夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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病巣

 

地下空間を進む緑谷出久の足は止まらない。

 

湿った石壁を蹴り、低い天井すれすれを跳び、曲がりくねった通路とも呼べない場所を分かれ道でも指示に従い最短距離で抜けていく。

 

だが最短距離をどれだけ行っても、被害をゼロにはできなかった。分岐の向こう。選ばなかった方から悲鳴が上がる。別の方向では爆発音。さらに奥では、何かが砕ける鈍い衝撃。全部が同時に起きている。

 

みんなが助けを求めている。耳が拾うたびに、胸の奥がきつくなる。その度に折れそうになった。

 

そんな暇はないと自分に言い聞かせて、どうにか駆ける。

広い空洞に飛び出した瞬間、光景が視界に焼きつく。凶暴化した人々が互いに、あるいは周囲の住民に襲いかかっている。目の焦点は合っていない。呼吸は荒く、理性の代わりに衝動が前面に出ている。個性が暴発し、炎が床を舐め、瓦礫が弾丸のように飛ぶ。誰かが誰かを押し倒し、泣き声が怒号にかき消される。

 

遺跡の中の街には普通の人々もいたんだと思う。けれど、今では誰もが血を求めるようにして手当たり次第に暴れていた。

 

それを止めるために踏み込む。最初の一人を肩から押し倒し、最小限の力で気絶させる。次は背後から飛びかかってきた男の手首を捻り、衝撃を逃がすように地面へ転がす。膝をつき弟を守るようにしている少女の前に立ち、飛来する破片を拳で弾き飛ばす。間に合った。ここは間に合った。

 

そう思った次の瞬間に、その少女が先ほどまで守っていたはずの幼い弟を殴り始めるのだから、どうすれば良いかわからなくなっている。

 

「落ち着いて!やめて!お願い!気をしっかり!!」

 

声を張る。届いてほしいと願う。だが返るのは唸り声だけだ。目の奥にあるのは恐怖でも憎悪でもなく、空白に近い何か。まるで操られているかのような、あるいは自分の中の何かが剥き出しになっているかのような顔。

 

結局のところ、その少女すら気絶させねばいけないとわかり逡巡した後にそっと気道を圧迫した。打撃による意識を奪う方法は練習しているとはいえ、子供に使うことはできない。

 

そんなことをしていると一瞬で三方向から襲われる。拳を振り、蹴りを放ち、衝撃を逃がす。全力は使わない。使えば壊れる。壊したくない。守るための力で、壊すことはできない。だから制限する。抑える。その分、数が増える。

 

「止まってくれ……!止まれよ!!」

 

倒したはずの一人が、ふらつきながら立ち上がる。別の通路からさらに二人、三人と現れる。全部がこっちに向かって来てくれるならいいが、彼らはそれぞれ近場の相手を襲い出す。

 

 

全部は救えない。

 

狩峰くんからそう言われていたけれど、それでも全てを救うつもりでここに来ていた。

 

それでも、全部は救えない。

 

その事実が、重くのしかかる。目の前の一人を守るために動けば、視界の外で別の誰かが傷つく。あちらを優先すれば、こちらが崩れる。選ばなければならない。順番をつけるしかない。

 

泣いている子どもを抱え上げ、崩れかけた天井から引き離す。暴れる男の拳を受け止め、その衝撃で自分の骨が軋む。痛みはある。だがそれよりも怖いのは、間に合わなかった瞬間の光景だ。倒れたまま動かない影。血の匂い。自分があと一秒早ければという思考。

 

走る。跳ぶ。叫ぶ。

 

緑谷出久は決して諦めず、そして十分な数を救っていた。でも足りない。全部には到底足りなすぎる。

 

『オーバーホールと死柄木弔の戦闘を確認しました。今捕捉しなければ、逃げられる可能性が非常に高いです。予測では、死柄木弔がオーバーホールおよび死穢八斎會を全て殺して、保護対象であるエリという女の子も殺害されます。雄英高校および、UAIからの指令は彼女を救うことです』

 

また選択の時がやってきた。

 

彼女のことは絶対に助けると決めていた。けれどガイドが示す方向へと進むということは、ここにいる人々を見殺しにするということだ。

これは誤魔化すことはできない。この南米の人々を見捨てて、なんで一人の少女を助けることを優先できるんだ?

