夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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第?層 冒涜を隠す蜘蛛

 

 

死闘を生き抜くと、そこ()は湖だった。

 

 

 

湖としか形容できない、波立っていないことからおそらく海ではない大量の水が、彼らが潜ってきた遺跡のさらに下に、底の見えない暗さで広がっている。状況を整理しよう。アメンドーズを撃破したが、今までであれば下層へ降りろとでも言いたげに階段が生えてきていたのに、今回は階段の代わりに部屋の真ん中が抜け落ちたみたいに大穴が空き、そこから下を覗けるようになっていた。

 

淵に膝をつき、体重を預けないように慎重に上体だけを傾けて下を見てみると、そこにはとても地下には見えない広大な空間があり、巨大な湖と、その横に佇む古い星見台のような大きな建物が、霧に縁取られるようにして輪郭だけを見せているのだった。霧がかっており詳細はよく見通せないし、距離感も狂う、建物が遠いのか巨大なのかすら判断がつかないのに、妙にそこにあるとだけは確信できてしまうのが気持ち悪い。

 

 

何よりおかしいのは、覗き込んでいるこちら側の淵には本来あるべき奥行きが何もなく、地面が崩れた穴ではなく、壁や床の断面すら見えないまま虚空へ繋がっている虫食い穴のようなところから顔を出している、という状況そのものだった。

 

別の空間へと繋がるワープゲートだと言われた方がよほど納得できる有様で、淡輝の中では、以前何度か経験した視点の切り替わりの感覚と嫌な一致が起きている。

 

オールフォーワンが運用していた『ワープゲート』の個性、黒霧と呼ばれるヴィランの個性と効果が似ているそれに、死んでもいいからと何度か押し入ったことがあるが、その時の風景の切り替え方が、いま目の前で起きている断絶とほとんど同じだった。

 

「よし。じゃあ、調べていこう。百ちゃんはそろそろ限界だろうから、一旦休んでてOK。口田くんいけそう?」

 

淡輝がそう言ったのは、穴に飛び込む前にできるだけ情報を拾うべきだという、あまりにも普通で正しい判断のはずだった。けれどこの場所は、普通に答える気がないらしい。

 

「うん。では小さきものたちよ。この先にあるものを……あっ!?」

 

口田くんが合図を送った瞬間、飛行できるはずの虫たちは、羽音を残すこともなく、ふっと力を抜かれたように何もできずに落ちていくだけだった。あまりに小さい虫たちはある程度落ちていくと、まばらな霧の中に吸い込まれるみたいに見えなくなり、湖面に落ちたかどうかさえわからない。落ちる途中で消えたのか、霧の中に紛れただけなのか、その判定すら奪ってくるのが腹立たしい。

 

「こ、これも試してみようよ!」

 

全力の蹴撃を行ったせいで今は両足が使い物にならなくなっている緑谷が、それでも両手だけは動かせると言わんばかりに指で示したのは、足元に転がっている遺跡の瓦礫だった。比較的軽傷の爆豪が黙ってそれを拾い、勢いをつけて穴の向こうへ放り投げたのだが、瓦礫は落ちる音も立てず、落ちていく途中で霧消した。

 

「クソが……。意味わかんねえな」

 

爆豪の悪態はもっともだった。ほかにも色々と試したが、どうやら遺跡由来のものは下の空間に入った瞬間に消えてしまう、ということだけが嫌になるほどはっきりした。

 

「口田くんの虫たちは消えはしなかった。僕たちの持ち物とか、個性で生み出したものなら消えないじゃないかな?」

 

緑谷の言葉で、全員の視線が少しだけ揃う。遺跡の部品だけが拒まれているなら、穴の向こうへ持ち込めるものは限られるし、逆に言えば、持ち込めるものを選べば調べる手段は残る。

 

「で、では私がドローンを飛ばして偵察を!」

 

百ちゃんが即座に次を出すが、そこへ轟が短く被せた。脳震盪が収まりきっていないはずなのに、声だけは冷えている。

 

「いや、まずは俺の氷でいい」

 

「氷柱でいこう。できるだけ大きくて見失わないようなやつ」

 

