夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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第三層 何ができるか

 

緑谷が拳を叩きつけ空回りを続ける間、淡輝は動けなかった。

 

少女は生きたままに刻まれ、そして修復されていく。

刃物が触れた瞬間、こちらの喉の奥が勝手に痛くなった。吸った息が体の奥で汚れていく感じがする。

 

緑谷の叫びは、届かない。拳は、当たらない。

ワンフォーオールの全力で何度空間を震わせても、幻影には効果がない。まるでこちらが立体映像を殴っているだけ。殴るほどに無力が増していく。骨が軋む音と一緒に、心も軋んでいる。

 

後ろにいる誰かが、声を出そうとしてやめた。轟の気配がわかる。爆豪が、舌打ちしたのもわかる。百ちゃんは、固まったまま口元に手を当てている。口田くんは小さくうめいて、何かの声を聞こうとして耳を塞ぎかけて。トガちゃんは外を見ておきますねと言って部屋から出ていた。彼女はやはり賢く、自分を客観視できているようだ。

 

この中でこの悲痛な光景に同情ができなければどうなるのかを想像できているのだから。

 

 

手術というにはあまりに非道な、拷問と表現した方が正しいであろう時間が終わった。

 

幻影は消えず、この光景を見せつけるかのように安定していた。

手術をしていたのは日本人であり、ペストマスクのような仮面を被ったものだった。今はデータベースに照合できないが、ここを出たらあれが一体誰なのかを特定しなければいけない。

 

少なくとも淡輝の覚えていた日本の反社会的な重要人物のリストにはいなかったはずであり、強力な個性を見出されてここに招かれた新人であるらしかった。

 

「緑谷。もう行こう。先に進まなきゃいけない」

 

「怯えた目をしてた……」

 

「ああ、そうだ。絶対助けなきゃいけない。だからこそ、ここで俺たちができることは何もない」

 

「助けを求める。そういう顔をしてたんだ!」

 

「ヒーローなら絶対助けなきゃいけない。俺もそう思う。だから動こう」

 

どうして?なんでそんなことが言えるのかと。罵倒されてもおかしくなかったと思うが、緑谷はそこで踏みとどまった。誰よりも無力感を全身で感じ、そして理屈だって理解できるから。

 

ここにいないマリアならなんていうだろうか。狩人ならどうしただろうかと想像し、合理的な最短を提案していくことを淡輝は選んだ。

 

その場を離れることは、逃げではない。そう言い聞かせて、全員の足を動かした。背中に刺さる視線は、被害者のものではなく自分自身のものだ。助けを求める声に背を向けて歩くという行為は、ヒーローのやることではない。だからこそ、理屈でどうにかしてヒーローを保つしかない。

 

納得などどこにもない、感情は置いてきぼりのまま。それでも理性によってだけ動かされた足は重い。油を差し忘れたブリキの人形のようなぎこちなさで一行は進んでいく。

 

あるかもわからない終わりを目指して、下へ下へと。下り続ける。

 

廊下は静かだった。罠の機構も、番人の気配もない。第三層は、湿り気と悪意だけが増していく。壁の苔が濃くなり、石の隙間から覗く黒が深くなる。誰も喋らない。

 

やがて、広い扉が見えた。今までの扉とは違う。装飾がある。石の彫りが深く、宗教画みたいな浮き彫りが施されている。人が祈る姿。アメンドーズのような彫刻も見える。

 

 

無言の道中に、無理に口を開くものはいなかった。

淡輝は必要ないと思っていたし、何が言えるのかもわからなかったから。そもそもここまで人に頼るチームプレイは人生で初である。人を駒のように使うことはあっても、一緒に肩を並べて頑張るという経験があまりに薄かった。

 

だから最短で進むための扉に手をかける緑谷を止めようとは夢にも思わなかったし、早いに越したことはないと思っていた。

だからこそ、ここでこの静寂を打ち破ったのは彼だった。

 