 

「軍の人たちは!?他に援護はいないんですか!?」

 

『軍人はこのエリアに立ち入りを禁止されています。理由はこの赤い地下空間の精神的な汚染の影響です。ここは人の暴力性や凶暴性を増幅するような効果が認められています。軍がここにいれば、無差別の虐殺が始まってしまうと判明しています。あなたのようなヒーローでなければここを通過することすらできない。至急移動を始めてください』

 

マリアはまるで人形のように淡々と事実を並べる。普段はもっと親しげで優しさをこめてくれるけれど、今回は役割に徹していることを伝えているようだった。

 

理屈としては分かってはいた。どこまでも正しい。あれだけの犯罪組織が隠していた彼女には何か秘密があるんだろう。UAIはそれを掴んでいるんだろう。

 

でも、一人の命だ。

 

だって、同じ命なんだ。そこら中に助けてと叫ぶ顔がある。彼らを見捨てて彼女のことを助けにいくというのは。同じ日本人だから?それとも命令されたから?

 

あらゆる正しさと、間違いが。自分を縛り付けてくるようだった。

 

『緑谷、爆豪。自分にできることをやってくれ。信じてるぞ』

 

狩峰くんから言われた言葉は、重く自分の中に残っている。僕は一体何をすればいい?

妙な遺跡。悪夢みたいな場所に迷い込んでからずっと、うまくいっていない気がしてた。

 

いや、これが普通なのかもしれない。

何かにお膳立てされていて。がんばれば両方を救えるような。実際には二択ではない選択肢を今までは誤魔化し続けていたのではないだろうか。

 

だとすれば、自分は無力だ。どちらも大切だから、どちらも選べなくなるなんてことは。最悪のはずなのに。

 

悩んで止まったのはほんの数秒。それでもそんな暇など許さないと。厳しい声が聞こえて驚いた。

 

あまりに大きな声量で、乱暴にぶん殴るかのように鼓膜を叩く。

 

そう。最悪のはずの大声が。今までは体が硬直してしまうようなそれが聞こえて。なぜか安心して泣きそうになってしまった。

 

「デクぅ!!てめえ何突っ立ってやがる!!殺されてえのか!あ゛あ゛!?」

 

「かっちゃん!?」

 

「とっとと行けや!保護と制圧はお前のが適役。ここの制圧は俺がやる!これ以上ごちゃつきやがるんなら先にお前をぶっ殺して俺が両方やるってんだ!聞こえてんのかカス!!」

 

「き、聞こえてるよ!でも……」

 

本気の殺意が込められた銃口がこちらを向いた。これ以上何かを言って遅延をすれば本気で殺すという目だった。思わず、自分が助けて欲しいという顔をしてしまったかもしれない。

 

切り替えろ。切り替えろ!!ここで動けなきゃ何もかも意味がなくなってしまう。

 

「うん!任せた!!ノーベル!!」

 

「10秒遅れだ!巻き返せやデク!!!」

 

 

捨てきれない。決して諦めることができない。でも、友達になら。憧れであり強さの象徴のような彼になら任せられると思った。だからこそ、自分は走り出すことができたのだった。

 

 

地下空間の天井は低く、ところどころで岩が垂れ下がり、補強材の梁が走っている。緑谷は走るより先に、腕を振った。黒鞭が闇の中へ伸びる。しなやかで、しかし鋼より強いそれが梁に絡みつき、次の瞬間には体が宙へ引き上げられていた。

 

そして同時に、マリアの音声が割り込む。

 

『対象を特定しました。指定敵団体「死穢八斎會」若頭。現在は組の実権を握り、“オーバーホール”の名を用いて活動しています』

 

足が地面を離れる。視界が一段上がる。下では凶暴化した人影がぶつかり合い、瓦礫が飛び交っている。巻き込まれないためにも、上を行くしかない。

 

