死柄木弔と呼ばれている俺は、いったい何を見ているんだろうか。
この遺跡の中で先生から与えられた課題をずっとやり続けていた。ほとんど不眠不休になってから、気づくとよくわからない幻覚を見ることもあった。湿った石の匂いと、どこからか滴る水の音だけが変わらずそこにある。それ以外は全部、ぐにゃりと溶けて定まらない。
中でも、今日の幻覚は最悪だ。
何せあの雄英高校のヒーロー志望たちが出てきたのだから。いつもなら他のヴィランどものバカ面を拝むだけだったが、今日は違ったらしい。見たくもない顔が、まるで自分の目の前にいるみたいにくっきりと像を結んでいた。
最悪の気分だと立ち上がって去ろうかと思えば、明らかにヒーローではないやつを見つけて足を止めた。そいつは明らかに俺らの側だった。
自分勝手に人を傷つけ、そして衝動を満たしていく。抑圧された分、強く自由を求めている人間。飢えた獣みたいに、それでいて迷いなく。
仲間を襲って血を飲んだそいつに拍手したくなったが、その辺りからよく見えなくなってしまった。視界の端が白く滲んで、像が崩れていく。あれはもしかすると、どこかで起きている現実なんじゃないのか。もし同じ特徴のやつがいればスカウトでもしようかと考えていると、ただでさえ短い休息の時間がもう終わりかけていた。
最初の方に感じていた、億劫さをもう感じない。
今、自分はとても調子がいいとわかる。思考力が削ぎ落ちて、余計なものがなくなっていく。砥石に当てられ続けた刃みたいに、要らない部分がどんどん落ちていく。
自分の中にあるものが削られて、そして大事なものだけが残っていくのだ。先生は、削って磨いて、折ってみて。そうして何かを探しているんだろう。
どこかに埋まっているものを掘り出そうとするみたいに。時間をかけて、丁寧に。
俺は夢の中にいるような口調で呟いた。
「全部、壊れちまえ」
俺は何一つ触れちゃいなかった。なのに、何かが壊れた感覚がある。
骨が軋む音でも、ガラスが割れる音でもない。もっと静かで、もっと深いところで。
誰かが壊したとすればたまたま今だったとでもいうのだろうか。
周囲の空間に今まで意識を向けることができなかったことに気づく。
なんだこの廃墟。いや遺跡を飲み込んだ地下室。古臭くて汚い。染みついた土と錆の臭いが、今になって鼻を突く。こんな場所になんで気にもせずいれたんだ?
まるで、夢から覚めたかのように意識が覚醒しているようだ。目の奥が冷えていく感じ。視界がくっきりと、いやに鮮明になっていく。
「死柄木弔。無事ですか」
「黒霧、どうなってる。そういばここはどこだ?なんでこう変わった?」
その場に現れるのはオールフォーワンから何より大事に保護されている個性持ち。黒霧と呼ばれる誰かである。世話役として弔につけられているが、実態はこいつの方が重宝されていると知っていた。というか、先生がなぜ俺を生かしているのかはいまだにわからない。どう考えても、俺よりもテロや殺人に向いた個性や能力のやつはいくらでもいるのに。
その疑問は自分にとって温かな可能性でもある。答えを手繰り寄せたいわけじゃない。ただそこに在るだけでいい。それに答えを求めず、ただそう感じるだけでしまっておいた。いつもの通りに。
「この施設にかけられていた、偽装が機能しなくなったとでも表現をしましょうか。とにかく、今ここは南米中部の地下遺跡の一室です。これまでのように認識できない場所ではない」
「はは!じゃあ、あれか?ご自慢だった偽装が壊れて、俺らは丸裸ってことか?」
ここに集っているヴィランたちは強力かつ、数も多い。しかしそれでも、UAIが誇る軍隊はこの世界トップの大国が精鋭を集めた10万人規模の軍隊である。普通に戦えば犯罪組織では刃が立たない。石と鉄の壁が剥き出しになったこの場所で、今や俺たちは灯台みたいに丸見えだ。
「ええ。あの方はやることがあると、急ぎイランまで飛ばれました。この場の方針は好きに決めて良いとのことです」
「よし。じゃあ、あいつらを殺して奪ってやろう。先生も喜ぶぞ」
「それは死穢八斎會をでしょうか。それともUAI、雄英高校でしょうか」
ニタアと笑って、歯を見せる。口の端が自然と上がる。こういう時だけ、体が素直だと思う。
「決まってる。全部だよ」
平和も秩序も否定する。全部を壊してやりたいのだから、何かを選ぶことなんてしない。
