チリの沿岸部。灰色の雲が低く垂れ込み、太平洋の波が黒い岩礁を叩き続ける。
湿った海風が密林を揺らし、塩と土の匂いが混ざり合う。だが今、その自然の呼吸は乱されていた。
「どうですかオールマイト!!いや先代よ!これこそが次代にふさわしいパワー!!あのオールフォーワンすら認めた力です!今日で後進に道を譲っていただこう!あなたを老害などと呼ぶのは耐えられない!」
どこをとっても若々しい声だった。
荒々しくも躍動感にあふれている。鍛え上げられたように見える肉体は張りを持ち、動くたびに筋肉が弾む。金に近い色の髪が風に煽られ、鋭く青い目は興奮で爛々と輝いている。高級感のあるスーツを着ているが、黒のそれはおそらくオールフォーワンの姿に似せたものだろう。
力を誇示するために立っている若獅子のようだが、瞳の奥には焦燥も混じっていることをオールマイトは見逃していない。
自分よりも若く、そしてエネルギーに溢れた猛者が拳を振るう。
その一撃で、空気が裂ける。衝撃波が地表を這い、密林を薙ぎ払う。幹の太い木々が根元からへし折れ、葉が舞い上がり、緑の絨毯が一瞬で剥ぎ取られる。地面が抉れ、海岸線の砂が吹き飛び、遠くの崖が崩れ落ちる。
加減のない力の奔流。
それを受け止めるのは、古代の英雄の名を冠したACを纏った英雄である。
2mを超える巨体。かつての巨躯を象っているが、その中身は今は空きの空間も多い。痩身の身体が重厚な装甲に包まれ、フレームが衝撃を分散する。胸部コアが低く唸り、背部の推進機構が地面に圧をかける。岩盤がひび割れ、しかし彼は踏みとどまる。
目を細める。相手の荒ぶる力を、静かに測るようにしてそれを眺めていた。
「ああ、すごいね。『錬金』だっけ。そこまで色々できるなら。『魔法』とでも言えるんじゃないのか。それこそ昔に噂されていた錬金術のような万能性だ。私には逆立ちしたってできないな」
軽く咳き込み、巻き上がった埃を払う仕草。その余裕とも取れる態度が、ダークマイトの神経を逆撫でした。
若いマフィアボス、その眉が吊り上がる。
「その通り、私は最強だ。だからこそ先代。あなたのその姿はいただけない。最後の戦いは見ました。あの力は素晴らしい。全てを飲み込むようなあのオールフォーワンに対して。拳一つであそこまでのことができるなどと誰が想像しただろうか!やはり強さこそが人の本質であり希望!!俺こそがその希望を継ぐものだ!」
天を殴りつけるように突き上げてのスタンディング。
その動きに合わせて金粉が爆ぜ、上空へ一斉に拡散する。
それらが一斉に発光し、空が軋んだ。雲が圧縮されたかのように一気に厚みを増し、そこから叩き落とされるように雨が降る。殴られた拍子に吐き出された水の塊のような、荒い雨だ。
彼が拳を振り下ろすとそれらは雹になった。ガラガラと小石のような氷塊が降っている。
横薙ぎに腕を払えば、風が裂ける。突風が一直線に走り、密林の残骸を根こそぎ吹き飛ばす。海面が抉られ、白波が壁のように立ち上がる。
手をグイとひねればそれに合わせて渦を巻き、竜巻が形成される。海から立ち上がる水柱がうねりながら成長し、空と海を繋ぐ柱となる。
「見えますか先代!これが支配だ!」
叫びとともに手の平を広げれば、雷鳴が落ちる。帯電した雲が裂け、白光が海岸を打つ。雷は一点に集中するのではなく、乱暴に、何度も、叩きつけるように落ちる。拳の振り上げに同期して閃光が走り、轟音が続く。雨や氷が途中で火の粉に変わり、現実感を失うような光景に仕上がっている。
まるでゲームのエンディング。そんな雰囲気の演出だった。
かつてオールマイトが純粋な腕力で空を割り、雨雲を吹き飛ばしたように。ダークマイトは錬金という個性で、それを再現している。いや過剰なまでにそれを上回る姿を見せつけているようだった。
ああ、本当に。この僻地で戦えてよかった。やはり狩峰少年には感謝せねば。
暴風雨の中心で、エルクレスを纏ったオールマイトは静かに立つ。
装甲に雨が叩きつけられ、雷光が反射し、火の粉が弾ける。それでも彼は目を細め、相手の拳だけを見ている。