『本名、治崎廻。年齢二十代前半。零細化した死穢八斎會の復興を掲げ、裏社会の再編と支配を目論む人物です。資金調達、人材確保、武装化を同時進行で進める高度な計画性を持っています。エリという少女の個性を材料に反社会組織のトップと交渉をしていた模様』

 

黒鞭を解き、もう一本。今度は斜め前方の岩肌へ。掴んだ瞬間に体を振り子のように振る。遠心力が腰を引っ張るが、腹筋で押し返す。勢いを殺さず、次の足場へ。

 

帯空中にホログラムを確認する。そこに映るのは、細い目の男。

 

『外見的特徴。赤みを帯びた黒髪のショートヘア。常時赤いペストマスクを着用。紫色のファー付きモッズコート、黒シャツに白ネクタイ、黒のスラックスに白いスニーカー。白手袋を常に装着しています。理由は重度の潔癖症。他者との接触で蕁麻疹を発症します』

 

途中でワイヤーを射出する。金属音が小さく響き、先端が打ち込まれる。ワイヤーを引き込みながら体勢を回転させ、狭い通路へ滑り込む。背中が天井すれすれをかすめ、火花が散る。

 

『性格傾向。冷酷。目的達成のためには部下の命も資源として扱う合理主義者。一方で、現組長への恩義を強く意識しており、死穢八斎會の復興を私的使命として抱いています。個性は現代特有の病であるという思想に共感しているようで、個性社会そのものに強い敵意を抱いています。個性感染症仮説の支持者でもあります』

 

「狩峰くんの言ってた仮説か」

 

時折、こういうことがある。その日の朝にこの記事を読んでおいてよといきなり狩峰くんから資料が送られてきたりすると、直近の事件でそれが役に立ったりするのだ。この雑な伏線とも言えない警告はそこそこ経験してきた。

 

これもきっとナイトアイの指示なのだろうと思う。でもなんで、直接教えてくれたりするのは少ないのだろうかとはずっと疑問ではあった。

 

正確には個性後天性変異感染症仮説というこのある種のオカルト理論について、概要はこうだ。

 

最初の提唱者ロドリゴ・F・エスピノーサ博士。そういえば彼も南米出身だった。彼は、晩年に至るまで「個性因子は遺伝子ではなく、未知の超微細ナノ粒子による副次的なものに過ぎない。これは感染症なのだ」と主張し続けた人物である。

 

当時の観測技術では確認不可能とされていたその存在を、博士は初期発現児童の細胞培養過程に現れる説明不能な電位変動と極微弱な発光現象から逆算するように推論し、既存の顕微鏡や分光装置を独自改造して観測限界を押し広げたと語った。

それらを論文にまとめて国際誌へ投稿する。しかし他研究機関が同条件で再現を試みても同様の粒子は検出されず、観測波形も再現されなかったことから、学会は急速に懐疑へと傾く。

 

追い打ちをかけるように、博士が長期の不眠と過労状態にあったこと、観測装置がブラックボックス化していたことが問題視され、やがて研究費は打ち切られ、所属機関からも距離を置かれるようになった。学会発表の場では質疑が次第に罵倒へと変わり、聴衆の失笑が記録に残る。博士はそれでも自らの観測を否定せず、むしろ孤立の中で確信を強めていったが、同時に精神は静かに摩耗していったとされる。

 

何度確かめようとも彼以外にその発光は見えることはなく、妄想の産物と分類された。それでも理論の構築自体には説得力があり、実験を再現するまでは理論的に否定できないと言う科学者も多くいた。そこから派生して都市伝説となった話は多い。

 

オーバーホールはその話を真に受けて、人類はみんな病気なのだと信じているらしかった。

 

映像が切り替わり、同時に意識も切り替えた。

地面が棘のように変形するシミュレーションが再生されている。

 

『個性名「オーバーホール」。接触対象を分解し、即座に修復可能。人体サイズであれば瞬時に分解可能で、修復しなければ即死。分解後の再構築時に形状変更も可能です。地面や建造物を武器化する戦術を確認済み』

 

黒鞭を二本同時に伸ばす。左右の壁に固定し、空中で体を一直線に保ったまま通路を横断する。

 