「……動ける連合の奴らを集めてこい。オーバーホールを泥水の中に叩き込んでやるからさ」
言い捨てて、歩き出す。
洞窟は長かった。アリの巣みたいに穴が繋がって、どこまでも続いている。今までここを立派な部屋に見えていたなんて、笑える。
天井が低くなったり、妙に広い空洞が現れたり。松明もない暗がりの中を、俺は特に迷わず進んでいく。どこかに出口があればそれでいい。
音が先に届いてくる。
怒声。金属音。それから肉が何かに叩きつけられる、鈍くて湿った衝撃。偽装が消えた瞬間、あいつらの中で何かが弾けたらしい。縛るものがなくなればこうなるとは思ってたが、ここまでとは思わなかった。
角を曲がると、視界が開けた。
広い空洞の中で、やつらは互いを食い合っている。個性が炸裂するたびに壁が削れ、石くずが雨みたいに降り注ぐ。誰かが叫びながら突進して、それを笑いながら迎え撃つ誰か。血の匂いが漂っていた。鬱屈としたものが暴力になって、力が空間を我が物顔で占拠し始める。
そこを横切った。
誰も止めない。止める余裕のあるやつなんていない。足元に転がる誰かを跨いで、爆風で吹き飛んできた瓦礫を避けて、ただ真っ直ぐ。このところ勘が良くなっている。流れ弾に当たる気はしないし、邪魔しにきたやつは崩すだけだ。
気分はよかった。
なんでかはわからない。ただ足が軽くて、頭の中がすっきりしている。削ぎ落とされて、余計なものが全部なくなったみたいな感覚。このまま歩き続けていれば、どこまでも行けそうな気さえしてくる。
戦いの音が遠ざかるにつれて、洞窟が静かになっていく。
暗い暗い、馴染みの闇が広がって。そこから仲間たちが溢れ出してきた。
特に感慨はない。なのに、また口の端が上がった。
「死柄木!やってやろうぜ!」「くっそ怖えよ!逃げようぜ!」
「ようやく燃やせんのか。エンデヴァーも来るかな」
「す、ステインの意思を。世界に示さねば!」
いつの間にか自分の元に集まった衝動たちは、そして馴染むロクデナシたちである。
「ようやくだ。全部ぶっ壊してやろう」
夢の明け方、破壊衝動が動き出す。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
目が覚める。
淡輝が感じたそれは、あまりに馴染み深いもの。いつも通りの目覚めであった。
しかし、直前に死の記憶はなく。蜘蛛を凍らせてみるという試みを賭けとして行ったところで記憶は途切れている。
湿度のある空気が、肺の奥まで重くまとわりついてくる。熱い。じっとりとした暑さで、呼吸するたびに少し詰まるような感覚がある。石畳が頬に冷たい。その冷たさだけが、少し心地よい。
つまりは、どこかの遺跡に倒れていた。あえて表現すると、非常に現実的などこかに見える。
急いで周りを見渡せば、悪夢に迷い込んだみんなは無事にそこにいた。
淡輝が最初に目覚めたらしい。
薄く目を開けると、崩れかけた石造りの壁が視界に入る。蔦が隙間から這い出して、古い石を飲み込むようにそこかしこを覆っている。天井の一部が抜けているのか、真上から白く濁った光が差し込んでいた。密林の緑越しに滲んだ光で、太陽の輪郭はどこにもない。遠くで鳥が鳴いている。聞いたことのない声だった。
『淡輝様。今どちらに?』
「こっちが聞きたい。俺の位置を特定できるか?ここはどこだ?」
デバイスからマリアの声がして、周囲の仲間たちの何人かが即座に起きた。
「マリアさんの声が!」
「か、帰って。来たんですのね……」
散々に正気度を削られた調査になってしまったが、それでも彼らは生きている。生きて、現実へと戻ってきていた。
「でも、あそこへの入り方が……みんなを助けなきゃいけないのに!」
「落ち着け緑谷。まずは状況を把握しよう。マリア、頼む」
『1時間ほど前からこの南米のみならず、世界中で未確認の街や集落が次々と発見されています。そこには兵器や指名手配犯などが衛星からでも確認されており、世界的なパニックが今まさに始まろうとしている段階です、イランでは核施設が見つかったらしく、これについては急ぎUAIも近場から傭兵部隊を向かわせています』
地球のホログラムが宙に浮いていた。
青白く透けた球体の表面を、赤い点がいくつも点滅している。ひとつ、またひとつと瞬くたびに、それがどこを示しているのかが嫌でも目に入ってくる。北米、ヨーロッパ、東南アジア、中東。大陸をまたいで、まるで伝染するみたいに広がっていた。