その提案に従って、穴の直径ぎりぎりまで太くした氷柱が生み出され、白い塊が重力に引かれて落ちていく。最初はゆっくり、次に目で追いづらい速度で加速し、霧の層を突き抜け、そして湖面へと飲み込まれた。

 

白い水飛沫が上がった。ように見えたのは一瞬で、次の瞬間にはそこに波ひとつ立っていない。波紋の余韻がない。水が受け止めたはずの衝撃が、どこにも残らない。あれは普通の水たまりではない。たった今わかったのは、それだけなのに、十分すぎるほど嫌な確信だった。

 

あれは普通の水たまりであるとは到底言えなそうである。今はそれだけが確かだった。

検証や議論は行った。遺跡を一度上まで爆豪が高速で移動することすらしてみた。

 

「結局はここに進むしかもう道はないらしいね」

 

「行ってみましょうよ。ここから、気になる匂いがするんです。人っぽくて、人じゃない、不思議な血の匂いです。トガは気になるのです!」

 

血的好奇心の塊である有邪気な女の子はGOGOと背中を押してくれるが、この押すなよはフリじゃない。ここまできて、全員で落下死か溺死というのはあまりに笑えない結末だ。

 

「緑谷さんにはすぐにでも専門の治療が必要です。あと数日は私の個性で生き残ること自体はなんとかなるかもしれないですが……」

 

実のところ、数日は保たない。

 

なぜなら俺はすでに1日起きている状態でここにきた。そしてそこから半日くらいが経っているらしい。ここで目覚めた時にリセットが入っていれば、二日は大丈夫だがもしリセットしていなければあと1日で発狂し始めるだろう。

 

今はかなり狩人として血が湧き立っているので、ひどいことが起きそうだと負の自信を持って言い切れる。

 

それでもこの異常空間に飛び込むことには抵抗があるため、できることはないのかと探って。たった今ドローンが機能停止して落下した。そしてトガちゃんの素朴な一言で時間はさらになくなった。

 

「ここって、リポップとかしないんですかね」

 

リポップとはオンラインRPGやゲームにおいて、一度倒されたモンスター、NPC、または入手したアイテムや宝箱が、一定時間経過後に同じ場所に再出現する現象やシステムを指すゲーム用語である。

 

それを聞いた瞬間に、さぁっと。血の気が引いた。ドン引きである。

 

なぜか自分は、この化け物たちがリポップしそうだと思っている。そしてそれは当たり前であって特に違和感を覚えることですらないと思っていた。どんな条件でそれが起こるかは知らないが恐らくリポップはしてしまう。

 

「た、多分だけど。するかも。いやこれは勘だから説明はしにくいんだけど。早めに、決断した方がいいわ」

 

 

そうして、満身創痍で血だらけの雄英高校生徒たちは。大穴に向かっての無謀なジャンプを行うことになるのであった。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

空中へと身を投げ出す五秒前。

 

穴の縁に立つと、さっきまで戦っていた大広間の熱気が嘘みたいに冷えていることに気づく。足元の石はまだ戦闘の余韻で温もりを残しているのに、穴の向こうからは底冷えのする湿った空気が吹き上がってきて、汗ばんだ肌をじわりと撫でた。

 

落下の訓練はいくらでもしてきた。ビルの屋上から、崖から、空中戦の失敗から。だがそれは必ず着地点が見えている状況だった。今は違う。虫もドローンも、あの穴に入った瞬間どうなったかを全員が知っている。消えはしなかったが、何も伝えられず、ただ落ちて霧の中に溶けた。

 

無個性の人間が無防備に紐なしバンジーをするような気持ち、と例えれば少しは近いかもしれない。足首に巻かれたはずの安全装置が、最初から存在しないと理解しているのに、それでも飛び降りなければならない状況。ちなみに小さなパラシュートも試したが、なぜか落下速度を落とすことはないとわかり、すでに作っていない。

 

布は広がるのに、空気がそれを掴まない。理屈が通じない空間だ。

 

心臓がうるさい。鼓動が耳の裏で鳴っている。誰も口には出さないが、全員が同じことを考えているのがわかる。これで消えたらどうなる。戻れなかったらどうなる。

 

