「ああ、弔。せっかくだから。新しいことをお願いしようかな。なあにそこまで難しいことじゃない。いつ通り、できたらで構わないよ」
先生はいつもそうだった。
難題をいきなり提案するが強制はしない。そして別にやめたところで干渉もしない。
何人もいた孤児院の問題児たちは、その提案に従うものと一切従わない者がいた。
「誰でもいい。明日までに人をひとり殺してきなさい。ああ、もちろん。やれる子だけでいいから」
だんだんと過激になっていくその提案に最も多くの子どもたちが反発したのはこの日であって、決死の表情で脱出したやつもいた。
けれど先生は前言の通り、何もせずに彼らをただ見送って笑っている。国や警察に駆け込んだ子供はどうせすぐに戻ってくると知っていたからだろう。
「自分の好き勝手にすることが個性を育てる上で大事だからね。無理やりさせても意味がないんだ。そっちはすでに散々失敗してるから、もういらない」
先生の言うことに、顔を引き攣らせることができたのは元々勉強をしていた子供だけ。多くは学習を捨てたから、何が恐ろしいのかすら理解できていない。それでも先生は居場所を作ってくれたのだった。
「このリストの人物をみんなで手分けして殺してきなさい。探すところからやってみるといい。この県にいる人しかいないから、終わったら帰っておいで」
だんだんと長期的な提案が増えてきた。そこに書いてる人物をどうにか探り当て、時には一番大きい駅でずっと探している時もあったけれど。どうにか仲間とそれを探して殺した。この辺りから勉強はちょっとだけしたほうが良いかもって思ったんだっけ。
口うるさかった年長のやつを殺した後に、全然進まなくなってからそんな反省をした覚えがあった。
四人目のやつを殺したら、その家から。名前は忘れたけれど、昔一緒だったやつが出てきた。
泣き叫んで、そして攻撃してくるから殺した。
いい服着てやがったから、死体も残さずチリにして。部屋を見たらおもちゃだらけでもっとムカついた。けどまぁ。燃やしてやったからもうそれはいい。
先生はきっと。生きるのに必要なことをしろと言ってくれている。だって人を殺せないやつが、殺せるやつに勝てるわけない。普通に考えてそうだろう。
最後まで一緒に殺したり壊したりして、そこで育った友達は最後は6人くらいいたっけか。
「じゃあ、自分以外の人を最後の一人になるまで殺してみよう。大丈夫。逃げてもいいんだよ」
目の前で宣言されたそれを、全員が唖然として口を開ける時。俺は誰より早く、この中で一番強いやつに飛びついていた。
頼りになるし、指示も的確で、何よりいいやつだった。今まで死んだやつみたいに甘くないし、規則やルールを作って社会不適合の烏合の衆をどうにか統制してくれてた。
感謝してる。でもお◯さんみたいで、ずっと殺したかったんだ。
俺たちはこの5年でもう家族みたいになっていた。だからずっと壊したかったんだ。
一番気にかけてくれたこの子は、俺のアトピーの心配をしてくれてたっけ。みんなみんなぶっ壊した。気づいたら、笑いながらそこに一人で立っていた。
パチパチと。拍手をしながら近づいてくる先生にもその手を向けて、一応殺しにかかってみる。
手首を掴まれて止められた。ああ、俺は殺されるのかな。
「素晴らしい。でもなぜ僕も?」
「自分以外の人って、先生は言ったから」
「ああ、そうだね。僕は確かに『自分以外の人を最後の一人になるまで殺してみよう』と言った。じゃあ僕をよく見てみるんだ」
膨れ上がる体。そこに生まれる無数の手や顔。そして感じるのは圧倒的な熱量であって、まるで人がそこに数百人。いや数千人いるかと思うほどの渦巻く感情がそあった。
それは全く同じだ。ずっと先生の中で、殺し合いをし続けている。ここと同じことを先生は内側でやっている。
「先生は、人間じゃなかった。ごめんなさい間違えました」
「ああ、間違えても気にしないでいい。リトライすればいいんだから。君の名前は今日から『死柄木弔』だ。いいかい弔。これからも好きに生きるんだ。殺して生き残り、弔うことができる立場に居続けなさい」
自分よりも遥かに大きな化け物に掴まれて、そして自由になっていいと言われて安心した。
それが、俺が『死柄木弔』になった日だった。
南米の蒸し暑い空気を吸い込み、回想から意識が戻る。
「おいおい。そんなの、蠱毒じゃねーんだからよ」
後で知り合った裏社会のブローカーには、新しい言葉を教わった。俺の育ってきた環境は蠱毒という言葉で表現できるらしい。その響きは嫌いじゃなかった。