「たまーにね。いるんだよ。君のような憧れ方をする若者がさ。日本にも私をヒーローとして最高だと言いながら、他のヒーローは偽物だから殺すなんていう人もいてさ。いやはや困ったものだよね」
「それは困るでしょうね。そしてその悩みは俺の今後の悩みにもなる。ですが安心してください。そのように本質を理解しない偽物たちは全員殺しておけば良い。真の強さがなければ次代の象徴を名乗ることはできない」
「えっ。君はもしかして、平和の象徴を名乗るつもりなのかい?」
「ええ。もちろん。あなたの目的は世界平和でしょう。俺も同じですよ。」
何を当たり前なことをと意外そうな表情で言い返してくるのは、心の底からそう思っているからだろう。
「平和とは、大いなる力なしでは成し得ない。最強の存在が居座ることによって保たれる秩序というものがある。かつて世界を実質的に支配していたアメリカは不完全でしたがね。俺ならばもっと完璧にできる!!」
「ちょっと一理ありそうなのが嫌だね全く。でも、それは君が考える平和の象徴であって。私を受け継ぐこととは違うんじゃないかな」
「いやはや。やはり人は自分のこととなるとわからなくなるらしい。餞別としてお教えしましょう。あなたの本質は強さだ。その強さ無くして敵は倒せず、人は一人として救えない。あなたは勝ち続け、倒し続けた先に人を救っていただけに過ぎない。あなたは最強だから平和の象徴だったのですよ」
実際のところ、この指摘はかなり痛い所を突かれている。他でもない自分自身が、かつて自分に憧れていた無個性の少年に言ったこともある。
ヒーローになるには力が必要だ。それは純然たる事実である。
首を横に振り、自身のあまりに高く非現実的な理想をもう一度押し込める。戦わず、誰一人傷つけず、そして全員が救われて欲しいなんて。流石に口に出すことはできない。
「ここで君と議論をしてもいいけれど。でも暴力によって全てを押し通すと主張している君とはあまり話し合いにはならなそうだね。そろそろ、始めようか?」
いやはや、声まで似ているのはどういうことだろうか。これも『錬金』なのだろうがちょっと怖いくらいである。この姿で人を殺す姿など見てしまえば夢に見そうだ。
「そうしましょう!私はあなたとオールフォーワンという前時代の双璧を壊し、新たな世界を作り出すもの!強きものだけが生き残る。弱者は庇護される世界!!これこそが世界平和の生み出す方法だ!」
そしてマッスルフォームと同じくらいの背丈だった彼の体が肥大化していく。
4mほどに膨れ上がるその体は、全身が筋肉でできているように見える。おそらく凄まじいパワーを秘めているのだろう。しかし、その筋肉に魂はこもっていない。
こちらもマッスルフォームになることを期待していたのだろう。それをしないでいると、その目に失望の色が暗く浮かんだ。
「まぁ。それもいい。平和の象徴、お疲れ様だ!俺の礎になれ!!オールマイト!!」
金色に変質したその拳は、もはや人の腕という尺度では測れない質量を持ちながら、それでも信じられない速度で動いていた。重さを感じさせない。
金属とも岩ともつかない質感の拳が、赤熱している。
多くがフェイクで作られているが、それでもこの威力は本物だ。見かけだけ派手な技でもない。
この一撃で決めるつもりだと、嫌でもわかる。ただの力任せではない。狙いは正確で、逃げ場を潰す角度で落ちてくる。赤熱する金色の拳は、ためらいなく、一直線に叩き込まれようとしていた。
そしてオールマイトはそこでようやく動いて、同じく拳を振るうのだった。その拳はやけに早く届く。威力などがほとんど感じられないその拳を避ける意味すら見出せないのだろう。それは正しい。カウンター気味に重ねていく。
体が少し動かされるだけ。ダメージはない。それで良い。
ダークマイトの赤熱した拳が、オールマイトへ叩き込まれようとした、その刹那。
その動きのどれよりも速い閃光が走った。
空気を裂く音すらない。ただ一瞬、金色の拳の先端が弾け飛ぶ。遅れて、衝撃波が周囲の地面を抉り、密林の残骸を吹き飛ばした。