『自己修復能力を持ち、致命傷レベルの損傷も即時回復可能。分解から一定時間が経過すると修復不可という制限はありますが、戦闘中においては実質的な再生能力と見なして差し支えありません。また二つを組み合わせての融合機能を確認。対象と同時に分解・再構築することで肉体融合が可能。融合相手の個性を使用できます。多用はしませんが、使用時は戦力が爆発的に上昇します』

 

 

黒鞭を真下に伸ばす。先端がその腕に絡む。力を込めすぎないように慎重に引き上げる。体重が増す。支点が軋む。もう一本の黒鞭を補助に回し、天井の太い梁に固定する。引き寄せ、抱え込み、再び跳ぶ。

 

ワイヤーを撃ち、黒鞭を伸ばし、地下空間を縫うように飛んでいく。光の届かない闇を切り裂きながら、緑谷出久は止まらない。そしてようやく、目標としてきた相手が見えた。

 

『素の身体能力も高水準。個性未使用状態でもプロヒーロー級の反応速度と分析能力を持ちます。医療知識に精通しており、総合評価、極めて危険。交戦時は接触を最優先で回避してください。彼にとって触れることは攻撃と同義です』

 

それは死柄木弔との戦いでも再三言われていることだった。

その警告の対象である二人が、どうにか触れ合おうとして戦っている。互いに触れれば自分の勝ちだと確信しているから、絶妙な間合いで打撃の交換すら起きていない。

 

奇襲のチャンスは一回。そして、それはすでに融合という切り札を使っているのだろう。異形と化していたオーバーホールへと蹴りを叩き込む。

 

発勁によって溜めた衝撃。そしてACが生み出す重量と加速が、巨大化していた敵へと深く突き刺さる。

 

はっきり言って、一回殺してしまうほどの威力だったと思う。それでも分析と情報を信じて致死の威力を叩き込む。そうでなければダメージにすらならないとわかっているから。

 

「なんっ!?なんだ!お前は!?」

 

自身を修繕しながら、奇襲に驚くその声に嘘はない。

 

「エリちゃんを、保護しにきました。すぐに投降してください」

 

その声に反応するのは、治崎よりも死柄木が先だった。

 

「その声、おいおい緑谷かぁ!?ヒーローのくせに人を助けなくていいのかよ。お前まじか?ここまできたってことはさ。それって、街の連中を見殺しにしてきたってことだろ?いいのかよ!ヒーローのくせにさぁ!」

 

人の嫌なところを掻きむしることが心底楽しいのだろう。彼はこれまでの襲撃の中で最も上機嫌に、そして饒舌に指摘した。

 

「みんなを、できる限り救う。だから、二人とも倒します!」

 

「また、病人が増えやがった」

 

ガリガリと、蕁麻疹のあるあたりを掻いては壊し、そして治す。それが数秒単位で行われている。

 

 

「俺たちはみんな、病気なんだよ。特にヒーロー。お前らヴィランなんて名乗ってる奴らは個性って病に加えて、救いようのない精神病も患ってる。なんでそこまで自己中心的に考えられるんだ?理解に苦しむよ」

 

体が変質していく。破壊と再生が繰り返されて。ペストマスクがそのものである体表のように馴染んでいる。

 

「この南米で、見えるはずのものを見落とし続ける科学者を見た。そう。お前らUAIの監視はこの地下をずっと見つけられていなかった。博士が見た光ときっと同じものだ。あの仮説は正しい。お前ら、いや俺たちはな。病気なんだよ」

 

ブツブツと。理解させるつもりのない言葉を呟いている。

 

「二人とも確保する。エリちゃんの場所を答えろ!」

 

「言うわけないだろ馬鹿だなお前も。心身ともに病んでるお前らを、俺が治療してやる。感謝しろ」

 

「殺してやるって言えばいいのにさ。インテリヤクザぶって難しく言うのがかっこいいとでも思ってんのか?」

 

 

触れれば死ぬ。そんな死線の中を緑谷出久は一切の恐れを捨てて飛ぶ。

 

救いたいたった一人のために。戦うことで救うことができるならなんて簡単なんだと、本心から思いながら拳を振るった。

 

 

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