「おい、待てや『デク』」

 

最近はヒーロー名で呼ぶことを避けていた幼馴染からそう呼ばれ、緑谷は驚きつつ振り返る。

 

「……かっちゃん?」

 

「このまま集中散らかったままだと誰か死ぬ。んでそれに泣き叫んで全滅だ。いい加減、切り替えろ」

 

誰も反論できなかった。爆豪の目に余裕はなく。いつもより語気が荒くないのに今までで一番人を圧する何かがあった。やはり爆豪は変わっている。淡輝の知っている乱暴者はもういない。

 

「妊婦もガキも助けるのが当たり前だ。オールマイトならそうした。でも俺らは雑魚だから、あそこで誰も助けらんなかった。それでも助けるために、前に進んでんだろうが」

 

言葉が荒いのに、論点はぶれない。爆豪は舌打ちを飲み込んで続けた。何かを溜め込むようにして。

 

「で、でも!」

 

それでもという緑谷に、爆豪は今度こそ胸ぐらを掴んで扉へと押しつけた。

 

自分でも認め難い、しかし認めなくてはいけないことをどうにか言葉にする。それはまさに彼が挑んだ不可能への挑戦であり。そして己に勝った、その成果である。

 

「じゃあな!はっきり言ってやるよ。俺はお前らほどショックを受けてねえんだ。ガキが理不尽に殺されるなんてことが世界にあることはどっかで知ってた。だから心のどっかで、なんか冷静に見ちまってる。知り合いが死にそうならともかく、知らねえ奴が死にかけてる時に衝動的には動けないのが俺だった!ヒーロー失格の俺だから言える。オールマイトにはもうなれねえ俺だから言ってやる!!いいか、よく聞け……」

 

爆豪勝己は、人生の全てだったはずの夢を自ら捨て。友達の命を、そして人々の命を救おうとしていた。

 

()()()()()()。今ここで死んだら、助けるもクソもねえだろ!」

 

あまりの衝撃に緑谷の肩が、少しだけ下がった。

 

きっと淡輝が言っても同じことは起きなかった。爆豪だからこそこうなるのだ。

 

轟が息を吐いた。百ちゃんが目を閉じて、短く頷く。口田くんが震えを止められないままでも、拳だけは握り直す。

淡輝は、思わず笑いそうになった。人とはこんなに頼もしいものかと毎度人を読み誤る、自分の浅はかさにも笑えてくる。

 

彼も立派に、ヒーローじゃないか。

 

「……ありがとう。かっちゃん。そういえば、ヒーロー名って決まったの?」

 

「プロヒーローになるかは知らねえが……決めた。ババアの案採用すんのは気色悪りいが仕方なくだ」

 

専用装備のグローブには、実は名前が印字されてあったらしい。誰も気づけなかったが、確かにそこには刻印されていた。

 

『ノーベル』と、そう一言だけ書いてある。

 

「まだ呼ぶな。何もできてねえ。俺はこんな俺を、ヒーローとは認めねえ」

 

言い返しがいつも通りで、空気がほんの少しだけ戻る。戻ったのは余裕じゃない。戦える形だ。全員が今やることに焦点を合わせ直す。

 

「邪魔なやつぶっ殺して全部助ける!俺ぁ!それからだ!」

 

扉を開けるのはこれで数分遅れてしまった。悠長な時間だったかもしれない。けれど、先ほどとはまるで顔つきが変わっている。

 

暗い未来を想像することしかできなかった先ほどと今。まるで世界が変わったようで、全員の目に決意がみなぎっている。うん。トガちゃん以外は。いや俺もか。

 

 

 

 

自分と緑谷が扉に手をかける。重い石が軋み、開く。

 

中から風は来ない。臭いが来る。薬と鉄と湿った土と、焦げた毛の臭い。大広間だった。天井が高い。柱が並び、床は乾いた血が何層にも染みて黒い。

 

中央に、影がうずくまっていた。

 