「何が……起きた?」
「3km先からの艦砲射撃さ。UAI-MRG/250 通称『タイタン・ランス』大口径のレールガンってやつだね。有効射程が1000km以上だから超至近距離だよ。できるだけ軽くしているけれど、威力はやっぱり凄まじいな」
地平線の向こう、海上に展開していた洋上プラットフォームから、超高速の質量弾が撃ち出されていた。電磁加速された砲弾は音速を遥かに超え、視認すらできない速度で金色の拳を穿ったのだ。命中と同時に錬成構造が破断し、拳の一部が蒸発する。
このまま連射されたなら?その想像を即座に行い、どうにか打倒しようと動き出す。無事な腕を再構築し補強、さらに巨大な槍を形成し投げ放とうとする。
投擲の動作に入った、その瞬間だった。
空がわずかに光った気がした。
音はない。爆発も閃光もない。ただ、次の瞬間、巨大な槍の中腹が内側から潰れたようにへこみ、そのまま弾け飛ぶ。
「衛星投射型精密質量兵器。この時代ならではの矢。これは即応できないから落ちてくる場所を事前に知っているだけ。そこに合わせてさっき少し避けさせてもらったよ。そのままじゃ死んでたからね」
再び落下してくる衝撃。
また作ろうとした槍は穂先から崩れ、再構築途中だった腕ごと粉砕される。地面がめくれ上がり、砂煙が巻き上がる。
円形の小さなクレーターが穿たれていた。爆発で抉られたものではない。何かが極端な速度で貫通し、周囲だけを押し潰した跡だ。その中心には、細く長い金属片が突き刺さっている。針のように細いが、深く深く地中へ食い込んでいる。
「オールフォーワンが厄介なのは。現実的な兵器に対してはすでに粗方の対策を済ませているところなんだよ。今も自由に空を飛んでいるらしいが、実際にリソースは他の攻撃への妨害にその多くを使っているらしい。君のように無防備じゃないんだ」
叫ぼうとして、作った顔が蒸発した。
高度10kmを飛行していたステルス機が、静かにレーザーを照射する。
攻撃を試みるたびに、壊される。錬成が完了する前に、構造が破壊される。
若き支配者の拳が振り上がるたび、世界のどこかに待機していた最新兵器が即応し、精密に、無慈悲に、その結果を否定する。
AC『エルクレス』を纏ったオールマイトは最小の動きで相手を動かしていた。
「何を、何をしている?お前は?」
「ヒーローだもの。人を助けているのさ」
そうしてまたその拳で少し突き飛ばすと、そこに矢が突き刺さる。足が壊れるだけで済んだ。
「単純な暴力を相手に押し付けたいのなら。どう考えても兵器の方がいいんだよ。なんで拳が必要で、鉄じゃなくて素手で人と触れる必要があるのか考えてみてくれ」
「お前、お前は……。ずっと俺を?」
そうして初めて、その拳で殴られると。錬金の中に保護されているはずの本体へと衝撃がズシンと伝わった。語りかけるようなその重さに。思わず足が震え出す。
「なぜって?そりゃあ私がここにいるのは。君を救うためさ。人の身では決して受けきれない砲火から、最後には絶対に救うために。君を助けてみせるよ」
動くたびに攻撃を受けて、そしてそれが致命傷であるならばオールマイトはずっと相手を守るように動いていた。
敵ですら救うという、甘ったれな自分の理想を。それでも肯定してくれる次世代の若者はすでにいる。
「君は象徴にはなれない。その必要はない。だからさ、思いっきりボコボコにされた後。気分が変わったら今度は協力してくれ。ヒーローの拳ってのは、人の人生を変えるんだぜ」
ニヤリと笑い、そして今回は使わないと言っていたマッスルフォームに1秒だけ戻る。
愛を込めた全力の殴打。
それを受けて、ダークマイトの体が爆ぜる。本体であろう体が無傷で出てきた。そしてすでに意識はない。
「まーた狩峰少年にどやされるな!どうしよう!はっはっは!!」
スタンディングもそこそこに、背を丸くしてどうにかできないかと思考を巡らせる。
けれども救いを求める声が聞こえた瞬間に、そんなことを忘れて駆けているいるのが彼という人間だった。