怪しいグラサンのそいつとの付き合いは、気づけば長くなり壊すこともないままに付き合い続けている。器用な奴は使いやすい。
「んで?今回は魔王様にどんな無理難題を振られたんだ?」
「死穢八斎會の隠し玉を見つけろってさ。どこかにコアとなる個性持ちがいるはずだって。先生も見つけられてないそれを、探し出してみろってよ」
「ウッソだろ。オールフォーワンとナイトアイが血眼で探しても見つからないって、ここの隠蔽はマジでどうなってやがんだおい。んで、俺らでそれを見つけろってのはいくらなんでも無茶だろうがよ」
「1時間後には襲撃だ。その前に死穢八斎會との交渉。襲撃から戻ってきたら捜索だ」
「おいおい!死柄木!そりゃ無茶ってもんだ!お前ここのところ寝てねーだろ!?体力も限界、いつも痩せてるとは思っちゃいたが、そんなん比較にならねえくらいフラフラじゃねーかよ」
「今さ。気分がいいんだ。先生も結構焦ってる。俺がいないと困るってんなら、それは今までと大違いだよ。なんかどんどん動けるようにもなってきた。それに、それにさ……」
溶けるように目を細めて、そして乾いた笑顔で自由気ままに本音を話した。
「あのオーバーホールってやつ。ムカつくだろ?あの訳知り顔を歪めて、ぶっ殺してやりたいんだよ」
すでにペストマスクの若頭。オーバーホールとは何度か話した。先生がそいつらの持つ個性消失薬についての交渉を行なっているが、南米のカルテル女王も狙っているらしく小賢しく立ち回って時間を稼いでいるようだった。
そして現状は、隠蔽が機能している以上。あいつは女王と取引を密にしているらしい。大人たちはまどろっこしい交渉を重ねているが、くだらないものに見える。直接殺して奪えばいいのに。
だからその通りに聞いてみた。
「おい。お前らの薬。出所はどこだ?どんな個性からそれを作ってる?」
「……あのな」
俺が一歩近づいて話しかけると、首筋をかきながらそいつは答えた。
「それを材料に交渉をしてんだ。それを無料で渡すバカがいるか?こんなこともわからない汚いガキはすっこんでろ。おい、オールフォーワン。今までは大人しく見学してたからよかったが、邪魔するならこいつは退室させてくれ。話の邪魔だ」
瞬間的に、飛びかかっていた。
しかし、それをそいつらの部下が邪魔している。矢印が向けられて、体の動きがゆっくりになっている。
「正当防衛だ。馬鹿は死ね」
「死柄木!!」
向けられる殺意に、仲間たちが反応し。体がグイッと引っ張られる。
世界ヴィラン連合を名乗って同志を集めていたが、度重なる襲撃で多くが捕まり殺された。今残っている奴らは実力的にも思想的にもかなり俺に共感している問題児ばかり。
磁力の個性を操るマグネが俺を引っ張るが、動かない。Mr.コンプレスも素早く動いたが、足がふらついて彼の特技である正確な動きの一切が封じられていた。
死柄木が動かないとなったのちマグネの判断は柔軟で早かった。そのままオーバーホールを突き飛ばし、死柄木から相手を離して距離をとる方策に切り替える。
「ごめんね極道くん。うちのボスは自由なのよ」
素早い身のこなしで蹴りを放ち、それがオーバーホールに直撃する。オーバーホールの防御は不完全であり、衝撃を受けて床を転がった。
「さわるなよ。……汚れるだろ……」
次の瞬間に、マグネはパンという音と共に爆ぜた。
上半身が血と肉になって原型を忘れ、その部屋の中にばら撒かれる。
ヴィラン連合たちが叫び、全面的な戦いへと移行しようとするときに。終止符が打たれる。
この場の主催でありカルテルの長たるイサドラが宣言した。
「ここではこれ以上の戦いをやめてもらおう。これ以上暴れたものから、この隠蔽から叩き出す。必死で探しているUAIと雄英高校の戦力の全てを引き受けたいというものは引き続き好きにすればいい」
そうして彼女は振り返りもせずに頓挫した交渉を無視して部屋を出る。残った中で主導権を持つはずのオールフォーワンは笑ったままで、彼も彼女に続いて部屋を出た。
「悪かった。だが邪魔をしたのも、手を出したのもそっちが先だ。ここらで手打ちにしようじゃないか」
悪びれもせずにそう言って、余裕そうな態度を崩さないのも気に食わない。
壊してやりたい。あいつが治せないくらいに徹底的に、ボロボロに崩してやりたい。
死柄木弔は何も変わらず、ここでも自由にすることに決めた。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
若者たちをその部屋に置き去りに、きっとどうなっても構わないのだろう。権力者であり実力者たちは語り合う。