最初は、瓦礫だと思った。崩れた像の残骸。だが動いた。引きずる音がして、腕が床を削った。

ふしくれて筋張ったその腕は、病によって死にかけている老人のような白さでやけに長く伸びている。

 

全部伸ばせば、一本あたり7mはあるかもしれない腕。本能的な嫌悪感を掻き立てる多腕。いつものように、乾燥した節ばったアーモンドのような物体が首の上にある。

 

無数の目がある。

 

黄色の目が節ばった凹みだと思っていたところから、無数に覗き、こちらを見ている。目があう。どれとは言わないが、そのどれかと目が合った。その先の虚無と虚空に睨まれて動けない。

 

そのまま発狂し、そして握り潰されたのは過去のこと。今回は違う。

 

 

淡輝だけじゃない。全員が息を止めた。全員が、見ている。ここにいる。こいつも、こっちにいる。そして、あの人を狂わせる瞳の化け物を握ってもいない。

 

胸の中心が、ぼうっと光っている変化以上にこのアメンドーズはおかしかった。

 

以前見た個体よりも明らかに傷ついている。腕の一本は根元からもがれ、腹のあたりは裂けて縫い直された跡がある。

 

「……アメンドーズ」

 

緑谷が名前を漏らした瞬間、あれは反応した。頭部がこちらへ向き、無数の目が焦点を合わせる。足が畳まれていたのが、ほどける。床を叩く音が、重い。獣じゃない。倒れないはずのものが起き上がる音だ。

 

「っ気張れや!死ねえ!!!」

 

爆豪の声と先制爆撃で、全員が動いた。

 

 

そう。アメンドーズも動いていた。

巨体が跳ぶ。跳ぶというより、落ちてくる。天井の高さが意味を失うほどの跳躍。淡輝は前に出た。

 

「っ!」

 

前ステップ。股下を潜るように滑り込む。巨体の影を腹でくぐって、すれ違いざまに思いっきり振りかぶった一撃が相手の皮を抉った。刃が入る。血が出る。効く。幻影じゃない。

 

「当たる!触れるよ!」

 

打撃の音と一緒に緑谷の声が上ずる。希望じゃない。確認だ。こいつにはやりようがある。

 

アメンドーズが腕を叩きつける。床が砕け、石片が弾ける。轟が氷を張って衝撃を逃がし、百が即座に防刃の布を生み出して投げる。口田が虫を飛ばし、相手の視界を埋めようとする。トガちゃんはいつの間にか戻ってきていて、端でニヤつくのをやめて、刃を握り直していた。

 

ちぎれた腕。それをアメンドーズが掴み武器にする。自分の肉を棍棒みたいに振り回す。

 

関節が多い分、三節棍のような不規則性があった。笑えない。振り下ろしが来る。でもそんな攻撃すらも以前の無数の戦いの中で知っている。

 

そして淡輝は誰よりも人がどうしたら死ぬのかを熟知していた。

轟が避けきれないと見るや、身代わりになるように肩で突き飛ばし攻撃を受けた。骨の中に衝撃が沈む。痛いが致命じゃない。骨が折れて、これ以上動けなくなるだけだ。たったそれだけ。

 

「あーくん!無茶しないでください!」

 

「百ちゃん、頼む!」

 

言うまでもなく百は理解している。間髪入れずに血液を淡輝に浴びせた。濃い赤が頬に、首に、胸にかかると体が元に戻っていく。なぜか怪我が治っていた。

 

それが当たり前というようにして受け入れて、戦闘は続く。

 

アメンドーズが跳ぶ。着地の衝撃で広間全体が揺れる。数本の腕が同時に伸びる。爪が壁を削り、柱を裂き、床を抉る。逃げる場所が減っていく。

 

劣勢になったその瞬間に緑谷が全力で踏み込み、渾身のスマッシュを叩き込む。確かに効いている。皮が裂ける。肉が潰れる。だが、倒れない。態勢を崩すのがやっと。

 