「ぷ、プルスウルトラ!!」

 

震えを誤魔化すような、半分はやけっぱちの叫びだった。

 

「「「「ウルトラぁ!!!」」」」

 

それに重なる声は、決して余裕のあるものではない。それでも叫ばないよりはましだ。声を出して、肺に空気を入れて、自分がまだここにいると確認する。やけになったかのような叫びで無理やり士気を引き上げ、その勢いのまま、縁を蹴った。

 

足裏から石の感触が消える。支えがなくなる。

 

覗き返してくる深淵へと、自ら飛び込むこの行動は愚行だろうか、勇敢だろうか。

 

 

一瞬だけ、体がふわりと浮いた。

次の瞬間、内臓が遅れて落ちてくる。胃が喉元まで持ち上がる感覚。背中に何もない。空気があるはずなのに、支えにならない。重力が一斉に主張を始め、足先から頭頂まで、まっすぐ下へ引きずり下ろそうとする。

 

落下の浮遊感は訓練で知っているはずなのに、今回は質が違う。風が弱い。落ちているのに、落ちている実感が薄い。なのに加速だけは確実で、視界の中の湖面がじわじわと大きくなっていく。

 

それぞれが個性を使って落下をどうにかしようとしている。けれど、軒並み失敗しているようだった。

 

 

湖面が迫る。

さっき氷柱が落ちたはずの場所。あれは水なのか。飲み込まれたらどうなる。浮くのか、沈むのか、それとも消えるのか。

 

恐怖は単純だ。ここで終わるかもしれないという、あまりにも素直な感情。

それでも目を逸らさない。迫ってくる水面を、正面から睨みつけたまま、全員がそのまま落ちていく。

 

 

そして湖面が今まさに目前に迫るその瞬間。淡輝だけは、下以外のものに目を奪われていた。

 

それを間近で見れたのは半秒に見たない刹那だったかもしれない。でもやけにゆっくり、スローモーションのようにその光景は脳裏に焼き付いて離れない。

 

湖面を臨む星見台に、椅子が一つある。そこに老人が死んでいた。

白い血を撒き散らして、安楽椅子に座っているヒダの多い服と目隠し帽を被った老人。

 

「ウィレーム先生?」

 

これまでで一番の強烈なフラッシュバックがきて、先ほどの走馬灯よりも記憶が加速して、何かの景色を再生する。

 

安楽椅子に座った老人に語りかける男の姿。それをぼんやりと見ている私はいったい誰だろう。

 

『ウィレーム先生、別れの挨拶をしにきました』

 

『ああ、知っている。君も、裏切るのだろう?』

 

『…変わらず、頑なですね。でも、警句は忘れません』

 

『…我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う』

 

『知らぬ者よ。かねて血を恐れたまえ』

 

『…お世話になりました。先生』

 

 

『恐れたまえよ、ローレンス』

 

 

そこで手を引っ込めた。目の前にあるのは獣の頭蓋。そうだ。これに触れてこの記憶を見たのだった。私は誰だ?狩人であることはわかるが他がわからない。長い髪をかきあげて、胸のブローチを握りしめて踵を返す。ここにはもう、調べるものはないと知っているから。

 

だってこれは私が過去に刈り取ったあの獣の頭蓋なのだから。

 

 

 

夢の中の夢。さらにその奥の記憶。それらを一気に味わい、今までで最も自分が薄くなる。私?俺?先生?

 

前後不覚になっていた淡輝の感覚を叩くのは湖面の衝撃だった。

 

それで自我を取り戻し、そして再び自らの感覚でパニックになる。俺は一体何をしてた?