毅然とした姿勢で歩む銀髪と白髪が混ざる女傑に、生命維持装置を浮遊させながら自らも浮いてそれに合わせる男が続く。
「イサドラ。君は子供はいるのかな?」
「いない。すでに死んでいる。なぜそのような一般的な世間話を?」
「子育てというものを何度か試しているんだけれどね。これが案外面白い。最終的には強い個性か明確な成果をあげてもらいたいと思っているんだが、こちらが支配をしようとすると折れたり曲がったりするんだよ。ああ、負荷をかけて衝動を解放させてもどうにも弱いんだ。結構良いところまでいっても、あっさり負けたりする」
「あの弔という若者に、私は才能を感じない。彼をなぜ厚遇するのか理解ができない」
「弔はね。個性も戦闘能力も平均以下だったけれど、それでもなぜか生き残るんだ。彼は抜群にそれが上手い!まさかあの北朝鮮でも生き残るとは思わなかった。他の候補者はオールマイトを殺し得るほど強かったのに、それでも全員失敗さ。彼だけなんだ生き残り続けるという結果を出し続けているのは」
「本題に入ったらどうだ。お互いに暇ではないだろう」
「これは立派に本題さ。彼の個性は使いづらいけれど、このところ威力と範囲は申し分ないものになってきた。彼が癇癪を起こせば、周囲丸ごと崩壊することもある。物質がその破壊を伝播することがあればこの破壊は隠蔽すら関係なく全てを壊すはずだ。そうなったら少し困らないか?」
「それはこちらの問題ではない、それを解決するのはそちらだ」
「協力をし合おうじゃないか。僕を呼んだことにも理由はあるんだろう?ここには招待されないと入れない。そして僕以外ならば君たちは好き勝手に支配できる。なのに邪魔になり得る危険な僕を招いたのはなぜだろう。君は僕に何か期待していることがあるのは明白だ」
「……聞いていた話と違う。なぜそこまで譲歩をする?」
「昔はやんちゃしていたけれどね。これでも結構な年だ。大人にもなるものさ」
鋭い視線に動じない。大体にして今彼の顔は口以外は塞がっていて、通常の視覚的には塞がっている。
無言であるが、ついてこいという意味の視線を投げて彼女は施設の最奥へと進む。
先導する中毒者が代わり代わり現れて、すでにオールフォーワンの感覚を持ってしてもどこかわからない場所へと連れられてきていた。
「……もう少し時間をかけるつもりだったが、見せたいものがある。この隠蔽を行なっている協力者の提供したものだ。この世界の全てを一度手にした貴方がこれをどう見るのか。教えて欲しい」
そうして手渡されたモノは長い年月を生きる支配者をして初めて見るものであった。
蜘蛛のような奇怪な見た目の化け物。30cmほどのそれが生きて蠢いている。
「これに、個性はあるのか?因子や個性スコアは人間だった頃と変わらない数値のはずなのに、これには上限がないような。数値が突然に跳ね上がることがある。分析不能として片付けているが、貴方の個性ではどう見える?」
これは罠だろうか。オールフォーワンはまだ未知に触れる機会があるという不快な刺激に、思わず笑った。
ここで手を引くわけがない。だって全ては自分のものなのだから。
「いいよ。正直にわかったことを教えよう。その代わりこれは僕のだ。渡してもらおう」
受け取ったそれは、あまりに気色が悪く。道徳的な嫌悪感などカケラも感じないオールフォーワンをして嫌な予感が止まらない。何か良くないものだった。
彼の個性、『オールフォーワン』がそれを個性の側面から暴いていく。
そして、この世で彼しか見つけられないはずの特異点が見つかった。
「なんだこれは……。これには許容上限が感じられない。器が、いや縁がない。これは個性をいくらでも入れられる。これは人なのに人じゃない。個性を飲み込む大穴だ。何も見えない黒い渦。別次元への入り口……こんなものは見たことがない!!」
ひとしきり興奮し、そして分析を伝えるべきところだけを簡潔に伝える。
その後には当然ながら続く質問があるのだ。それをしなければいけない。
「そして、これを生み出せる協力者とは一体誰かな?僕もぜひお近づきになりたい」
「私の交渉カードの一つだ。すぐには渡せない。けれど、名前は伝えよう。私も彼らを信用しているわけじゃない」
『メンシス』そう呼ばれる彼らのことを彼女は多くを語らなかった。
人間の限界を超える何かを生み出すものたち。それを利用するものたち。彼らは想像をしていなかった。
秘匿に意図せず迷い込んだ子供たちが、全てを露わにしてしまうなど。誰一人として予想できるわけがないのだから。