「狩峰くん!!」

 

その声に応え、淡輝は自らの腕を二の腕まで、アメンドーズの頭部に突き刺す。中にある何かを引き抜いて、致命の攻撃を行なった。

 

噴き出る血液、そして暴れる巨体。まだ死なない。終わりが、見えてこない。

 

「硬え……!」

 

爆豪が歯を剥く。銃撃を叩き込んでも沈まない。轟の炎と氷も、効いているようには見えなかった。

 

頭部が開いた。

 

開いた、というより、割れた。節の隙間がひらき、無数の目が一斉に光る。黄色が白に焼け、そこから……。

 

「伏せろ!!」

 

淡輝が叫ぶより早く、光線が走った。一本目。二本目。三本目。連続だ。壁が溶け、柱がえぐれる。口田の前に、反射的に氷の盾を張る。

 

しかし、最後の一閃が轟を掠めた。

 

「ぐっ……!」

 

肩から胸にかけて、焼けた肉の匂いが立つ。轟が膝をつく。倒れない。だが、均衡が崩れた。守りが一枚欠けた。もう均衡は保てない。

 

「クソが!デクまた沈めろ!俺がやる!」

 

爆豪が淡輝を見る。淡輝は、迷わず頷いた。

その目にはあまりに見慣れていて、そして馴染み深いものだった。

 

そして——自分の手元から道具を投げた。殺すための形。殺すための重さ。非殺傷じゃない。淡輝がずっと頼っていたノコギリ鉈。

 

爆豪がそれを掴んだ瞬間、目が変わる。目だけが、淡輝と同じになる。嫌だ。似て欲しくない。だが必要なんだ。

 

助けるために倒すのがヒーローだろう。

助けるために仕方なく殺すことも、まぁあるだろう。

 

けれど、殺すためにただ殺すというのはヒーローではない。

 

でも純粋さでは一番だった。他の全てをかなぐり捨てることでしか、実現できない速さを体現して爆豪は飛んだ。爆発的に距離を詰め、腕の隙間を縫う。

 

「かっちゃん!!!」

 

緑谷出久が、残った力を全て賭けて。自身の四肢を犠牲にするほどの一撃を放つ。

 

その全力の蹴りは、緑の閃光を放って飛び込み、アメンドーズの腹部へと槍のように刺さって後ろに押し除けた。

 

淡輝の声が飛ぶ。爆豪が理解する。理解してしまう。

 

ノコギリ鉈を振って、無事な頭部へと傷を作る。そしてそこへ、狩人のように腕を突っ込んだ。

 

「死ねえええええあああああ!!!!」

 

掌から爆発が起きた。外じゃない。内側だ。敵の肉の中で爆ぜる。徹甲榴弾のように突き刺した腕の先が大きく爆ぜ続ける。

 

「————————!!!!」

 

今度こそ、支えがなくなったみたいに巨体が崩れる。腕が床に落ち、爪が石を掴むが、掴めない。頭部の残骸から、最後の目がこちらを見ようとして力尽きた。

 

広間の空気が変わる。臭いが薄くなる。音が戻る。湿り気が、ほんの少しだけ軽くなる気がした。

 

「……チッ」

 

勝利のスタンディングはなく、そこにいるのはただの勝者である。その勝利に前のように酔うことはできなくなっていた。

 

「爆豪くんすごいねえ。捨ててるのかっこいいね。もう戻れなくて、ボロボロで」

 

「……黙ってろ」

 

アメンドーズの死体が、ゆっくりと崩れていく。灰みたいに。光みたいに。幻影みたいに。

 

扉の向こうに、次の層へ降りる階段が現れるかと思えば、今度は何かが違うようだった。

部屋の中央に大穴が空いている。覗きこめばきっと、次の災厄が始まるのだろう。

 

それでも今はまず、生きていた。みんなが怪我をしながらもあのアメンドーズを相手に、オールマイトを抜きにして生き残ったのだった。

 

 

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