を用意しましたわ」

 

そう言って、百は一歩前に出る。背筋を伸ばし、右手をピシッと突き上げる。その動きはあまりにも堂々としていて、場の空気が一瞬だけ引き締まった。怒りではない。感情論でもない。自信だ。

 

「今のやり方が限界だというのなら、変えればいいだけです」

 

淡輝の方を見る。その目は責めていない。ただ、逃がさない。

 

「百ちゃんは、トガのこと理解できないってさっき言ってましたよね?」

 

投げかけられた言葉に、周囲の視線が集まる。淡輝は小さく眉を上げた。

 

百はそのまま続ける。敵対的な視線を浴びているのはわかっている。それでも、足は止まらない。声も揺れない。何かが、完全に吹っ切れたのだ。

 

「ええ、確かに私は理解できません。先ほどは、ヒーローらしからぬ。いいえ。あまりに固まった考え方をしていたと思います。それに今も、完全には。けれど、理解できないからといって、拒絶する理由にはなりませんわ」

 

一呼吸置く。自分の言葉がどう受け取られるかも、百は承知している。それでも言う。

 

「私があなたの飲む血液を『創造』しますわ。先ほどのはあーくんの血液の濃い目。そんなカスタマイズすらできるのは私だけですわ。人を噛んで飲みたいという欲望は抑えるべきです。それでも飲まなくては自分を失うというのなら、私が協力いたします」

 

「理解できない相手と、それでもどう関わるかを考えるのが、ヒーローでしょう?」

 

「え、そしたら。緑谷くんとか。爆豪くんとかもできますか?お茶子ちゃんも?」

 

「ぼぼぼ、ぼく!?」

 

「んで俺もだ!巻き込んでんじゃねえ!」

 

「爆豪くんはあの時のがいいです。あの体育祭で一位を辞退した後の、頬に手形ついてる日の爆豪くんが一番ボロボロで素敵でした」

 

「やってみろ。跡形もなく消しとばしてやる」

 

小規模な爆発が彼の制御を超えて起きた。やっばいわ。流石に核地雷すぎる。

 

「流石に見てない過去の体調まで再現するのは無理ですわ!でも、色々なアレンジを試みることはしてみます。相手の許可は得ましょう。きっと麗日さんも協力してくれます」

 

爆豪が過去一の殺気を放ちつつ。それでも前向きに提案していく百ちゃんは眩しかった。

 

その手から、さまざまな血液を湧き出して手を差し伸べる。あまりに血生臭い、常軌を逸した握手である。

 

「わあ。すごいねえ!百ちゃんってすごい!」

 

そう言ってどうにか這いつくばるように転がり込み、トガちゃんはまるで跪くかのように百の手に唇をつけてそれを吸った。

 

「んっんん……。ちょっと、やっぱり!あとで瓶詰めにして渡します!それか輸血パックなどに……」

 

「トガは断然直飲み派なので嫌です。できれば首筋から飲ませてくれると、サイコーです」

 

猟奇的な契約が、ここにも完成したらしい。それでも、かなり平和なんじゃなかろうか。

 

「それならトガは百ちゃんの犬になります。手綱は握ってくださいね?」

 

握手はなされず、差し出した手は執拗に舐められるだけに終わった。

彼女の異常性はそのままに、それでもどうにか共生できないかと。ヒーローの挑戦は止まらない。

 

暴力では解決できないこともあるということを、やはり彼らは教えてくれる。

 

 




投げつけると濃厚な匂いを放つ、熟成した血の酒
それは血に飢えた獣を強く惹きつける

生産量はごく少ない貴重なもの
酒はヤーナムに似合わない。むしろ血に酔うのだ
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