 

そうして三メートルほどの落下を、ほとんど反射で受け身を取ってやり過ごし、膝に残る鈍い衝撃を確かめながら顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできた光景、そしてその前の着地の衝撃に全身の血が一斉に冷えた。

 

これまでで最も目を背けたい地獄が、足元から広がっていた。

 

見渡す限りの死体が敷き詰められている。折り重なり、絡まり、乾ききらない血と体液で互いを貼りつけられたまま、床という概念を失った地面を埋め尽くしていた。足の踏み場がないというより、踏みしめるたびに誰かの腕や背骨を踏んでしまうような、そんな感触が靴底越しに伝わってくる。腐臭は強くない。新しいものと古いものが混ざっているのに、妙に湿った甘さだけが鼻に残る。

 

 

みんな、死体の上に着地したのだ。

 

その死体も異常なものであり、人で無くなってしまっている。

人間の首や胸の位置から、無理やり異形が生えている。皮膚と外骨格の境目が曖昧で、どこからが人でどこからが怪物なのか判別できない。腹部は裂けており、中身が抜き取られたように空洞になっている。

 

カサカサ、と耳障りな音がする。乾いた枯葉を踏むような音が、四方から重なる。

よく見れば、死体の上に重なっている小さな蜘蛛の一部は生きていた。死体の上を這い、動く無数の脚が、全体をかすかに波打たせている。

 

拒否反応は、ほとんど同時だった。

百が息を呑む。声にならない音が喉の奥で止まり、顔から血の気が引いていく。それでも視線は逸らさない。口田は一歩後ずさり、かかとで何かを踏み、慌てて視線を落とし、そして固まった。小さな生き物の声が一斉に頭に流れ込んでいるのか、両手でこめかみを押さえ、うめき声を漏らす。

 

轟は無言のまま、氷を生み出しかけて止める。冷やせばどうなる。燃やせばどうなる。どちらも想像して、どちらも現実的でないと理解しているから動けない。

 

「なんで、こんなこと。できるんだ……」

 

這って動く一体がどうにかしてこちらに近づこうとしているのがわかる。人間の体の方は落下の衝撃で少し怪我をしているが、他に比べれば元気と言えなくもない。

 

それは幻影で見かけた妊婦だった女性に間違いない。

人を蜘蛛にして、ここに捨てているのだろう。

 

動けるものが即座にそれを助けに動こうとする。動けない緑谷ですら腕の力で近づこうとしていたが、それを止めたのは爆豪と八百万だった。

 

自分も止めることには参加していない。

 

なぜなら目の前の上位者から目を離すなんてことは、全員を殺しにかかるほどの愚行だと知っているからだ。

 

 

その中心に、一際大きな芋虫のような何かが蠢いていた。

いや、芋虫と呼ぶの正確じゃない。けれど蜘蛛とも違う何か。

 

甲殻類のような昆虫のような、名状しがたい何かがいる。

 

胴体は異様に膨れ上がり、白とも灰ともつかない色で、表面は乾いた皮膚のようにひび割れている。毛があるはずの部分には、細い糸状のものが無数に垂れ下がり、湿った空気に揺れていた。脚は八本より多い。関節の位置がおかしい。内側に折れ曲がり、逆方向に反り、地面を掻くたびに骨が擦れるような音を立てる。

 

もっと本来は数が多かったのだろう。脚は折られ、引き裂かれた跡が見える。体重を支えることもできずにその場で、蠢くだけになっている。

 

 

そして、頭部。それは蜘蛛の頭ではなかった。

丸く膨れた頭部は、サンゴの塊のように凹凸だらけで、その窪みに目が無数に埋まっている。その半数以上が裂傷や銃痕によってえぐられており、光を失っているようだった。

 

残った瞳はひとつひとつが別々の方向を向き、焦点が合わないままどこかを見ている。瞬きはしない。ただ、湿った光を反射している。

 

何よりも目につくのは、その背中に刺さった鉄製の籠である。鉄塔のような歪な六角形の金属が生えている。そしてその中には人がいた。

 

枯れ果てたミイラのようなそれは異形の蜘蛛に下半身を接合され、そして意識もないようで腕をL字にして何かを体現しようとしている。

 

その人物も自身を囲っている鉄籠を頭部に被り、その蜘蛛と融合しているようだった。

 

 

淡輝は思った。まるで昆虫を操り支配する寄生虫のようであると。

 

こんな光景は知らない。全く既視感がない。この冒涜に対して湧いてくる謎の怒りに身を任せ、目の前の異形を狩り尽くさんと武器を抜いた。

 

 

何もわからない状況であるがしかし、これを許してはいけないことだけは確かだった。

 

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