カウントの数は20ほどだったのに、次の瞬間には22と増えている。赤い点はまだ増えているようだった。
『そして南米の状況ですが、ヴィランたちが攻勢に出ました。UAIはその対応に追われています。ナイトアイからの連絡が来るまでは積極的な活動は控えて、戦力を温存しています』
「んだそのクソ消極的な作戦は!?」
爆豪の驚きには正当性がある。こんな対応をさせてしまったことはない。こちらの被害を最小に止める消極策は正直ありがたかった。南米の住民たちに犠牲が出るのは悲しいが、それだけだ。動かせる駒が目覚めたら減っている方が大問題なのだから。
「犠牲はどの程度だ?」
『南米の住民たちは現在進行形で、ヴィランやカルテルの構成員から被害を受け続けています。麻薬中毒者が錯乱したかのように暴れ、可能な限りでUAIの軍がそれを抑えようとしています』
「どういうことだ?なんで自国の人間を攻撃してる?あいつらにとっては守るべき味方だろ?」
『理由は不明ですが、彼らの様子を見るに組織立っての犯行ではないと分析をしています。何か新種の麻薬などで引き起こされた集団での錯乱状態であるとの見方が優勢です。彼らは一様に、地下の遺跡から出てきて周辺の住民を襲っています』
「地下の遺跡はスキャンできてるか?相当な空間があるはずだ」
声に応えるように、ホログラムが切り替わる。
南米大陸の輪郭が浮かび上がり、それからすぐに地表が透けて消えた。現れたのは地下だった。無数の線が複雑に絡み合いながら、大陸の下を縦横無尽に走っている。まるで巨大な生き物の血管を、そのまま取り出して広げたみたいだった。
網目は密で、どこからどこまでが一本の通路なのか、見ているだけでは判別がつかない。
淡輝はホログラムに顔を近づけた。
南米全体に伸びている。国境も地形も無視して、ただひたすらに深く広く。自然にできたものじゃない。これだけの規模を掘って繋いだとすれば、いったいどれだけの時間をかけたのか。あるいは、時間以外の何かを使ったのか。
赤い点のいくつかが、その地下通路の真上と重なっていた。
『衛星からのスキャンで83%がマッピング済みです。これらの出口周辺から一般人への被害が増えています。突入作戦も立案済みであり、承認待ちの状況です』
よし。待ってくれていた。本当に良かった。そして、そこまで思考してそれが偽りの安心であったと自分で気づく。そんなわけがあるはずがない。
彼が、待っているわけがないのに。
「……そういえば。オールマイトは?」
『即座に救出作戦を独自に行っていましたが、20分ほど前からチリの沿岸部にて、ダークマイトを名乗るヴィランと戦闘を開始しています。破壊の規模が大きく、一般戦力やヒーローでは支援も困難な状態です。ひとまずはオールマイトに任せると判断しています』
ああ、良かった。そうそう負けないとわかってはいるが、それでも俺が寝ている間に彼が死んでいたらと思うとゾッとする。
そのほか、マリアが矢継ぎ早にあらゆる情報を共有していく。有無を言わさぬ迫力で作業をしていたが、爆豪は騙されなかった。
「おい、そこまで細かい情報はいらねえだろ。それより近くの集落を守るか、遺跡に入って救出する方が先じゃねーのか。ビビってんのか七光り」
おお、そこまでお見通しか。
その通り、俺は非常にビビっていた。なぜなら、ここで死ぬことでどこで目覚めるのかは確証がなかったから。
それでも、すでにこの情報収集の時間で集落が一個潰れてしまった。死者は40名以上が増えている。起きて即座に指示を出せれば、きっと半分以下にできる被害である。これを無視して、そしてリスタートの地点を不確実にしたままというのは絶対にできない。
つまりは、銃口を自分に向けて撃ち放つ。
呆気に取られた表情を見ると、毎回ながら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だけど、自分が一番役に立つのはこの戦い方なのだから仕方ない。
南米中どころか、世界中に隠されていた場所から悪が噴き出る現状に、一切の予断は許されない。
目覚めると、遺跡の冷たさが頬を捕まえていた。
『淡輝様。今どちらに?』
今度は間髪を入れず、用意していた最短の言葉を打ち返す。
「3から44までの待機作戦を実行。うち何点かを修正する。即座に部隊にフィードバックしろ」
最適を目指す戦いが、また始まる。